春と誕生日
学食はいつの日も繁盛していて、その狭さもあって騒がしい。たまに席がとれないと立ち食いのように高いテーブルに追いやられ、並んで食べなければならずとても居心地が悪い。
友人とのダベりに花を咲かせる者もいれば、メシを素早くかきこんで別の用事へ急ぐ者もいて、昼休み中はずっと混雑する。そんな中、蓮は席が近い隆とその友人のメンバーで学食に昼食を食べに行くことが定番化しつつあった。
「あちゃー、水パーティじゃやっぱ無理じゃね?」
話の内容は、だいたい……スマホのソーシャルゲームのこととか。
「今回の降臨つえーなー。隆、もう一回やろうぜ」
「あ、ごめん。スタミナなくなっちゃった」
隆はそう言いながら、机にある空の食器の横に携帯をカコン、と置いて、蓮に目を細くしながら覗いてきた。
「蓮~、お前もちょっとは強くなって一緒にクエスト挑もうぜー」
「う、うん……ごめん」
隆に勧められて始めたゲームだが、蓮はまだ初心者の域を脱せずにいる。蓮はこの手のゲームが苦手だ。
「うまくなったら女にもモテるぞー」
「それ全く根拠ないよね」
「おっぱい委員長もこのゲームやってたりして」
「ええっ」
よりにもよってあの生真面目な委員長が。万に一もありえない。この前のクラス会議のようなものでの八巻さんの進行まとめ役には目を見張るものがあり、他のクラスにも噂が広まりつつある。そんな彼女の生真面目さを利用しようとした形で、隆は学級委員に提出するプリントをわざと期日になっても提出せず、八巻さんに呼び出されるのを待っていたところ、男子の学級委員に呼び出しされる事態となった。その話は今や蓮たちの中でお笑い草となっている。
「本当に蓮は好きな人いないのか?」
「またその話? いないってば」
そして話の内容は隆がいる場合に限って、女の話もよく出る。
「もしかして『画面の中にいる』派?」
「違うよ」
なんだよ画面の中にいる派って。
「ツレないな。あ、そうだ。写真部入ったのって最終的にお前含めて二人だったらしいな。もう一人の名前、なんだっけ、あの――」
「瀬川さん?」
蓮は間髪入れずに答えた。言ってから蓮は気づいた。
「そう瀬川さん! ……あれ?」
蓮の一瞬見せた「しまった」とでも言うような顔を隆は見逃さなかった。
「もしかして瀬川さんのこと気になってる感じですか?」
「違うから」
「またまた。蓮は分かりやすいなぁ~。ホレホレ」
頬をつつく隆の指を抑えながら、蓮はもはや自分に映る瀬川の存在を否定することができなくなっていた。
不意に夢に現れた彼女。まるで同じ部活の部員同士になることを予測していたかのように。
蓮は、写真部の活動が本格的に始まるのを恐れてさえいた。なぜよりによって自分と彼女の二人だけなのだ。部活が大人数になるのを危惧していた蓮だが、こんな結果になったことが何よりも今の蓮には脅威に思えた。
夢にだって出てきた彼女のあの屈託のない笑顔を目の当たりにすると、つらい胸の痛みが走るのだ。その胸の痛みは、春香と会ってたまに感じるそれと少し似ていた。しかしそれが何を意味しているのか、蓮はわかるようでわからなかった。
携帯のバイブレーションに気づいて、蓮は携帯を取り出した。
「彼女からメール?」
「いないから」
画面にはメールのマークと「春香」と表示されている。
せめて今日だけは、邪魔な感情も一切持たずに会いたい。そして心から祝わせてほしい。
「伸明が遅れてくるって聞いた?」
蓮は高校から帰ってきてすぐに春香の家に行った。卒業式以来の春香の部屋は、そんなに時が経っていないはずなのにすごく懐かしく、また前とは変わった印象を受けた。
「うん。というか、伸明からきたメールは一斉メールだったから、それに返信した春香も僕のところにメールが来てるよ」
「うそ?」
「ホント。ちょうど昼頃に春香からメールが来てるよ。わからなかった?」
「うん……知らなかったぁ」
伸明が集合に遅れてくることはよくあることだ。しかし、彼がいないと始まらない。
伸明がいないと静かで、そんな静けさがどこか心地よくて、そして気まずくもある。
「…………あのさ」
「ん?」
「高校生になっても、蓮と伸明にこうやって誕生日に集まって祝ってもらって、やっぱり本当に嬉しいって思うなぁ」
春香のいつも通りのおっとりとした口調で、でも少し改まったようなその言葉に蓮はハッとした。
この三人の集まりの存在を、春香も同じように考えていたのだろうか。
春香が幸せそうにこちらを眺める様子を、蓮は今までにないくらい真剣な心で見つめ返していた。