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本物の素質

「もう良いよリーリエ、ご苦労様」


 ヘイルダムの演算をしつつ、更に合計17枚ものグレイプニルを維持したままでクオ・ヴァディスが背中で声を掛けて来る。


 鉱脈に入ってからずっと展開していたヘイルダムを解除。演算により圧迫されていた脳神経が解放され視界が開けたかのような気分になる。

 見栄だけで維持し続けてはいたものの正直もう1度と言われたとしたら御免被りたい。

 クオ・ヴァディスの超速度演算によって電気信号に変換された座標データはあまりにも膨大であり、一瞬で脳がパンクするのではないかと思った程だった。広大な地下空洞全てがまるで手が届くところに存在するかのような感覚は、幼い頃遊んだドールハウスのような箱庭を手に入れたかのような気分ではあったのだが、如何せんそのドールハウスは精緻に過ぎた。


 しかし、そんな事よりも、だ。

 今目の前にある異様の方がよっぽど大問題である。


 あんな神懸かり的な演算を続けたままヴィゾーヴニルを展開し、挙句即座に都合21枚ものグレイプニルを同時展開。今を以って17枚の駆動式を維持し続けている目の前の男の頭の中は一体どうなっているのか。


 駆動式の同時展開自体は訓練によって可能な技術である。自分でもグレイプニルであれば5つ程度ならば同時に展開する事は可能だ。

 だがしかし。

 異なる駆動式を同時に展開するとなると話は全く違って来る。

 魔力の経路がまるで異なる複数の駆動式を同時に起動するということは、例えるならば左右の手でそれぞれ別の文章を同時に速記しながら談笑するようなものだ。訓練でどうにかなるような問題では、最早ない。


「まさかこの後に及んで驚かされるとは思いませんでしたわ……」

「書式さえ一緒なら見た目ほど難しくはないんだよ? さすがにグレイプニルを保持したままガーンディーバを展開しろって言われると少々骨が折れるけども」


 少々骨を折れば出来るということかそれは。


 クオ・ヴァディスを見ていくにつれ、魔導体系という言葉が馬鹿らしく感じてくる。

 求める現象を画一的に書式化し、柔軟性の代わりに秩序を持たせる事で魔法という技術は目覚ましい発展を遂げたのだ。

 技術。

 そう、技術だ。

 ハルメニアを始めとする先駆者達の切磋琢磨によって、極めて限られた者達の技能でしかなかった魔法は万人が扱える技術となり、今の魔法文化の発展が在るのだ。

 誰もがクオ・ヴァディスのように自分本意に魔法を使えるならばここまでの発展は無かっただろう。秘奥は秘されたまま、陽の目を見ずにいたに違いない。

 “本物の魔法使い”達が何かの気紛れで与えてくれたおこぼれに与って今の魔法使いが在るのだ。

 魔導体系という、謂わば赤ん坊の歩行器を与えられた幼児。詰まるところ現代の魔法使いと呼ばれる者達は自分を含め“魔導士”でしかないのだろう。

 そんな紛い物でしかない分際で天才と言われ舞い上がっていた自分が馬鹿みたいで……。


「はいストップ」


 ほっぺをムギュっとされた。

 割と強目に。


「今多分碌でもない事を考えていただろう。時々凄くネガティヴな顔をするから前から気になっていたんだ」

「んむむむむ⁈」


 そんなことよりも今この状況が恥ずかしくて不満の声をあげようにも殊の外ガッチリと固定された手は微動だにせず意味不明な音が漏れるばかりで却って恥ずかしい。


「キミは本物になれる素質があるんだからなにも卑屈になる事は無いんだよ?」


 的確に心を読んだかのようなその言葉に思わず動きが止まる。


 刹那。

 クオ・ヴァディスの背後から刃の閃き。


 無事で居たドレッドヘアーのソーンが持つ三叉の長槍の刃だと気付いた瞬間には、横合いの暗がりから生えた大剣の横薙ぎによって槍の持ち主ごと吹き飛ばされていた。


「取り込み中にチャチャ入れるんじゃねえよ」


 ダブラスが暗がりから姿を現わす。

 基本的に武器に対して無防備である自分とクオ・ヴァディスへの奇襲を警戒して息を潜めていたのだ。

 正直、物理的な攻撃方法を持たない自分からすると前衛職の存在は対人戦に於いてこれ程頼りになるものもない。


「一網打尽とは、やっぱり行かなかったけどどうすんだ旦那?」

「んー」


 この感じは知ってる。

 多分何も考えて無かったのだ。

 と言うかこの手を早く放して貰えないものか。


「ふ、……ふ、はははははははは!」


 突如沸き上がった笑い声にクオ・ヴァディスとダブラスが視線をそちらに送る。見ると黒い積層甲冑の、やたらと身体の巨きいセドナが高笑いを上げていた。


 この状況下で笑える傲岸不遜さ。

 あのセドナがかのザラ・ハックであろうと確信するには十分だった。


「お前、なんだそりゃあ⁉︎ 魔導回路か⁉︎ デカいなんてもんじゃねえぞ!」


 ザラのあまりに楽し気な物言いはいつぞやのクオ・ヴァディスと通ずるものを感じざるを得ない。グレイプニルの拘束を免れた仲間すらもがその様子を見て軽く呆れ顔なところまでを含めて、だ。


「少佐の病気いよいよ。あんな馬鹿げたもの見て笑ってる、阿呆の所業」

「なぁにアレ……。固有魔導回路ってやつ? うちのもん達をふん縛ってるグレイプニルはあいつ1人で展開してるっての?」

「近くで見たがぁ間違いねぇなぁ。回路は全く以って読めねぇがくっ付いてるのは全部グレイプニルだぁ」


 奇襲を掛けられ、戦力の大半を無力化されたと言うのに随分と緊張感がない。さすがは各々が竜狩の称号を持つだけはあるということか。


「なんだ? お前らでも出来ないのか、アレ?」

「ありゃあちょいと異次元だぜ、少佐ぁ。デカい魔法を使えるとかそういうのとは丸っきりベクトルが違う。少なくとも2桁の駆動式を同時に展開出来る奴なんざぁ史実にすら居ねぇ」


 ドレッドヘアーの言葉に他の3人の纏う空気が変わる。いっそ油断したままでいてくれれば良かったのだが、そうも行かないようだ。


「ってえ事は、だ。あの刺青野郎は間違い無く魔法使いって事だ。後ろの嬢ちゃんも装備からして魔法使いだし、前衛はあの大男だけだ。じゃあ……」


 ザラが足を数度鳴らす。

 それを聞いた赤髪のセドナとドレッドヘアーのソーンが目配せ。即座にこちらを両翼から取り囲むように走り出す。


「分はこっちにあるな」


 ザラが言いながら腰の剣を抜く。

 巨体のザラが持つとまるで然程大きくないスティレットのように見えるが、人に置き換えればそれは幅広のトゥ・ハンド・ソードと大差ない。

 片手にそれを携えたその姿はまるで話に聞く巨人と相対しているかのような威圧感だ。


「ふむ。形的にはこっちは人質を取っている状態なんだが大人しく退く気は無いみたいだね」

「当たり前だろ。こんな面白そうな状況でなんで退かなきゃならねえんだ。むしろお前その状態であと何が出来るってんだよ? そっちの嬢ちゃんは明らかに人質に止め刺すタマじゃねえし、その大剣士が何かするには距離が遠いぜ?」


 見透かされた。

 人質は、人質でなければ何の意味も無いのだ。最初から無力化のみを目的にしていたこちらの、いわば手落ちだ。


 しかし、クオ・ヴァディスの表情は変わる事なく、むしろ何故かザラの言葉に喜色を増したようにすら見える。


「あぁ別に、何かして欲しいならするけれども」


 言って展開していた17個のグレイプニルを解除。

 せっかくの拘束が解けてしまうと血の気が引きかけるが、瞬間的に巨大な見た事の無い駆動式を1つだけ展開。解ける筈のグレイプニルは何故かそのまま維持され続けている。


 異様な光景に魔眼でその巨大な駆動式を見やる。


 脈打つように魔力を廻らせ続けるそれは17個のグレイプニルの維持だけを統合した補助式の塊のようだった。

 ようだった、と言うのは結局のところ『どうやらそういう動きをしている』のが見えただけの事で確証が無いからだ。


「どういう事だ? 奴は別の魔法を使ったんじゃねえのか? 何故グレイプニルが消えない?」


 ザラの疑問の声は当然のものだ。


 魔法による現象は1つにつき1つの駆動式に紐付けされている。つまり17個のグレイプニルを維持するならば展開した17個の駆動式を維持し続ける他無いのだ。これはシャックスやグレイプニルに代表される持続型の魔法全てが当て嵌まる。

 駆動式によって魔素置換で創られた物質は、駆動式からの魔力供給によって維持されているのだ。駆動式を解除すれば魔力供給は絶たれ、瞬く間に魔素に還元されてしまう。


 17個のグレイプニルを一斉に発射する駆動式、ならば不可能ではないかもしれない。

 しかし、1度展開した駆動式の効果の1部だけを他の駆動式に挿げ替えるというのは果たして可能なのか。


 と言うか目の前でそれらしい事をやられてしまっているのだけれども。


「ハインツ! ホントに奴等3人だけなの⁈ もう1人居てそいつがグレイプニル使ってるんじゃなくて⁈」

「さっきから何回か反響定位を繰り返してんだがぁ、どう探ってもあの3人だけだなぁ……」

「駄目だっ!」


 浮き足立つザラ達の更に後方から叫び声があがる。

 声の主を探すと後方でグレイプニルに拘束されている黒髪隻眼のソーンが首を擡げ声をあげていた。


「そいつの魔導回路は駄目だ! 逃げろ!」


 怯えを含んだ血を吐くような叫びに無事な4人に動揺の波が波及する。


「どういう事だ? 説明しろ、エド」


 警戒レベルを上げ、振り向かないまま背中でザラが問いかける。


「あ、あの魔導回路、駆動式に合わせて動いてる……! 能動的に構造式が書き変わって最適化されているんだ! 人の……人類の為せる技じゃない!」

「なんだい、良い眼を持っている子が居るじゃないか」


 クオ・ヴァディスの声に、一気に鉱脈内の空気が重くなる。先程迄の緊張感の無さは何処へやら、警戒の度合がピリピリと肌に刺さるようだ。


「構造式まで視えているならわかるだろう? 私が何かしようと思えば、別にこのままだろうが魔法は使えるって」


 クオ・ヴァディスが1歩、前へと足を踏み出す。

 たったそれだけの事で両翼に陣取っていた赤髪と、ハインツと呼ばれていたドレッドヘアーが大きく後退する。

 顔には緊張と、強い困惑の色。

 恐らく構造式までは視えていない、虚像としての光の渦のようにしか認識出来ないこの2人には具体的な脅威が体感しきれずに居るのだ。


 瞬間、目の前を遮るダブラスの大剣と金属が弾ける澄んだ連続音に身が縮こまる。敵方に集中するあまり手元が完全に見えていなかった。


「含み針か。東国生まれかチビ助」


 いつの間にか赤髪の背後に隠れ機を伺っていた黒髪の少女にダブラスが言う。


「黙れ木偶。チビ違う、スレンダー」


 東国から出て来てまだ日が浅いのか片言の公国語で少女が言葉を返す。


「ダービッド、あの木偶どうにかする。私、あのフワフワ刻む」

「フワフワって……後ろのお嬢ちゃん? アンナが獲物指定するなんて珍しいじゃない」


 ダービッドと呼ばれた赤髪が東国の少女、アンナの頭を撫でながら言う。


「あのフワフワ、貴族の匂い、する。貴族は、殺す」

「あんたの貴族嫌いも筋金入りよね。じゃああたしは大剣士さんと遊ぼうかしら」


 先手を打った事で緊張が解けたのか、ダービッドとアンナが素早く陣形を整える。残ったハインツはザラの横に移動し、ポケットに手を突っ込んだままのクオ・ヴァディスと対峙した。


「うちのもんは手が早くていけねえ。……って事だ、刺青の。やり合うしかねえみたいだな」


 仕方が無いとばかりに肩を竦めて見せるが、その実、身に纏う雰囲気は先程と一変していた。

 獣性とでも言うのか、野生の獣と対峙したかのような、狩られる側に回ったような独特の緊張が生まれる。


「ふむ。人質は意味無し、か」


 クオ・ヴァディスが天を仰ぎ、溜息を1つ。グレイプニルを維持し続ける駆動式が、魔導回路の蠢動に従いぐにゃりと書き変わる。

 ジャッカルの団員17人を拘束していたグレイプニルの鎖がまるで蛇のようにのたうち、獲物を抱えたまま1カ所に集まるように集まりだす。

 正直、生理的にゾッとする光景である。

 1カ所に纏まったグレイプニルはその鎌首を鉱脈の天井に伸ばし、獲物吊り上げ、保持する。4点で楔を打たれたグレイプニルは17人を天井に磔にし、漸くその不気味な動きを止めた。


「地べたに転がっているよりはこの方が巻き込まれにくいだろう」

「なんだい、結局どうこうする気は無かったんじゃねえか」

「出来れば退いてくれないかなぁと思ってたんだけどもね。聞きしに勝る戦闘狂だな、全く」

「呆れたような物言いの割には口元が嬉しそうですわ」


 天を仰いだままの口元には、亀裂のような笑み。

 ハイエステスの時と言い今と言い、なんだかんだこの男も戦闘を楽しむ癖がある。


「実を言うとね、少しだけ、楽しい」


 そんな乙女の秘密のように言われても反応に困る。


「それはとにかく、あのアンナって娘はどう見ても高速戦闘特化の前衛だ。リーリエ1人で大丈夫かい?」

「見くびらないで下さいまし。これでも日々研鑽は欠かさない方ですわ。どうにかして見せます。それで……」

「んん?」

「帰ったら本物になれる素質とやらの詳細をたっぷり聞かせていただきますからね!」


 叫んで、魔眼を展開。

 開戦の火蓋は切って落とされた。

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