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ヴァディス講座2

「じゃあ熱も下がったようだし、早速始めようか」


 腕を天高く上げ、伸びを1つ。クオ・ヴァディスはそう切り出した。


 場所は王都エレンディア中央区、王立魔導協会お抱えの練兵場だ。魔法の勉強であるから最初は取り敢えず座学であろうと身構えていたのだが、帰って来て早々に『練兵場を貸し切ってくれ』というクオ・ヴァディスの進言があり、今に至る。


「何も帰って直ぐに始めなくても良いんじゃないか……あふ」


 25m四方の練兵場の隅に備え付けられた木製のベンチに腰掛けたまま、ダブラスが欠伸混じりに不満の声を漏らす。

 魔法の勉強ならば自分は門外漢であると夕方に差し掛かっていた街に繰り出そうとしたところを哀れにもクオ・ヴァディスに捕まったのだ。


「何を言っているんだ。帰路で丸2日休んでいるだろう。それにダブラスも使えないとは言え魔法を知っておくに越したことは無いよ」

「それにしたって、何で練兵場なんだ? 魔法の勉強ってんなら図書館辺りじゃねえの?」

「それは私も気になりましたわ。まさか急に実技からなんですの?」

「リーリエは基礎はほぼ完全に出来上がっているからね。実際に式を弄って貰った方が話が早いと思ったんだ」

「それなら尚の事書庫の方が良かったのでは?」

「んー、練兵場にした理由はやってみればわかるよ。さて、まあ最初だしキミの得意なルーン系統にしようか。ビルスキルニルは持っているかい?」

「ええ、まあ」


 最近は、より威力が低く使い勝手が良いディエーウス系統のユピテルを使いがちだが、思い出そうとせずとも構造式の細部まで完璧に脳裏に焼きついている魔法だ。


「じゃあ試しに式の制御を弄ってみようか。場所はわかるかい?」

「ええと……、わかりますけれど弄ると言われてもどうしたら良いのか……」

「ああ、そうか。取り敢えず魔眼を起動して駆動式を展開してみてくれ」


 言われた通りに魔眼を起動。魔導回路に据えるのではなく、単独で駆動式のみを目の前に展開する。


 眼前に現れるエメラルドグリーンに発光する円形の幾何学模様。脳裏に刻み込んだ駆動式の、いわば虚像である。魔法使いはこの虚像に沿って脳裏の駆動式に魔力を供給し、魔法を顕現する。詰まる所、頭に刻み込んだ記憶が駆動式の本体なのだ。

 式を弄るということは記憶を上書きするということなのだろうか。


「言わずと知れた事だけれども、魔法使いはこの駆動式に魔力を供給する事によって、この式に書き込まれている現象を発現させる。まあ極端な話、魔法使いは駆動式という道具の動力な訳だ」

「じゃあ魔法使いと言うより駆動式使いじゃないのか?」

「一理あるね。魔導体系が今ほど確立される前は『論理使い』とか『魔術士』と揶揄されていたりもしたんだ。ルーン系統みたいな古い駆動式は基本的に高火力だから難しい事を考えなくても単純に強かったから工夫して使うって者が居なかったんで余計かな」


 帰りの道中でも言っていたが気になる事がある。


「古い駆動式ほど高火力というのは何故なんでしょう? 技術的には研究されていくほどに強力になるような印象があるのですが」


 目の前の駆動式を眺めながら問い掛ける。

 ユピテルと比べて格段に古いビルスキルニルの駆動式は圧倒的に単純である。在る物を単純に頭に詰め込んできた身としては用途の差程度にしか考えていなかったのだが、思い返してみれば戦略級や儀式魔法を除けば時代が新しくなるにつれて魔法の殺傷能力自体は下がる傾向があった。


「初期の駆動式は対竜を想定して創られたからね。非力な人族が竜と戦う為に高火力、広範囲になるのは必然だったんだ」


 成る程。

 初期の駆動式が誕生したのは1000年以上も前だ。つまりまだ竜と人族が完全に敵対していた頃になる。

 誰でも使える汎用性と高い火力は何よりも優先される要因だったのだろう。


「そういう意味では新しい魔法の方が対人向けではあるのだけれど、構造式が複雑化し過ぎていて今度は柔軟性に欠ける。ゴエティア系統が良い例だね。まああれはあれで特化性能と考えれば悪くは無いけれども」

「私、どうもゴエティア系統は構造式が美しくなくて好きになれませんわ……」

「お、イケる口だね。もしかしてハルメニア式魔導回路を選んだのもその辺の理由かな?」

「お恥ずかしながら……幼少の頃からハルマニアだったのも強いですけれども、やはり機能美の極みとも言えるハルメニア式魔導回路の美しさは他の比肩を許しませんわね!」

「視えねえからわからんがそういうもんなのか」


 完全に門外漢のダブラスがぼやき気味に呟く。


 そうか。魔力が無い、魔素に干渉出来ないという事はそもそも魔素が起因となる式そのものを視る事が出来ないのか。

 幼少から魔眼による、魔素に象られた世界を視て来た身としてはいまいち実感が湧かない。


「今、私の前に駆動式を展開していますが、これも視えていませんの?」

「おう。魔法はぶっ放されるまでさっぱり視えねえ」

「それは……考えるに恐ろしいですわね……」


 ダブラスへ何故かドヤ顔だが、そんな心臓に悪い状況はたとえ魔法が通じないとしてもごめん被りたい。


「さて、ここでその“視える”ということが重要になって来る」


 クオ・ヴァディスが言いながら自分もビルスキルニルの駆動式を展開する。

 今更だが何も手がつけられていない素のままの駆動式をクオ・ヴァディスが展開したのを初めて見たような気がする。


「脳に焼き付いた駆動式を書き換えるのは、正直容易じゃあない。まあこれはやってみるのが手っ取り早いかな。リーリエ、ちょっとその目の前の式を何処でも良いから弄ってごらん。指先の魔力の膜で魔素を動かしてやるイメージで」


 急に言われても。


 立てた人差し指を魔眼で見つめると確かに魔力の膜で覆われているように視える。内在する魔力が体表面に滞留しているのだから当然なのだが、別段これで式に干渉出来た憶えは無い。


 恐る恐る目の前の駆動式に手を伸ばす。


 しかしやはり指には何の手ごたえも無く虚像を虚しく通り抜けるだけだ。


「んー、まだ頭が固いな。虚像だと決め付けているから干渉出来ないんだよ? 展開した駆動式を精細に視る事が出来る者は少ない。ハルメニアも言っていただろう。視えるということは重要なんだ。視えているなら、触れる」


 断言。


 強い言葉が染み込んで来ると共に自分にも出来るような気になってきた。と言うより、何故出来ないと決め付けていたのかがわからなくなって来た。


 単純過ぎる自分の脳内構造に自嘲気味に笑い、駆動式に触れる。


 凪いだ水面に指をつけたように式に波紋が広がったように視えた刹那、何の前触れも無く駆動式が破断。意味崩壊を起こした式が四方八方無作為に雷を放射した。


「わぅっ⁈」

「痛ぇっ⁈」


 雷の流れ弾を被弾したダブラスが悲鳴を上げてベンチから跳び上がる。


「おぉん⁈ 何でだ⁈ 何で魔法が俺に当たるんだ⁈」


 焦げた襟に慌てふためきパタパタと手で火の粉を払いながらダブラスが困惑する。

 と言うか今の、痛いで済むのか……。


「今のは魔法と言うか駆動式の暴走によるただの現象だからね。式で制御されていない現象にはそのアミュレットは割り込めないって言ったじゃないか」

「く、区別がいまいちつかないんだが……」


 ただの現象か魔法による現象かは、ダブラスだけではなく魔眼を持たない者には区別は難しい。実際、視えていても判断し難いのだから。


 それにしても。


「確かに触れましたが……何故駆動式が暴走したのでしょう?」


 正直、こうなる事も予期して現象には関係無い制御系の部分を弄ったつもりだったのだが、驚く程簡単に式が崩壊してしまった。

 もしかして正当な手順があったりするのだろうか。


「それは記憶に焼き付いた駆動式と目の前の虚像が反発してしまうからだよ。本体はそのままなのに虚像を書き換えてしまうと回路に齟齬が生まれて暴発してしまうんだ」


 成る程、図書館ではなく練兵場を選んだのも頷ける。


「じ、じゃあどうやって書き換えれば良いんですの?」

「案外簡単だよ? 書き換えた後の駆動式は新しい駆動式として別に焼き付ければ良いんだ」


 いやホント簡単に言うけれども。


「魔眼で視れるんだから直接上書きも出来るはずなんだけれど、最初からは難しいからね。先ずは式を書き換えるところから始めよう。慣れてしまえば、本体と虚像の接続を制御出来るようになるからね。ちなみにハルメニアは1年くらい掛かったかな」

「ハル様で1年なら私は何年掛かることか……」

「リーリエはいまいち自分を過小評価しがちだねえ。例えばキミの魔眼は私やハルメニアの目なんかよりも数段上なんだよ?」

「どっ⁈」


 どういうことだそれは。

 半ば事故のような経緯で手に入れた魔眼である。しかも今迄比べる対象が無かったため、そう言われても実感に欠けてしまう。


「前にも言ったがその目は神格級だよ。キミは人の身のままイルガーの、精霊の目で世界を視れるんだ。本物の魔法使いになるのにこれ程の適性は無いだろう」


 何故か泣きそうになった。


 偉業だなんだと持て囃されて来たがこんなにも具体的に褒められた事は無い。むしろ制御出来なかった頃の経験がトラウマのように張り付いていてどちらかと言えば疎ましかったりもしたのだ。


 しかし、この目のおかげで本物への光明が見えた。今、初めてイルガーに本当の感謝をした気がする。


 罰当たりも甚だしい。


「ふむ。一先ず休憩にしようか。何やら街の方ではやけに良い匂いがしていたし、腹拵えをしてから本格的にやろう」


 確かに朝、馬車で東街区を通り抜ける時、やけに商店街が活気付いていた気がする。

 何か祭でもあっただろうか……。


「あ」


 祭。

 そうだ、祭だ。

 遠出をしていた所為で日にち感覚が狂っていた。


「今、東街区はエレンディア秋のパイ祭の真っ最中ですわ」


 その言葉に、グルメ牧師の目が光る。何ならジャッカルとの戦闘の時よりも真剣に、だ。


「ほうほうほうそうかそうかすっかり忘れていたそうだった」


 ほくそ笑みながらぶつぶつと呟くその絵面はちょっと怖い。


「リーリエ、練兵場は何時まで借りていられるんだろう?」

「私達以降の予約はありませんでしたから1日中大丈夫だと思いますわ。通例として、あまり祭日に修練する方は居ませんから」

「じゃあちょっと巡って来るくらいは大丈夫だね。リーリエは付き合うだろう? ダブラスはどうする?」

「パイ……パイかぁ……」

「奢りだぞ?」

「旦那なに言ってるんだよ御一緒するに決まってるじゃねえか!」


 待ってましたとばかりにベンチから飛び上がらんばかりに立ち上がったダブラスを見て、クオ・ヴァディスはやれやれと笑う。


 魔眼を切り、ベンチに置いてあったウエストポーチを装着。先程の駆動式を触った手触りを反芻しながら、練兵場の扉へ向かって歩くクオ・ヴァディスの楽しげな背中を追った。

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