2つの再会
「これは壮観だな」
集結地に降り立っての第一声はクオ・ヴァディスのそれだった。
貴族達の別荘地から凡そ10km北側の丘の手前、別荘側からは丘が目隠しになる地点にギルドの派遣員が敷設した幾つものテントが張られていた。
医療テントに炊出しのテント、簡易な装具の点検設備も兼ね備えたテントに様々な装備の代行者がひしめいている。
100m四方程度の平地に敷かれたそれは規模は小さいが補給線も兼ねた立派な前哨基地として機能していた。
「手回しが良いと言うか何と言うか。招集が掛かったのが今朝の筈なのによくもまあこれだけの設備を用意出来るものだ」
「今回は王家からの勅命ですからエレンディア正規の兵站軍が動いている筈ですもの。専門の方々はやはり違いますわね」
「それにしても……」
クオ・ヴァディスがテントを出入りする代行者の面々を見渡す。
「まるで見本市だな」
確かに、とリーリエは頷く。
今回の標的は国家単位の敵である為、魔導災害案件ではないにも関わらず中位以上の代行者による遂行が推奨されているというのも理由の1つだが、王家からの勅命の依頼を遂行するということは中位代行者から高位代行者へと昇格する為の必須条件なのだ。
今、この場には高位代行者を目指す名だたる猛者が。そして彼等が目指す高みに座す者達が集結していた。
「王家の依頼をこなせば俺みたいな傭兵上がりでも協会所属の代行者と同等の扱いを受けれるからな。腕に覚えがありゃあ参加しない手は無ぇぜ」
「上手くすれば高位代行者との繋がりも作れるもの……ね。フリーランスにはまたと無いチャンスである事は確か……ね」
「ざっと見渡しただけでも中位の二つ名持ちがゴロゴロ居るね。ほら、あそこで炊出しを受け取っているのは『隻腕』ゴルドーだし、あっちで陣を組んでるセロ達は『ダンス・マカブル』だ。それに……」
何故かやたら楽しそうに辺りをキョロキョロするクオ・ヴァディスを皆が呆れ気味に見ていると、突然背後から声が掛かった。
「片田舎でこそこそとしている分際で随分と世情に聡いな、クオ・ヴァディス」
聞き覚えのあるやや幼さの残る張りのあるテノールにクオ・ヴァディスとリーリエが弾けるように振り返ると、そこには忘れたくとも忘れられない顔があった。
「……ここには『血塗れ聖者』まで居るね」
つい先日の騒動を思い出し、疲れたような顔でクオ・ヴァディスが肩の力を抜く。
そこに立っていたのはつい先日騒動を起こしたばかりのハイエステス支所所属の代行者、ジェドとアリエルの2人だった。
「ご無沙汰しておりますリーリエ殿。ヴァディス殿もご健勝なようで何よりです」
腕を組んだままクオ・ヴァディスを睨めつけているジェドを尻目に隣のアリエルが恭しく頭を下げる。
この双子は本当に間逆だ。顔以外。
「貴様、よりにもよって新聞になんぞ載って何を考えていやがる。親父殿が新聞に向かって貴様の名を喚き立て始めた時は遂に呆けたと思ったが、呆けたのは貴様の頭のようだな」
「気持ちが良いくらい辛辣だねキミは」
返す言葉も無いと頭を掻くクオ・ヴァディスの隣でカルラが小首を傾げる。
「『血塗れ聖者』って言うとハイエステス支所……の? 異端審問官……の? 噂に聞いていたより随分可愛らしいの……ね」
「何だ貴様は? 顔も見せずに不審極まりないな殺すぞ?」
「喧嘩っ早いにも程があるな」
物騒なやり取りを尻目にアリエルが笑う。
「やはりお2人とも参加していらしたのですね。高位代行者も参加すると聞いておりましたので若しかしたら会えるのではないかと思っておりました」
アリエルは前と比べると幾らか朗らかな顔をするようになったとリーリエは思った。堅苦しい物言いは相変わらずだが、年相応と言うか人間らしい情緒を醸し出すようになったような気がする。
あの悪趣味な騎士に連れられていた時などまるで機械のようだったと言うのに。
「アリエルさんも元気そうで何よりですわ。……何か、少し変わられました?」
「リーリエ殿もそう思いますか? ジェドにも最近言われるのです。姉上は棘が抜けたようだ、と」
「女の子はやはり笑っていた方が良いと思うな、私は」
「姉上に色目を使うなと言ったぞ糞牧師。死にたいのか貴様」
言われて何故かダブラスが一歩下がった辺り、多分色目を使おうとしていたのだろうが無理も無いとリーリエは思う。
最初に見た時から思っていた事だが、ただでさえ整っていた顔に情動が出るようになった事によって同じ女性の目から見ても遥かに魅力的に見える。
こうなってしまえば多少険のある目付きも美貌のスパイスにしかならないのだから美人というものは恐ろしい。
「私としては、もう少し妙齢の女性が好みではありますがな」
横合いから掛けられた声の方にその場の全員が振り向き、そしてその人物を認識した瞬間漏れなく全員が盛大に吹き出した。
口髭を指先で遊びながら微笑を浮かべる恐ろしく精悍な老紳士の顔には堅物らしからぬ悪戯っぽいニュアンス。
つい先日一緒に行動したとは言え、やはりその漂うオーラのようなものには威厳を感じる。
老齢を全く感じさせぬ凜とした立ち姿で、トリスタン・エインズワースはそこに在った。




