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トリコロール  作者: そらみみ
【あお】
3/20

人魚姫と不機嫌な蒼海


ふわりふわりと海の上を滑っていく泡を突いて、誰もが美しいと口をそろえる人魚は、盛大なため息をつく。

海を揺蕩う輝くような金髪、透き通るように白い肌、宝石と見紛うほどの光る鱗。

セーラ海の女神と讃えられる人魚はその小さな口から似合わない悪態を吐き出した。


「あぁもぅ! ちくしょう!」

「こらこら、人魚姫様がそう男前な口を叩くもんじゃないぜ? リュシェ」

「煩い、ウェン。海の藻屑になりたいのか!?」


岩場の上から落ちてきた声に、リュシェは射すような視線を向ける。

其処にいるのは人間の男で、地主の息子。

夜を切り取った真っ黒な髪。

エメラルドの瞳は、成人の儀を迎えても子供のように好奇心を湛えている。


「生憎と、なりたくないな」

「だったらオレのことを女扱いするな」

「女扱い、ねぇ」


肩を竦めた男は、少しだけ目を細めた。


「それでは、勇敢なる海の戦士たるリュシェ殿。俺に解るようにお怒りの原因を教えていただけますかね?」


茶目っ気たっぷりの台詞に、怒っているのも馬鹿らしくなって人魚はその尾でぴしゃりと海を叩く。


「あの馬鹿王子のせいだ」

「馬鹿王子ってのは、もしかしなくても」

「他にいるかよ。あの馬鹿だ」


うんざりした様な台詞に、男は小さく苦笑する。

具体的な名称が出なくとも、”馬鹿”が指す人物は当たり前のように解ってしまう。


「相変わらずのようですねぇ。あの馬鹿は」

「貴様ら、言うにこと欠いて馬鹿馬鹿連呼するとは何事だ?」


降って湧いた低い声に、人魚と男は顔を見合わせて肩を竦めた。


「だって、馬鹿じゃないか」

「自覚がないとは恐れ入るな、馬鹿」

「あのな、リュシェ、ウェン。説明もなく馬鹿呼ばわりされていい気はしないのだが」


海から突き出した岩に仁王立ちするのは、人間のような風貌をした、けれど決して人間とは言えない生物。

背中からは大きな対の黒羽。

それは鳥のそれとは違い、蝙蝠のように手に吸い付くような滑らかな物だ。

尖った耳も、赤玉のような瞳も、鋭い銀糸のような髪も、人間にはあり得ない。


「はいはい、悪かったよ。魔族の王子様」

「貴様には、悪びれるという言葉を覚えてもらいたいものだな」

「何言ってんだ、アート。お前のせいで、俺はリュシェに八つ当たりされたんだぜ?」


小さく笑う男に、王子はきょとんと首を傾げた。


「八つ当たり?」

「お前、何したんだよ」

「特別何もしていないが?」


訝しげに自分に向けられた視線に、人魚は思い切り尾で水を弾く。


「おっと」

「避けるな!」

「避けないと濡れるだろうが」

「濡らしてやろうと思ってるんだ! この馬鹿!」

「何故?」


舌打ちを零して、人魚は忌々しげに王子を睨んだ。


「お前は時々言葉が通じない!」

「そうか? 魔族の言葉を話しているつもりはないのだが」

「そういうことじゃねぇよ、アート」


腹が痛いと一人爆笑していた男を仰いで、王子は眉を顰める。


「では、どういうことだ? ウェン、解るように説明してくれ」

「もうちょい女心を勉強しろってことだよ。色男」

「ウェン!」


人魚の抗議の声を聞かなかったふりをして、男は尚も訝しげな王子に肩を竦めた。


「それで? 今日はどうしたよ、王子様」

「そうだ。聞きたいことがあってな。リュシェにも話をしたのだが」

「オレが知るか!」

「だそうなのでな。お前の意見も聞きたいのだが」

「あん?」


不機嫌さを二割増しさせた人魚に、男はかりかりと頬をかく。


「おい、アート。嫌な予感しかしないんだが」

「実はだな、ローレライの姫君をなんとか後宮に迎えたいのだ」

「はぁ?」


とんでもない爆弾発言に反射的に声を上げた男が、ちらりと人魚に目を向けた。

不機嫌に顔を逸らしたままの人魚は、何も言わない。


「身分だか何だか知らんが、父が納得しなくてな。良い案はないか?」

「お前なぁ」

「なんだ?」


きょとんと視線を上げた王子に、男は呆れてため息をついた。


「馬鹿につける薬はないな」

「ウェン、お前は結局そこに話を戻すのか?」

「他に何を言えっていうんだ? 色恋沙汰なんぞ筋違いなんでね」

「何を言う。好きだ嫌いだは当人同士の問題で、関係なかろう。そんな相談はしていない。ただ、彼女を後宮に入れる方法を考えて…ぶっ!」


不意打ちで人魚の尾が跳ねあげた大量の海水が、過たず王子の全身に打ち掛かる。


「こんの、大馬鹿野郎!」



「アート、大丈夫か?」

「っ。リュシェ! 何を」

「知るか! このムッツリ馬鹿王子!」


水を跳ねあげて波間に姿を消した人魚に、王子はぱちぱちと目を瞬く。


「おい、ウェン。リュシェは何を怒っているんだ?」

「お前なぁ。唐突にローレライの姫と結婚するなんて言われてみろ。そりゃ、怒るだろうが」

「そうか? 当人たちが良ければ良いと思うのだがな」


まるで他人事のような物言いに、男は流石に肩を竦めた。


「俺とお前とリュシェの仲だ。そういう話になる前に一言くらい相談があってもよかったと思うんだがね」

「そうか? そういうウェンも姉上のジュンナ殿の結婚相手の話などしないだろうが」

「はぁ? なんでそこで姉貴が…」


漸く話の食い違いが見えてきて、男はうんざりしたようにため息をつく。


「おい、馬鹿王子。何のためにローレライの姫を後宮に迎えたいんだ?」

「馬鹿ではないというに。ビートの友人なのだが、人狼に言い寄られて困っているとのことでな。後宮に入れてしまえば、手出しもできんだろう?」

「ビートって、あんたの弟にしてはナヨナヨしてるやつか」

「ナヨナヨしているか? 弟には違いないのだが。まあ、後々ビートと結婚するかどうかは、当人たちの問題だろう?」


あっさりと言ってのけた王子に、男は呆れて手近にあった林檎を思い切り放り投げる。


「なんだ?」

「言葉が足りな過ぎるんだ、この馬鹿王子! リュシェは絶対勘違いしてるぞ」


軽々と林檎を受け取って、心底不思議な様子で王子が首を傾げた。


「勘違い?」

「お前が、ローレライと結婚するつもりだと思ってんだよ」

「俺が? どうしてそうなる。そんな必要はなかろう」

「馬鹿野郎! お前の話だとそう聞こえるんだよ!」

「そうか? それは悪かった。それで、どうしたら良いと思う?」


自分のペースを崩さない王子に、男は心底ため息をついた。

人魚の不機嫌さに心から同情して。



尻切レ蜻蛉

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