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覚悟とすれ違い

「……でね、この時期は桜もいいんだけど、春の嵐が過ぎた後の虹が綺麗なんだよね」

「へぇ」

「冬が過ぎて緑が戻ってくる時期の虹! とってもいい被写体になるんだ」

 夕日が差し込む電車に揺られながら、瀬川紗希は少し興奮気味に写真のことを話していた。写真部始動以来二回目の活動で、蓮は紗希にカメラの使い方などを手取り足取り教えられている。まるで顧問の先生も歯が立たないような脅威の新入部員だ。

「嵐が過ぎた後は、空がいろんな表情して面白いんだよ」

「そうなんだ」

 紗希の話は止まらない勢いで、降車駅に到着したことに熱弁の腰を折られ、口惜しげに別れを告げ電車を降りて行った。


 電車はゆっくりと発車していき、紗希の降りたプラットホームが見えなくなる。車内に蓮の住む町の駅がアナウンスされる。


 紗希は、生きていた。ずっと遠く離れた地でなく、隣町に住んでいて。

 でも、紗希は僕らの前から突然姿を消した。


「たぶん、小学校に上がったらまた会えるよね……」


 伸明が紗希に会うため幼稚園の卒園式から走り去っていってから数週間が経ち、蓮はなんとなくうまれ出た希望を持って小学校で伸明と再会した。伸明が、紗希を連れてきてくれていると。

 しかし、再び集まった蓮たちの中には、紗希の姿も、伸明のかつての活気溢れた伸明の姿もなかった。

「紗希が、死んだ」

 力なく伸明から発せられた言葉。その後紗希に関して口を開かなくなった伸明。


 彼と紗希との間に、一体何があったのか。


 紗希も、再会してから今まで伸明や春香のことに一切触れていない。

 どちらかが敬遠しているのだろうか。

 伸明と紗希、どちらも固く閉ざされたままで蓮はその意味をわかるはずもなかった。


 伸明に聞いてみるしかない……。


 ずっと昔にたった一言だけ、ついた嘘のわけを蓮は知りたかった。




 改札を抜けて、放課後集まる約束の春香の家へ向かおうとすると後ろから声をかけられた。振り向くと伸明もちょうど改札を過ぎたあたりでばったりと遭遇した。

「おー伸明、ぴったり鉢合わせだ」

「まさかな」

 蓮と伸明はそのまま一緒に春香の家まで歩き出した。

「ちょうどよかった。二人で相談したいことがあるんだ」

「相談?」

 奇遇だ。紗希についての案件を持ち出すつもりだった蓮は、先に伸明の相談を聞くことにした。

「ああ…………」

 しかし、いつまでたっても伸明の話は始まらなかった。

「……どうした?」

「あ、あぁ、ごめん。なかなか口に出せなくて」

「どうした。いつもの伸明らしくない」

 伸明は話したくないことに関して頑としてだんまりを決め込むことがあったが、今の伸明はそれとは違った、意志のぶれた彼の姿があった。何か白い手紙のようなものを持って、時折それを見つめながら歩いていた。

「うーんでも、どうしよっかなぁ……」

 伸明は深く悩んだ感じに下を向き、彼の躊躇いはずっとたっても終わらなかった。そんな伸明の様子に見かねた蓮が口を出した。

「あのさ、こっちも話があるんだけど、言ってもいい?」

 伸明は下を向いたまま、表情を変えずに歩き続けている。

「聞いてる?」

「あ、あぁ、ごめん……」

「もう、春香の家に着いちゃうし……」

「うーん……」

 伸明は結局何も話さないまま、悩んだ顔で春香の家に入っていく。

 いつもと違う伸明の様子に困惑しながら、蓮は伸明の後についていくことしかできなかった。


「ハハハ、伸明そのギャグツボに入ったよ」

「春香の笑いのツボっておばあちゃんだからあんまりうれしくないんだけどな」

 伸明は春香の家に着くまでの悩んだ様子とは打って変わって明るい雰囲気で、春香の笑いを誘っていた。

「だめだ、笑いが止まらないよ……ちょっとトイレいってくるね」

 春香が部屋から抜けて、再び蓮と伸明が二人になった。


「あの、さっきの相談の話なんだけど……」

「あ、そ、そうだったな……うーん」

 鞄からさっきと同じ白い紙を取り出しながら、伸明はまだ躊躇していた。

 また長引きそうだと察した蓮は、自分の話を先に出すことにした。

「こっちも相談があるんだけど」

「え、な何? ごめん、先に話して」

 伸明の目を見て、蓮は意を決して口を開いた。


「紗希、って、本当はどこかで生きていると、思う?」


 真剣に考えて絞り出したその言葉を伝えた瞬間、伸明は固まった。


 伸明の手から手紙が落ちた。視線は目の前を貫き動かさない。


 硬直した伸明の中で、強烈な何かが渦巻き出していると感じられた。


「の、伸明……?」

 口を少し開いたまま、伸明は何も答えなかった。

「おい、伸明、大丈夫か?」

 身体をゆすられてようやく我を取り戻した伸明には、どこか虚脱感のような雰囲気が醸し出されていた。


 春香が部屋に戻ると、伸明は背筋を伸ばして、蓮の言葉を忘れようとするように姿勢を正した。その反動で伸明の落とした手紙は伸明の座っている脚の裏に入り込んだ。


 伸明は先ほどの硬直を忘れるように色々話し出すが、何度か上の空になりかける瞬間があった。蓮の言葉が、これほどまでに伸明を錯乱させるとは思わなかった。蓮はこれ以上、伸明に声をかけることはできなかった。




「もうすっかり時間が経っちゃったね」

「帰ろうか」

 伸明は無言で立ち上がり、そのまま鞄を持って部屋を出て行った。蓮が見ると、伸明が座っていた場所には手紙が置き去りにされたままだった。蓮はそれを拾い上げると、図らずもそこに書かれた伸明の文字が見えた。



『春香へ

 今まで、春香の気持ちを知っていたのに答えられなくてごめん。

 ようやく、春香の気持ちに向き合う覚悟ができた。

 本当に、今までのこと申し訳なく思ってる。

 やっぱり、春香のことが好きだって今さら気づいたんだ。

 本当に、今さら――』



「何その紙?」

 近づいてきた春香の顔に反射的に蓮は手紙を隠した。

「い、いや別に」

「えぇ、なんか気になるけど……」

「本当に、なんでもないんだ」


 蓮はさっきまで伸明が持っていたこの手紙への驚きを隠せず、春香から逃げるように足早に部屋を後にした。


 伸明の、春香への手紙……?


 伸明の相談というのは、この、春香へのラブレターを渡すことについての話だったのか。


 そう気づいた瞬間、蓮の胸には終結感の暗幕が張り巡らされ、暗い闇に閉ざされていった。


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