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ジャッカル

前々から名前だけ出ていたソーンという種族の登場です。

 霊峰ガルゼトのほど近く、そのガルゼトからの清浄な湧き水をふんだんに湛えたイグナ湖のほとりにその鉱脈の入り口は口を開けていた。地震による地殻変動の影響だろうか、6mほどに渡り斜めに避けた小高い丘は人を喰らう何らかの魔獣の口のようにも見える。


 その口を覗き込みながら、表面に艶消し加工を施した漆黒の積層甲冑を着込んだ白髪のセドナ、ザラ・ハックは溜息を吐いた。


「こいつぁ……案外広そうだな。フィッツジェラルドの奴等も気を利かせて照明を付けてってくれりゃあ良かったのによ」


 巌のような顔を歪ませて独り言ちるザラに、後方から笑い声が漏れる。


「後から入ってくる俺等の為に命懸けで灯りを灯せってか。少佐も酷な事を言う」

「ガキの頃におふくろに納屋に閉じ込められて以来、俺ぁ暗い所が嫌いなんだよ。エド、灯りだ。明るめに照らせよ」


 先に言葉を発した、エドと呼ばれた黒髪隻眼のソーンが肩を竦めながら1歩前へ出る。


 耐水圧の為の眼球保護膜によって全体が黒い目を見開き、深く息を吸い、謳う。

 何層にも重なった独特の響きを伴った声は魔素を喚起し、現象を顕現する。俗にムーサ式魔導回路と呼ばれる、謳によるソーンの固有魔導体系だ。

 ソーンという種族は回路の焼き付けによる魔導体系ではなく、音階によって魔素を励起し駆動式を稼動するのだ。


 声によって励起された魔素が音階に沿って据えられた駆動式を起動。ルシフェラーゼ発光酵素による緑色の光が鉱脈内を照らした。


「もう少し明るく出来ないのか?」

「無茶言わんで下さいよ。こんな洞窟内であまり酸素を食う灯りなんか点けたら酸欠になっちまう」


 うげ、と紫色の舌を出してエドがかぶりを振る。


「アンナ、苦しい、イヤ」


 辿々しい片言でそう言ったのはまだ年端もいかない東国人の少女だった。

 長く伸ばした艶やかな黒髪をポニーテール状にまとめ、華奢な身体には動きを阻害しないよう必要最低限の装具しか纏っていない。

 その腰には左右から引き抜くように配された短刀が2本収められている。


「少佐、ワガママ、いくない」

「お前はイヤなとこばかり母親に似やがって……」


 歳にして3廻りは離れているであろう少女に嗜められているザラを見て、今度はその場に居る全員から笑い声が溢れた。


 人種も性別も様々なその集団は総勢21人の大所帯だ。しかもそれぞれが素人目にも明らかに業物であろう装具で身を固めており、漂う気配は歴戦の勇者のそれである。

 和やかに見えてもある種殺気に近いものを纏ったこの集団こそ、俗にジャッカルと呼ばれる傭兵団だった。


「もう早く仕事終わらせちまいましょう。俺この湖で一泳ぎしたいわ」

「止めとけ止めとけ。噂だと碧鱗の蛇竜の住処らしいぜ? 俺ぁお前で釣りする趣味は無ぇぞ」


 露骨に肩を落としたエドを尻目にザラは全員の方へと踵を返して腕を組む。純血のセドナにしても巨大な、3mにも届こうかという巨体はそれだけで小山のような威圧感だ。ザラはその体勢で団員を見渡し、言葉を切り出した。


「承知してるだろうが、今日の仕事ぁこの鉱脈の調査及び攻略だ。障害があるなら取り除き所有権を得よとの御達しが出てる。俺等の雇い主様はよっぽどイグノア鉱石が欲しいらしい。まあ、俺等がやることはいつも通りだ。適度に冒険して、適度に調査して、敵が居るなら適度に殺してやればいい」


 巌の面に凶相が刻まれる。


「出来れば竜が居れば良いなぁ。歯応えのある歳の食った奴が良い」


 その顔を見て団員はうんざりと言った様子で溜息を吐く。


「始まったよ……。仕事なんてすんなり終わるに越したことは無いでしょうに」

「エド、言うムダ。少佐お脳の病気、治らない」

「なに言ってるの。少佐はあれが良いんじゃない」


 そう言ってエドとアンナの間から顔を出したのは細身の長身に銀色の戦鎚を担いだ赤髪のセドナの男だ。


「あの顔をしてる少佐が堪らないんじゃない。滾るわぁ」

「五月蝿えダービッド。俺は疲れる仕事は嫌いなんだよ」

「糞オカマ、近い。あとクサい」

「エリージュ・ヌアのコロンをクサいなんてアンナは女子力の欠片もないわね。カリナと一緒で顔は良いのに勿体無い」


 邪険にされたダービッドと呼ばれた男は、かと言ってめげもせず妙にしなのある立ち方で顎に手を当て、熱の篭もった乙女の表情でザラを見詰める。


「ネウローの白豚野郎の子飼いとは言え、元竜伐隊のあたし達が竜を狩らないでどうするのよ。仕事はついでよ、ついで」

「糞オカマも病気。お脳が不自由。かわいそ」


 散々な言われようにも全くこたえた様子も無く、ダービッドの熱視線は続いている。しかし当のザラ本人は来る戦闘の昂りからか物思いに耽り全く気付いてすらいなかった。


「欲を言えば角付きか殻付きが良いなぁ。そろそろ甲冑を新調したいしなぁ。……うん、殻付きの黒竜、これがベストだな」


 ブツブツと妄想を膨らませ口角を緩ませるザラの後方、鉱脈の入り口からエドとは別のもう1人のソーンが姿を現わす。

 ドレッドヘアーをぽりぽりと掻きながら気怠げに歩くそのソーンは右手に携えていた長槍を足元に刺し、ザラに歩み寄った。


「少佐ぁ。エコーロケーションでの探査、取り敢えず終了だぁ。思ったより坑道が広くて全部は探知出来ねえなぁ」

「おおハインツ、戻ったか。お前でも駄目って、なんだ、そんなに広いのか」

「少なくとも俺の知覚出来る範囲で完結してるような広さじゃあねえですなぁ。もっとも、大気中でのエコーロケーション、反響定位は伝播する距離が著しく減衰するから何とも言えねえですがねぇ」


 人族でありながら頭部、前頭葉付近に水棲大型哺乳類と同様のメロン体を持つソーンは、声帯と種族固有の魔導回路を用いて発生させた音波をこのメロン体で収束することによって反響定位を行う事が出来る。

 個人差はあるが、優れた者が行えば水中ならば凡そ500km離れた物体も探知出来ると言われているのだ。


「現状での探査範囲は?」

「大雑把に8km程度。殆ど1本道で緩やかに湖の方に下ってますなぁ。入って直ぐに坑道が拡大してるから全員で入っても問題なさそうだぁ」

「ふむ。お前は500m毎に定位を繰り返せ。異変があれば即座に知らせろよ。他の奴等も聞いたな! 全員で掛かるぞ!」


 ザラの鬨の声に20人が一斉に動き出す。全員が全員フル装備にも関わらず動きに淀みはなく、その練度の高さを伺わせる。

 エド以外も数人が等間隔に灯りを灯し鉱脈へと進入を開始する。

 ザラはその様子を親が子を見るような満足気な目で見て、自らも携帯用の魔素灯を灯し最後尾についた。


「さぁて、稼ぎに行こう!」


 心底楽し気なザラの声は坑道内に反響し、谺のように闇に消えて行った。

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