感謝祭1
レゾの収穫感謝祭は通年、春小麦の収穫が終わる夏口に行われる。
今年の豊作を豊穣の神であるエトランシアに感謝を捧げ来年の豊作を願うという趣旨のものであり、村の特産である小麦をふんだんに使った白ビールとアプタルの果実酒を手加減無くかっ食らう村をあげての催事である。
各家庭が独自のレシピで作り上げる果実酒もさる事ながら、甘い果実を思わせる馥郁たる香りと芳醇な小麦の甘みを楽しめる白ビールは村の酒蔵、ゼナ・コルピクラーニがエレンディア大陸全土に誇るレゾの名産品であり、この祭に関しては大々的に樽が解放され無料で振舞われる。
それもあってこの日ばかりは僻地のレゾにおいても外部からの来訪があり大変賑わうのだ。
「あら牧師さま、お祭りに出てくるなんて珍しいですね」
「あー、ホントだ! 前は誘っても来なかったクセに!」
祭の会場となっているのはレゾの中央広場。その外縁でどことなく遠い目をしていたクオ・ヴァディスに声を掛けたのは、いつも勉強を教えている村の子供とその母親だ。
「あぁマーベルさん、ティット、こんばんわ。いやなに、ちょうど友人が尋ねて来ていてね。今年は付き合わされる事になってしまったんだよ」
「と……」
「友達居たんだな」
子供ならではのざんこくないちげきにマーベルがむせ込む。
「いいかいティット。世の中には思っていても口に出さないほうが何かと上手くいく事もあるんだよ?」
「よくわかんない!」
クオ・ヴァディスに抱え上げられ縦横斜めに振り回される我が子にマーベルがハラハラした表情を浮かべるが、ティットはむしろアトラクションにはしゃぐかのようにキャッキャと笑っている。
「ちょっ……⁉︎ クオさん、何をしてますの⁈」
マーベル以上に慌てた様子で駆け寄ってきたのはアレッサの服を借りて、すっかり村娘といった体裁のリーリエだった。
「おや、見違えたな。そうしていると年相応の女の子じゃないか」
「微妙に喜べない言い回しをしますのね……」
「ぼくしさま、世の中には思っていても口に出さないほうが良いこともあるんだぜ?」
ティットを振り回すスピードが倍程に加速した辺りで遅れてもう2人の女性が駆け寄って来る。
1人は何だか疲れた面持ちのアレッサ。もう1人はリーリエと同じく村娘といった体裁の、しかし頭にスカーフを被り眼鏡まで掛けた言ってしまえば不審者のような出立の女性だった。
散々振り回したティットをマーベルに返して、クオ・ヴァディスがリーリエに耳打ちする。
「あれは……ハルだよね? どうしてああなったの?」
「ええ、まあ、普通にアレッサさんにバレましたわ。それで騒ぎになってしまうからとあのように……」
「そうだよね、普通バレるよね」
すっかり不審者と化したハルは気持ち猫背になり見てて可哀想なほど意気消沈している。
しかし確かにこれならばまさかここに居るのがあのハルメニア・ニル・オーギュストだとは誰も思うまい。
「ちょっとアンタなんて人と友達なのさ。びっくりし過ぎて心臓飛び出るかと思ったよ。やっぱりアレかい?長生きしてると色々あるのかい?」
本当に驚いたのだろう、心なしかげっそりしたアレッサが耳打ちの輪に参加する。
「あれ? アレッサさんはクオさんの長生き知っていましたの?」
「あたしがレゾに来た8つの時からこのまんまだもの。そういう種族なんでしょ? うちの母親も言ってたよ。いつまでも若々しくて羨ましいって」
「あの母上も相当だと思うがね……」
何かを思い出すかのようにクオ・ヴァディスが苦笑いを浮かべる。表情から見るにどうもあまり得意とは言い難いようである。
どんな人物なのかとリーリエが考えを巡らせているとその表情を察してかアレッサが口を開く。
「リーリエちゃん、王都の踊り子亭って知ってる?」
「行ったことはありませんが……存じ上げてはいますわ」
リーリエが行ったことが無いのも当然のことで、踊り子亭は名の通り毎夜踊り子がショーを行う所謂大衆酒場であり貴族の、ましてや18歳の女性であるリーリエには縁遠い場所である。
「カーニバルで踊り子さん達が踊っていらっしゃるのは毎年拝見してますわ。確か皆様セドナの女性なんですよね?」
「……あそこのNO.1があたしの母親」
リーリエが思わずフリーズする。
踊り子亭のNO.1、マリアベルと呼ばれるその女性は王都全域に渡ってファンが多い踊り子である。出身地不明、年齢不明、本名不明。正体不明の踊り子として人気を馳せているわけだが、まさかの事実が判明してしまった。
しかもセドナは人よりも多少長命というだけで特別長寿ではない。34歳のアレッサという子が居るマリアベルは少なくとも50歳そこそこということになる。セドナは種族的に魔法による細胞賦活は考えにくいが、しかしリーリエがカーニバルで見たマリアベルはどう見積もっても20代そこそこにしか見えなかった。
「え? んん?」
「あれでも58なのよあの人。我が母親ながら恐ろしいったらないわ」
「ちょっと待って、あれで58? 神官級のセロでも雇ってるんじゃないの」
どうやら立ち直ったらしいハルメニアがずいっと輪に参加してくる。
「雑誌のグラビアとかでもたまに見るけど弄ってる気配も無いし、アレたんもだけどセドナってみんなそうなの?」
「いやうちの母が化け物なだけだと思いますけど、ハルメニア様も相当ですよ?」
「素でアレなのが凄いんじゃない。あたしやクーたんのはドーピングみたいなもんだから別件よ、別件」
「でも若さを保つって女子の永遠の命題ですから憧れますわ」
「正真正銘の10代が何言ってんのさ」
「そうよ、魔力で保つ事は出来ても若返る事は出来ないのよって言うかあたしからするとどっちも変わらないのよ2桁違うのよ2桁」
種族の垣根を越えて、何処へ行ったところで女三人寄れば姦しいとはこの事であろう様を遠巻きに眺めながら、クオ・ヴァディスはこの話題には絶対に触れないでおこうと堅く誓った。
「お」
そうこうしているうちに広場の中心から香ばしい、肉を焼く香りが流れてくる。
村で飼育されている食肉用家畜、モールと呼ばれる毛玉のような見た目の四足大型哺乳類だ。体毛は布地に皮は皮材に、肉は食用に骨は粉砕して肥料にと棄てるところがなく、病気にも強い上に気性も穏やかといいことずくめの家畜である。
しかもこの肉が非常に美味なのだ。
小麦を飼料とし、穏やかな気性故広々とした牧場で放牧同然にストレスを与える事無く育てられているためその肉は大変柔らかく臭みも無い。煮てよし焼いてよし、挙句に生食すら可能な大変優れた食肉であると言えるだろう。
「この匂いはローリエとローズマリーで下味を付けた香草焼きだな。3人とも、お喋りも良いけどせっかくだからご相伴にあずかろうよ」
「あたしエールってあまり飲まないんだけど美味しいの?」
「愚問だねぇ。ゼナ・コルピクラーニのヴァイツェンはむしろ女性に人気なんだよ。ハルもたまには庶民の味に触れると良い」
4人は広場に向かって歩いていく。
祭りの夜が、更ける。




