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再会

 携帯から聞こえる電車の音。春香の部屋に響く電車の音。それらが重なって、蓮の耳にうなりのように聞こえた。


「ごめん」


 伸明の声が力なく聞こえる携帯を蓮は落としそうになった。どうしようもなくそれが重いのだ。重い――それは物質的というよりも、蓮にはそれが、今までに自分がしてきた罪が積み重なった重みに感じて、蓮にはそれを持っていられなかった。やがて蓮はその重力に突き放されるように携帯を持った腕をがくんと落とした。


 電車は遠くに過ぎ去った。伸明は近くに迫っていた。列車が線路を鳴らす轟音が、過ぎ去ってすぐにまた反射してきて、無限に近づいてくるような錯覚を蓮は覚えた。


 突如として蓮は部屋を飛び出した。手に持っていた携帯は今でも重かった。それを引きずるようにして蓮は階段を駆け下りる。

「どこ行くのっ!」

 春香の声が聞こえた。蓮はそのままの惰性で玄関を抜け、そして立ち止まった。扉は家の中から聞こえる彼女の声を閉ざした。

 どうしてか蓮は伸明を何か孤独で怨恨なものの中から見つけ出したかった。誰よりも最初に自分が伸明を捕まえたかった。蓮は恐怖の思いに絡まれていた。こんな時に蓮は、伸明と春香が楽しく話しているのを見守っていた過去の自分を羨ましく思った。


 背後に残した罪悪を薄く感じながら、蓮は一歩ずつ春香の家から離れていく。


 伸明の初めての――叶うかもしれない恋も受け入れよう。紗希がその実、生きていることもきちんと話そう。しかし春香の前で、絶対にそのことを話したくなかった。今までは何でもかんでも、三人の集まりの中で話していた。しかし今となっては……殊更にこの、思春期の闇から生まれたこの事情の中では、言いたくなかった。自分がこれから生きていくのに必要な何かをえぐられてしまうような気がして……蓮はこんなわがままとそれを引き起こした思春期の闇を心底嫌ったが、湧き出る自己中心的な防衛を抑えられないのも事実であった。


 道を挟んだ向かいの公園に、二つの影が見えた。薄暗い公園の真ん中に、携帯を持った手をそっと落とした彼の姿があった。


 彼はあの大雨のコンクリートの上に見せた表情から続いた、沈んで泣き出しそうな顔を向けていた。そしてその隣には、寂寥の奥に小さな笑顔を見せる――彼女がいた。


「紗希…………ちゃん……?」


 背中に春香の微かな声を聞いて蓮は立ち止まった。後ろを振り向いた瞬間、春香は蓮の横を走り過ぎていった。


 春香は二人のもとへ走って行った。蓮は一人取り残されるようにその場から動けなかった。……遅かったのだ。何もかも。紗希は二人と再会することを望んでいた。蓮はそのことを二人に伝えるべき存在だった。そして紗希と二人を、再会させる義務を負っていたのだ。しかしそれを後回しにして自分の欲と思春期の闇に翻弄されている間に、取り返しのつかない事態を引き起こしてしまったのだ。


「紗希ちゃん……だよね?」

「俺は……俺はあの時、どうしようもなく最悪な嘘をついた。本当に……ごめん」


 後から蓮が一歩ずつ、近づいていく。



 違うんだ。謝らなければならないのは、自分。



「ごめん!」


 謝り続ける伸明の言葉を遮って、蓮は頭を下げた。紗希にも、春香にも、そして伸明にも……蓮は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


「紗希のこと……誰よりもはやく再会できたのに、今まで言わずにいて……本当にごめんなさい」

「……二人とも、紗希のこと知ってたの……?」

 春香の言葉に紗希は優しく微笑んだ。

「私と蓮は、同じ高校のクラスメイトなんだ」


 なおも戸惑いを隠せない春香の顔に、蓮は何も言えなかった。すべては自分の今まで積み上げた私欲の行いが招いた失態だ。自分の欲望が求めていたものが、自分の欲望によった行動で戸惑いすさんでいく。屈辱と後悔で自己嫌悪に潰される蓮は、ただ頭を下げることしかできなかった。


「……でも、紗希ちゃんは……死んじゃったって、伸明が…………」


 伸明は言わず俯いていた。その表情は強張り硬直していた。手も硬く握ったままで……しかし突然その手を胸に突き刺すように当て、伸明は胸の奥から絞り出すように話し出した。


「俺は……心の中で、紗希を、……押し殺したんだ」

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