表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
47/75

ヴァディス講座1

 ゴトゴトと心地良い揺れが身体を包んでいる。それに、とても良い匂いだ。冬に差し掛かる前の生命に溢れる大気の匂いに、それに何故か優しいラベンダーの匂い。

 一瞬自分がどこに居るのかわからなくなり、ゆっくりと目を開けると直上からこちらを見下ろす笑顔のクオ・ヴァディスと目が合った。


 困惑。

 これはアレだな膝枕だなそうなんだな。


「やあ、おは……」


 気恥ずかしさに負けて飛び起きた瞬間、ゴッという重い音と共にクオ・ヴァディスの無防備な顎に全力で頭突きした。


 痛みに悶絶するこちらを尻目に爆笑するダブラスの声が響く。

 痛むおでこを反射的に左手でさすると、しっとりと良い具合に水分を含んだハンカチが当てられていた事に気付いた。そこから仄かに香るラベンダーの香り。匂いの元はこれのようだった。


「痛たた……。再生の余波で発熱していたからね。焼け石に水だが無いよりはマシだろう」


 言われてみれば確かに身体が熱っぽい。しかし、そんなことより。

 左腕が、動いている。

 制服の切れ間から覗く素肌に傷痕は無い。まるで嘘か幻のように切創は跡形も無かった。


「ありがとう、ございます。いつもいつもお世話になってしまって……」


 馬車の中に気不味い沈黙が満ちる。


「そう、それなんだが」


 真剣な顔で、クオ・ヴァディスが切り出した。


「怪我を治すのは構わないさ。友達が怪我したらキミも手当てするだろう? しかし、だ。どうせ治ると思って貰っては困る」

「そんな言い方は無いんじゃねえか旦那。リーリエは最善を尽くしたと思うぜ?」

「違う違う。私に手を煩わせるなとかそういうことじゃないんだ。戦闘下ではそりゃあ怪我くらいするだろうし、治せるんだからそりゃあ、治す。ただね」


 真剣な顔から一転、いつもの困ったような笑顔でクオ・ヴァディスは言葉を続ける。


「怪我しても治して貰えるという考えは慢心を生む。ある程度、死んでさえいなければ治す自信はあるけど例えば首でも飛ばされたらそれでお終いなんだよ。死は、覆せない」


 返す言葉も無い。

 確かにあのアンナという少女には勝利したかもしれない。しかし、それは後処理を全て丸投げした上での話だ。

 ケベンセヌフの規格から外れた使い方の為に魔力欠乏1歩手前に陥ってしまい身体は動かなかった。もし単騎であれば、それまでに受けた傷によって失血死は免れなかっただろう。


 それ以前に。

 クオ・ヴァディスが居なかったら果たして自分はここまで捨て身に近い戦法を取れただろうか。


「だから私は敢えて再生の時に痛覚を残す。治るからといって油断しないようにね。言っておくけれど内臓の損傷ともなれば再生の痛みでショック死しかねないからね。怪我をしないに越した事はないんだ」


 記憶に新しい腕の再生の痛みが腹の中で起こる事を想像し、身震いする。想像に過ぎないが、それは死ぬより辛いものだと確信出来た。


「だからリーリエは少し近接戦闘を勉強しないとね。キミは発想の柔らかさとそれを活かす瞬発力は良いんだが悪い意味で魔法使い然とし過ぎだ。近代の魔法戦闘は近接戦闘も視野に入れておかないと折角の火力も活かせない」


 ぐうの音も出ないくらい仰る通りだ。

 基本的に本の虫であり、代行者でありながら対人戦闘を忌避していたツケが回って来ているのは斥候との戦闘で自覚はしていた。

 未だに、あの敵を見る目で見られる事が怖いのだ。

 甘えなのはわかっていてもあの目で見られるとどうしても身が竦む。

 正義の味方を志している分際で何たる体たらくか。


「何も今すぐダブラスのようにスペシャリストになれという訳じゃない。ただちょっと工夫をしようかという話さ。キミは一応雷以外の魔法も使えるんだろう?」

「まあ……数だけでしたらそれなりに持ってはいますけど……」

「なら話は早い。要は使い方だよ。ザラも言っていたが我々魔法使いは中から遠距離に特化している。まあ極端な話、なんだかんだ近距離はダブラスのような前衛職任せだ。それは何故だろう? はい、ダブラスくん」


 唐突に講義が始まった。


「あー、えーと。んー……脆いから?」

「間違いではないがそれは一面に過ぎないね。はい、リーリエくん」

「仮に剣が届くような距離で魔法を使った場合、自分にも被害が及ぶから……ですか?」

「うん、その通り。大概の魔法は近接戦闘、ひいては対人戦闘に於いては基本規格からして過剰火力なんだね。まあ今の魔導体系の成り立ちから考えるとしょうがない事なんだが、殆どの魔法は人に使うようには出来ていない。そういう意味では今回のような敵を殺さないこと前提の戦闘は難易度が高いと言えるね」


 クオ・ヴァディスが言葉を切り、右手の人差し指をピッと立てる。


「殺さない程度に威力を下げて魔法を撃つ場合、出力を抑えるなり何なり、まあ余計なリソースを割くわけだ。何も考えないで使うより手加減する方が断然難しいんだよ。ダブラスも、相手を斬り殺さないように斬る方が難しいと言えばわかるかな?」

「あぁ、成る程。確かに真っ二つにぶった斬る方がそりゃあ楽だわな」

「で、だ」


 立てた人差し指を引っ込めて、今度は顔の高さに拳を2つ並べる。


「そんな魔法使いが1対1で、しかもそれなりに頭の回る相手と戦わなければいけなくなったらどうしたら良いだろうね」


 何だか本当に魔法学の授業を受けているようで楽しくなってきた。

 意気込んで手を挙げようとしたが、ダブラスに先を越された。


「おぉ、まさかのダブラスくん」

「はい! 1対1で戦わない!」

「うん、正解」

「おぉん⁈ 嘘、そんなんで良いのか?」

「基本的に単独で戦闘状態に陥らないっていうのが最も重要だね。徒党を組んでさえ居れば自ら近接戦闘をする必要はない訳だから。じゃあ、それでもどうしても自ら近接戦闘をしなければならない場合はどうしたら、と言うかどうしておくのが良いだろうね」


 クオ・ヴァディスの目がこちらを見る。


「……はい」

「じゃあ、リーリエくん」

「例えば選択的に近接戦闘を行えるよう準備をしておくしかありませんわ」

「具体的には?」

「う……。剣を覚えておく……とか……?」

「キミは今から剣を覚えてあのアンナくんと刃を交えられるかい?」

「……無理ですわ」

「そうだね。まあ、稀に剣と魔法の両方を高い次元で兼ね備えた聖騎士ウィーバー・ジグムントみたいなのも居るが、あれは例外も例外だ」

「では、どうしたら良いのでしょうか? クオさんのように筋肉や骨格の物質置換をするとか……」

「無しではないけども根本的な解決にはならないだろうね。どれだけ筋力があろうと、それを使う技術がなければさして意味は無いよ。……リーリエはアレだな。魔法使いをちょっと型に嵌め過ぎだな」


 魔法使いを、型に嵌め過ぎ?

 どういう意味だろうか。


「じゃあ考え方を変えてみようか。魔法使いの利点は何だと思う? はい、ダブラス」


 突如振られた新しい話題にダブラスがしどろもどろに言葉を繋ぐ。


「あー、やっぱり……火力、かな。大軍相手に取り敢えず1発って手段があると無いのでは結構モチベーションが違うしな」


 牽制がてら開戦と同時に極大魔法を1発、という手段は確かに今でも用いられている戦法だ。対策されたとしても相手方の対魔法戦力を推し量れるし、あわよくば打撃を与えられる。

 基本的に下準備に多大な時間を必要とする戦略級儀式魔法などは戦闘状態になってからはおいそれと使用出来ない為、大雑把ながらも有効な手段なのだ。


「そうだね。物理攻撃では効果が芳しくない重装兵や竜に効果的な打撃を与えられるのも火力がある魔法使いならではだ。でもね、もっと話は単純なんだよ。魔法使いはね、便利なんだ」


 なんだか随分と簡潔に纏められ過ぎな気もする。

 しかし、確かに思い当たる節はあった。


「例えばダブラスは今回みたいに光源が無い場所に調査に行く場合、何を用意するかな?」

「そうだな……ランタンと、それが使えなくなった時用の松明かな。当然、燃料が必要だな」

「魔法使いはその装備一式を魔法で補えるからその分、他の物資を装備する余地が出来るね。しかもいざという時に忘れていたという心配が無い。ちなみにその気になれば飲み水も魔法で生み出せる。長旅をするに当たって水の確保の心配が無いのは大きい」


 代行者が徒党を組む場合、先ず魔法使いを確保する。これは戦闘が予想されない場合にも当て嵌まる。理由はクオ・ヴァディスが述べた通りだ。

 装備の重量を大幅に減らす事が出来る魔法使いの存在は、今や旅に欠かせないと言っても過言ではない。


「魔法は使い方次第。近接戦闘だって使い方次第さ。だいぶ脱線しちゃったから話を戻すけれど、リーリエは近接戦闘をしっかりと魔法使いの視点で考え過ぎなんだよ。ケベンセヌフのあんな使い方を思い付く柔らかい頭があるのに変に固いところがあるよね」


 凄く小馬鹿にされた気分で釈然としないが、言わんとしている事はなんとなく伝わってきた。


「駆動式を使うんじゃなくて、魔法を使うんだ。意味はわかるね?」


 ダブラスは小首を傾げているが、これは現代の魔法使い全てに於いて言える事だろう。

 望んだ現象を起こすのが本来の意味での魔法のはずだ。しかし体系化され完全に技術として確立した魔法は魔法使いから柔軟性を失わせる結果を招いた。

 このくらいの火を起こそう。

 ではなく、このくらいの火を起こしたいからこの駆動式を使おう。

 結果としては然程差は無いが意味は大きく違ってくる。


「意味はわかりますが、それは……」


 自信が無かった。

 ハイエステスでクオ・ヴァディスがしたように、1から魔法を組み上げる事など魔法を学び始めてから今に至るまで考えた事も無かったのだ。

 極端な話、それをする利点が思い当たらなかった。


「また固く考えているね? なにも1から魔法を作れってわけじゃないよ。キミが持っている駆動式の中には条件を変えられれば近接戦闘に使える物があるだろう? 先ずはその条件を変えてやる、くらいの事から始めようじゃないか」

「駆動式の構造式を書き換える……」


 言葉にしてみるが現実味がない。

 現存する駆動式は練磨され、改良に改良を重ねられた物だ。魔力効率、速度、範囲、制御。どれをとっても非の打ち所がないように見えてしまう。


「まあ王都に着いたら1つくらい教えながらやってもらおうかな。私も急ぎではないし。さ、まだ帰路は長いよ。この先の宿場で食べ物を補給しなきゃね」


 自分にも出来るのかという疑念と、未知への探究心が交錯し妙な高揚感が込み上げる。目の前の超越者への第一歩であり、目指す正義の味方への大きな躍進であることに間違いは無い。

 熱くなる胸は、なにも熱のせいだけではあるまい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ