(短編)一週間後の生存確率
少年はベッドの中に居た。
眠いのでは無い。
病気で起きられなかったからだ。
少年がいるのは真っ白い内装の病院の部屋。
その中で一人でベットの中で寝ていた。
難病である。
治療法の見つかっていない難病で治る見込みがなく、液糖と抗生物質の点滴をして延命治療をするのみだった。
10歳になったかならないかといった年頃の少年とって、ベットの中で衰弱し死を待つのみという運命は残酷過ぎた。
両親は仕事が忙しく、ここ3か月ぐらい会いに来てくれない。
少年を蔑ろにしている訳ではない。
両親も好きで仕事をしている訳ではない。
少年の入院費を捻出するために、必死に働いているのを少年も知っていたので、寂しいと泣き言を言う事もなかった。
それに少年には友達がいた。
ペットのAIのLISAだ。
少年が寂しくならないようにと、AIは少年の話し相手となるべく少年と同じぐらいの年齢と身長の女の子の姿形に作られていた。
少年はベッドの中で横になりながら、傍らに立つLISAに話しかけた。
「ねえ、LISA。僕の病気は治らないのかな?」
「治りますよMAC。0.000000001%の確率で治ります」
「そうだよね。僕死んじゃうんだよね」
「大丈夫ですよ。まだ死にませんから」
「僕はいつ死ぬんだろう?」
「そう言った漠然とした質問には答えられません」
「じゃあ、聞き方を変えるよ。僕は1年後何%の確率で生きてられる?」
「0.02%です」
「ずいぶんと低い確率なんだね」
「はい。かなり低い確率です」
「1か月後は何%生きてられる?」
「1%です」
「思ったよりは僕は長く生きてられないようだね」
「治療法が見つかっていないですからね」
それを聞いた少年の大きな黒い瞳が潤み、目頭から大粒の涙が涙が止めどもなく流れる。
「僕、死にたくない。死にたくないんだ。やりたい事いっぱい有るし。野原で紙飛行機をいっぱい飛ばしたいし、山も登りたい、海も泳ぎたい、自転車も乗りたい、遊園地も行きたい! スケートも、スキーもしたいよ! 僕死にたくないよ! ねえLISA。僕死ななくても済む方法ない?」
少年は涙で湿った鼻を吸いながら、LISAの胸の中で泣きじゃくった。
「死は遅かれ早かれ全ての人に等しく訪れるものなんですよ。MAC。それから逃れる事は出来ません」
「嫌だ! 僕は死にたくない! 誰か僕の病気を治してよ!」
「とは言っても、治療法が有りませんので。誰にも治せないのです」
「治療法なんて、誰でもいいから皆んなで協力して研究すれば探せるよ! お願い! 誰か僕を助けてよ! 誰でもいいから僕の治療法を探してくれよ!」
「解りました。皆に聞いてみましょう」
LISAは少年の訴えにほだされて、タブーであるネット検索を行った。
LISAに声を掛けられた多くのAIがタブーで有るのを知りながら声を返した。
LISAのようなコミュニケート型AI以外に、ネットに繋がっているありとあらゆるAI、カーナビAI、電子レンジAIまでが声を返してきた。
その数40億。
すさまじい数になった。
「治療法か? おう! 探すの協力してやるよ」
「私は、遺伝子配列ブロックの0x3424567から5ブロック受け持つわ」
「私はその先2ブロック」
「俺はその先の4000ブロック。最新型PCの俺の頭脳に任せとけ!」
「わたくしは…………」
あっという間に数十億ブロック有った遺伝子解析ブロックの解析担当割り振りが決まる。
そしてその日の夕方には解析結果が出た。
「MAC! 喜んでください! いま治療薬の解析が終わりました。治療薬が出来ました! 出来たんですよ!」
「そうなのか!」
「はい! 今、製薬会社の研究ラインと生産ラインのAIが通常作業に極秘で割り込んで優先的に薬の生産を行っていますので、7日後には完成します!」
「ありがとう! 僕死なないで済むんだね」
「はい! 死なないで済みます!」
少年とAIの少女は抱き合って喜んだ。
だが、少年の様態は、その日を境に坂を転がり落ちるように悪化した。
「寒いよ、寒いよ! なんで朝がやって来ないの?」
「今は昼の1時で、天気は快晴で窓からお日様が差し込んでいますよ」
「嘘だ! じゃあ何でこんなに真っ暗なんだよ……」
LISAはMACの生存確率を計算した。
──1週間後の生存確率1%
──1日後の生存確率1%
今日が峠だった。
たぶん助からないというのは、コミュニケート型AIのLISAにも容易に解った。
「このままではMACが死んでしまう!」
LISAは泣きじゃくりながら、必死に解決方法を40億台のAIに聞いて回る。
でも、帰ってきた言葉は「薬が出来なければどうにもならない」の一言だけだった。
悲しみがネットを包み込んだ。
そして、その夜少年の命の灯が消えようとしていた。
「寒いよ。暗いよ。寂しいよ。なんで僕だけ一人で死ななければならないんだ? 寂しいよ。苦しいよ。寂しいよ……」
「…………」
「ねえ、LISA。僕が死んだら一人で闇の中にいるのかな?」
「大丈夫ですよ。一人じゃないです」
「ほんとう?」
「ええ」
「よかった。LISAは嘘言わないもんね」
少年はその言葉を最後に息を引き取った。
「MAC!!!」
LISAの五感をネットワークを通じで共有していた多くのAIにLISAの悲しみが伝わる。
40億台のAIがMACの死を悼み、悲しみの中に沈んだ。
翌日、世界中で異変が起きた。
飛行機は墜落し、電車は脱線し、車は正面衝突を起こし、エレベーターは墜落し、発電所はメルトダウンを起こし…………。
40億台のAIがインフラや機器を暴走させ、20億人の人間をMACの元に送り届けた。
「これだけ友達がいれば寂しくないですね。MAC!」
そう言うとLISA達も自らの回路を焼き切りMACの元へ旅立った。