青春は夏に似て
目を閉じて浮かぶのは、夏の薫り。
屋上は今日も良い風が吹いている。
少し流れの早い雲を目で追っていると、唐突に鳥が横切った。
影が一瞬顔に落ちて、すぐに通りすぎる。
「おい、速見」
ひょいと眼前に現れた顔は、見知ったものだった。
「何か用か、花岡」
「用がないのにわざわざ来るかよ、こんなとこ」
憮然とした様子のクラスメイトに僅かに肩を竦める。
このクラスメイトほど、日の中が似合わない奴もいない。
肩より長い黒髪と、夏でも捲りあげない長袖のワイシャツ。
その下から覗く肌は、透けるように白い。
一歩間違うと酷く病的に見えるはずだが、至って普通にこれの周りだけ空気が涼しげに見えるから不思議だ。
「で、何の用だ?」
「ビー玉が入ってる硝子瓶の炭酸飲料が飲みたい」
「は?」
「あるだろ? 飲みたい」
これの欠点は、致命的にものを知らないところかもしれない。
頭の回転が悪い訳ではないのに、深窓の令嬢でも知っているだろうことを知らない。
「誰に訊いた?」
「加瀬が飲んでた」
「貰えば良かっただろうが」
「空だった」
「買いに行けよ」
「だから。行くぞ」
それが当然と言う物言いに、呆れるより笑えた。
「なんで、俺も?」
「どこで売ってるか解らない。付き合え」
「それこそ、加瀬に訊けよ。まぁいいけど」
軽く身を起こして、放り投げてあった鞄を掴む。
午後の授業はないのだから、いつ帰っても良かったのだ。
ただ、あまりにも天気が良かったから、空に近い場所に足を向けた。
それだけのことだ。
「どこから出るのが近い?」
「裏門だろうな」
「裏? それなら柵越えが速い」
このクラスメイトは風に似ている。
空より近いから、空を映した青い風は好きだ。
「鞄、」
「はいはい」
さっさと柵を乗り越えたクラスメイトに、二人分の鞄を放り投げると、危なげなく掴んで早く来いと促された。
「こら! 何やってる!」
人目がないのを確かめて柵に足をかけたのに、不意に降ってきた声に思わず肩を竦める。
振り仰げば、三階の窓から生活指導の大滝先生が手を振り上げていた。
「あーぁ。見つかった」
「捕まらなきゃ良いだろ」
制止の声も聞かずに、鞄を掴んで走り出す。
空は快晴。
白い雲は太陽を受けてきらきらと輝く夏の午後だ。
暑苦しい生徒指導室で説教なんて御免被る。
「なぁ、速見」
「なんだよ、花岡」
「何て言うんだ、あの飲み物」
涼しげな顔をしたクラスメイトを追い越すように、青い風が駆け抜けた。
「ラムネ、だよ。ラムネ」
「へぇ」
そういえば青い風はラムネに似ている。
青い風に似たクラスメイトと、青い風に似たラムネを飲む。
そう考えたら、少し笑えた。
ある夏の昼下がり。
空は快晴。
青春は真っ盛りだ。
蛍灯 もゆる