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創造、そして

 全身を襲う強い衝撃に視界が暗転、同時に頭上から熱い液体の感触。

 しかし予感していた筈の痛みは無く恐る恐る目を開けると、思ったよりも白い人の肌色が見えた。


 どうやってかはわからないが、5mはあったはずの距離を一瞬で踏破したクオ・ヴァディスの胸板に顔を埋めているようだということはわかった。


「クオさん、無事で……」


 抱き締められている気恥ずかしさも手伝って顔を上げると、先程の液体の正体を理解出来てしまった。


 アリエルが放った魔弾がクオ・ヴァディスの首を真横から貫き、夥しい量の紅い血液を噴出させていた。

 顔に降り掛かる血液の色と相反して思考が真っ白になる。


 首に刺さったままの魔弾が大気に還元されるのと同時にクオ・ヴァディスの口からゴポリと音を立てて新たな血液が流れ出す。

 その光景に我に返り、呼び掛けようとしたところで脳天に衝撃が走った。


 首が縮むんじゃないかという勢いでチョップされた。


「⁈」


 何故チョップされたのかという疑問と、一先ず生きているらしいという安心感と、ついでに脳天に残る痛みが綯い交ぜになり思考回路はショート寸前だ。


 腕の拘束から解き放たれ距離を置くと、ゴボゴボと喉の風穴から血泡を噴き出しながらクオ・ヴァディスが何か喋ろうとしている。

 こちらを指差し何か言っている風だが肺からの空気が風穴から漏れ出してしまっていて声にならないようだった。


 正直、絵面が怖過ぎる。

 あまりに常軌を逸した現状にジェドとアリエルも動けずにいる。

 死に難いとは聞いていたが呆れた不死性である。


 声が出ない事が面倒になったのか、風穴からゴポンと溜息のようなものを吐きクオ・ヴァディスが魔導回路を展開。セーフリームニルの稼働率を上げる。

 まるで映像を逆再生するかのように風穴が塞がり、流れ出した血液が魔素に還元されて行く。

 青い光の粒子と共に、クオ・ヴァディスは服が破けている以外普段と変わらぬ状態へと戻っていた。


「あーあー、んんっ」


 首を左右に傾げ具合を確かめている様子は先程まで首に穴が空いていたとはまるで思えない。その超再生能力は知ってはいるもののそう簡単に慣れられるものではないと痛感した。

 声が出る事を確認するとクオ・ヴァディスはこちらへ向き直り、まだ鈍痛が残る頭を乱暴にぐりぐりと撫で始めた。


「だからキ、ミ、は、さ。何でそう進んで死にたがるかな」


 パッと見ボッコボコにされててちょっと今回は死んだかと思った。とは言えず。


「もしかしたら、同じ代行者ですし足を打つくらいで済ませてくれるかなと思いまして……」

「あの手合いに手心を期待しちゃいけないと思うよ……。私はこんなだから良いけどキミは例え足だとしても穴が空いたらそう簡単に治らないんだよ? 凄く痛いし」

「悉く説得力がありませんわ」


 首に風穴開けられて平然としている相手に言われると此処まで空々しく聞こえるとは思わなかった。ひとえに奇特な体験だと思う。


「ところで、さ。ジェドくんのあの現象どう見えたかな?」

「……どういう意味ですか?」

「ああなる時に、式は視えたかい?」


 聞いてきた顔は、薄く笑顔が張り付いた無表情。聞くまでもなく恐らく察しはついているのだろう。

 式も無く、爆発的に魔力を増大していたあの現象が、甲角族の角によるものであるという可能性に。


「いえ、私の魔眼で式は確認出来ませんでしたわ。……あれは」

「うん、多分人工筋肉みたいな物の循環系に甲角族の角を仕込んでいるんだろうね。良く考えたもんだ」


 感心したようにうんうんと頷いてはいるが、視線はジェドから一切外さない。

 ただならぬ気配を感じ、腕を取ろうとしたところでそれを避けるようにしてクオ・ヴァディスはジェドに向かって歩き始めた。


「さて」


 一呼吸置き、両の手をポケットに突っ込む。

 その尊大な歩みは先日の竜との戦いを思い起こさせるのに十分だ。ボロボロの姿とは裏腹に放出される圧迫感は確実に密度を増していた。


「もう少し楽しみたかったんだけど、話が変わってしまった。キミの使ってるソレ、何処で手に入れたんだい?」


 なまじ口調が変わっていないだけに底冷えする。

 先程迄のじゃれ合い、と言ってもじゃれていたつもりなのはクオ・ヴァディスだけだろうが。それとは打って変わって、目の前の魔法使いは完全に臨戦態勢に移行していた。

 当たり前だ。

 永い永い時を費やしている目的の1つが目の前にあるのだ。

 落ち着けという方がどうかしている。


「何だ、何なのだ貴様は⁉︎ 何故まだ生きている⁉︎」

「あー、煩い煩い。質問を質問で返すなよ。一応聞いてあげてるんだから今の内に答えてくれないかな?ソレを何処で……」


 言い終わらぬ内に動いたのは距離を置いていたアリエルだった。恐らく切り札であろう。同時に無数の魔弾が波濤のようにクオ・ヴァディスに殺到する。

 一切意識を払っていなかった標的からすれば不可避のタイミングの筈だ。


 クオ・ヴァディスでなければ、の話ではあるのだが。


「躾がなってないな」


 覆いかぶさるように迫り来る魔弾の束に一瞥もくれず、クオ・ヴァディスが魔導回路を展開する。

 据えられた駆動式は超高速の演算によって瞬きの間に起動を終え、即座に発動した。


 迫り来る波濤を飲み込む程の数の薄緑色の光弾が連続して発射される。連射の速度が速過ぎるため発射された光弾は面となって魔弾を喰らい尽くしていく。

 面はそのまま射手へと殺到。葉を、枝を、幹を削り取っていく。

 アリエルは直前に樹上から退避していたが判断が少しでも遅れていれば姿も残らなかっただろう。


『ミストルティン』。

 ルーン系統に分類される、無数の光弾を発射する物理系現象魔法だ。

 無数と言っても発射される光弾の数は使用者の魔力に依存するため、通常15発前後。まがりなりにも神天である自分でも精々が50発程度であろう。しかもそれは補助式を用いて魔力を補強し、十分な時間を使って緻密な演算を終えていての話だ。

 ミストルティンは魔素を物理干渉出来る程に振動率を加速しなければならない性質上その加速に少なからず時間を要する為、戦闘の際は専ら開幕時の牽制程度でしか使用されない。しかも軌道の制御にも1発単位での演算が必要で単純に数を増やしてしまうと制御が間に合わない危険があるのだ。

 しかし、クオ・ヴァディスが発射した光弾は恐らく数百発単位だった。しかも完全に制御されている。

 何重にも及ぶ神懸かり的な演算を刹那の瞬間に涼しい顔で成せる業は、最早言い表す言葉が無い。


「姉上っ⁉︎」


 着地の際に無理な態勢で着地したせいであろう、未だ立てずにいるアリエルにジェドが駆け寄る。


「姉上、無事か⁈」


 必死の声にも、アリエルは顔を上げることすら出来ない。


 無理も無いと思った。

 あれを。あんなものを向けられて平静で居られる筈が無いのだ。

 魔眼で視ていた自分と、矢面に立ったアリエルには分かっている。あのミストルティンはアリエルが避けられるように途中で意図的に速度を減衰していた。


 それはつまり当てる気になれば当てられたという事に他ならない。


 死に直面した恐怖の為か、はたまた殺しにかかっていた相手に手心を加えられた屈辱からかアリエルが小刻みに震える。


「姉上……?」

「あ、あれは、駄目よ、ジェド……。なんてものに手を出してしまったの、私達は!」

「どうしたと言うのだ姉上⁉︎」

「あれは、嗤ったのよ……。私が避けれるように魔法を減速させて! 私達など何時でも殺せると、あれは嗤ったのよ!」


 大地に顔を伏せたまま、両手で頭を抱えてアリエルが喚き散らす。その様子に冷徹な魔弾の射手の面影は、最早無い。

 癇癪を起こした子供のように地面に丸まるアリエルに、既に戦闘の意思は無かった。


「姉上……」


 呆然と立ち尽くすジェド。


「話の続きをしても良いかな?」


 対して、ポケットに両手を突っ込んだまま微笑むクオ・ヴァディス。


 つい先程迄はハイエステス側が優勢だった。少なくともそう見えていた。しかしこの僅かな時間の間に、たった1つ魔法を撃っただけで両者の位置付けは完全に逆転している。


「これが、魔導災害か」

「ん?もしかしてあの勢いで吹っ掛けて来たのに魔導災害級との戦闘は初めてかい?」


 クオ・ヴァディスがポツリと漏らした一言にジェドの歯軋りの音が混じる。


「魔導災害指定の肩書は不本意なんだけど良い機会だし、そもそもキミを無力化しないと話は聞けなそうだしさ」


 目は無表情のまま、口角だけが吊り上がる。


「第二幕と行こうか」


 言葉と同時にクオ・ヴァディスの魔導回路が展開。赤光を放つ駆動式が据えられる。

 その駆動式は見た事のあるルーン系統の駆動式であり、思い当たると同時にとんでもない嫌な予感が膨れ上がった。


「クオさん、それは……!」

「大丈夫、ちゃんと手加減はするよ」


 あの駆動式が記憶の通りであるなら手加減とかそういう問題ではない。

 止めようとするも既に演算は終わり、式は臨界に達していた。


 地獄の蓋が開いたかと錯覚させるような熱気が辺りに満ちた。あまりの高温に一瞬で汗が噴き出してくる。

 熱気の源は、クオ・ヴァディスの背後にあった。


『レーヴァテイン』。

 ルーン系統の物理系現象魔法の中でも最強の部類に入る魔法である。雷に属する魔法の頂点がミョルニルであるならば、炎に属する魔法の頂点がこのレーヴァテインだ。

 効果は単純明快。着弾と同時に辺りに手当たり次第に炎をばら撒く炎の剣を発射するというものなのだが、クオ・ヴァディスの使ったレーヴァテインはどうも様子が違う。通常の3倍程のサイズの炎の剣がまるでクオ・ヴァディスに付き従うように宙に浮いているのだ。


「じゃあ始めようか。くれぐれも死ぬ気で避けろよ?」


 炎剣が、ジェドに襲い掛かった。


「う⁈ うおぉっ⁉︎」


 ジェドは大上段から振り下ろされた炎剣を紙一重で横っ跳びに躱すが、紙一重では遅かった。

 炎剣が地面に触れた瞬間、大気を押し退けるように灼熱が発生。ジェドを彼方まで吹き飛ばす。

 しかも、本来それで効果を終える筈の炎剣は少しもその姿を減する事なくそこに在り、再びクオ・ヴァディスの背後に戻って行った。


 異様な光景に魔眼で確認すると、炎剣はクオ・ヴァディスの魔導回路に接続されたままになっており莫大な魔力を供給され続けている。

 常人なら2分と保たずに魔力欠乏に陥るような量の魔力を供給され続けている炎剣は、まるでクオ・ヴァディスの使い魔のように宙空で踊った。


「お、のれ、化け物め!」


 右半身を焼かれ、地面に転がるジェドが吐き捨てるように言う。一瞬で炭化した上半身の制服が崩れ落ち露わになった中身を見て、クオ・ヴァディスが目を細める。


 ジェドの裸の上半身には筋肉に沿って幾筋もの帯が張り付いていた。それらは剥き出しの白い筋肉のように躍動しジェドの身体を2回り程巨大化させている。

 その帯が集約している胸の中心に、それはあった。


 一見するとただの石が嵌め込まれたアミュレットのようだった。しかし魔眼で視るとその異常さが手に取るように理解出来る。


 石に見えるのは液体を封入した何の変哲もない硝子か何かだ。異常なのは中身の液体、正確には液体に混じっている粒子だ。

 液体に乗って帯を循環している粒子は極めて微細にも関わらずその1つ1つが莫大な魔力を発している。帯はその魔力を供給源として励起状態を維持し、ジェドに人間離れした膂力を与えているのだ。


「ああ」


 クオ・ヴァディスが感嘆の声を漏らす。


「久しぶりに見付けた。欠片を粉砕したほんの一部だが、間違いない」


 今迄に見たどの笑顔とも違う、鮮烈な印象の笑顔だった。

 あの困ったような、どこか人懐こい笑顔とは違う見る者に痛みを伴うような悲痛な笑顔。


「ジェドくん、一応聞くよ?その帯に付いている石の中身を私は探していたんだが、渡してくれるつもりはあるかい?」


 必死で激情を押し殺すように、殊更にゆっくりとした語り口でクオ・ヴァディスは語り掛ける。


「馬鹿にするな化け物。欲しければ、殺して奪ってみせろ!」


 裂帛の気合いと同時にジェドの姿がかき消える。

 1度だけ地面が爆ぜたように見えた瞬間には、ジェドはクオ・ヴァディスの懐に踏み込んでいた。

 あまりに近距離のため炎剣での対応を諦め、レーヴァテインを解除する。

 大威力の魔法を使う物はその威力と使用の際の対価故に固執してしまいがちだが、さすがに判断が早い。と言うよりこの男からすれば戦略級も生活魔法式も変わらないだけかも知れない訳だが。


 ジェドの神速の踏み込みからの下から掬い上げるような拳打。

 しかし、棒立ち同然だった筈のクオ・ヴァディスはその出掛りを軽く踏み付けて止める。

 拳を引いて、そして突き出す瞬間の神懸かり的なタイミングで添えられた足は羽毛のような柔らかさでジェドの動きを制していた。


「どうだろうジェドくん。それは私の一族の形見なんだよ。どうか大人しく渡してくれないだろうか。勿論、中身だけ取り出して外身はお返しするよ?」

「馬鹿を言うな。これは代々我が家系に受け継がれていた家宝だ。没落し、最早微塵も残らぬダンブラスマン伯爵家の、最後で唯一の遺産だ。貴様の一族の形見とておいそれと渡す事は出来ぬ」


 それを聞いた途端にクオ・ヴァディスの笑顔はなりを潜め、代わりに哀しげな色を覗かせた。


「仕方が無いとは言え主義主張の違いは辛いな。じゃあやっぱりここはさ」


 踏み付けていた拳を支点に160kgあるとは思えない軽やかな動作で後方へと跳び、更に着地と同時にバックステップ。ジェドと距離を置く。


「徹底的に戦意を失って貰うしか無いかな」


 魔力波長。

 突如として魔眼に映し出された波長はクオ・ヴァディスから発生したものだ。しかし、猛烈な違和感を同時に感じる。

 違和感の正体は直ぐにわかった。

 あれだけクオ・ヴァディスの戦闘を視てきたと言うのに、クオ・ヴァディス自身から発せられる魔力波長を視た事が無いというあり得ない異常。

 そもそも魔導回路の異様に目を奪われがちだが、あれだけの回路を維持しているということは術者当人が桁外れの魔力容量をしている証拠なのだ。そしてその桁外れの魔力は通常であれば呼吸や発汗といった人体の代謝に乗って体外に漏れ出ている筈だ。その現象は当たり前の事であり、大小の差はあれど万人に当て嵌まるのだ。

 当たり前故に、意識から外れていた。

 最初に教会で視た時も、竜と戦っていた時も、クオ・ヴァディス自身からの魔力波長は全く魔眼に映らなかった。

 意識的に抑える事はある程度可能だが、それでも魔力容量が大きければ大きいほど波長は広がっていく。ハルメニアですらそれは例外ではない。


 人族であるならば、それが自然の摂理なのだから。


 そう、人族であるならば、だ。


 今になってクオ・ヴァディスが言った、肉を持った精霊に近い存在という言葉が理解出来た。

 精霊は魔力にその生命の維持を完全に依存している。それ故に漏れ出る筈の魔力は体内で完全に循環しているのだ。人族が血液や酸素に生命の維持を依存していて、それらがいたずらに体外に漏れ出ていないのと原理は同じだ。


 精霊がその魔力を体外に放出する時は唯一、魔法を使う時だけだ。しかしクオ・ヴァディスは魔導回路に魔力を循環させることで外に魔力を放出させることは無かった。


 ならば、今何が起ころうとしているのか。


 渦巻く乱気流のような魔力の奔流を前に目を逸らす事などできる筈も無かった。


「そうだな、せっかくだからあれを試してみようか」


 台風のようだった魔力が嘘のように統制され、差し出されたクオ・ヴァディスの指先に集約される。

 超高密度の魔力は物質世界にも干渉し、生身の目でも金色の光として視る事が出来た。


 その光が縦横無尽に線を描き、見た事も無い形を象っていく。


「あり得ない……」


 震える唇から思わず言葉が漏れる。


 あろう事か、クオ・ヴァディスは魔法の駆動式を書いていた。

 見た事も無い書式で。

 見た事も無い言語で。

 幾重にも重なる複雑怪奇な駆動式を宙に描いていく。

 楽しげに、それはそれは楽しげに、クオ・ヴァディスは今まさに新しい魔法を誕生させようとしていた。

 ここをこうして〜、などと宣いながら当の本人は幼児の落書きのような気楽さだが、目の当たりにしているこちら側からすれば我が目を疑う光景だ。


 魔導回路、及び駆動式は脳内に焼き付けて、詰まる所無意識に細部に至るまでを頭で正確に描写出来る程刷り込む事によって使用する。

 作用を抽象化した書式を脳内に描き、そこに正しい順路で魔力を行き届かせる事によって魔法は行使されるのだ。

 当然ながら、作用が複雑になればなるほど式も複雑になる。それによってそもそも焼き付けが困難になり、尚且つそこに魔力を行き届かせる行為も比例して難易度が高まっていく。1本の線を辿るのは容易いが、何百通りにもランダムに枝分かれした線を辿るのは極めて難しいのと同じ道理だ。


 今在る体系化された魔法はこれを極力簡略化し、焼き付け易くしたものが殆どである。広く使われているハルメニア式魔導回路にオリジナルが在るのがこれを如実に物語っている。

 全く新しい式を、1から創り上げる事は永劫とも言える年月を重ねても極めて困難である。稀代の天才と言われているハルメニアをもってして体系化には300年以上を費やしているのだ。

 理論を組み上げ、抽象化し、焼き付け、試しては失敗し、また最初から理論を組み上げる。そんな作業を延々と繰り返すのだ。これを出来るだけでも才能であろう。

 事実、新しい魔法体系はここ数百年創られた記録は無い。魔法体系どころか、固有魔法を創り上げただけでも国をあげて表彰されるような偉業である。


 おいそれと、こんなもののついでのように、楽しげにやれる事ではない筈だ。

 当人は鼻唄でも唄い出しそうな様子だが、秒単位で並の魔法使い5人分程の魔力を消費しながら式を組み上げていくその諸行は既に神代の御業だ。


「ん〜……、ふふ〜ん……」


 本当に唄われるとちょっと腹が立つ。しかも微妙に音痴だ。


「……よし、と」


 仕上げとばかりに組み上げた式を天高く掲げる。

 何がどうなっているのか見当もつかないその金色の式は回転しながら空へと昇って行き、遥か上空で数十倍もの大きさへと展開した。

 中心の巨大な円形の駆動式と、その外縁を回転しながら等間隔に沿う7枚の補助式から成る弩級の構成式が、薄闇掛る夕方の空に輝いていた。


「急造だったから効率化までは気が回らなくてね、思ったより大きくなってしまった」

「ク、クオさん? 効率化とかそういう問題ではありませんわ! 全く読めないのですけど、あれは一体どんな魔法ですの⁉︎」

「爆発」

「……へ?」

「一言で言うと爆発だね。小さな7枚の補助式が其々の物質置換、中心の式が発火と制御。あー、大きい音がするから耳を塞いで口を開けといてね」


 抗議の声を上げる間も無く魔力供給が開始され式が一瞬で臨界に達する。


 七色の輝きと共に、鼓膜どころか空間ごと揺さぶるような轟音がハイエステスの街を飲み込んだ。

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