三人を繋いだもの
11年前。ピンクに染まった園庭を窓の外に映しながら、高橋蓮は幼稚園年中さくら組にあがった。
年少から上がるときにはクラス替えがあり、仲良しとは離れることになった。蓮はひとり積み木で遊んでいた。そのあと、大沢伸明と野崎春香が寄ってきて、積み木を中心に囲んで遊んだ。なにも話さず、自分の積み木に夢中で。
これが初めて三人が一緒に遊んだ時だ。しかし、積み木が彼らを繋いだわけではない。同じ積み木で遊んだ。それだけのことが、まだ幼い子どもにとって特別な友達を作るまでの出来事にはなり得なかった。
もしあの時彼女が現れなかったら、僕らはきっと、不器用に重ねられた積み木のように、またバラバラに散って二度と合わさることはなかっただろうと蓮は思う。
幼稚園の先生は突然、女の子を引き連れてやってきた。
「春香ちゃんたち、紗希ちゃんと一緒に遊んでくれないかな?」
そう言って先生に背中をぽんと押された女の子は、左目のまぶたを赤く泣き腫らしていた。そして、右目のまわりは青く染まっていた。
「うん、いいよ。これであそぼ」
女の子、児之原紗希は無言で、春香から差し出された積み木を受け取って上に重ね始めた。
「かおのどうしたの」
伸明の問いに紗希が顔をあげる。
「青いよ」
「うまれつき」
そう言って紗希はまた視線を落とした。時折紗希が鼻をすするのと積み木が崩れる音がするだけだった。
蓮はこの異様な瞬間をよく覚えている。青いあざを右目にもった女の子が、突然隣に現れた。どこか強烈な印象だった。
少し時間が経つと、紗希は笑顔を見せるようになった。元気になって、しまいには大きな声を出して仕切り始めた。
「だれがたかくつみあげられるかきょーそうだから!よーいどん」
次の日も、その次の日も、蓮たちは紗希を合わせて四人で遊んだ。まるで紗希の屈託のない笑顔、そのムードに引き寄せられるように。
少し気が強い伸明と衝突することもあったが、紗希は一度も伸明に負けたことはなかった。伸明は何度も果敢に紗希に挑むも、紗希の男勝りな性格の前に幾度となく敗れた。
桜の季節、出会いに導かれて仲良しの友達になった蓮たちは年長に上がっても変わらなかった。
しかし、桜はときに、別れをも与える。
卒園式の三日前から、紗希は幼稚園に姿を現さなくなった。ムードメーカーを失ってから二日、三日が過ぎ、ついに卒園式を迎えた。幼稚園からの門出を祝う華々しい日だったが、蓮たち三人の中には少し混沌とした雰囲気が漂っていた。
「今日もさきちゃん、ようちえんに来なかったよ」
「うん……」
卒園式が終わっても、紗希は姿を現さなかった。すると伸明は、
「ちょっと、さきのいえに行ってくる」
と走って行った。残された蓮と春香は、卒園の祝福ムードの親たちに紛れて動けなかった。
その日は、伸明が蓮のところに戻ってくることはなかった。
その後、蓮と伸明と春香は同じ小学校に入学し、三人が再び一堂に会した。
「さきちゃんは、どうだったの?」
「……」
「……どうしたの?」
「…………死んだ」
「えっ?」
「さきが……し、死んじゃったんだよう」
そう言った途端伸明は、こみあげた思いが爆発するように声をあげて泣きはじめた。紗希に敗れてもなお幾度となく戦い続けた伸明からは想像もつかないほど、情けないわめき声をあげながら。
蓮たちは何が何だかわからなかった。紗希が死んだ? どうして。もう二度と会えないのか。
しかしその後は、蓮たちが何を聞いても伸明は紗希に関して二度と口を開くことはなかった。
あの後、紗希と再会したことはない。紗希の家を訪れても、人が住んでいる痕跡はなくもぬけの殻だった。もしかしたら伸明の言っていた通り、この世にはもういないのかもしれない。
紗希は唐突に現れて、そして去っていった。僕らを繋ぐために。
蓮は、この季節になると紗希のことを想い、そして感謝する。
「もうすぐで春香の誕生日だな」
「蓮、今度は遅れないでよ」
「ああ、わかってる」
高校に進学すれば、三人はバラバラになってしまうかもしれないという不安は、どうやら杞憂に終わったみたいだ。紗希もきっと安心したに違いない。
そっと胸の中で紗希のことをしまった蓮は、満開の桜を撮るべくカメラを取りに家に向かって走っていった。