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チェルリア1

大変ざっくりとですがマップを用意してみました。

挿絵(By みてみん)


 王都から真東に、最近何かと縁があるレゾに向かって馬車で本街道を5時間。そこから北東に折れて大陸北部の海まで続く枝街道を更に2時間。

 チェルリアと呼ばれる宿場町に辿り着いたのは既に22時を回った辺りだった。


 ガルゼトまでは馬車で凡そ丸2日掛かるため初日はチェルリアに宿を取ろうと、装備を整え様直ぐに王都を発ったのだが予想外の足止めを喰い、到着は大幅に遅れてしまっていた。


 枝街道に折れて直ぐに、道を塞ぐように眠る野生のモールに出会したのだ。

 モールは野生環境で育つと家畜化したモールと違い非常に大型になる。気性が穏やかなままなのは有り難いのだがちょっとやそっとでは目を覚ましてくれず、最終的に弱目の電撃で起きて貰った。


 最悪の目覚めだっただろうが許してもらいたい。


「こんな時間に宿が取れますかね?」


 宿もそうだが食事の心配もある。宿場町に居ながら携帯食に頼るのは何とも御免被りたい。


「問題ないと思うぜ? チェルリアは東の不夜城と呼ばれる程の宿場町だ。宿も酒も食事も女も時間に関係なく通常営業よ」


 ダブラスの物言いにげんなりするが確かに街は深夜だと言うのに魔素灯に照らされ、まるで昼のようだ。

 未だ看板の灯を落とさぬ飲食店。

 店内では収まり切らず路地にまで宅を広げる居酒屋。

 今まさに灯りを点ける風俗店に、街灯の下で客を引く煌びやかな娼婦など良くも悪くも王都とは違った夜の顔が垣間見えた。


「言っておくけども、酒までは必要経費で落とせるが女遊びは実費でな?」

「酒は落ちるのかよ。アルルトリス・エナの懐の深さはアントレア海溝なみだな」

「酒は飲食費に含まれるからな。ショーパブ迄なら届出上は飲食店だから構わないが娼館に行くなら自分の財布と相談してくれ」

「クオさんからそういう俗っぽい話を聞くと何か得も言われぬ気分になりますわね」

「遠巻きに社会不適合者扱いするのはやめてくれまいか」


 どちらかと言えばあまりそういう俗世の事に興味が無さそうな印象だったのだが、この牧師もどきは案外世間の事柄に聡い。道すがら話を聞いていたら、大手の新聞社数社分と週刊誌、それに装具、鉄鋼、魔法の分野の各業界誌は定期購読しているらしい。ついでに王都のグルメ処を調査し紹介する週刊誌『ポットペッター』も愛読しているとか。


「何にしても先ずは宿か。それから適当に外で食事を摂ろう」

「そうですわね。取り敢えず装備を下ろしてからでないとゆっくり食事も出来ませんわ」


 ここぞとばかりに買い込んだ消耗品の数々は腰のポシェットと太腿にベルトで固定されたサブバッグには収まり切らず、マントの下の背嚢に収納している。

 官給品のこの背嚢は身体にピッタリとフィットし揺れる事が無いため動くのに邪魔という事は無いのだが、いかんせん重量があり過ぎた。

 慣れない事はするものではないと、少し反省する。


「我々とリーリエで2部屋確保出来れば話は早いんだが……お」


 通りを3人で見回しながら歩いていると、案外直ぐに宿の看板は見付かった。


『ホテル・チェルリア』

 そう掲げられたその宿は王都でもそう見ない高層建築で、堅牢な柵に囲まれたその建物は漆喰塗りや石造りが多い通りの建築物とは一線を画す混凝土造りだ。しかも塗りっ放しではなくドットのように大理石のプレートを貼って彩飾してある凝りようである。

 恐らく、いや確実に高級宿だろう。


「クオさん、ここはさすがに……」

「これだけ客室があれば満杯という事は無さそうだね」


 そう言ってクオ・ヴァディスはスタスタと何の気負いも感じない足取りでホテルに向かって行く。


「ちょっと、クオさん⁉︎」

「大丈夫だよ。この手の街の名前が付いた宿はフィル・アンセリエーズというグループの所有でね。フィッツジェラルドはここの大株主なんだ。この依頼書を提示すれば自動的にエナに請求書が行くようになっているはずだよ?」

「アルルトリス・エナは神かっ⁈」


 ダブラスが声を張り上げる。むしろダブラスが言ってくれなければ自分が叫んでいたところだ。

 こんなに至れり尽くせりの依頼があって良いのだろうか。


「書簡に書いてあるだろうに。特に制限も聞いていないし、危険度が高い調査に向かう前に良い宿に泊まって英気を養ってもバチは当たるまいよ」


 余程嬉しかったのだろう、それを聞くやいなやダブラスがホテルにスキップするように走って行く。案の定門の警備に制止されるが書簡を見せた途端にその態度は180度反転した。


「マジじゃねえか……。マジじゃねえか!」


 拳を握り、わなわなと震えるダブラス。気持ちは痛い程わかる。

 急にこんな高そうな宿に泊まれると言われても正直現実味がない。


「我々の雇い主を甘く見てはいけない。全世界に高級装具メーカーとして名を馳せるフィッツジェラルドの天才装具職人だぞ? キミ達だって実際エナの作品を使っているんだからその腕は身を以てわかっているだろう?」


 おっしゃる通りだ。

 官給品の魔杖、マークスマンシリーズからゼフィランサスに持ち替えた時は本当に同じ規格の魔杖なのかと疑った程だ。

 代行者とはいえ軍用規格の魔杖を扱った事は無いが、今迄使っていた官給用規格のものとは比べ物にならない補助率と増幅率に暫くは手加減の為の訓練が必要だったのを思い出し、改めてアルルトリス・エナの偉大さを思う。


 その偉大さが及ぶのは装具の性能だけに留まらず、アルルトリス・エナの書簡を提示した時のコンシェルジュの顔を見るに傘下のグループにも余程顕著であるらしい。

 ありえないほどのVIP待遇でやけに広い部屋に通され、装備を置いて3人で外に出ようとした時など門でお見送りをされた。


 ちょっと怖い。


「時間が早ければホテルで食事出来たのに残念だな」


 繁華街を歩きながらクオ・ヴァディスが呟く。


 さすがに時間が遅すぎた為ホテルのレストランの営業は終了していたのだ。

 見るに高級感漂うあのレストランではどんな料理が出て来るのだろうと思うと、やはり少し惜しい。


「何言ってんだ旦那。チェルリアと言ったら呑み屋飯だぜ。ちょうどこの先に美味いフィッシュ&チップスを出す呑み屋があるんだ」

「ふむ。だ、そうだがリーリエはそれで良いかい?」

「たまにそういうジャンクな食べ物を聞くと胃が刺激されますわね!」


 限界が近い空腹感に苛まれている時にそんな脂っこくて味が濃い食べ物の話などされて堪えられる筈が無かった。


「あ〜、ダブラス。案内宜しく」


 言われたダブラスが親指を立てて先導していく。

 あとはその呑み屋が出来るだけ近い事を願うばかりだ。


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