種火
人造精霊はAの瓶とBの瓶に入った人造精霊間で音声を飛ばす事が出来る通信器具です。
瓶の中には蝶々のような精霊が入っていて、瓶に書き込まれている式を起動して話しかけると対の瓶に声が届けられる仕組みになっています。
暗い部屋に重く湿ったような音が響く。遅れてカランカランという乾いた音。木製のテーブルに中身の入った杯を叩きつけ、その杯が転がったのだ。
音の発生源は家着姿のナッシュだった。
「リーリエ・フォン・マクマハウゼンの報告書にハルメニア・ニル・オーギュストが連名だと⁈」
届けられた報告書には確かにハルメニアの名前が記されている。ご丁寧に魔力探知によって状況はつぶさに観察していたと実筆まで添えてある。これでは小娘がどんなに荒唐無稽な嘘八百を並べても査問会など開けはしない。
嘘。
間違い無く嘘だ。
あんな小娘が竜を倒したなどあるはずがないのだ。どんな手を使ったかは知れないが態々ハルメニアなどという大物が出て来たのが動かぬ証拠だ。
面白くない。
新しい杯に乱暴にワインを注ぎ、飲み干す。
これであの小娘は竜狩として認知され、魔導災害を未然に防いだとして恐らく代行者としての位も繰り上がるだろう。
長年に渡り協会に従事してきた自分を差し置いて、だ。
「小娘ぇ……」
ギリッと、ナッシュは歯噛みする。
「これは不正だ……。協会に対する立派な背信行為だ」
譫言のように呟くその顔は、引き攣ったような笑いを浮かべていた。
「異端は、排除しなければ……」
杯を投げ捨てテーブルに置いてあった人造精霊の瓶を握り締める。
「ジェドとアリエルに伝えろ。リーリエ・フォン・マクマハウゼンを調べ上げろと。少しでも怪しいところがあれば異端審問官としての職務を全うせよとな」
言って瓶をテーブルに叩きつける。
協会支給の通信用人造精霊はとてもじゃないが個人で買える筈もない程高価な物なのだが、怒りと酔いで脳の沸騰したナッシュには関係の無い話だった。
「小娘……化けの皮を剥いでやる……」
狂相に怯えるように、人造精霊の羽がパタパタと鳴った。