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レゾ村での遭逢1

リーリエの一人称は、わたし、ではなく、わたくし、です。

 エレンディア大陸王都エレンディアからほぼ真東に1500km程離れた地点にレゾという名の村がある。


 人口は人族のみ凡そ700人。大陸有数の大森林クフの森の南側に隣接した緑豊かな村である。観光名所は特に無いがクフの森で採取出来るアプタルと呼ばれる山吹色の果実が特産品であり、また村の南側には広大な小麦畑を有していてこれらを出荷する事により村の財政はそこそこ裕福な水準を保っている。小麦は家畜の飼料としても使われ、ふくふくと肥えた家畜達が村の牧歌的な雰囲気を助長していた。


 財政的にも食料的にも豊かであるが故に村としては人口が多いが土地柄なのか贅沢をしたがる者は無く、その為村人間の諍いは全くと言っていいほど存在せず結果として大陸一犯罪率が低い。正に絵に描いたような平和な村である。

しかしこの平和な村にも1つだけ問題があった。それは森に隣接する為避けられぬ事だ。


 基本的に森は様々な恩恵をもたらしてくれるが、同時に人に害なす獣、所謂魔獣の巣でもあるのだ。

 かといっても魔獣が人の生活域にまで出て来る事は滅多に無いのだが何事にも例外や異端は存在する。


 6日前、アプタルの収穫期を迎え森に入った農夫が丸1日帰らず、翌日心配した農夫の妻に頼まれ捜しに森に入った隣人によって農夫の靴が発見された。

靴には中身が入っていた。

 村で死者が出るほどの魔獣被害はここ数年起きていない。そもそもアプタルの木が群生しているのは森のほぼ外縁であり、凶暴な魔獣がそんなところまで出て来た事は10年単位でも皆無だ。


 事態を重く見た村長は王都の魔導協会に脅威の調査、並びに駆除を依頼。協会は即座に対応を開始し1人の代行者を派遣した。









 生物から発せられたとは思えないような重低音が大気を、森の木々を揺らす。物理的な破壊力を持ったそれは1体の生物が発した咆哮だった。


 全長凡そ30メートル。全身が金属質の鱗に覆われた4足歩行の巨体。鋼竜と呼ばれる竜がそこに居た。


「なんてこと!」


 竜から距離を取りながら叫んだのは女性、と言うよりは少女の声だった。

 

 緩くウェーブ掛かったブロンドの髪、意思の強さが滲み出たようなつり目は碧眼と翠眼の虹彩異色、銀糸で魔術的な紋様が刺繍されたローブを着込んだこの場に似つかわしくない少女こそ、協会から派遣された協会の意思を協会に代わり具現する者。いわゆる代行者と呼ばれる者である。


「竜! 竜ですって⁉︎ しかもこんな生活圏の近くに! 立派な魔導災害案件ですわ!」


 樹々の間を縫い、必死に竜から逃げ回りながら少女は独り言ちる。


「査察の猶予が無いなら規定通りスリーマンセルで派遣すれば良いのにまったく! 仕方ありませんけど! 価格とか!」


 実際問題代行者3人分の派遣費用は馬鹿にならない価格ではあるのだが、どうもこの状況下で依頼者の懐事情を慮っているらしい。錯乱している訳でもないなら呆れた剛胆さである。


「どうにか足止め……いや、村に近過ぎる。追加の人員が到着する前に回復されたら目も当てられない。森の奥に誘導するにしても体力的にこちらが不利。……ならば!」


 十分に距離を取った少女は意を決して竜と正面から相対する。


「私、リーリエ・フォン・マクマハウゼンが引導を渡して差しあげますわ!」


 少女、リーリエが大見得を切るとその様子に警戒したのか竜が足を止める。


 凡そ50メートルの距離でリーリエと竜が対峙した。しかし彼我の戦力差は誰が見ても明らかである。それでも30メートルの巨体を前に150センチに満たないリーリエは微塵も怯えた様子を見せない。


「手加減は出来ませんからね!」


 裂帛の気合いと共に腰のベルトに装着されていた30センチ程の金属製の棒を引き抜く。リーリエからの魔力供給に呼応し棒の両端が50センチずつ伸長、上部が花弁のように展開する。花弁は大気中の魔素を取り込み青白く光る補助魔導回路を構築している。


 武器メーカー、フィッツジェラルド製魔杖『ゼフィランサス』。


 使い手の魔導回路を増築し尚且つ駆動式をオーバークロックすることにより発動までの時間を劇的に短縮する、フィッツジェラルド社にリーリエがオーダーメイドした最高級魔杖だ。


 そう、リーリエは魔法使いである。


「契起―エンゲージ―」


 凛とした声に呼応して杖とリーリエの魔導回路が同期する。リーリエに内在する魔力が魔導回路を巡り選択された駆動式を活性化していくのと同時にリーリエの周囲にエメラルドグリーンの燐光が発生し杖の花弁に集約されていく。


「精霊の集まりが良い。豊かな森ね」


 リーリエが微笑むと同時に地面が振動する。竜が異変に気付き距離を詰めて来たのだ。


 大質量が全速力で向かって来る光景は例えようもなく恐ろしい筈だが、リーリエは微笑みを崩さない。


 花弁を中心に青白く放電が始まり電位差でリーリエの髪が逆立つ。これが嫌でいつもは束ねておくのだがこの際そんな事は言っていられない。


 竜が眼前まで迫り口を開こうと巨大な牙が見えた瞬間、リーリエの魔法が発動した。


「『ミョルニル』!」


 大気が破裂する轟音と共に巨大な雷が竜を直撃した。


 ミョルニルは本来複数である先駆放電と先行放電を一本に集約しピンポイントに主雷撃を浴びせる大魔法だ。直撃すれば3万℃にもなる大気の奔流と最大10億ボルトの雷撃が対象を襲う。それはいくら竜と言えど耐えられるものではなかった。


 両の眼球と舌が破裂し、散った血液が一瞬で蒸発する。超高温で金属質の鱗が灼熱し、これもまた一瞬で蒸発していく。焼け焦げて収縮した皮膚が弾性限界を超えて裂けていくそばから内側の肉が炭化する。


 最早竜は悲鳴すらあげる事が出来ない。


 効果時間は電位差が中和するまでの本当に一瞬だが、その一瞬で全てが決まっていた。


「うぇ」


 辺りに濃密に立ち込める血の匂いと、プラズマ化した大気のオゾン臭にリーリエは眉をひそめた。


「可哀想とは思いませんわよ。貴方は既に人を1人殺している。竜は賢者である筈なのに、何が貴方をそうさせたのかはわかりませんがこれは必然です」


 リーリエは超然と竜に告げる。


 すると竜が、既に焼け焦げた肉塊にしか見えないが辛うじて息があった竜が身動ぎ、舌の無い口を開く。


「必然ト宣ウカ人族メガ……」


 喉からゴポゴポと血泡の音をさせながら、それでも竜は確かに人の言葉を紡いだ。


「竜タル我等ヲ制限シ束縛シ、剰エ裁コウト言ウカ人風情ガ!」


 喉から血を噴きながらの絶叫。


 死んでいてもおかしくない傷を負った身体の何処にそんな力があったのか、竜は踵を返し全力疾走を開始する。

 リーリエが追われて来た方向、その先にはレゾ村があった。


「不味い!」


 完全に不意を突かれたリーリエは魔法の展開が間に合わない。精霊の収束と補助魔導回路の増幅を強制カット。自身の内在魔力のみで回路を励起させ、駆動式を無理矢理に圧縮する。

 急速に失われていく魔力による強い倦怠感と、超速演算の負荷による脳味噌を直接掻き回されるような頭痛がリーリエを襲うが意識を失う半歩手前で堪える。


 撃たなければ人が死ぬ。


 揺らぐ身体を鋼鉄の意思で固定して展開した魔法を直接詠唱。


「『エペタム』!」


 魔杖から竜に向けて一直線に光が走る。同時に竜の背の肉が吹き飛ぶが竜は止まらない。エペタムは本来であればフッ化重水素レーザーを用いる魔法なのだが魔力の増幅と補助が無く、更に駆動式の圧縮によって重水素を構成する中性子が作り出せず陽子1つの軽水素になってしまった為、そして森の多湿な環境下によるフレーミング現象という悪条件が重なり大幅に出力が減退してしまったのだ。


「なん……て、こと……」


 地響きを立てて竜が突進していく。竜は弱っているとはいえ村には何の戦闘能力も無い村人しか居ない。700人が全滅するのに10分とかからないだろう。


 自分の所為で、また、自分の所為で人が死ぬ。


 薄れ行くリーリエの意識が絶望と後悔で塗り潰されかけたその時、竜の進行方向の木陰からひょっこりと、本当にひょっこりととしか言えない様な何の気なしな動きで人影がまろび出た。


「……!」


 リーリエは最後の力を振り絞り逃げてと叫ぼうとするが最早声にすら成らず、喉が意味も無く震えるだけだった。


 人影は恐怖に竦んでしまったのか竜の動線上から動こうとしない。竜との距離はもう40メートルほどしか無い。人が撥ね飛ばされ砕け散る光景を想像してしまったリーリエが目を閉じかけた時、それは突如として起こった。


 人影を中心として半径7〜8メートルはあろうかというドーム状の光の渦が発生したのだ。予想外の出来事に先程の想像も忘れ状況を凝視してしまう。


 光の渦に見えたそれはあろうことか巨大な魔導回路だった。


 少なくとも竜と戦う事が出来る程魔法に習熟したリーリエが見たことすらない構成式で成り立っているらしいその魔導回路は、外殻となる構成式の中で複雑極まる式達が回転変形を繰り返しているように見える。恐ろしい事に、その構造は何層にも渡って構成されているようだった。


 絡み合う式が1つたりとも衝突する事無く、芸術的とも言える速度と効率で回路が励起状態に移行する。リーリエの時よりも大量の精霊の燐光が竜に向けて収束される。そこにはリーリエの知っている駆動式があった。


 ミョルニル。


 刹那、世界を真っ白に塗り潰す程の光と共に一瞬にして竜が蒸発した。正に塵1つ残さず、だ。あまりに強い電界の所為で辺り一面の枝葉の先端に檣頭電光が起こっている。


 青白い無数の蛍の森のような、そのあまりに場違いな程美しい光景を目にしたリーリエは「綺麗」と唇だけで呟き、遂に意識を手放した。

現象をそれっぽく説明しているようですが、割とトンデモ化学です。単語や現象に嘘は無いはずですがまああまり細かい事は気にしない方向でお願いします勉強し直しておきますすいません。

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