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千里眼

「契起—エンゲージ—」


 声と共にゼフィランサスが誇る演算補助及び魔力の増幅機構を全開放。展開したハルメニア式魔導回路に通常時の数倍の速度で魔力が循環して行く。手持ちの駆動式を使うだけならば明らかに過剰な速度と増幅率だが、今回に関してはこれでも不安でしかない。


 この鉱脈に至るまでの道中でクオ・ヴァディスから提案された内容は、正直今をもって完全に理解出来てはいない。







「レゾで斥候との戦闘中にユピテルを使っていただろう?」


 チェルリアからイグナ大森林へと向かう道中の馬車内で、クオ・ヴァディスはそんなことを聞いてきた。


「使いましたが……、それが今回とどんな関係が?」


 言ってしまえばユピテルはそこまで難しい魔法ではない。ディエーウス系統という系統が少々マニアックと言うか使用人数的にマイノリティーなだけで駆動式そのものはさして複雑でもなく、かと言って然程応用性のあるものでもないのだ。

 今回のような状況に使えるような魔法ではないと思うのだが……。


「や、ユピテル自体が関係ある訳ではないのだけれどね。見たところとんでもない距離にとんでもない数の導体を設定していたけども、あれは限界範囲かい?」

「いえ、数を減らせば距離は稼げますが……」

「具体的には?」

「有視界距離であれば問題ありませんけど、見えない地点に設定するのはやったことがありませんね。あ、でも地形を把握していれば5000m程度であれば可能だと思いますわ」

「……キミさらっと恐ろしい事を言っているけども気付いているかい?」


 歩く不条理が何を言うか。

 そう言われても何がどう恐ろしい事なのかがわからない。出来るかと聞かれれば、感覚的に出来なくは無さそうだと思ったまでのことなのだが。


「薄々思ってはいたけれど、キミのその多次元的な知覚領域は最早異能だな。自然とやっているようだけど元からそうなのかい?」


 異能の塊みたいな人物に異能扱いされると何だか複雑な気分になる。

 元から、と言われても正直何を元からやっていたかを聞かれているかがわからない。

 少し自分が馬鹿なのかと不安になる。


「えぇと、出来ればどこがおかしいのかもう少し分かり易く説明して貰っても宜しいですか?」

「そうだな……。基本的な事柄として、魔法で顕現された物理現象は術者が知覚している範囲までしか制御出来ないだろう?」

「はい。それ以上の範囲に影響を及ぼしているのは魔法による物理現象ではなく、制御を離れた余波である。ということですよね?」


 学院の教科書にも載っている極めて基本的な事柄だ。

 例えば先のブリギットは知覚領域内を外れてしまえば燃焼しているトリニトロトリオールが供給出来ない為、あっという間に炎は消えてしまう。要は、この炎が魔法による物理現象であり、それによって生まれる熱波や上昇気流が余波だ。知覚領域が狭ければトリニトロトリオールの気化性故に炎は殆ど目の前にしか発生せずに魔素に還元されてしまう。

 知覚領域とは、つまり魔素を制御出来る範囲と言って差し支えないだろう。


「最初にキミのミョルニルを見た時から思ってはいたんだよ。キミの魔法で顕現された電撃は正確に過ぎる」

「電撃系の魔法は味方を巻き込みやすいですから細やかな制御を、とは心掛けていますが皆さんそうなではないんですの?」

「程度の問題だがキミのは些か異常だよ。主雷撃が枝分かれしないミョルニルなんか見た事が無い」


 どうやら褒められているようなのだが、実は他の魔法使いのミョルニルを見た事が無い為いまいち実感に欠ける。


「大気のプラズマ化等の余波の制御はまた別の技術だからとにかくとしても、電撃に関しての制御は完全に私を上回ってるよ」


 鳥肌が立った。


 明らかに超越者たる魔法使いに自らの技術を認められた。その事によって、ぼんやりとしていた実感が漸く腑に落ちる。


「へへ……」


 思わず、笑ってしまった。

 にやけた顔を取り繕おうとするもまるで上手くいかない。恐らく、今自分の顔は見るに堪えない中途半端な顔になっている事だろう。


 気恥ずかしさから息を止め、顔を伏せて自分の膝を睨む。


 顔を見られたかどうかは定かではないが、クオ・ヴァディスはそれに触れないでおいてくれた。

 生温かげな顔をしていたあたり見て見ぬ振りをしていただけだと思う。

 恥ずかしい。


「さて、ここからが本題なんだけども今回キミが鍵だと言ったのはその繊細な知覚領域に起因するんだ。私だと大雑把過ぎてあてにならないからね」


 あれで大雑把なのかと、話の本筋とは関係の無い部分に引っかかってしまう。


「要は、さ。ソーンの反響定位の応用だよ。大丈夫、大まかな部分は昨日夜なべしておいたからキミは制御とか度外視して感覚を最優先してくれ」


 いつぞや体験した事がある気がする会話の流れに凄まじい嫌な予感を感じたのだが時既に遅し、である。

 この会話中完全に空気と化していたダブラスの平和な寝顔にちょっとした殺意を覚えながら、やはり詐欺には気を付けようと心持ちを新たにしたのだった。






 自らの回想を打ち切り目を開くと其処には斜めに裂けた獣の口の様な鉱脈の入り口が見える。先程試しに踏み込んでみた結果、200m程直進した辺りから驚く程広大な下り坂が延々と続いていた。

 馬車での打ち合わせよりも鉱脈は広大であると想定しておくべきか。


 何にしても、こちらの策に都合の良い地形を発見するのが自分の役目、という事らしい。

 この段取りに予想以上に手間取り結局21人の無力化の方法は聞けずじまいだったが他でもないクオ・ヴァディスが策があると言うならば、それを信じるほか無い。


「こちらの準備は良いよ。行けるかい?」


 魔導回路を展開したクオ・ヴァディスが声を掛けて来る。

 普段と全く変わらぬ飄々とした態度に、今はかえって安心出来た。


 全く未知の、昨日クオ・ヴァディスが新造した駆動式を見事使いこなして見せなければならないのだ。誰も使った事の無い魔法を最初に使えるという事実への魔法使いとしての好奇心もあるにはあるが、実際のところ藁にもすがる思いである。

 普通、魔法に限らず技術というものは試行錯誤を繰り返して完成するものだ。1度も試行せずにぶっつけ本番で臨まなければならないプレッシャーは正直、胃に悪い。


「そんなに渋い顔をしなくてもキミにそこまで負荷は掛からない筈だよ。馬車で説明した通り、ソーンの音波による反響定位を私達は魔素の透過率の差異で行うってだけの話さ」


 それがちっとも『だけ』の範疇ではないと言うに。


「私は魔素の振動率を物理干渉出来るギリギリまで上げて、範囲内の透過率の情報を電気信号に変換してキミに送る。キミは四方に設置した導体を基点に透過率が低い座標を見付けてくれれば良い。情報のやり取りは魔導回路を介して双方向で行うからキミの知覚領域に認識されるであろう地形情報は私も認識出来る筈だ」

「後半がどうにも自信無さげなのが気になりますわ……」

「や、思い付きの理論だけで組み立てちゃったから実際やってみないとわからないってのが本音なんだよ」


 悪びれもしない笑顔に最早怒りも湧かず、諦観にも似た覚悟のようなものが腹に据わる。ここ最近のゴタゴタに巻き込まれている内に随分と図太くなったものだ。


「上手く行かなくても恨まないで下さいましね」

「キミの癖に最適化してあるから全く何の成果もあがらないって事は無いさ。さて、ダブラス。そっちも良いかな?」


 声を掛けられ、既に大剣を抜剣していたダブラスが空いている左手を上げる。


「こっちはいつでも良いぜ。旦那とリーリエは何があっても俺が護るから安心して没頭してくれよ」


 知覚の全てを魔法の処理に費やさねばならない為、万が一この場でジャッカルや魔獣の類と遭遇してしまった場合対応がどうしても遅れてしまう。

 このどうしようもない隙をダブラスに任せてしまおうというのが、クオ・ヴァディスの提案だった。


「最悪、リーリエだけは死んでも護れよ?」

「ホント旦那は俺の扱いが酷ぇな……」

「そう簡単に死ぬたまでもなかろうに。さ、じゃあやろうか」


 声を契機にクオ・ヴァディスの魔導回路に魔力が循環する。

 アゥクドラの時の要領で自分の魔導回路を接続。クオ・ヴァディスを循環の中心に据えて増幅された魔力の流れを掌握する。


 何故か心なしか前回よりもずっと楽にこの状態を維持出来ている気がする。


「おお、凄いな。2度目でこんなにすんなり適応するなんて流石だ。何度も私の魔導回路を視ている内に無意識に構造を把握して来ているようだね」


 褒められているのは有難いがそれでも余裕が無い事に変わりは無い。ともすれば暴走してしまいそうな魔力の奔流の手綱を必死で握り、知覚領域を広げる。


 大気の極性の差異、地面を流れる微弱な電流を魔眼を介し読み取る。

 クオ・ヴァディスの魔導回路という特大の補助式により極限まで強化された知覚は、容易に周囲の地形を把握した。


 鉱脈の入り口を中心に、1辺10kmにも及ぶ正方形。その四つ角に導体を設定する。俗に陣と呼ばれる結界が成立。これで一先ず、下準備は整った。


「天才ってのは居るものだな。案外これだけでもいけるんじゃないか?」

「いえ……、さすがに地中はノイズが多過ぎて処理出来る気がしませんわ……。それと、1つどうしても聞きたい事があるのですが……」


 極めて個人的な問題だが、途轍もなく重要な懸念が1つあった。


「今から使う魔法は、何という名称なのでしょうか?」


 何を言われているのかわからないといった顔でクオ・ヴァディスが固まる。


「……や、どうせ今回しか使わないだろうと思って考えてなかったけれど……。あった方が良いかな?」

「いえ、私的な事なのですが、私、魔法は声に出して使った方が集中出来ると言いますか気合いが入ると言いますか……」

「そう言えばキミはいつも気持ち良く叫んでいたねぇ……」


 本来、魔法の発動は意識下で行うものであり名称の発声の必要など無いのだ。むしろ掛け声よろしく一々声を出していては対象に態々対処法を教えているようなものだ。

 駆動式毎に名称が設定されている理由は、意識に焼き付ける際に他の駆動式との混同を防ぐため個別に認識し易くする為に過ぎない。


 わかっている。

 わかってはいるが、しかしだ。


 やっぱり必殺技は声に出すに限るではないか。


「まあ、そう言うなら……。キミに最適化して作ってある事だしルーン系統の名付けに則って『ヘイムダル』とでも名付けようか」

「『ヘイムダル』」


 声に出してみて漸くしっくり来た。

 頭でもやもやしていた霞が晴れるような、そんな気さえする。


「じゃあ、ヘイムダルのお披露目といこう」


 こちらの表情を確認したクオ・ヴァディスがヘイムダルの駆動式を展開する。

 ルーン系統の見慣れた書式で組み立てられたその構造式は、外縁となる巨大な円の内側で大小14個もの円形の式が回転している恐ろしく緻密な駆動式だった。


「花火の時にも思った事ですけど、クオさんの作る駆動式は派手過ぎませんか?」

「練磨されていない駆動式なんてこんなものだよ。……別に私が派手好きという訳ではないからね?」


 勘繰られたと思ったのか真顔でそう言ってくるクオ・ヴァディスに意味深な顔だけ向け、意識を駆動式に移す。

 些か腑に落ちない顔のままクオ・ヴァディスが駆動式を魔導回路に接続。回転する構造式全てに滞り無く魔力が循環するのを感じる。


 巡る魔力が臨界に達する頃には無意識に式の構造全てを把握していた。


「せっかくだから掛け声は派手に頼むよ」


 ニヤリとしたその顔はもしかしたら嫌味のつもりだろうか。

 この野郎と思いつつ、感覚を解放。意識の撃鉄を起こす。


「『ヘイムダル』!」


 引き金を引いた瞬間、結界の内側は自らの王国と化した。

ヘイムダルに引用した技術はミュオグラフィという、ミューオンとドリフトチャンバーを用いた実際の技術です。

火山の溶岩だまりとかピラミッドの内部構造を探知する技術ですが、本来はガスを使うので作品世界的にアレンジしました。


間違ってたりしたらごめんなさい。

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