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チェルリア2

書いていたら想定と展開が変わって来たのでちょっと短めに刻みます。

「正直、フィッシュ&チップスという食べ物に良い印象がなかったんだが、これは美味いな」


 ダブラスが案内してくれた呑み屋、と言うかちょっと小洒落たバーで出てきたフィッシュ&チップスを食べて、クオ・ヴァディスが最初に漏らした言葉がこれだった。


「これは衣に……ハーブソルトが入っているのか成る程。衣がやたらとサクサクしているのは炭酸水かなふむふむ」

「白身魚とポテトがフライになってるんだぜ? 不味いわけ無いじゃないか」


 ダブラスがやや呆れた風に言う。

 確かに極めて単純な料理なだけに不味い状態というのを想像し難い。


「や、何処で食べたか忘れたんだけど、イートインして出て来たコレがやたらと油でベタベタの下味も何も無いような酷い状態でさ。それに打ちのめされて以来食べたことが無かったんだ」


 街頭販売の類でたまに遭遇してがっかりすることはあるが、イートインでそれは酷い。恐らく古い油で揚げたうえに油を切らず提供されたものだろう。揚げ物に対する冒涜だ。


「昔のフィッシュ&チップスは確かに下味ついてなかったなぁ。ケチャップかビネガーぶっ掛けて食えよ! みたいな」

「私はあまりそういう乱暴な食べ物は苦手なんだよ……。この店のタルタルくらい凝ったものがあるならそれでも構わないがね」


 恐らく手作りなのだろう。玉ねぎの適度な歯応えと香り、鶏卵のコク、ビネガーの酸味が絶妙なのだが何故か重くないのだ。


「何か特別なマヨネーズでも使っているのでしょうか?」

「や、これはマヨネーズじゃなくてプレーンヨーグルトだね。フライに味がついているからタルタルソースの比重を下げたんだろう。油分とカロリーもカット出来るから一石二鳥だしね」


 それは何とも、女性には本当に嬉しい配慮である。変に太りたくないから食べないのであって基本的には食べたいのだから。


 それに、個人的なものだがこの店の配慮で嬉しい事がもう1つある。


「私はこのポテトがくし形とスティック形両方盛られている事に感動しましたわ」


 地味なようだが大概の飲食店にはどちらか片方しかメニューに無いのだ。どちらのタイプも好きな自分にとってはこの両得感がたまらなかった。


「俺このスティック形がふにゃふにゃになってるやつが好きなんだよなぁ」

「「わかる」」


 クオ・ヴァディスと全く同時に頷く。


 それと全く同時だった。

 ガラスが割れるけたたましい音と共に、空のジョッキがクオ・ヴァディスの側頭部に直撃した。


「何だとテメェ! もう1回言ってみろ!」


 と同時に座っていたテーブルの左手側から怒声。

 どうやら酔っ払い同士のケンカのようだが些か度が過ぎている。


「クオさん大丈夫ですか⁉︎」

「旦那大丈夫か⁉︎」


 心配するこちらを余所に当人は右側頭部をぽりぽりと掻いている。


「当たったのが私じゃなかったら大問題だぞ全く。ああ空で良かった」

「……まあそうですわね、ジェドさんと殴り合って大丈夫なんですからジョッキくらい大丈夫なんでしょうけども、いまいち視覚的に慣れませんわね……」

「相変わらずクレイジーなタフネスだな。これで魔法使いだって言うんだから世界は広いぜ……」


 世界広しと言えど、こんな魔法使いはこの男1人であろう。そうであって欲しい。


 そうこうしてる間にケンカは白熱して来ていた。

 明らかに肉体労働者であろう屈強な男2人がお互いの胸ぐらを掴みあって喧々囂々言い合っている。何をそこまで熱くなってるのかは呂律が回っていない為わからないが今にも殴り合いに発展しそうなのは明らかだった。


「おう、お前ら! ケンカも良いが外でやれ! 飛んで来たジョッキがこっちの旦那に当たってんだよ!」


 ダブラスの声に酔っ払い2人がこちらを確認しクオ・ヴァディスを視界に捉える。


「ピンピンしてんじゃねえか!」

「説教するにしてももっと上手くやれや!」


 酔っ払っている割には的確なツッコミである。


「キミ達に暴れられるとものを食べるどころじゃないんだよ。何か壊す前に大人しく会計を済ませて、続きは外でどうぞ」


 あくまで和やかなクオ・ヴァディスの物言いが癪に障ったようで、酔っ払い2人は胸ぐらを掴んだ腕を離し、こちらへ大股に歩み寄ってくる。


「こっちは別にお前らからでも構わねえんだぜ?」

「女連れだからってカッコつけてえのか?」


 酔っ払いの言葉に溜息混じりにダブラスとクオ・ヴァディスが立ち上がる。

 ダブラスの2mを越える巨躯は酔っ払いの1人を遥かに上回るが、180cmそこそこのクオ・ヴァディスはもう1人の酔っ払いよりも2回り程小柄である。

 一見するとどう考えても片手で畳まれてしまいそうだ。


「取り敢えず外に、とは行かないかな?」


 その言葉を余裕と受け取ったのだろう。クオ・ヴァディスと相対していた酔っ払いは、禿頭に青筋を浮かべながら右拳を大振りした。

 完全にその動きを目で追っていたクオ・ヴァディスは、何故か避けようともせずにそのままの体制で拳を顔面で迎えた。


 が、それだけだった。


 結果は知れていたのだ。

 体組成変換によって体重160kgを超え、前衛職の代表であるようなジェド・ダンブラスマンとまともに殴り合えるクオ・ヴァディスをどうにかしようなど、戦闘訓練も受けていないような素人では裸で竜に立ち向かうようなものだ。


「筋力はなかなかだけど殴り方が悪いね。腕を振り回すだけじゃ素人しか倒れてくれないよ?」


 左頬に拳を食い込ませたまま笑顔を絶やさぬクオ・ヴァディスに、周囲の客席から歓声が上がる。

 ギルド庁舎の前といい、何故大衆は他人のケンカで盛り上がるのだろう。


「いや、まともに喰らって平然としてるのは旦那くらいだと思うぜ?」


 声にダブラスの方に視線を巡らせると、そこには首根っこを掴まれてまるで子猫のようにダブラスにぶら下げられた酔っ払いが居た。

 平然とこなしているが尋常ならざる筋力だ。ぶら下げている酔っ払いも決して小柄ではない。180cmを超える筋肉質の身体を片腕で、しかも肘を伸ばした状態で持ち上げ維持しているとなると一体どれほどの筋力が必要なのか想像もつかない。

 あの成人男性程の刃渡を持つ大剣を装備しているのは伊達や酔狂ではないということか。


「お前らなにもんだ⁉︎ ネウローに依頼された傭兵連中ってのはお前らのことか⁉︎」

「ネウロー?」


 ネウロー・リッテンバーグ。

 装具メーカー、フィッツジェラルドに次ぐ大手装具メーカーであるリッテンバーグ・クラフトワークスの現代表取締役の名だ。


「我々は別口だがそのネウローの傭兵連中っていうのは何だい?」


 拳を食い込ませたまま話し続けるクオ・ヴァディスに観念したのか、禿頭の酔っ払いが拳を引き話し始めた。


「直接見た訳じゃねえが昨日辺りネウロー子飼いの傭兵がチェルリアに入ったって聞いてよ。今度はどこでお宝が見付かったんだかって今持ちきりだぜ?」

「げ。ネウロー・リッテンバーグの子飼いって事はジャッカルじゃねえか」


 ぶら下げた酔っ払いを下ろしながらダブラスが顔を顰める。


 リッテンバーグ・クラフトワークスはネウローが代表取締役に就任してからのここ10年で急成長したメーカーだ。それまでは抱えている鉱脈や職人が少なく、それほど目立ったメーカーではなかったのだがネウローの企業方針の改革によって突如として頭角を現したのだ。

 企業方針の改革と言えば聞こえは良いが詰まる所

 、強引な職人の引き抜きと武力による新規鉱脈の確保である。この武力を担うのがジャッカルと呼ばれるネウロー直属の傭兵集団だ。

 12年前に大陸南部で勃発した変革派の竜との戦争に参加した歴戦の傭兵を中心として構成されており、その武力はエレンディア正規軍の一個中隊に匹敵するとすら言われている超武闘派の集団である。


「タイミングが悪いなぁ」


 クオ・ヴァディスがやれやれといった具合に肩をすくめる。

 本当に、タイミングが悪い。間違い無く行き先はイグナ大森林の新規鉱脈だろう。目的は威力偵察、可能ならばそのまま攻略して所有権を主張する腹積もりだ。

 完全に企業間競争に巻き込まれてしまった形になる。


 竜、アゥクドラ、異端審問官と来て次は傭兵団。場合によってはそれに加えてまた竜だ。そこらの吟遊詩人の詩の登場人物でもここまで災難続きなのは珍しいと思う。


「でも良い事を教えてくれたね。会計は私が持とうじゃないか。だからケンカの続きをするなら外でにしてくれよ?」


 いまいち腑に落ちない表情のまま、しかし結果としてタダ酒になった事で無理矢理納得したのだろう。最早酔いの冷めた男達はのそのそと店を後にした。


「やべぇぜ旦那。このままだと多分ジャッカルと事を構える事になる」


 席に戻りすっかり温くなったエールのジョッキを煽ってからダブラスが呻くように言う。


「多分と言うか間違い無いだろうね。エナがわざわざ私を指名したのはこの状況を予見しての事だろう。ちょっと多過ぎる報酬にもこれで合点がいった」

「アルルトリス・エナは悪魔かよ……」


 ダブラスがつい数時間前迄の評価とは真逆の品評と共に肩を落とす。


「んー、と言うか、ね」


 顎を人差し指でぽりぽりと掻きながらクオ・ヴァディスがバツが悪そうに笑う。この顔をしている時は大体碌でもない事に思い当たった時だ。


「エナもまさか私が誰かと同伴するとは思わなかったんだろうね。私、友達居ないと思われているから」


 碌でもないと言うか悲しい告白だった。

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