透き通った蒼の少女
あの日彼が望んでいたことの深意を、私は今もまだ掴めずにおります。
窓辺に佇んで、室内の冷気に冷やされた窓にぺたりと額を押し付けると、知恵熱の篭った頭がふぅと大きく息をついたようでありました。
「今日はお客様が来るから、いい子にしているんだよ」
そう云って彼が私の頭を撫でて下さったのは、件の日の朝でした。
珍しく早起きをしていた彼は、私の目にはいつもより幾分陽気に映りました。
慣れない口笛、軽い足取り、私を撫でたときの愉快そうな様子といったらありません。
まるでずうっと憧れてやまなかったものが手に入るかのような、そんな心持ちのように思えました。
だからこそ私は、不思議でならなかったのです。
彼の人嫌いを、私は良く知っておりました。
彼が望んでいるのがお客だとはどうしても思えませんでした。
けれど、私の予想は裏切られるのです。
鳴らされたチャイムに、私はまず驚きました。
古い洋館であるこの家は、調律されたピアノのGの音が響くのが常でした。
けれども、家の中を巡ったのは吹き渡るような私の大好きな蒼の色、Hだったのです。
私は戦慄いたしました。
その音は私を粉々にする威力を持っていると気づいたからです。
彼がすぐにでも飛び出していってくれなければ、多分そうなっておりましたでしょう。
チャイムが鳴るなり、鉄砲玉のように飛び出して行った彼に、それが解っていたかどうかは私は知りません。
ただ、彼は本当にご機嫌に、あの方を迎え入れた。
それだけは確かなことでございます。
「ハジメマシテ、お嬢さん」
あの方が、彼の学生時代の友人であることも、親友と呼ばれる間柄だったことも、今は遠くの国に住んでいらっしゃることも、全て後から聞いたことです。
ただ、私に柔らかい微笑で声をかけてくださったあの方は、酷く儚いような、そんな印象を与えました。
「随分と久しぶりだね」
「そうなりますね。ええと、大学を卒業して以来ですから、もう」
あの方があげた年月に、私は息を飲みました。
いえ、驚くものではないのでしょう。
それは大昔という訳ではありませんでした。
けれど、それだけの時間が二人の間に降り積もっているにもかかわらず、淀みのない彼の対応が酷く浮き立って見えたのは確かなことでありました。
「今日はゆっくりしていけるんだろう?」
「ええ。お言葉に甘えて、泊めていただきますよ」
ひどく楽しそうな彼の横に立つと、あの方の静かな微笑みはまるで湖の波紋のようでありました。
どうして私は気づくことができなかったのでしょうか。
もう今さら何を言っても、時間が戻るわけではないのですけれども。
それでも私は思わずにはいられないのです。
あの日彼は、一体に何を思っていたのだろうと。
カラクリカラクリ