表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/75

庁舎にて

「改めて、ダブラス・E・シュトラッセだ。よろしくな」


 ギルド庁舎のロビーで、クオ・ヴァディスが依頼の受諾を済ませているのを待っていると、ダブラスがそう言って手を差し出してきた。


「リーリエ・フォン・マクマハウゼンですわ。協会所属の代行者をしています」


 手を取り、会釈する。


「あ、最年少で神天を授与したっていう天才魔法使いさんか⁉︎ 旦那の連れだから只者じゃないとは思ってたがすげぇ大物じゃねえか。何だってわざわざギルドで仕事を?」

「いえ……ちょっと個人的な事情で通常業務に穴を開けてしまいましたので、その補填に取り急ぎ何か仕事をしようと思った訳でして……」


 その旦那と知り合ったが為に協会に音信不通になっていたとは言えない言いたくない。


「へえ、真面目だな。確か新聞によると座天使級だろう? 普通協会から直接依頼が下りてくるだろうに」


 中位から高位の代行者は協会から直接名指しでの依頼があるのは確かだ。今迄どんな依頼を受けているか、その成否、素行や得意分野を協会が判断してその者が依頼に適切だと判断されれば任命される。

 当然、依頼の難度は高く危険が伴うが、これを適切にこなせれば高額の報酬と、何より名声を得る事が出来る。

 この協会からの依頼を受ける為の下積みとして低位代行者はギルドの依頼を受ける事が多く、確かに自分以外の高位代行者がギルドに来ているという話は聞いた事がない。


「協会からの依頼を受けているだけでは世間の事はわかりませんから」


 ギルドの依頼を未だに受け続ける理由はそれだ。


 協会から指名される依頼は、ギルドに寄せられた依頼の中でも緊急度の高いもの。つまりは確実に処理せねば国民及び国家に莫大な被害をもたらすであろうものだ。確かにこの任に指名され、これを適切に処理する事が代行者の本懐なのかもしれないが、どうにも仰々しい感じがしてしまうのだ。

 子供っぽい考えかも知れないが市民と触れ合ってこその正義の味方であると、そう考えている。


「協会の人間がみんなお嬢みたいなら良いのにな」

「その……何故お嬢なんですの?」

「いや、フォンって事は貴族だろう? お嬢様ってのもアレだし、かと言ってリーリエちゃんとか呼び辛いだろ?」

「呼び捨てで構いませんわ」

「良いの? やった、了解」


 何故か喜ばれた。

 普段から交友関係というものが乏しいこともありいまいち距離感が掴めない。若い男性ともなれば尚更だ。


「ダブラスさんはどうやってクオさんと知り合いましたの?」


 一先ず無難且つ共通の話題を振ってみる。何事もコミュニケーションから始まる。きっと、多分。


「俺も呼び捨てで良いぜ?」

「私は癖みたいなものですから、お構いなく」

「そりゃ残念。……いやなに、俺は15から軍属だったんだけどクソ上官の所為で味方殺しの汚名を着せられちまってな。軍法会議に掛けられてそのまま退役よ。当然退職金なんぞ出るはずもなくて日銭稼ぎの傭兵稼業でどうにかこうにか生活してたんだが、ある日ドジっちまった。旦那に聞いてると思うが俺は生まれつき魔力が無い体質でさ。単独行動中に魔法使い5人に囲まれて手も足も出ずに殺されるところだったんだ」


 魔法の体系化が為されていない頃ならば兎に角、魔法が使えない傭兵というのは今や時代遅れなのだ。

 昨今では一見魔法使いでなくとも簡単な防御魔法、例えばスヴェルなどは装備している。

 魔導回路の普及によって魔法ありきの戦闘が基本にある今の戦場では魔法への抵抗が出来ないという事はそのまま死に直結するのである。


「そこに!」


 話に熱が入って来たダブラスがグッと拳を握る。


「近くの遺跡に向かってた旦那が通り掛かってくれて颯爽と助けてくれたのさ! お礼がてらその仕事手伝ってたら話聞いてくれてさ。すっかり世話になっちまったんだがいかんせんホント冗談みたいな額面だったもんでよ。稼ぐ為の下積みに時間がかかっちまったって訳さ」


 確かに3億7500万払えと言われたら自分でも何かの冗談だと思う気がする。


「そういうリーリエは何で旦那と? こう言っちゃなんだが神天持ちの代行者が連むにしては旦那は浮世離れし過ぎてやしないか?」


 軽妙な表現に思わず笑いが溢れる。


「そちらとそう変わりませんわ。仕事の途中で竜と遭遇したところを、通り掛かったクオさんに助けられましたの。あの人、他人のピンチに通り掛かってしまう呪いにでも掛かってるのかしら」


 今度は2人で笑う。

 なんだか上手くお話が出来た気がする。

 ダブラスは少し系統は違うが、この軽妙さはエルバクに通じるものを感じる。何処か懐かしさを感じながら、ダブラスへの警戒心は度合いを下げて行った。


「随分楽しそうじゃないか。仲良さげで何より」


 そうこうしてる間にクオ・ヴァディスが3つの書簡を持って帰って来た。


「手続きして来たよ。アルルトリス・エナからの依頼で、霊峰ガルゼト西側のイグナ大森林にある鉱脈の調査だね。幸い大森林の入り口近くにあるらしいから辿り着くのは容易だろう。ただ、先遣隊はもう1週間出て来ていないようだから戦闘は避けられないだろうね。質問は?」

「イグナ大森林と言いますとまた長旅ですね……」


 今日中に一仕事と思っていたのだが、大幅に思惑が外れた。しかし著名人の依頼となれば、協会にも聞こえは良いはずだ。しかもフィッツジェラルド社の職人の中でも稀代の天才と言われているアルルトリス・エナの仕事だ。また王都を離れる事になってもお小言を言われる事は無いだろう。多分。


「ガルゼトに近いとなると最悪、竜との遭遇戦もあり得るって事か」

「そうだね。あの辺りの緩衝域は入り組んでいて人族も竜も境界が曖昧だ。鉱脈の奥が竜の巣だったなんて事も無きにしも非ず、だ」


 うぇ、と言わんばかりにダブラスが顔を顰める。


 思い出すのはレゾでの一件だ。

 クオ・ヴァディスが居るからと言ってそうそうお目にかかりたい光景ではない。


「しかもガルゼトという事は穏健派の長、アノードステルのお膝元だ。万が一にも彼女の機嫌を損ねるようなことがあればそれこそ人族と竜の戦争になりかねない」


 無い話ではないだけに震えがくるが、今凄く気になる事を言われた気がする。


「彼女?」

「そうだよ? アノードステルは女性体の赤竜だ」


 待て。

 待て待て待て待て。

 竜に男女があるのは研究で判明している。

 しかしだ。

 あのアノードステルが。

 昔、王都に攻め入られた時の文献に、王城を一飲みにしそうな程の体躯と書かれていたあのアノードステルが、だ。

 女性体であるなど聞いた事も無いし、ましてやどの文献にも書いてなどいない。


「……何故ご存知なのか聞いても宜しいですか?」


 ある程度予想はつくのだが一応、聞いてみる。


「昔、何度か会った事があってね。その時本人から聞いたんだ」


 予想通りだった。

 長く生きていて力を持つ者同士、そういう事もあるのだろうと無理矢理納得しておく事にする。


「しかし、何だって今更そんな微妙な位置の鉱脈調査を?万が一を考えれば触らぬ神に祟りなしだと思うが」


 ダブラスの言うことにも一理ある。

 例え新たに発見された鉱脈と言えども竜との遭遇があり得るような危険を侵しながらの採掘は余計なコストも掛かって割りに合わない為、企業も放置する事が多いのだ。


「や、私もそう思ったんだ。しかしまだ未公表らしいんだけども、どうも先遣隊の最後の通信でイグノア鉱石の鉱脈が確認されたようだ」

「そういう事か。そりゃ竜の巣の近くだろうが何だろうが欲しいわなぁ」


 イグノア鉱石というのは装具、特に礼装に用いられる希少鉱石だ。

 原石の状態では全く艶のない真っ黒な鉱石な為一見すると判別が難しい。熱を入れると優れた硬度と弾性を持ち尚且つ加工がし易く、しかも魔力伝導率が非常に高い特殊な鉱石であるが採取量が限られており、企業はこの鉱脈の確保が直接株価に関わる為躍起になって鉱脈獲得に力を注いでいるのだ。

 最近では希少さ故取引価格の高騰が起こり、それにつられて鉄工及び装具関連企業の株価がうなぎ上りしている為余計なのだろうが。


「調査内容はイグノア鉱脈の有無の確認と、可能ならば先遣隊5名の救助だ。無理であればせめて遺品だけでも回収して欲しいらしい」

「世知辛いねぇ。焦って非戦闘員でも投入したのか?」

「ちゃんとフィッツジェラルドお抱えの傭兵部隊だったようだよ?にも関わらず連絡が途絶えたもんだからギルドに話が下りてきたんだろう」


 既存の鉱脈関連の仕事では無く、新規の鉱脈の調査となると機密漏洩を防ぐ観念から完全に企業お抱えの人員が送り込まれるのが常であるが、往々にして例外は起こる。


「鉱脈のような限定空間での竜との会敵は御免被りたいですわね……」


 逃げ場の無い洞窟で竜と戦う事になるかもしれないと考えただけで気が滅入る。


「危険度の分、報酬は破格だよ。なんと、諸経費別で3000万イクスの先払いだ。協会に登録されてるキミたちの口座に等分された1000万イクスが振り込まれている筈だよ」


 思わずダブラスと2人で目を丸くする。破格も破格だ。1人辺りB級魔導災害指定相当の報酬である。

 一気にゼフィランサスの残りの月賦を払えると思い、現金なもので途端にテンションが上がる。


「さすが大企業。太っ腹ですわ!」

「フィッツジェラルド様アルルトリス・エナ様様だぜ!」

「キミたち思った以上に相性が良さそうだね。まあ、道中は長いし良い宿を取って美味いものを食べて仕事に臨もうじゃないか」


 書簡を受け取り、先ずは旅の身仕度をせねばなるまいと東街区のエスピナ雑貨店へと足を向ける。

 諸経費別という事は必要経費で装備を揃えられるという事だ。

 竜の恐怖は何処へやら、普段では節約する装備も買い揃えてしまおうと算段を付け庁舎を後にした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ