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トリコロール  作者: そらみみ
【あか】
9/20

赤芒は秋を彩る

秋の気配はどうしてか淋しさを増長させる。



校門の柱に背中を預けて、私はざわざわと揺れる校舎に視線を投げる。

ほんの二年前まで、このノイズに揺られていた筈なのに、今は外から眺めることしかできない。

寂しいのか、哀しいのか良く解らない感情が流れては消えて、私は目をしばたかせた。

同じ様なのに、決して相容れない。

このノイズは一日として同じものを奏ではしないと気付いたのは、蚊帳の外になってからだ。

校舎から吐き出されて来るあのブレザーに袖を通すことはもうない。

私服の人間が珍しいのか、ちらちらと投げられる視線の中に、私は一人の姿を探した。


「あ、惟継君」

「何してんだ、あんた」


呆れたような声に壁から離れて、彼と向かい合う。

社会に出てしまえばほんのささいな12ヶ月や24ヶ月の差がこの時期にはとても大きいと思う。


「何って、君を待ってた」

「は?」

「だから。君を待ってたの、惟継君」


簡潔に告げたつもりなのに、相手は不可解な表情を崩さない。

しかも、ため息をつかれた。


「あのな、目立つ自覚を持ってくれ」

「なに?」


今度はこちらがきょとんとする番だった。

それから、そうかと気づく。


「そうだね。私服は目立つね」


同じ色のブレザーばかりが行き交う中に、白いカーディガンが浮いているのは良く解った。


「そうじゃねぇよ」

「え? 違うの?」

「いや、違いもしねぇけど」

「あれ、惟継。それ誰?」


もごもごした呟きにツッコミを入れるまえに、穏やかな声が割り込んだ。


「げ! 静将、お前まだ帰って、」

「帰ってないよ。で、どなた?」

「はじめまして。惟継君の彼女です」


にっこり笑うと、途端に彼に叩かれる。


「痛っ」

「誰が誰の彼女だ!」

「え? 私が、惟継君の」

「へぇ。惟継にこんな可愛い彼女がいるなんて知らなかったな。はじめまして。僕、惟継のクラスメイトで加瀬静将です」

「だぁ! 違うからな、静将! あんたも、嘘を振り撒くな!」

「嘘じゃないのに」


思い切り睨まれて、私はため息をついて彼の腕を掴んだ。


「話をしたいの。此処じゃなんだから、場所を変えよう。惟継君が私と二人じゃ嫌だったら、静将君も一緒でも良いよ」


言葉につまった彼に、クラスメイトが肩を竦めて背中を叩く。


「気をきかせて、僕は帰るよ」

「本当に気がきくやつは、そうは言わないぞ。絶対」

「まぁ、詳しいことは改めて聞かせてくれれば良いし」

「詳しいもなにも」

「一つ忠告するよ、惟継。君はそそっかしい。人の話は最後までしっかり聞くべきだ。じゃあ、僕は帰ります。惟継、また明日」


あっさりと去っていくクラスメイトを見送ると、彼が少しだけ不機嫌そうに振り返る。


「それで、どこ行くんだよ」




「私の奢りだから、好きに頼んでね」


学校から少し離れた喫茶店に入ってメニューを広げると、彼がまた少し不機嫌そうな顔をする。


「自分の分くらい、払う」

「誘ったのは私だよ?」

「関係ないだろ」


そう言って、彼はさっさとアイスコーヒーを注文する。

私は紅茶とスコーンを頼んだ。

考え事をする時に無意識に唇を舐める癖もブレザーの着崩し方も、ちっとも変わらないはずなのに、お揃いのブレザーを着ていた頃とは違う距離感が二人を隔てているみたいだ。


「惟継君、今から本音大会しよう。言い淀んだら、負け。相手の言うこと一個聞くこと」

「はぁ?」


紅茶とアイスコーヒーとスコーンを運んできた店員が去ってしまうなり、私が告げた言葉に、彼は呆気に取られたような顔をしたが、構わなかった。

同じブレザーを着ていた頃から、彼は押しに強くなくて、結局何だかんだ私の意見を聞いてくれる。

だから、私は躊躇わないで口を開いた。


「この間、大学祭来てくれたんだよね」

「…何で知ってるんだよ、会ってないだろ」

「サッカー部だった大和田君が見かけたって言ってたから。顔出してくれたら良かったのに」

「行っても、困るだけだろ」

「どうして困るの?」

「俺のこと、なんて説明するんだよ? 高校の時の後輩か? おかしいだろ」

「なんで? おかしくないよ」

「おかしいだろ。大人数ならまだしも、ただの後輩が一人で会いに来るとか。同じ校舎の一階と三階でやってた時とは違う。知らない人間に囲まれてるあんたは俺とは違うところにいるんだ」

「惟継君、いつから私が嫌いになったの?」

「は?」

「答えて。じゃないと、」

「いつ、俺が嫌いだなんて言った?」


叩かれた机の上で、紅茶のカップがソーサーに当たってカタカタと音を立てた。いつまでも消えないそれは地震みたいに、私の身体も揺らす。


「違うの?」

「違う! あぁもう! そうだよ! 俺は二年前からあんたのこと好きだった! それなのに、ふざけて告白された身にもなれよ」


呻くような言葉に、私は何もいわずに、立ち上がって惟継君の頬を引っ張った。


「なっ」

「苛立たしいな。どうして私が君にふざけて告白したなんて言うの? 私の気持ち、なんにも伝わってなかったってこと?」


あんまり哀しくて、私は自棄になってスコーンを一口で放り込んだ。

年上だっていう妙なプライドが、私を泣かせてはくれないから、それなら身体中の水分を、スコーンにあげてしまいたい気分だった。

それなのに大きすぎるスコーンを、私の身体は拒否したらしい。


「っ」

「馬鹿! 早く飲め」


差し出されたアイスコーヒーをごくごくと飲み干して、私は漸く人心地ついた。


「飲んじゃった。頼み直すね」

「ごめん」


店員を呼ぼうとあげかけた手は、彼に捕まれて用途をなさないまま机に落ちる。


「どうして謝るの?」

「八つ当たりした」

「八つ当たり?」

「そうだよな。こんな我が儘な餓鬼じゃ、好きな相手だとか、紹介したくないよな」


俯いた彼の言葉に、私は驚いて目を丸くした。

けれどそれが本心からの言葉だと気付いて、ため息をつくとぱちんと彼の額を弾く。


「何す」

「言っておくけど、私はちゃんと紹介したかったんだからね」

「は?」

「惟継君が言ったんだよ。『もし、誰かと付き合うとしても、照れ臭いから相手の友人に紹介されたくない』って」


記憶に思い至ったらしい彼が赤面するのを見て、私は思わず小さく笑った。


「ごめん」

「私が聞きたい言葉は、それじゃないんだけどな」


何を期待した訳じゃない。

けれど悪戯っぽくそう言った私に、彼はただ一言、照れ隠しのようにぶっきらぼうに、好きだ。と言った。



蛍灯 もゆる

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