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王都エレンディア

「ん……〜〜むぅ〜っ、あふ」


 長旅で凝り固まった身体を全力で伸ばしついでに欠伸をして、漸くリーリエは人心地ついた。

 何だかんだ1週間以上の期間外に居たため随分と久しぶりな気がする故郷の匂いと喧騒に、知らず頬も緩もうというものである。


 王都エレンディア。

 エレンディア大陸全土を覆うエレンディア統一国家の首都であり、リーリエが所属する王立魔導協会の本拠地。そしてリーリエの生まれ故郷である。

 2000㎢にも及ぶ領地に195万人が住む統一国家随一の大都市であり、オリハルコン等を始めとする希少鉱石の産出地である霊峰ガルゼトを有する魔法工学のメッカでもあるエレンディアは、当然それを生業とする種族の人口比率が高い。

 人、セロ、ロイトリ。

 この3種の人族が全体の凡そ9割を占めている。

 海側に海棲種族のソーンが少数。それに更に少数のセドナや獣人族も住んでいるが全体に対してやはり数は少なく、1%にも満たない。


 それはエレンディアの住民税の仕組みに理由があった。

 魔法工学国家たるエレンディアではそれに携わる個人及びその家族は税金の控除が受けられるのだ。控除率は地位が高くなる程比例して上がって行き、例えばリーリエのように神天ともなれば全額控除となる。

 結果として魔力素養の豊かな種族程住み易く、逆に乏しい種族程さして金銭的なメリットが無いという社会構造が出来上がっていた。


 さりとて、恵まれた資源。大都市にしては随一の治安の良さ。適度な自然環境など、王都に住む環境的なメリットは枚挙にいとまが無い。

 

 贔屓目無しにリーリエは此処が好きだし、例え代行者でなくても、ましてや貴族の家でなくても此処に住み続けると断言出来る。

 何より、良い思い出悪い思い出引っ括めて、リーリエの18年を内包するこの街を離れる等考える事が出来なかった。


「さて……と」


 一頻り郷愁に耽ったところでリーリエは歩き出す。今居る東街区では無く、中央区にリーリエの目的地はある。長旅の疲れを癒したくもあったが、それよりも先にやらなければいけない事があった。

 兎にも角にも協会に報告書を提出しなければならない。


 エレンディア王立魔導協会。

 魔力に秀でた種族であるセロの王国ティア・ブルーメを後楯とし設立された人類の叡智の結晶とも言える組織が、そこにはある。

 起源は正確には不明だが2000年以上も前と言われ、エレンディア統一国家よりも前から存在し協会の元に街が出来、国が出来、大陸全土に及んだとすら言われている。

 情報が全て曖昧なのは過去の戦争で文献が根刮ぎ焼失してしまったからだ。1500年の永きを生きるティア・ブルーメの女王、ハルメニア・ニル・オーギュストの、『あたしが物心ついた時にはあった』と言う発言から類推され、前述したようなぼんやりした逸話がまるで真実であるかのように浸透しているのだ。

 大言壮語もいいところだがエレンディア大陸に留まらず全世界に及ぶ権能と、所属する代行者による軍事力。協会本部に併設された王立図書館の蔵書の歴史的且つ魔法的価値等、一概に否定してしまうには協会の力は強大だった。


 馬車の発着所から協会本部まで徒歩だと30分程の距離があるのだが、リーリエは敢えて徒歩を選択した。

 久しぶりの故郷の街並みを堪能しようと思ったのが1つ。もう1つは少しでも協会に着くのを先送りにしたいという現実逃避だ。

 報告書自体は道すがら馬車の中でつくってあるのだが、いかんせん内容は嘘八百である。ハイエステス支所に魔力波長を探知されてしまっている為完全にシラを切る事も出来はしない。リーリエは不本意ながら自らが竜を倒し、アゥクドラを鎮めたと書かざるを得なかった。


「全く不本意ですわ……」


 ブツブツとクオ・ヴァディスに対する呪詛を吐きながらリーリエは街並みを見回す。

 今歩いているストリートは中央区から東西南北四方に伸び王都を4分割する主要道の1つ、エメ街路だ。

 大型の馬車が2台ずつ系4台が互い違いに通行出来るように法整備の為された街路の両脇にはこれも広い歩道。それを囲むのは赤褐色の煉瓦造りで統一された美しい建物だ。それらは様々な商店であり東街区が商業特区たる象徴である。

 

 王都は各街区に大雑把ながら区別がある。

 東街区は商業区。

 西街区は主に貴族や高官が居を構える高級居住区。

 南街区は工業区。

 ヘルメア海に面した北街区は観光区。

 そして、王城や協会本部等政治の要所となる建物が集中した中央区といった具合だ。


 リーリエは人々の営みを最も感じる事の出来るこの東街区が好きだった。


「おや? リーリエちゃんじゃないか。随分久しぶりに見た気がするけど出張でも行ってたのかい?」


 朗らかな声に顔を巡らせるとそこには見慣れた人族の顔があった。

 東国生まれ特有の真っ黒な髪と瞳に切れ長の目。ここで鈴宮青果店を営む店主、鈴宮是雷だ。


「ええ、1週間とちょっと遠方に出ていまして。先程漸く帰って来れたところですのよ」


 うへぇ、という具合に是雷が顔を顰める。


「仕事とは言え大変だなぁ。ほら、これ食べて元気出しな」


 是雷はそう言って何かを投げ渡して来る。受け取るとそれは瑞々しく金色に輝くアプタルだった。

 心遣いは痛み入るがこの産地にて遭遇した数多の事柄を思い出し、リーリエの表情に微妙な翳りが生まれる。


「ありゃ、アプタル嫌いだったっけ?」

「いえ、丁度アプタルの産地に出向いてまして、そこでちょっと色々あったもので……」

「悪い事したなぁ、何か別の物を……」

「いえ! アプタル自体は好物ですのよ! いただきます!」


 慌ててかぶり付き、懐から100イクス硬貨を探り出し是雷に渡す。

 アプタルは良い具合に熟れており、パンパンに張った果実には豊潤な甘さの蜜が詰まっていた。


「別にお代なんか良いのに。リーリエちゃんみたいな感じの良いお役所の人には頑張って偉くなってほしいからね。先行投資さ!」


 朗らかに是雷は笑う。そう言っていつも代金を受け取らないので今回は先回りしたのだ。


「そういう訳にもいきませんわ。対価は払う。偉くもなる。ウィンウィンってやつですわ」


 他愛もない会話がリーリエのざらついた心情をなだらかにして行く。先程より幾分か協会への道程が明るく見えた。


「美味しいアプタルもいただいてだいぶ癒されましたわ。気合いを入れて、報告書を提出して参ります!」

「おう、そりゃ良かった!また何時でも来てくれよ。特別良いのを用意しとくからさ」


痛み入る厚意に背中を押され、リーリエは協会への道を再び歩き出す。一歩踏み出した途端にそのまま協会宿舎の自分の部屋に逃げてしまいたい衝動に駆られるが、是雷の厚意を無駄にはすまいとグッと堪え歩を進める。

 そこから協会までの道すがら、スパイス1.2.3.の芳しい香辛料の匂いに揺れ。ハーヴェスト・デリカテッセンの焼き立てのパンの匂いにまた揺れ。どうにかこうにか辿り着いた協会の東門には何故か人がごった返していた。それこそ通るに通れない程の人が、である。


「何かスキャンダルでも報道されましたの?」


 遂に上役のジジイがセクハラで訴えられでもしたかと斜め上にテンションが上がりかけたリーリエの背筋に電撃のような悪寒が走る。


 魔力波長。

 しかも街中で発せられているとは思えない程強力なものが、人集りの先に存在している。此れ程迄に強力な波長に今まで気付けなかったのは、これを発しているものが意識的に抑えているからだ。

 抑えられていて尚肌に刺さるほどの魔力波長は、それでも何故か妙な既視感があった。つい最近、リーリエはこれに近しいものに遭遇している。

 思い当たって、リーリエは人集りを掻き分け、波長の発生源へ向かう。


 魔力波長はクオ・ヴァディスが魔法を使う時のものと良く似ていたのだ。


 まさかと思いつつも確認せずには居られない。あれだけ協会と関わる事に忌避感を示していたクオ・ヴァディス当人がそこに居るとは思えない。

 だからこそ異常なのだ。

 あんな魔導の極致が、精髄がそう何人も居てたまるものか。


 人集りを抜け半ば苛つきにも近い感情に囚われていたリーリエの眼前には、全くもって予想だにしていなかった人物が立っていた。


 虹色にグラデーションする虹彩がリーリエの顔を見つめる。それだけでリーリエの心臓は早鐘のように高鳴った。

 見紛う筈もない、しかし何故どうして何でここに???


「翠の魔眼にイルガーの匂い……リーリエちゃん見っけ!」


 自分の名を呼ばれた事に、思わずリーリエの背筋が伸びる。

 訳がわからない。が、しかしその人物は悠然と、確かにそこに居る。この圧倒的な魔力波長もこの人物だからこそ合点がいくというものだ。


 世界的な魔導回路、ハルメニア式魔導回路の始祖、セロの王国ティア・ブルーメの女王ハルメニア・ニル・オーギュストがそこに居た。


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