白霞は冬と共に
冬は、暖かさを求めずにはいられない。
零れた吐息が白く染まる。
マフラーで冷ややかな水滴に変わって顔に触れるから、思わず首を竦めていた。
目指す街角に佇む姿に、思わず足を速めると、向こうも気づいて一目散に駆けてくる。
「久しぶり、十和子さん」
抱きしめて暖かさにほっとすると、にゃあ。と十和子さんが嬉しそうに鳴いた。
十和子さんは、街猫だ。
誰にも飼われていないけれど、十和子さんはこの街以外の自由を知らない。
十和子さんはこの街で生まれて、多分この街で死ぬ。
それに疑問を感じるようになったのは、少しずつ年を重ねてきたからだろうか。
大学受験だとピリピリし始めた周りの空気は、冬と相まって寒さを強調する。
だから余計に、十和子さんの暖かさは泣きたいくらい切なくなるのだ。
「あのさ、春から県外の大学に行くつもりだよ」
十和子さんは不思議そうににゃあ。と鳴いて、それから柔らかな肉球で、肩を叩いた。
それはまるで、何を不安に思っているのかと呆れているかのようで、十和子さんはごしごしと頭を胸元に押しつける。
「そこはさ、行かないでっていって欲しいんだけど」
十和子さんは答えずに、するりと腕の中を抜け出して、道路に立った。
すらりとした立ち姿は、出会った時からぶれたりしない。
十和子さんは街猫であることを憂えないし、多分決して自分以外の何かの運命を、呪ったりはしないのだろう。
だからこそ、そんな十和子さんに会いに来るのだ。
暖かくて優しい、この生物に。
「じゃあ、十和子さん。合格したら、一緒に行こうか」
一度だけ振り返って、十和子さんはにゃあと鳴いた。
十和子さんは街猫だ。
この街で生まれて、多分この街で死ぬつもりだった。
でも、十和子さんだってこの街を出ていける。
生きている限り、何だって自由でいられるのだ。
春になったら、十和子さんは飼い猫になる。
街から出て、何処までも自由な猫として、十和子さんは生きるのだ。
「加瀬? 何やってるんだ?」
「必勝合格祈願」
「はぁ?」
「お互い受験頑張ろうね、速見」
通りで鉢合わせたクラスメイトにそう言って手を振ると、空に向かって息を吐く。
真っ白な息は、ふわりと霞のように、世界に融けた。
小さな世界は大きな世界に。
例え冷たい冬にでも、暖かさを抱いて歩いていく。
蛍灯 もゆる




