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どうしても挿絵が欲しくて分割したのです……。

 ハイエステス郊外に社屋を構えるリープシュメール貿易商社の勤め人、アドン・サージはこう答える。


「もう暗くなっていましたかねぇ。市街地の方から急に何か爆発したみたいなすげぇ音がしましてね。いや、会社のガラスがビリビリ揺れたくらいですから近くに雷でも落ちたのかと思って外を見てみたんですよ。そしたら雲一つ無いんですね。代わりに空にでっかい光の花が咲いてたんですわ。キラキラしてて虹みたいに何色もある綺麗な花です、ええ。直ぐに消えちまったんですけどあれが音と関係あるんですかねぇ?会社の東国出身の同僚が、たまや〜!とか何とか叫んでたけど何の事なんでしょう」



挿絵(By みてみん)



 確かにそれは爆発で、大きな音がする魔法だった。間違いない。思ったよりも爆発の規模が巨大過ぎる上に、大きな音と言ったって限度があるだろうと言いたくなる程の轟音だったこと以外は確かに、間違いない。


 爆発により押し退けられた大気が直接身体に叩きつけられるのと同時に視界に飛び込んで来たのは、薄闇の空にハイエステスの街を丸ごと飲み込んでしまえる程の規模で咲く、火花で象られた虹色の花だった。

 パチパチという燃焼反応の音と共に地表に降り注ぐ火花は空にそれぞれの色の軌跡を残しながら燃え尽きていく。それは光の花弁のシャワーのようでありその光景はまるで御伽噺の一節のように幻想的に見えた。


 この光景を創り出したクオ・ヴァディスはと言えば両手で降り注ぐ光のシャワーを受けながら満足げに何やら呟くように唇を動かしている。

 ここに至って、あまりの大音量に耳が馬鹿になっている事に気付いた。


 一言物申してやろうとクオ・ヴァディスへと1歩を踏み出した瞬間頭に思いっきり火花を浴びた。

 頭上で散る火の粉に驚き慌てて手で払うが、殆ど熱量を感じない。燃焼反応の殆どが発光に費やされているようだ。原理としてはルシフェリンとルシフェラーゼ発光酵素による蛍の発光現象に近い。となると発光色の差異は炎色反応では無くキメラ変異体か特定のアミノ酸残基の変異体という事になる。

 じゃあ爆発させなくても良かったじゃないか。


「いや、最初の花が咲く辺りまでは普通の燃焼反応だよ。ただ普通に消えちゃっても面白くないから余韻を演出する為に発光酵素を使ったんだ」


 ビックリする程的確に心を読まれた。


「明らかに爆発を不服に思っている顔をされたからそんなところだろうと思ったんだが、当たらずしも遠からずだろう?」


 大正解! と言うのも物凄く癪だったので黙っておく事にする。どうせばれているのだろうけれども。


「東国の花火という物を再現してみたんだけど結構難しいね。彼等はこの現象全てを一切の式を使わず火薬と炎色反応だけで創り出すんだ。あの国の発想と技術は最早殆ど狂気だよ」

「東国の方々も、クオさんにだけは言われたくないと思います」


 何だか馬鹿馬鹿しくなってきてジェドとアリエルの方向に向き直ると、やはりと言うか茫然自失の状態で降り注ぐ光に魅入っていた。

 あんな馬鹿げた物を見せられて、戦意を保てるはずなど無いのだ。

 式を読めない彼等にも励起状態の駆動式の虚像は視えている、視えてしまっている。なまじ半端に視えてしまうからこそタチが悪い。戦略級儀式魔法式にも匹敵する大きさの駆動式を視てしまった彼等は、恐らく死を覚悟しただろう。それからの、この肩透かしだ。感情の激しい起伏に脳の処理が追いつかず放心状態に陥ってしまう。


 その状態から先に立ち直ったのは奇しくも先に戦闘を放棄していた姉のアリエルだった。

 ポーッとした表情で光の余韻冷めやらぬ空を見つめ、ポツリと。


「キレイ……」


 そう呟く。


「アリエルさん、落ち着かれましたか? あれだけの大立ち回りを演じてしまっては説得力がありませんが、我々に害意はありません。ここに来たのだって、どうかそっとしておいて欲しいとお願いに来たのです」


 建物の一室と外壁を損壊、庭の一部を焼き払っておいて言えたことでは無いのだが押し通すしかない。


「ええ、ええ。わかっています。わかってはいました。人の形をした魔導災害と聞いて心の何処かでは、わかっていたんだと思います。書庫を一通り調べましたがクオ・ヴァディスという名の記録はありませんでしたし何かの間違いだともと思いました」

「なら何故……」

「魔導災害は家の仇。って事だろう?」


 クオ・ヴァディスの言葉に2人の肩が震える。


「さっきジェドくんが言っていた言葉で思い出した。ダンブラスマン伯爵家。ここから200kmほど北上したとこにあるフェブ領の領主だ。何代前か忘れたけど、エリドという名の当主と何回か会った事がある」

「それは……4代前の当主の名だ」


 帯の励起状態が沈静化し、元のサイズに戻ったジェドがポツリと漏らす。


「この辺りはノイマンとかブラックマンとかサンドマンとか、マンが付く姓が多くて思い出すのに手間取った。確か12年前だ。座天使級代行者として名高かった当時の当主が魔導災害指定の任務中に大規模な儀式魔法式に巻き込まれ、悪魔憑きになった。その絡みで、確か家が取り潰しになった筈だ。そりゃあ私に殴りかかりたくもなる」


 胸が締め付けられる。

 家を飛び出したとはいえ同じ貴族の家の身。気持ちは痛いほど良くわかった。

 魔導災害は人類の敵。指定されたモノが個体であれなんであれ、それは現象として扱われるのだ。自分もクオ・ヴァディスと出会う迄はそう思っていた。

 家を潰した元凶たる魔導災害という現象を強く敵視するのは至極当然なことと言える。


「何故貴様は人の姿なのだ。何故貴様が魔導災害指定なのだ! 何故! 貴様は! 殺すべき悪鬼ではないのだ!」


 ジェドの悲痛な叫びが、すっかり暗くなった空に響く。

 わかっていたのだ、2人共。わかってはいたが2人のプライドが、矜持が、目の前の魔導災害指定を見逃せなかったのだ。

 

「悪鬼じゃないってわかって貰えたなら良かったよ。そこで、だ。1つ提案があるんだが、聞くかい?」


 言いながらクオ・ヴァディスがミストルティンを一片だけ発動、支所の家屋に向かって発射する。


「うわっ⁈」


 ガラスが割れる音と共に声を上げたのは、今迄どこに居たのか完全に空気と化していたナッシュ・サンドマンだった。

 足元には割れたガラス瓶が転がり、飛び立った人工精霊の蝶がナッシュの禿頭を照らしながら魔素に還元されていく。


「あれが私達の事を探るのを留めておいてくれるんだったら、その帯の中身は期限付きで一旦預けておいてもいい」

「期限?」

「そう。キミたちが家の仇の魔導災害を滅ぼす迄、私はそれを見付けていない事にしておく。更に、私の探し物のついでにはなるけどキミたちの仇の情報も探ってみるよ」

「……先の斥候のような輩は我々でも止められるやも知れんが、中央への報告まではどうにもならんぞ」

「それで良いよ。どうせ証拠も何も無い上に非公式な情報じゃ中央の重い腰は動かんよ」

「それでも、私達のメリットが大き過ぎる気がしますが……」

「いやなに、エリド・ダンブラスマンにはハーブの流通経路で世話になったからね。意趣返しみたいなものさ」


 笑いながらプラプラと手を振るクオ・ヴァディスは何処となく懐かしいような顔をした。


「……礼は言わん。が、此度の無礼は詫びておく」

「リーリエ殿も、申し訳ありませんでした。クオ・ヴァディス殿が庇ってくれなければ、私は取り返しのつかない事をしてしまうところでした」


 泣きそうな顔でアリエルが言う。


「私だって、同じ立場だったら同じ事をしていたと思います。魔導災害は人類の敵。その認識自体は間違っていないですもの」


 それは正直な気持ちだ。

 ただ、クオ・ヴァディスがそれらと同じ魔導災害だとはどうしても思えないでいるだけだ。


「クオさんの事はもう少し様子を見て貰えませんか? 少なくとも私の目の前であの方は1度、世界を救っています。あの方をただ肩書だけで悪と決めつける事が、私にはどうしても出来ないので……」


 そこまで言って、言葉の最後は突然の叫び声に掻き消された。


 叫び声の主は、血走った目で剣を抜きクオ・ヴァディスに向かって駆けるナッシュだった。


「死ね、魔導災害ぃぃぃっ!」


 振り下ろされる剣を、クオ・ヴァディスは詰まらなそうに見つめるだけで全く避ける素振りを見せなかった。


 嫌な音と共に剣はクオ・ヴァディスの左肩から胸迄を斬り裂き、そこで止まった。傷口から鮮血が噴き出すがクオ・ヴァディスの表情はやはり変わらない。


「貴様を殺して、私は中央に行くのだ、こんな僻地ではなく、中央の、高官に……!」


 涎を垂らしながらけひけひと嗤うその表情はとても正気とは思えない。

 そのあまりの凶相に動けずに居ると、今になってハイエステスの所員達が状況を把握したのか駆け寄って来て、何よりも真っ先にナッシュを羽交い締めにした。


「何をしているんだナッシュ殿⁈」

「アリエル! ジェド! 無事か⁉︎」

「さっきの爆発は何だ⁈ 誰か状況を説明しろ!」


 完全武装で庭に出て来た所員は5人。恐らく戦闘音を聞き付けて装備を整えてから集合したのだろう。

 危なかった。もう少し早く集合されていたらクオ・ヴァディスの戦闘を目撃されていた。さすがにそうなれば言い逃れが出来なくなる。


「ジェド!」


 何か思い立ったような顔をしてから、アリエルがジェドを呼ぶ。

 ジェドはその声と目配せだけで全てを察したように頷き、クオ・ヴァディスに何事か耳打ちした。


「リーリエ殿、ここは私達が請け負います。後のことは任せて撤退して下さい」

「どういう……わっ⁈」


 突然、アリエルに抱き締められた。


「賊の襲撃だ! 撃退はしたがナッシュ殿が精神系変性魔法で錯乱して客人が傷を負った! 我々は急ぎ客人を病院に運ばねばならぬ! 皆は賊の追撃を!」

「賊は魔法使い3名に使い魔が3体だ! 各員、駐在と連携し事に当たれ!」


 所員達は2人の流れるような指示にやや困惑した表情を見せるが建物と庭の惨状、何よりクオ・ヴァディスの重傷を目にして血相を変えて散り散りに走って行く。


「此方へ。西門から出れば人目につきません。受付の記録は改竄しておきますので今日の事は口外せぬようお願い致します」

「いやに親切じゃないか。『血塗れ聖者』ともあろう者が随分とお優しい」


 クオ・ヴァディスの皮肉にアリエルが苦笑する。


「ジェドはその二つ名を気に入っているようですが私はどうにも好きになれません。私達姉弟は私怨で悪と判断した存在を駆逐して来ました。今迄はそれが首の皮1枚で道徳の内に収まっていただけです。今日、それを痛感しました」


 自嘲気味にアリエルが笑う。


「今度、改めて謝罪させていただけますか?」


 尋ねてくる儚げな表情はやはり、思った通り可愛い。

 などと場違いな事を考えていたら隣でジェドに支えられるように歩いていたクオ・ヴァディスがククッと笑う。


「私の首を射抜いた時とは別人だね、可愛い可愛い。やっぱり女の子はそうじゃないと」

「なんだ貴様姉上を色目で見るな殺すぞ」


 さっきまで確かに戦っていた筈なのだが何だか仲良しに見えるのは何故だろう。

 自然と笑みが溢れて来て、その事が不思議でまた笑ってしまう。


 西門に差し掛かると、そこには待ち構えていたかのように車が停車していた。

 ライトに照らされる優雅な出で立ちはやはり、待ち構えていたかのように仁王立ちで私達を迎えた。


「遅い。あんな派手なものを打ち上げておいて捕まりたいのか貴様は」

「やあトリスタン。あれだけ派手に目立てば来てくれると思っていたよ」


 どうやらトリスタンがクオ・ヴァディスの花火を見て、車を回しておいてくれたようだ。

 この2人、何だかんだ歴戦の戦友のように息が合っているが本当に500年振りの再会なのか。


「早く乗れ。人目につく前に撤退するぞ。其方のお二方は訳知りで宜しかったですかな?」


 一目で状況を把握したらしいトリスタンがジェドとアリエルに微笑み掛けると、途端に2人の背筋が伸びる。


「はっ! 此度は我が方の非礼で御手を煩わせてしまい誠に申し訳ありませんでした!」

「我ら姉弟、この身にかえましても汚名返上に努めます故、トリスタン殿におきましてもどうか……!」

「いえいえ、若い内はそのくらいの方が宜しいのですよ。むしろ今回はここの此奴が迂闊だっただけです。火消はお任せしても宜しいか?」

「お任せ下さい!」


 伝説の騎士を前にして、2人の声が重なる。

 ここの此奴呼ばわりされたクオ・ヴァディスは不服気な顔のまま車に乗り込もうとするが、刺さりっぱなしの剣が邪魔な事に気付いて奇妙な動きでそれを抜こうと四苦八苦していた。


「リーリエ殿」


 アリエルから掛けられた声に振り向く。


「クオ・ヴァディス殿は、不思議な方ですね」

「ええ、それはもう、太鼓判を押しますわ」

「家の仇の情報迄お世話していただいて、本当に宜しいのでしょうか。私達は本当で殺す気で掛かっていたというのに……」

「クオさんはあれで結構義理堅い方のようですから、受けておけば大丈夫だと思いますわ。今、牧師をしていらっしゃるのも誰かの恩返しのようですし……。軽い口調で仰られますが、嘘は付きませんしね」


 最近ではあの軽口は照れ隠しだと脳内変換して聞いている。どうもあの男は自分の印象を軽く見せようとしているきらいがある。根っからあの性格という可能性も無きにしも非ずだが、それは後でハルメニアに確認を取ってみようと思う。


「謝罪に伺う折、あの方の事も聞かせて下さい。私の、私達の見識の狭さを、これ程恥じた事はありません。代行者としてより一層の御教授をお願い致します」


 深々と頭を下げるアリエル。

 やはり仰々しい振る舞いは変わらないがほんの少しだけ和らいだ表情が、彼女を年相応の少女に見せた。クオ・ヴァディスの言葉ではないが、やはり女の子はこうでないと。


「出ますぞ、リーリエ殿。一先ず南下してアニエスの宿場町でほとぼりが冷めるのを待ちましょう」

「わかりました。アリエルさん、必ず、また」


 アリエルと堅く握手を交わし車に乗り込む。極めて静かな駆動音と共に車は発進し南へ舵をとる。

 車内では漸く剣との格闘を終えたクオ・ヴァディスがうんざり顏で助手席にもたれているところだった。


「ああ、久しぶりに随分血を流した。……またアレッサにリペア頼まないとなぁ」

「当たり前ですけど、刺青までは治りませんのね」

「塗料は私の細胞とは関係無いからね。む、そうか。私の細胞由来の塗料を開発出来れば治る刺青が実現出来るんじゃ………」

「気持ちの悪い発明をしないで下さいまし!」

「リーリエ殿の切返しは聞いていて小気味が良いですな」


 何気ない会話に全員が笑う。

 事態が根本的に解決したわけではない。未だ予断を許さないような状況ではあるが、心の底で思っている事があった。

 あの姉弟が理解を示してくれたように、クオ・ヴァディスは人に認めてもらえるのではなかろうか。

 無謀な期待であることはわかっている。魔導災害指定というレッテルはそれ程、大きい。

 しかしいつか。

 いつかクオ・ヴァディスが大手を振って陽の下を歩ける世界を。


 緊張が解けた事により急激に襲って来た睡魔の奥に、願いとも野望とも言えぬ思考を漂わせながら車は夜の道を南へ走って行く。

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