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レゾ村での遭逢3

 教会迄の道中、アレッサ邸から同じ村の中だというのに意外な程距離があった為、リーリエは思案に耽っていた。内容は当然、竜を倒した人影についてだ。


 可能性が一番高いのはリーリエをアレッサ邸に担ぎ込んだという牧師当人だ。しかし通常牧師であれば使う魔法は癒しを中心とした生体系現象魔法に限られるはずではあるし、何よりあの魔導回路は異端に過ぎる。


 エレンディアで牧師というならばエレンディア聖教の信徒であるはずだ。ならば自分と同じハルメニア式魔導回路でなければならないと教則で決まっている。アレッサの様子を見るに異教徒というわけでも無いようで、そうなると別人が竜を倒し、ミョルニルの音で様子を見に来た牧師が偶然リーリエを発見してアレッサ邸に運んだのか。


「流れとしては自然ですわね……」


 しかしそもそも言っては悪いがこんな田舎にあれ程の魔法を使える者が居たということ自体が不自然である。竜が村を襲う正にその瞬間に通り掛かったのがそんな人物でしたと言われるくらいなら、まだ丘に住んでる牧師が実は魔法使いでしたと言われる方が納得も出来ようというものだ。したくは無いが。心持ち的に。


 魔導回路というのは、使いたい魔法の書式が組み込まれた駆動式と呼ばれる物を起動する為の大元となる回路の事だ。魔法を使う者は総じてこの回路を脳に魔力的に焼き付けて魔法を使う。魔法は体系化された技術であり一定の秩序が存在するのだ。


 例えばリーリエが使ったミョルニルはハルメニア式と呼ばれる最もオーソドックスな魔導回路でしか起動出来ない書式である。他の魔導回路でこの書式を用いても動作不順を起こし、最悪魔導回路へのフィードバックで脳神経が灼き切れる事だってある。


「あんな見た事も無い魔導回路でひょいひょいと使われては困りますわ!」


 癖のようにリーリエが独り言ちる。

 何をそこまで憤慨しているかと言えば、リーリエは魔法学に於いて所謂秀才である。貴族の生まれであるリーリエが花嫁修業と社交界を一切拒絶して魔法を独学で学び始めたのが5歳の時。14歳で超難関である王都の王立魔法学校に合格し現象魔法学を修め、17歳で主席で卒業。同時に王都魔導協会にスカウトされ18歳の現在ではエレンディア最高の栄誉とも言われている神天の称号を授かった。


 そんなリーリエをもってして読む事すら出来ない魔導回路というのは屈辱でしか無かったのだ。しかもその魔導回路で使われたミョルニルは自分のものと比べても途方も無い威力だった。まるで別の魔法と言える程に。


「んむむむ」


 唇を尖らせて呻き声を漏らしながら歩くリーリエには樹々に囲まれた美しい風景も目に入っていない。それどころか延々と続く緩い上り坂に苛ついてさえいた。


 苛つきが頂点に達そうかという正にその瞬間、唐突に視界が開けた。


 左右を様々な農作物が植えられた畑に彩られた、石で整地された小道の先に石造の教会が見えた。造りは古いが朽ちた様子は無く、手入れが行き届いている。花とユニコーンを象った紋章は間違い無くエレンディア聖教の物だ。一先ずこれで異教徒という線は消えた。


「自家栽培というやつでしょうかね? 良く手が入ってますわ」


 手入れされた教会と畑を見るに、その牧師は粗野な人物ではなさそうである。最近は牧師と言っても毎夜毎夜娼館通いを繰り返す生臭が居たりもするので信用ならない。


 小道を抜け正面入り口に立ち、リーリエは3メートル程の扉を開けた。油がさしてあった扉は驚く程軽く開き、教会の内側を晒す。


「ふゎあ」


 リーリエの口から思わず変な声が出た。口を開けたまま天井を見上げてしまったからだが、当人は内装に見入っていてそもそも声が出た事に気付いていない。


 石造の外面に反して内装はスタッコで塗られており、曇りの無い純白が目に眩しい。左右に長椅子が並んだ身廊の中央には入り口から金刺繍の絨毯が敷かれていて最奥の中央祭壇まで続いていた。左右10本の柱は太く、ちょっとやそっとの地震では揺らぎもしないだろう。


「凄い……」


 普段特に教会に用事がないリーリエは初めて見る本物の迫力に圧倒されていた。


 その為ごめんくださいと声を掛けるのも忘れていたし、背後から声を掛けられるまで全くその存在に気付けなかったのも致し方無い事であろう。


「もしもし?」


 2回目の『も』の辺りでリーリエの喉からぴっ! という声だか音だかわからないものが漏れた。驚き過ぎて身体が緊急回避と硬直を同時に行ってしまいその場で小さくジャンプしてしまう。


 立派に不審である。


「もももも申し訳ございません! 声を掛けるのが遅くなってしまいましたわ! 私、先日森で倒れているところを助けていただいたリーリエ・フォン・マクマハウゼンと申します! 本日はそのお礼に伺った次第でございましてこれはアレッサさんからのお届け物です!」


 自分の不敬と恥ずかしさからリーリエは捲し立てるように名乗り、後ろを振り向きながら頭を下げつつバスケットを差し出すという大変不可思議な動きを取ってしまった。


「おぉ……」


 バスケットを差し出された声の主はどうリアクションしたら良いかわからず混乱しているようだった。


「……あ。一昨日の魔法使いさんか。魔力欠乏起こしてたからアレッサさんちに運んだんだけど、良かった。後遺症も無さそうだね」


 頭上から朗らかな声が聞こえて、リーリエはホッとして顔を上げる。


 目の前に立っていた男は、一言で言えば胡散臭かった。


 身長は180センチ後半ほど。エレンディア聖教の法衣を改造してノースリーブにしていて、露出した腕は逞しくとても牧師とは思えない。戦士と言われた方がしっくりくる体躯の上に銀髪オールバックで赤眼の優男の顔が乗っていた。


 何より胡散臭さを助長しているのは両腕全面と首に覗く黒一色の紋様だ。リーリエが目を凝らすが魔力の流れは見えないためただの刺青らしい。


 牧師が、刺青? とリーリエが眉を顰めていると、何かに気付いたように牧師が口を開いた。


「珍しいヘテロクロミアだと思ったらその翠眼、魔眼だね。そんなに見なくてもこれはセロのアルジャーノンじゃなくてただの刺青だよ」

「⁉︎」


 魔眼を言い当てられたリーリエが思わず距離を取りそうになって、思い留まる。どれだけ胡散臭くても恩人は恩人である。これ以上の不敬はリーリエ自身のプライドが許さなかった。


 そのリーリエの胸中を知ってか知らずか、牧師は微笑んで掲げられたままのバスケットを受け取る。


「まあ立ち話もなんだし、此方にどうぞ。良い茶葉を貰ったからお茶でもしながら話そうじゃないか」


 一瞬、リーリエはこの提案を受け入れるかどうか迷ったがまだ礼もしていないし、何より一昨日のことを確認したかった。


「……いただきます」


 その言葉を聞いた牧師は満足げに頷いて外に向かって歩き始める。リーリエは警戒を解き切らないままその背中を追った。

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