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ファインダー

 わずかな光沢だけまとった古びた金属は、蓮をじっと見つめているようだった。手に取ると冷え切った表面が手のひらに突き刺さった。

 電源を入れると、少し鈍い音をさせながらレンズカバーが開いた。映り出した液晶画面は、充電池が残り少ないことを示している。蓮はまた充電器を探し出した。家の物置の中、ダンボールに眠っているいびつな小型デジタル機器を引っ掻き回す。充電器を見つけ出した蓮は、自分の部屋へ持ちこんでそれに先ほどのデジタルカメラを差した。かすんだコードの先にある少し折れ曲がったプラグをコンセントに差し込んだ。

 冴えないシルバーにぼやけたこのデジカメは、高橋家で最新型のカメラだ。いや、もしかしたらこれが唯一のそれかもしれない。このカメラが家族の手に握られなくなってからもう10年近く経つ。もともと、このカメラは高橋蓮が産まれた時の記念として成長記録のために買ったものだ。しかし蓮の小学校の入学式を撮ってからはあまり使われなくなった。携帯電話がその後役を買って出たのだ。役目を終えたように思えたこの旧式カメラが蓮の手によって再びシャッターを切られることになるとは、本人も思っていなかっただろう。



 蓮の高校ではもうすぐ、部活の入部届提出期間が始まる。2年生3年生は新入生の勧誘に必死だった。

「蓮はなんの部活に入るの?」

 隆は中学に引き続き水泳部に入ることを決めていた。彼の話を聞く限りでは、見かけによらず相当な実力者らしい。

「まだ決めてない」

 蓮は高校で入る部活を何にするか決めかねていた。何をやりたいというものも蓮にはなくて、でも帰宅部になるのもどこかつっかかる思いがして、どこの部に入るか、蓮の中で小さな悩みの種となっていた。

「中学の時は何部に入ってたんだよ?」

「バレー部」

「へぇ! 高校ではバレー部に入る気ないの?」

「まぁ……そうだな」

 正直、こんなに迷うのならバレー部に決めてもいいと思っていた。けれど、高校では違うことをしたい、と思う気持ちも捨てがたかった。

「今、写真部って部活が噂になってるらしいぞ」

「写真部?」

「昨年で部員がみんな卒業しちゃって、今部員数が0人らしいんだってよ。今年入部する人が出なかったら、廃部になるっぽい。顧問もあまり熱心じゃないから、軽そうな部活だって入ろうとする人が続出してるんだって」

「へえ、そんな部活もあるんだ」

 最初、蓮はそんな話を軽く受け流していた。自分が入る部活はもっと、波風の立たなさそうな無難な部活を選ぶつもりだった。しかし、時がたつにつれて、その写真部のことが頭をゆっくりと回るようになっていた。蓮にとって、写真部以外に入りたいと思う部活は、もはやなかった。廃部寸前のオカルト的部活が、まさか自分の心を射止めるとは、蓮は思わなかった。


 楽に部活をできるかもしれない、という理由で選んだわけではない。むしろ、そういう理由で入部する人がたくさんいて、それらの人にいいように部活を緩くされることは蓮にとって心外にも近いような心境を覚えそうで、そうならないことを祈るばかりだった。写真部という存在を知り、それまでに入部を考えてきたどの部活よりも、なぜか魅力を感じている。



 カメラが満充電になるのはまだ先のようだったが、蓮は充電器から抜いた。それをポケットに入れると、少し日の暮れて暖かい公園へと出かけた。蓮の家から一番近いところにあるそれは、公園というより空き地に近いものだった。遊具はなく、春香の家の前の公園よりずっと狭くて、遊ぶ子どももあまり見ない。


 カメラにはファインダーと液晶が両方ついている。蓮は写真家の気分でファインダーを覗いた。この公園で唯一の人口建造物らしいものである水道に、蓮はカメラのシャッターを向けた。向けてから、どうやって撮ればいいのだろうと、自身にとってもなかなかよくわからない疑問を思い浮かべた。写真部に入るならば、ちゃんときれいな構図を考えて撮らなければ。そんなことを思いながら、いやそれならば、水道を撮るより他にいい被写体があるのでは、となかなかシャッターを切るに至らず、ただカメラを構えては電源を切る、そんなことを繰り返していた。


 いい加減、1枚は写真を撮ろう、と再び水道に向けてカメラを構えたとき、背後から声が聞こえた。

「高橋じゃん! 何やってんの?」

 振り返ると、同じ中学の同級生だった清水と、その隣には春香がいた。彼女たちは同じ高校に進学したのだ。

「ちょっと今、写真撮ってるの」

「その水道撮ってるの?」

「あ……そ、そうそう」

「えーそうなの?」

 そう言って少し笑った後、清水は私たち二人を撮ってくれないかと尋ねた。想定外の質問に少しためらったが蓮は断る理由がなく、渋々承諾した。この間に春香が口を開けることはなくて、それは清水がずっとしゃべっているからなのか、蓮はわからなかった。

 清水は春香の手を引っ張って公園に入る。二人へ向けてファインダーを覗くと、液晶には二人の顔が映る。

「……じゃあ、いくよ。はいチーズ」

 シャッターボタンを押す指がずれて、蓮には一瞬ブレたように思われた。

「どれどれ、どんな感じ?」

「ちょっとブレちゃったかも」

 先ほど撮影した写真を液晶に映してみると、どこにもブレはなく普通に撮れていた。

「綺麗に撮れてんじゃん。じゃあ後で写メで送ってよ」

「いやでもこれデジカメだし」

「あーそっか、あはは」

 そういいながら清水は歩き出して公園を後にした。春香は清水の後を慌てて追いかけながら、蓮に向けて少し手を振った。取り残された蓮はこの写真をどうすればいいのかわからなくなってしまった。


 このちっぽけな公園の中で蓮は、まるで辻風に襲われたように茫然としていた。カメラを見ると、さっきの写真がまだ表示されている。蓮は、その中に映る1つの笑顔を見つめる。忘れようとしていた感情が燃え上がるようにして再び熱を帯びる。蓮はそれを許さないようにしてカメラから目をそむけた。いつもずっと眺めていた笑顔だ。簡単には頭から離すことはできない。いつか忘れることができたなら、どんなに苦しまずにすんだのだろう。しかし今、蓮の右手にあるカメラの中に、それを映し出す彼女がいる。

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