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代行者の仕事

 1週間の遠征から帰って来たらいつの間にか竜なんぞ倒していてしかもハルメニア連名の報告書を提出して総務を混乱させ挙句公務で来訪したハルメニアと共にぶらぶらと観光してまた仕事に穴を開けやっと顔を出したかと思えば今度はトリスタンを連れて帰って来やがってこのヤロウ直接文句なんか言えるわけ無いだろうがしかしあの2人と交友があるなら紹介してもらえないだろうかグヘヘ。


 トリスタンの車に同乗し王都に帰って来て先ず魔導協会に顔を出し不在の説明を行ったのだが、それに対する上司のリアクションは上記の通りであった。


 俗物極まる上司の反応はただでさえ疲弊していた身体を更に叩きのめすのに十分だったが、どうやらハイエステス支所の一件は伝わっていないようで安心も出来た。

 そして気が抜けた精神は一気に疲れを自覚し、協会の寮に戻った時点から記憶が飛び今に至る。


 時計の暦は寮に戻った時刻から丸々48時間が経過している事を示している。既に10分近く睨めっこをしているがどうも間違いないようで、2日後は2日後でサボりはサボりだった。

 抱えてる案件が無かった事だけが救いである。


 取り敢えず3日以上シャワーも浴びていないのが女子としてどうなのかという疑念に行き当たり何においても1回シャワーを浴びようとベッドからもそもそと出る。


 制服すら着替えていないとか、無いわぁ。


 半ばうんざりしながら服を脱ぎつつシャワーに向かう。

 その道すがら服を脱ぎ散らかしてしまう辺りがそもそも女子としてあり得ないと自覚しつつも面倒くささが先行してしまい手が付かない。おかげで自室は、割と乱雑だと思う。生ゴミだけはしっかり片付けている為生臭さは無いが、畳んだだけで放置された服や読み散らかされた本で本来の床面積の半分は陽の光を浴びていない。


 万が一、何故か女子力溢れるクオ・ヴァディスに知れたら、いい歳の女の子がみっともない。とかお小言を言われるに違いない。

 反論出来ないだけに辛い。


 ここだけはと清潔を保っているシャワールームに入り蛇口を捻ると直ぐに温めに設定されたお湯が出て来て室内を湯気で満たす。

 頭からお湯を浴びると全身を流れていくお湯が身震いする程快感だった。

 湯槽に浸かる手もあったなと後方をちらりと見やるが、湯を溜める時間とその後の掃除の手間を思い瞬時に断念する。


 溜息を1つ。


 シャワーによって切り替わった頭でそろそろ仕事をしなければ不味いという切実な現実感を受け止める。

 高位代行者である身の上は月のノルマのような制約は無いのだが、ここで手を抜くと竜狩の肩書を手に入れて天狗になっているなどと後ろ指を指されるに決まっている。自分でやった事でも無い事で嫌味など言われたくはない。


 取り敢えずギルドに顔を出して手頃な依頼書を探してみるのが1番近道か。中位代行者向けの依頼ならば討伐、採集問わず然程時間を取られずに、且つ単独で受けられる筈だ。本来であれば2人組、ないし3人組で臨むのが最善ではあるのだが魔法を使う状況になった時に巻き込まない自信が無い。その辺の連携が取れるような手練は多分報酬が少ない中位向けの依頼など受けてはくれないだろうから、この際割り切るしか無い。


 それでついこの間失敗した訳だが、そんなおいそれと魔導災害級の案件なんぞにぶち当たってたまるものか。査察部の仕事を信頼するしか無い。


 シャンプーを手に取り、髪の毛を洗おうとするものの3日ものの頭髪は殆ど泡立ってくれない。早々に諦め、1度湯で流し2度目のチャレンジで漸くふんだんに泡立ってくれた。

 頭皮の汚れが泡によって根刮ぎ流されていくようで堪らなく気持ちが良い。

 そのまま石鹸を手に取り、泡立て身体を洗い出す。癖のようなものだが全身泡でモコモコにするのが好きなのだ。如何にも、洗っています! という説得力を感じる。自己満足だが。


 全身モコモコになったところで頭からお湯をかぶり、全身のモコモコを流す。モコモコが流されていくこそばゆい感覚を楽しみながら頭頂部から爪先まで、くまなくモコモコを流し切るモコモコ。


 シャワーを止め、頭を振って毛先を指で確認する。堅い。

 父方の遺伝だが、この毛質だけはどうも好きになれない。女子の中ではかなり毛が太く、癖っ毛なのだ。この後乾かしてブラッシングをさぼろうものならあっという間に四方八方に反乱を起こす。それを防ぐ、シャンプーの後に髪につけるトリートメントなる物があるらしいのだがまだ些か高価でありちょっと常用する気にはなれない。


 ドアに引っ掛けてあった大手のタオルを掴み髪の毛をざっと拭き、身体を拭く。身体にタオルを巻き付けてシャワールームを出ると冷んやりした室内の気温が肌に気持ちが良い。


 ベッドと逆側の壁際に設置したローソファーに腰を下ろし一息……ついたら駄目だ馬鹿か。


 大急ぎで下着を身に付け、替えの制服のボトムを履き上はインナーだけ取り敢えず着込む。新しい乾いたタオルをあて髪を乾かし、取り急ぎ爆発しない程度まで髪をブラッシングする。しかしそんな暴挙を癖っ毛は許してくれずブラッシングする側から重力に反旗を翻し始めた。

 時計を見ると13時半。

 これからギルドに出向き、手続きをし、仕事をこなそうというなら14時には到着していたい。

 何もかも面倒くさくなりヘアバンドを装着して上着とマントを羽織り、ゼフィランサスを腰に据える。比較的おでこが広いため出来れば隠しておきたいのだが背に腹は変えられない。


 外に出て直ぐに失敗に気付く。

 凄く、お腹が減っている。

 当たり前だ。寝倒してしまったのだからその間何も食べていないのだ。部屋の冷蔵庫に携帯食料が入っていたにも関わらず慌ててすっかり忘れていた。

 依頼内容によるが魔法を使う状況に遭遇した場合、絶食はマズい。ご飯を食べなかった所為で魔力欠乏になりました。なんて事になったら目も当てられない。

 やや回り道になるが仕方がない。ギルドまでの直線を東に1本逸れてハーヴェスト・デリカテッセンで菓子パンでも買って行こうと決め、即座に十字路を右折する。

 直進する事100m。1つ目のT字路を左折、再び直進する。


 暫くすると、パンの焼ける芳ばしい香りが鼻をくすぐる。

 いけない。

 匂いを嗅いだ途端に空腹感が加速した。

 おもちゃ屋を前にした子供よろしく早足に歩いていると、見えてきたハーヴェスト・デリカテッセンの店頭に見慣れた人影を見付けた。


「おや、奇偶だね」


 こちらに気付き声を掛けてきたのは最近何故かやたらと顔を合わせているクオ・ヴァディスだった。


 何故居る。


「前髪を上げているから一瞬気付かなかったよ。仕事中かい? まさかオフも制服って訳じゃないよね?」

「えぇと、先ず何故王都に居るか聞いて宜しいでしょうか……」

「私も仕事だよ。レゾへの帰路の途中で思い出してUターンして来たんだ。さっき着いてこれからギルドに向かうところだったんだけど、ちょっとお腹が減っちゃってさ」


 仕事……?

 仕事と言ったか今?


「依頼を受けるんですの? クオさんが?」

「その言い方はあれだな。私が真っ当な社会の歯車に組み込まれている事に疑念を抱いている言い方だね? ほら、これこれ」


 社会不適合者の極みはそう言いながら懐から手の平大の金属製タグを取り出す。

 馴染みのあるそのタグはまごう事なき代行者の証であった。


「なっ⁈ どっ⁈」

「私は正式に協会お抱えって訳じゃないから名乗る義務が無いんだよ。ほら」


 クオ・ヴァディスがタグを裏返すと印字が彫られていた。


『アルルトリス・エナ発行 臨時指名代行証』


 臨時指名代行証。

 簡潔に言うならば、協会代行者以外の人物がギルドで依頼を受ける為に必要な身分証だ。発行には協会が認定した人物の指名が必要であり、極端な話その指名さえあれば制約付きではあるが誰でも依頼を受ける事が出来る。

 制約とは、その指名した人物の依頼であること。

 詰まるところ依頼主が代行者以外に名指しで仕事を依頼する為の証書のようなものである。


 何故こんな物が必要かと言えば、遺跡や地下迷宮等の敵性存在が確認されている禁足地への踏み入れを協会が管理している為だ。

 基本的に禁足地には代行者以外の進入は厳しく規制されており、フリーの傭兵や採集家は自由に出入りが出来ない。故に企業が希少鉱の採掘や魔獣由来の素材の採集を機密保持等の理由からお抱えの私兵で行いたい時にこの証書を発行するのだ。


 つまりアルルトリス・エナという人物がクオ・ヴァディスに名指しで仕事を依頼しているということだ。


「アルルトリス・エナ?」


 独特な響きの名だが、何処かで見たか聞いたかしたような覚えがある。


「キミの魔杖、フィッツジェラルド製のオーダーメイドだろう? 銘を見てごらん」


 腰に差したゼフィランサスを抜き、中心の持ち手に彫られている筈の銘を確認する。


 アルルトリス・エナ。

 確かにそう彫ってあった。


 思わず噴き出した。


「まさかオーダーメイドのワンオフ品なんぞ使っておいて職人を知らなかったのかい?」


 まさか。

 アルルトリス・エナは装具メーカーの大手フィッツジェラルドの本社があるヘイジェスバイアス、いや全世界的に見てもトップクラスの装具職人である。神の業を宿すと言われる黒毛のロイトリであり、鉱物を扱わせたら右に出る者は無し。その業は鉄を宝具に変えるとすら謳われている。当然そんな職人が打つ装具は目玉が飛び出て精霊界に旅立つ程高価であり、ゼフィランサスにしても絶賛月賦を支払い中である。


 ただ、目の前の男とそんなビッグネームが結び付かなかっただけだとは言えない。


「ああ、エナのような高名な職人に私が指名されているのが意外なんだね?これでもアルルトリス・エナがオーダーする希少鉱石等の採集・納入を一手に引き受けている腕利きなんだけどな。と言うか、田舎の牧師家業だけの現金収入じゃああの教会の維持すらままならないんだよ」


 やはりばれた。

 確かにあの教会の壁のスタッコは塗り立てのようにヒビ1つ無かった。掃除だけではああはいかない。


「お金はあるに越した事は無いからね。こうして割りの良いバイトに勤しんでいるのさ」

「アルルトリス・エナの依頼をバイトと言い切ってしまうのは些か抵抗がありますわ……。じゃあクオさんはこれから依頼を受注しに行きますの?私もギルドで何か依頼を受けようと思っていたのですがご一緒に如何ですか?」

「ああ、じゃあ一緒にエナの仕事を受けてみるかい?一応定員の制限は無いし、分割したところで報酬は破格だよ?」


 願っても無い。

 これと言ってあてがあった訳でもないし、しかも割りが良いとなれば断る理由は無い。

 実際問題、ゼフィランサスの月賦はかなりの高額でありこちらとしてもお金はあるに越した事は無いのだ。


「ではちょっとお行儀は悪いですが、パンをかじりながらご一緒しましょう」

「賛成。私はここのハムサンドが大好きなんだ」


 仕事のあてが出来た事に安堵したら空腹感は更に加速していた。クオ・ヴァディスの空腹も限界のようでげんなりした顔で腹を抑えている。

 2人で足早に店の扉を潜り、テイクアウトし易いパンの物色を開始した。


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