江ノ電
住宅街を突っ切るようにして敷かれた単線のレールを、優しい緑色をした電車がゆっくりとすり抜けていく。乗ってみると、遊園地にある足を折り曲げて乗るこども電車に乗っているようなわくわくとした感覚が味わえる。江ノ電に初めて乗った蓮は、何とも言い難い高揚感を楽しんでいた。
入学して少したった4月の下旬、蓮の高校では校外学習という名のもと、鎌倉を探検することになった。同じ班である紗希や隆たちと共に、鎌倉にある寺や名所を回り目指していた。特に紗希はカメラを片手にずんずんと歩き回り、あちこちを班は回り、蓮は振り回されていた。この日が待ちきれなかったというように紗希は鎌倉の自然と歩道と文化の中で生き生きとしていた。彼女は班の誰よりもよく動き回って、そして班の誰よりも休憩時間を持て余していたのだった。同じ写真部として蓮を引っ張り回し、屈託のない笑顔を見せる彼女の姿は、11年前と変わらないように蓮は感じていた。
しかしそう思えば思うほど、蓮は春香や伸明のことを、今は考えたくない思いがして蓮は胸に糸が絡まった感覚でいた。二人のことを話してあげることができない。今は一緒に笑うことしかできない。意識すればするほど、自分の笑顔はぎこちなくなっていく気がして、蓮はそれを忘れたかった。
歩き回り疲れ果てた蓮は、江ノ電に乗っているつかの間の休憩時間に寄りかかっていた。
景色が開けてくるとすぐに、間近に綺麗な海が見える。そんな、江ノ電から見える様々な景色に蓮は没頭していた。
「次は、長谷、長谷でございます……」
「いよいよ最終目標の鎌倉の大仏だね」
そう言ってドアの前に意気揚々と立つ紗希。
「急いでいかないと間に合わないかもよ」
隆の一言で、集合時間まで残り少ないことに気づき、急いで電車を降りた。
いざ数分遅れで集合場所である鎌倉の大仏の前に着いてみると、他にまだ到着していない班は多くあった。そんな中でもやはりというか、真面目な八巻千春学級委員率いる班はすでに到着していて、後の班を待っていた。
「千春ーやっと着いたよ」
「あら、紗希。お疲れ様。うまく回れた?」
「なんとかね!」
「よかった。紗希は無理し過ぎて時間配分とか忘れちゃうから、心配だったのよ」
「大丈夫だよ~」
その後少し経って、蓮は瀬川に呼ばれて、八巻と一緒に大仏を近くに見に行くことになった。蓮が呼ばれたのは他でもない、紗希と八巻の写真を撮るためだった。やや強引に瀬川からカメラを持たせられる蓮に、八巻は小さく申し訳なさそうに手を合わせていた。
「はい、準備OK!」
「……じゃあ、撮るよ」
覗き込んだ先に、二人の女子が立っている。
こんな構図、前にも撮ったっけ……。
カメラに向ける紗希の笑顔は、あの時の春香と同じだと蓮は感じていた。
しかし次の瞬間、紗希の笑顔が一瞬陰ったように蓮には見えた。
11年前の紗希の顔。あざはあったけれどひとかけらの陰りも見せず笑っていたあの頃。今、あざのなくなった右目の瞳に映っているのは光だけではなかった。ファインダーの向こうに映る紗希の瞳は、どこか寂寥の影を落としてこちらを向いていた。