表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/75

 紅く霞む視界に、殺し合いの場に全くそぐわぬ笑顔を湛えたクオ・ヴァディスが映る。

 脳神経が演算の負荷から解放され漸く地獄のような頭痛は引いてきたが、摩耗した神経が急に元に戻る訳もなく全身を包む虚脱感は抗い難いものだった。


「大丈夫かリーリエ? 全く、無茶苦茶する嬢ちゃんだぜ」


 王都で買い込んでおいた止血帯で手早く両肩の止血を済ませてくれたダブラスが、鉱脈の壁面に力の抜けた身体をもたれ掛けるように座らせてくれる。しっかり背中と地面に腰袋から取り出した布を敷いてくれる辺り、さすがの色男ぶりである。


「背中の傷はデカすぎて止血帯じゃ無理だな。まあ左肩ほど深くはないからしっかり布に寄り掛かっておけば問題ないだろう」

「ありがとうございます……」


 ここ最近の事件を越えて魔力容量が幾らか増加したのか、あれほどの魔力消費にも関わらず魔力欠乏には陥っていない。失血によって身体の自由は利かないが前衛職との戦闘に勝利したという事実が、無事な右手に拳を作らせる。

 それでも正直なところ今すぐにでも眠ってしまいたいくらいなのだが、このクオ・ヴァディスの戦闘を見なければならないという謎の使命感に駆られ、必死で意識を繋ぐ。


 件のクオ・ヴァディスはと言えば、相変わらず両手をポケットに突っ込み真正面からザラと向き合っている。既に抜剣している敵の眼前に立つ姿では、断じてない。

 しかしザラもあまりの無防備さに警戒してか先手を取る様子は今の所無かった。


「何もんだお前ら? うちのもんをアッサリ畳んじまいやがって……。自慢じゃねえが、全員列記とした竜狩なんだがな」

「何もんと言われてもな。たまたま一緒に仕事を受けただけの仲良し3人組だよ」

「ふざけてんのか?」


 当人に恐らくその気は無かろうが、あからさまな挑発にザラの纏った殺気が膨れ上がる。


「特にお前が訳分からねぇ。魔法使いのくせに洒落にならねえ蹴り使いやがって。それにその再生速度は何だ」

「キミは気になった事は全部口に出すタイプなのかな? 答えないでも無いがこの場では些か間抜けではないかね?」


 クオ・ヴァディスの皮肉に、ザラが鼻で笑う。


「確かにな、俺らぁ殺し合いしてんだ。言葉は無粋か」


 言ってザラが両刃の長剣を右手1本で半身で突き出すように構える。

 一般的なトゥ・ハンド・ソード程の長大さを誇る長剣をまるでフェンシングのように構えるその姿は、異様だ。ザラの身体の大きさも相俟って見た目以上のリーチを持つのは明らかである。


「……オイ、まさか丸腰か?」


 いつまで経ってもポケットから手を出さないクオ・ヴァディスを見かねてザラが声を上げる。


「気にしなくて良いよ。魔法使いは魔導回路を展開していれば武器を構えているようなものだ。それに」


 言葉を切ったクオ・ヴァディスの目が楽しげに細められる。何度か見ているが、本当に意地が悪そうな顔だ。しかし、味方にいる側としては不思議な安心感がある。

 正義の味方的には微妙だが。


「丸腰の相手を攻撃するのを躊躇う程、純でもないだろう?」


 クオ・ヴァディスの煽り文句に怒りを覚えたのか、それともわざわざ乗っただけなのか。どちらにしても先手を打つべく、ザラが動く。


 いや、動いていた。


 長剣を左腕に構え、後ろに置いた右足に掛かっていた重心が左足に移ったところまでは目で追えた。

 次に視界に飛び込んできたのは内部から爆散したように肩から千切れ飛ぶクオ・ヴァディスの右腕だった。


「避けたな⁈ ハハッ! 避けやがった!」


 後方に跳び距離を取ろうとするクオ・ヴァディスをザラが獣の笑顔で追う。


 恐らくはあの長剣による高速の刺突だ。

 目で見えた訳ではないがあの体制から繰り出せる攻撃は他にないはずだ。


 クオ・ヴァディスが着地すると同時に、追い縋ったザラの重心がまた前足に移る。


 今度は視えた。


 前以て魔眼を起動していたのが功を奏した。動きまでは見えずとも補助式の軌跡を追う事が出来たのだ。


 結論から言えばやはり刺突だ。ただし長剣の補助式により瞬間的に音速をも超える超高速の刺突だ。

 ただでさえ大質量武器である長剣が捻りを加えられ音速を超えて突き出されるのだ。着弾点がどうなるかは火を見るよりも明らかである。


 ボッ、という空気が破裂する音と共に身体を捻って回避を試みたクオ・ヴァディスの右大腿部が大きく削り取られる。

 完全にではないとはいえあの刺突を目前に直撃を回避しているクオ・ヴァディスではあるが、あの威力の前に丸腰の魔法使いではやはり分が悪い。


「まぐれじゃねえな。まさか見えてるのか?」

「や、まるっきり勘だよ。切っ先の軌道上から身体を逸らしてるだけだ」


 瞬く間に先程吹き飛んだ右腕が再生を終えているが、ああも畳み込まれると魔法を撃つ時間が取れない。それどころかその前にあの刺突を急所に喰らったら類稀なる不死性を持つクオ・ヴァディスといえど無事では済まないのではなかろうか。肉体的に死に難いのは何度か目にしているが、厳密にどの程度まで死なないのかがわからない。もしかしたら本人もわかってないような気もする。


「お前ら魔法使いは中距離から長距離戦で最も真価を発揮する。距離さえ取らせなきゃどんな大魔法使いだろうが怖いことねえんだ」

「見た目に似合わず堅実な戦い方をするね」


 言ったクオ・ヴァディスの背負ったグレイプニルの統合駆動式に動き。天井の繭から3本のグレイプニルが伸長。ザラに向かって鎖の先端が襲い掛かる。

 しかし。


 金属音と共にグレイプニルが纏めて両断され青白い魔素の粒子に還元される。いつの間にか回復していたらしいハインツが長槍による斬撃でグレイプニルを斬って捨てたのだ。


「ハインツ、無事か」

「なんとか……。肋骨ぁ持ってかれたが動けねえ程じゃあねえです。ふざけやがって、丸太が飛んで来たのかと思ったぜぇ……」


 右の脇腹辺りを抑えながらハインツが言う。


「しかしありゃあ何でしょうなぁ……。あんな馬鹿げた再生速度、あり得るのか……」


 ザラとハインツが会話する間にクオ・ヴァディスの傷は再生を終えている。こちらとしてはいい加減見慣れたとは言え、クオ・ヴァディスの異常さを顕著に顕す部分である。あちらの困惑も頷けるというものだ。


「なぁに、手応えが無え訳じゃねえ。頭か心臓吹っ飛ばせば良いだけの話だ」

「さすがにそれは御免被るかな」


 クオ・ヴァディスの眼前に新たな駆動式が展開。しかし警戒を解いていなかったザラは即座に反応。流れるように重心が移動し、クオ・ヴァディスの心臓目掛けて恐ろしい正確さで刺突が繰り出される。


 金属音。


 驚いたのはザラだけではない。

 装具を身に付ける事が出来ないはずのクオ・ヴァディスから何故金属音が響くのか。


 音の正体は刺突を軽々と振り払った右腕にあった。


 アトゥム系統化学系数法魔法『アペシュ』。

 先程のアンナとの戦闘で自分が用いたケベンセヌフと同じく、主に工業系で使用される頻度が高い魔法である。本来は高速回転する磁界を発生させる事によって金属の分子を整列させ硬度を増す為の魔法である。効果範囲は精々が直径20cm、高さ30cmの円柱程度であり、硬度を増すと言っても銀製の装飾品を傷付きにくくする程度の効果しかない。

 しかし、クオ・ヴァディスが展開したアペシュは最早原型を留めていなかった。

 構造式の基底部に“分子を整列させる”という部分だけが残っていた為アペシュだと判断出来たが、あれでは殆ど固有魔法と言って差し支えない。


 ザラの刺突を弾き返したのは、右腕の肘から指先までを包み込んだ漆黒の手甲だ。

 構造式から見るに自身の身体の炭素とカルシウムを体表面で編み上げる事によって作り出した外骨格のようなものなのだろう。

 確かにあれならば自分の身体の一部なのだから使えない道理はない。

 しかし、それにしても。


「なんて無茶苦茶な⁈」


 思わず声が出た。


 体組成を物質置換する技術はあるにはある。実際クオ・ヴァディス当人も筋肉と骨に物質置換を施していると明言していたし、実際魔法医学業界でも実装が進められている。

 ただそれは恒久的なものであり、こんな能動的に行われるものではないのだ。


 例を挙げると、10年程前に若者の間で組成変換による人体改造が流行った事がある。お洒落と称して皮膚の1部を硬質化して角のようにしたり、顔を変えて犯罪を犯したり等ちょっとした社会問題になったのだ。

 やや反社会的傾向のある若者を中心に爆発的に流行したのだが、この流行は凡そ半年でパタリと消滅することになる。


 組成変換した部分が元に戻らないという症例が多発したのだ。


 研究によると人体の細胞間配列を司るホメオボックス遺伝子が異常を来し、変換された細胞が“元の形を忘れた”のが原因らしい。元に戻してくれと整形外科を訪れる異形の若者が殺到したという記事が当時の新聞を席巻したのを覚えている。


 この事件以来人体の細胞の配列自体を操作するような魔法は禁忌とされる風潮が出来上がり、ただでさえ難航していた治癒系魔法の研究の資金繰りがより苦しくなったらしい。


 それはとにかく。クオ・ヴァディスが使用したのは正に禁忌とされる領域の魔法だ。遺伝子の異常ともなれば神代の演算能力も意味を成さない。


「……む」


 予想される悲劇を更に喚起するように、クオ・ヴァディスが痛みを堪えるように顔を顰める。

 腕が千切れとんでも、首を魔弓で射抜かれても気にも留めなかったあの男が、だ。


「クオさんっ⁈」


 最悪の事態を想起してしまい直ぐにでも駆け寄りたい衝動に駆られるが、先の戦闘の余波と失血で既に身体が上手く動いてくれない。

 横で付き添ってくれていたダブラスも異常を察して大剣に手を掛けている。


「ダブラスさん、私は大丈夫です。早く、クオさんの加勢に……」


 そこまで言ったところで、クオ・ヴァディスがこちらにその動きを制止するように左手をパタパタと振るのが見えた。

 気丈に振る舞っているのか、未だにその表情は顰められたままだ。


「クオさん駄目です、早くアペシュを解除して下さい! 元に戻らなくなってしまったらいくら貴方と言えども……!」

「あー、違う違う。その心配は無いよ、大丈夫」


 何が大丈夫だと言うのか。

 遺伝子が元の形を忘れるという事は、セーフリームニルでも元に戻らないという事だ。

 再生する元の細胞が壊れていれば新しく作られる細胞が据えられるべき位置を認識出来ずきちんと再生されないのだ。これは大変にデリケートな問題であり、治癒系魔法の研究が遅々として進まないのはこの壁を越えられないからだという話もある。

 クオ・ヴァディスの不死性を支えているのもセーフリームニルだと言っていた。

 ならば憂慮して然るべき問題だ。


「遺伝子異常の話は知っていますわよね? もしも発症したら……!」

「詳しくは省くけどもそれは大丈夫。ただちょっと急いで変形させちゃったから神経配列が上手く行かなくてね。凄く痛いだけなんだ」


 ……何を言っているんだこの男は。


「何と言うか、剥き出しの眼球を縫い針で引っ掻かれながらひたすら消毒用アルコールをかけられてる感じと言うか、正直生身で受けてた方がマシだったんじゃないかって思うくらい、痛い」


 具体的過ぎてちょっと鳥肌が立つ。


「でも組成変換なんて……」

「私のセーフリームニルは原理的に再生と言うより復元に近いかな。新たに作るんじゃなくて元の状態に戻しているのに近いんだ。言うなれば最適化だね。だから変換した細胞の遺伝子情報とか関係無く、アペシュの維持を破棄すれば勝手に元の状態に戻ってくれるよ」

「……!」


 言葉も無いとはこの事だ。

 治癒魔法研究者が聞いたら卒倒するのではないかと思う。


「さて、頓挫させて悪かったね」


 信じられないものを見ているかのように目を丸くしているザラとハインツに、クオ・ヴァディスは極めて和かに声を掛けた。


「長物じゃないから不満かも知れないけど取り敢えず丸腰じゃなくなったよ? これでさっきより遠慮無く攻撃出来るかい?」


 ザラが、言っている意味がわからないという顔をしたのは一瞬だった。暗に『さっきまでのは手を抜いていたんだろう?』と言われた事に気付いた瞬間、凄まじい怒気と共に刺突が放たれる。

 しかも、連撃だ。


「あははははは! 凄いな! その威力で連射出来るのか!」

「ぬううぅぅぅぅっ!」


 連続する金属音。

 距離を置いて尚、全く目では追えないが怒涛のようなザラの刺突をクオ・ヴァディスは見事に捌いている。


「旦那は本当に何で魔法使いなんかやってるんだ……。自信失くすぜ……」

「ダブラスさん、あんな異次元の住民と比較してはいけませんわ!」


 肩を落とすダブラスを励ましてはみたが、実際異次元の攻防だと思う。ザラは間違い無く超級の剣士だ。それと渡り合っているのは事もあろうに魔法使いなのだ。魔導体系の発展によって絵本にあるようなローブに身を包んだ年老いたイメージは払拭され、完全な後衛職では無くなったとはいえ、それでも前衛職に比べてどうしても肉体的な練度が低い魔法使いはやはり白兵戦には向かない。

 はずなのだが。


「あったまおかしいんじゃねえか刺青! 手前みたいな魔法使いがいるか!」

「痛っ。いや、目の前に、痛た。居るじゃないか痛い痛い」


 ザラの刺突を受ける度に走る痛みが余程のものなのか、ジェドの時と比べて動きが幾分か精細に欠ける気がする。

 それでも素手とさして間合いの変わらない状態で音速の刺突を捌く様は武道の達人もかくやと言ったところだ。


「ハインツ!」


 攻めあぐねたのか、ザラが突如として後方に跳びすさぶ。魔法使いに対して距離を取るのが愚策であるとわかっているはずの者が間合いを開けるという事は。


 金属音が止むと同時に耳に入ってくる鉱脈内に反響するような音。

 単独で発しているとは思えないような多様な音階で構成されたその音は両者から距離を取っていたハインツから発せられていた。

 その口元で輝くのはムーサ式魔導回路の構造式。

 据えられていた駆動式は……。


「クオさんっ!」

「遅いなぁ!」


 ヘーシオドス系統物理系現象儀式魔法『エラトー』。

 ヘーシオドス系統の儀式魔法でありながら単独での使用を想定されたこの魔法の効果は至極単純である。指向性を持たせた音により大気を振動させる事により発生した衝撃波で対象を攻撃するというものだ。

 しかし、効果は単純だがそれ故に防御方法が無いのが最大の特徴なのだ。物理的圧力を得て押し寄せる音の波は、津波の前の板切のようにあらゆる物理防御を無意味にしてしまう。術者の程度にもよるが、これに直撃した物体は見えない壁に高速で衝突したかのような惨状を呈する。ぺしゃんこになったクオ・ヴァディスの姿を連想し目を閉じそうになったその時、落ち着き払った態度のクオ・ヴァディスが信じられないことに新たにもう1つの駆動式を展開した。


 ハインツと同じ、『エラトー』だ。


 最早美しいとすら思える程の演算の軌跡を経て、クオ・ヴァディスのエラトーが発動する。

 ハインツと全く同じ出力で発生した音の衝撃波は眼前まで迫っていたエラトーと相殺。押しのけられた大気が急激に元に戻る際に生じた気圧の変化で内耳に痛みが走る。

 数瞬の後、地面にクレーターの様な跡が穿たれた場には奇妙な静寂が訪れていた。


 驚きを一足飛びに越えて、唖然とするしかなかったのだ。


 ソーンが得意とする、と言うよりムーサ式魔導回路の性質と相性的にほぼソーン専用と言っても良いヘーシオドス系統の魔法をクオ・ヴァディスが持っていたというのも勿論だが、ルーン系統、アトゥム系統、ヘーシオドス系統と都合3系統の魔法を同時に展開した事実をこの場の誰もが受け止めきれていないのだ。

 実際、クオ・ヴァディスの異常さを身を以て知っている自分ですら、何かの間違いじゃないかと思った程だ。

 2系統の同時展開が可能だというのは先刻確かに聞いた。しかしそれ以上、3系統にも及ぶ同時展開というのは完全に想像すらしていなかった。


「危ない危ない。リーリエが声を掛けてくれなかったら間に合わなかったところだ」


 この後に及び涼しい顔をしているクオ・ヴァディスには、何の異常も見て取れない。それこそが最大の異常なわけだが当の本人は、『さぁて、仕切り直しだ』と言わんばかりにアトゥムで変形させた腕をギッチギッチと開閉させていた。


「ああ、漸く馴染んできた。全く、慣れない事はするものじゃないね。痛いったらなかったよ」


 世間話のように話すクオ・ヴァディスに対して、ザラとハインツは既に人類を見る目ではなくなっていた。


「ハインツ、ありゃ駄目だ。人族と戦ってる気がまるでしねぇ。図体が小せぇだけで竜と戦ってるみてえだ」

「竜だってあんな滅茶苦茶な魔法の使い方しねぇですわ……。今からでも帰らせてくれねえかなぁ……」


 本能的な警戒心が空いてしまった距離を詰める事を忘れさせ、2人に逆に距離を取らせる。


「なんだい、押せ押せはお終いかな?」


 心底残念そうな顔をして、今度は逆にクオ・ヴァディスの方から距離を詰め始める。

 そのまるで無防備な歩みはクフの森でオルヴァスエルノムとの戦闘で見せたあの超越者の歩みを思わせる。


「うちの子の治療もしなければならないし、そろそろ……」


 言葉を切り、何かに気付いたようにクオ・ヴァディスが突然後退する。その瞬間、今までクオ・ヴァディスが居た場所を横合いから何かが縦に一閃した。

 糸を引いたかのような軌跡には異様な滑らかなさの切断面が覗いている。しかしそこには熱を帯びた形跡は無い。いったい何を用いればこんな切断面になるというのか。


 そして、いったい何者が今の攻撃を放ったというのか。


 猛烈な嫌な予感を助長するかのように鉱脈の奥からズルリと、なにか重量物が地面を這いずるような音が聞こえた。

 ズルズルズルズルと、その音はこちらにかなりの速さで近付いて来ている。


 それと共に魔眼に映る、強大な魔力波長。


「寝床の上でちょっとはしゃぎ過ぎたかな」


 クオ・ヴァディスの呟きとほぼ同時に、魔力波長の持ち主が暗がりから姿を現わす。


 先ず目を引いたのは深い海の色をした蒼い鱗と流麗な1対の角だ。金色の瞳は2対。計4つの縦に裂けた瞳孔がそれぞれ個別に動き辺りを見回している。

 頭部だけで高さ5m程の蛇竜。しかも蒼い鱗ということは純血種の青竜だ。


「誰ゾ我ガ寝所ノ上デ騒イデイルト思エバ、人間カ」


 魔素で作られた声帯を通した声が大気と共に辺りの魔素を振動させ、振動率を加速された魔素が青白い蛍のように漂い始める。


 声を発しただけでこれだ。

 先の黒竜などまるで比較にならない。


 存在するだけで周囲に影響を及ぼす、これが本物の超級魔導災害たる存在か。


 物理的な圧力を以って押し寄せる存在感に呼吸が浅くなる。

 見ればダブラスやザラ程の胆力をもってしても緊張の色は隠せない。文字通り蛇に睨まれた蛙と言ったところか。


 そんなともすれば絶望に塗り潰されそうな場で、気でも狂ったのかと思えるほどの朗らかな声でクオ・ヴァディスは竜に向かって、言った。


「やあ、ギアニルステン。アノードステルは元気かね?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ