おっぱい委員長
「おっぱい委員長の誕生じゃんか!」
隆は興奮した顔で振り返った。蓮はもう反応する気力もなくなっていた。
「こんなことなら俺も男子学級委員に立候補しとくんだった、クソーッ」
高校生活、始まって早々こんな奴と絡むなんて……と蓮はどこか困惑した顔で、大げさに悔しがる隆を見ていた。
入学式当日、教室の前に貼り出されている席順を見た。高橋蓮の前の席は、同じ苗字で高橋隆。タカハシタカシって、なんて呼びにくい名前なんだって思ったけど、問題はそこではなかった。席が近いし、とりあえず挨拶しておこうと蓮は声をかけた。おっぱい地獄の始まりだった。
「それより見ろよ……あそこの席に座ってる女子、胸やばくね?」
「は、はぁ?」
隆が指差す廊下側の席に蓮は小さく視線を向ける。そこに座っていたのは、少し短い髪を後頭部でしばって垂らし、凛々しくたくましくもある顔立ちをした、制服を着た大人の女性だった。
格好いい……男気ある彼女の顔に見惚れた蓮の目にふと豊満な胸が映る。くらっとした……黒の制服が大きく膨らんでいる。これほどのサイズのを蓮は見たことがなかった。蓮にとってその胸は刺激が強すぎて、冷静な自己を取り戻すのに少しの時間を要した。
「ヤバいだろ!パイオツカイデーだぞ」
そう言って胸を揉む手の動きをしてみせる隆に一瞬の怒りを覚えながらも、彼の言う胸の大きさには否定することができなかった。
蓮はその大人な姿に見惚れていると、その席に一人の女子が駆け寄っていった。その女子はふと蓮たちの方を見て、蓮と目が合った。覗き見していたのを恥ずかしく思った蓮は瞬間的に目を逸らした。隆を見てみると彼は惜しげも無く首を左右に伸ばしてその女子の隙間から大人な女性を覗こうとしていた。
「なんだよ、見えなくなっちゃったじゃんかよ」
「あの人の友達なんじゃないか」
「そうみたいだな……話し込んでるし、すぐにはどかなさそうだ。まったく」
「お前って、どんだけ胸が好きなんだよ」
「まあな。中学ではおっぱいソムリエって呼ばれてたんだぜ」
「それは……お、おめでとう」
蓮は戸惑いを隠せなかった。というのも、蓮は今までに関わってきた人の中に、隆のようなおっぱい星人はおろか、異性について大々的に話題にする人はいなかったのである。高橋隆は蓮が付き合う初めてのタイプの人で、純朴な友人関係で育った蓮にはどう接していいのかわからなかった。
その後も隆はことあるごとにおっぱい、おっぱいと口にした。他とはレベルが段違いだの、一回でいいから揉ませてほしいだのを、蓮や他の新しい友人にも言いふらしていた。
そんな熱弁の渦中の人、八巻さんが女子の学級委員に決まった時の隆は、本当にうるさかった。八巻さんに対して蓮自身が申し訳なく思うくらいだった。
そんな隆は蓮と違って電車通学ではないので、一緒に帰ることはなかった。おっぱい地獄から脱出できてホッとしている自分が少しおかしく思えた。
隆と別れてから電車に乗って帰っている今、蓮には気付いたことが一つある。それは、伸明と隆には似ている点がいくつかあるということだ。明るくて気さくで、根っからのムードメーカーで、そして綺麗な顔立ちをしたイケメンということ。一緒にいる時の雰囲気は、今思えばよく似ていた。
そんな共通点があるのに今の今まで気付かなかった理由は、伸明が恋愛ごとにはさっぱり興味がないことに他ならない。伸明はその容姿と性格からよくモテるタイプで、女子から告白されることも多かったらしい。本人がそういう話をしたがらないので無理には聞かなかったが、伸明は告白されるたびにばっさりと断っていたらしいのだ。なぜ断り続けるのかと聞いてみても「興味がない」の一点張りで、それ以外には何も話そうとしない。伸明の恋愛に対してのそういった堅い印象が、隆と伸明が似ていると気付くのを妨げていたのだろう。
小学中学の時はそういった恋愛堅物イケメンと付き合っていたが、高校からは変態おっぱいイケメンと付き合うことになるなんて、そんな破天荒な環境変化に耐えられるか蓮は少し心配な気持ちになった。
「おっぱい委員長……」
揉んでみたい、なんて一ミリも思うものか、と隆の毒には侵されないことを決心するように、蓮は肩に下げた鞄を強く締めた。