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プロローグ

 見渡す限りの金色の小麦畑、茜色の夕焼け。暖かい色彩に包まれたこの世界が、私は大好きだった。

 山村であるが故に毎日の営みは畑仕事と食事、睡眠くらいのもので、兎角刺激には縁が無い土地柄ではあったがかと言って都会への憧れも無く、穏やかに過ぎる時を私は楽しんでいた。


 ふと、鼻腔をくすぐる芳ばしい匂いに私は顔をそちらに向ける。この村における一番の楽しみに私は足取りも軽やかに歩き出した。

匂いの元は先程眺めていた小麦畑の東側にある木造の一軒家だ。煙突が煙を燻らせそこから香る匂いがこの家の家主が私の好物を作っているのを教えてくれている。


 逸る心を抑えて私は控え目に扉をノックした。


「はーい」


 中からいつも通りの女性の声が聞こえる。


「……ね? 空いているわよ、入って待っていて」


 声に従い扉を開けると、外よりもずっと強い匂いが漂っていて私の胃を刺激する。玄関から少し入ったところにある居間の椅子に腰掛けると、奥の台所から1人の若い女性が顔を出した。


 セミロング程の黒髪を後ろで束ねた少し垂れ目気味の美しい女性だ。変わったところと言えば、私達甲角族の所以たる額の角が紅い事だろうか。見慣れた顔だが、この顔を見ると私はえもいわれぬ幸せな気持ちになる。恐らく弛みきっているであろう私の顔を確認すると女性は少し困った表情で口を開いた。


「きょ、今日は結構上手くいったのよ? 笑わないでね? や、笑っても良いけど我慢して食べて下さいすいません」


 出来を笑うつもりは無かったのだがその発言に思わず笑ってしまう。バツが悪そうな顔になった彼女は諦めたように引っ込み、湯気を上げる木皿とバスケットを持って来た。木皿には大き目の野菜がたっぷり入ったシチュー、そしてバスケットには少々焼き過ぎな色合いのパンが詰まっている。


「大丈夫、まだ茶色だから、大丈夫」


 自分に言い聞かせるようにそう繰り返している彼女を尻目に私はパンに手を伸ばし、一口大に千切ってほうばる。やや硬めの歯応えに若干の苦味があるが中は柔らかく、小麦とバターの風味が口に広がる。拳大の消し炭だった頃に比べたら目覚ましい進歩だ。続いてシチューに浸して食べてみる。


 ひたすらに美味い。


 謎の化学反応でも起きてるんじゃないかと思う程に何故かこのパンとシチューは合う。ガツガツとシチューとパン2つを平らげると漸く人心地ついた。美味かったと彼女に伝えると妙にモジモジしだした。照れているらしい。その様子に思わず頬が緩む。


 幸せだった。


 少なくとも愛という概念を手放しで信じていられるほどには幸せだった。


「あ、明日は街に買出しでしょう? 私は行けないから代わりにマールさんの店でお塩買って来てもらえるかしら? パンに使うからね」


 私は和かにうなづく。


 駄目だ。行ってはならない。せめて彼女を連れて行くんだ。変える事など出来ないとわかっていても叫ばずにはいられない。


 満足げな彼女の笑顔が楔のように胸に突き刺さる。


 後悔、なのだろう。結果として私は1人で買出しに向かい、次に見たのは轟々と赤い炎に包まれた村だった。


 昨日は同じ場所から夕焼けと小麦畑を眺めていたはずだ。しかし、私の目に映るのは一面の赤い炎と、煙に覆われた黒い空だった。


 私は全速力で走り出す。彼女が居るはずの家に向かって。

 やめろ、見せないでくれ。あの光景は二度とみたくないんだ。思い出させないでくれ。


 木造の家は火の回りが早く既に炎に包まれきっていた。扉を蹴破るとやはり中も炎が渦巻いている。私は皮膚が焼けるのも構わず彼女の姿を探す。すると奇跡的にまだ火が回っていない台所に彼女の姿を見付けた。

 台所の床に転がった彼女の額には角は無く、ただ同じ色の紅い鮮血が彼女の美しい顔を汚していた。


 全身の力が抜け膝が落ちる。


 何故、どうして、誰がこんな。


 混乱する思考に身体は金縛りになったように動かない。どれ程そうしていたのか、私の身体にも火が燃え移り始めた頃扉の辺りから声が聞こえた。


「生き残りが居たぞ!」


 聞き慣れぬ声に振り向くとそこには銀のフルプレートを身に纏った男が居た。


「ゼオンの方は30本集めたって話だ! こいつので俺たちも30本目だぜ!」


 下卑た笑いを浮かぶて男は腰に差したスティレットを抜く。


「全く美味い話だよなぁ! 手前らの角が1本幾らになるか知ってるか? 7000万だよ、7000万! 明日から俺らぁ億万長者だぜ!」


 五月蝿い。


「その女の赤い角は珍品だなぁ。特別に値段を吊り上げて売ってやろう。1億……いや、1億2000万は下らねぇな!」


 やめろ、黙れ!


 叫びは声にならず、ただ両方の側頭部に肉を破るような痛みがあった。視界が炎よりも紅く染まり黒煙よりも黒い感情が内臓を灼く。


「な、んだ、そりゃあ⁉︎」


 声の最後は天井の辺りで聞こえた。一拍遅れて首と生き別れた胴体がゆっくりと倒れる。

 ふと右手を見ると男のものであろう血液で赤く染まっていた。全く、どこもかしこも赤くて嫌になる。


 火が移ってしまわないよう、もう冷たくなってきている彼女の身体を抱いて私は外に出た。相変わらず空は真っ黒だが炎と血の赤よりは幾らかましに思えた。


「何だあいつは⁉︎」

「なんてデカさの角だ! ありゃあ高く売れるんじゃねえか⁉︎」


 家の周りから何人か、先ほどの男と同じようなフルプレートを纏った男達が姿を現わす。銀のフルプレートは揃いも揃って血に塗れている。

 あぁ、また赤だ。私にその色を見せないでくれ、おかしくなりそうだ。


 彼女の身体を丁寧に地面に下ろして男達に向き直る。刹那、身体中に異変が起こる。組織が変性し筋肉と骨格が肥大していく。同時に私がファガール、戦士たる証の13本もの角が魔導回路を展開、肥大に耐え切れず崩壊していく細胞を片っ端から再構築していく。


 数瞬の後、私は獣と化していた。


 唖然と私を見上げる男達に対して、私は蹂躙を開始した。








 瞼に光を感じ両目を開くと遥か天蓋の切れ間から青白い月光が私を照らしている。

 息を吐き強張った身体の力を抜くと四肢を拘束している鎖がじゃらりと音を立てた。

 もうどれくらい経つか数えるのも馬鹿らしくなる程の年月を経ているにも関わらず、未だあの日の光景は毎日のように夢に出る。


 ここは良い。音も無く、闇色と時折覗く太陽と月の光だけしか無い。

目を閉じ、月の光さえも遮断して私はここ100年程取り組んでいる作業を再開する。


 意識を脳内に巡る力の奔流に向けると私を取り囲むように青白く輝く魔導回路が展開する。16層の積層回路は互い違いにゆっくりと回転している。100年を掛けて改良を重ねているがまだ足りない。

 私は私と共にある625人の同胞の力を完全に制御しなくてはならない。まだまだこの程度では足りないのだ。


 回路全てに意識を廻らせ、更に深く深く意識を落とし込んでいく。


 闇色の中で時はくるくると巡る。

長らく暖めてた王道?ファンタジー物です。

ゆるゆる更新していきますのでまったりとお楽しみ下さいませ。

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