燃え上がった紅の少女
私には今でも時折考えることがございます。
あの日、あの方の心の中で一体どんなことが渦巻いていたのでしょうか。
いくら考えても、私にはまだ、答えがでないのでございます。
私が纏う白刺繍のワンピースを、風がひらひらと揺らして、襟元のレースが時折私の記憶を呼び起こす様に、硬い頬にあたるのでありました。
あの方のことで私が思い出すのは、どうしてもあの日の沈んだ様子でございます。
それまでに見た、いくつもの優しい笑顔や気遣いの言葉よりも先に、どうしても私はあの日にたどり着くのでございます。
あの方は、いつも夜遅くまで起きていて、結局朝になってしまうような方でございました。
そうして、眠そうな赤い瞳で私を映してくださるのです。
あの方の色素の薄い真っ赤な瞳の中に私が映ることはこの上ない喜びでございました。
そうして日が高いうちにこっそりと眠り、日が落ちる前に悪戯を見つかった子どものように起きてこられて、私にこっそりといい訳をなさるのが日課であったのでございます。
けれどもあの日、あの方はとても朝早くから起きられて、その上ひどく沈んでおられたようでございました。
「今日は、いい天気だね」
そう。
朝よりも夜の似合うあの方には似合わないほどに、よく澄んだ天気だったと記憶しております。
そんなに沈んでいらっしゃるなら、無理に朝早く起きることもないのに、と私は思ったものでございました。
どことなく影があったというよりは、砂糖だと思って食べたものが毒であったような、そんな妙な様子でございました。
うろうろと落ち着きなく部屋の中を歩き回るお姿は、初めて拝見するものでございました。
普段なら夢中でなさるお仕事も少しも手に突かない様子で、あの方は何をするでもなく朝早く起きてからずっと右へ左へ動き回っておりました。
結局の所、あの日の事は、一から十まで私にとっては不思議なことの連続であったのです。
普段のあの方は、お客様をお迎えすることを無上の喜びとしている風がありました。
仕事の途中でも、夜の遅い時間でも、あの方はどなたかが訪ねてくれば、それはそれは嬉しそうに扉を開けて食事や酒を振る舞うのです。
私が酷くやけてしまうほどに、あの方はお客様に夢中でした。
それなのにあの日、聖夜の灯のように穏やかなはずのベルが、燃え盛る暖炉の炎のように重々しく響いたときは、あの方の深く重い心情のせいだと無意識に思ったのでございます。
のろのろと出迎えたあの方に、私は余程嫌な方が来たのだろうと思って身構えておりましたが、入ってきたのは私の良く知った方でございました。
「朝早くから、申し訳ない」
「いや。こちらこそ、出向いて貰って」
「構わないよ。彼女にも会いたかった」
そう言って私を見て微笑んでくれたお客様の向こうで、あの方が酷く暗い表情をしているのを私は確かに見たのでございます。
「お茶を入れるよ。奥で話そう」
「あぁ、解った」
普段でしたら、二人がお話をされるのはこの部屋でございました。
けれどもあの日は、あの方が普段お客様を招き入れることのないご自分の仕事部屋にお客様を案内したのでございます。
私は一人、その部屋に取り残されたのでございました。
一体あの方の心に圧し掛かっていたものはなんだったのでしょうか。
私は今でも、それが気になって仕方がないのでございます。
あの日、あの方の心の中で一体どんなことが渦巻いていたのだろうか、と。
カラクリカラクリ