冷え固まった白の少女
あたくしがあの方の事で思い出せるのは、どうしたってあの日の事なのですわ。
それ以外の日が、幸せでなかったはずはないのに、どうしてもあたくしの記憶はあの日にしか立ち止まらないのです。
あたくしはいつでも、暖炉の上であの方を眺めていました。
あぁ、そうですわ。
一度だけ、掃除をするのだといって、あの方はあたくしを窓際のテーブルに案内したことがありました。
風に揺れるカーテンに巻き込まれて、あたくしが床に落ちそうになってあの方が血相を変えたのが昨日の事のようです。
あの方は大層綺麗好きな方で、朝早く起きては夕方遅くまで働いて、夜寝る前には綺麗に部屋を片付けてはお休みになるのでした。
ですから、いつでもあの方の住まいは整っていて、いつか訪れた客人の方が、苦笑交じりにおっしゃったのです。
『飛ぶ鳥、痕を濁さずというが、君は気づくと何処かへ消えてしまいそうで、不安になるよ』
その言葉を聞いてから、あたくしはあの方を良く見ていようと思っていたのです。
それなのに、あたくしの記憶の中のあの方は、随分な正装をして微笑んだ笑顔だけ、ずっとリフレインしておりますの。
あの日は、朝から雪の降っていた酷く寒い日だったのですわ。
あの方は随分と軽装で、小さな旅行鞄を持って、あたくしに笑いかけたのです。
留守を預けると言って、あたくしに本当に優しい人だと、一人の御友人を紹介してくださいました。
「素晴らしいお嬢さんだね」
「あぁ。私の大切な娘だ。君が気に入ってくれたら嬉しい」
「とても気に入ったよ。丁重に扱おう」
「よろしく頼むよ」
あの方は、まるで明日には融けてしまう雪のように笑って、そうしてあたくしの固い頭に触れてから、部屋を出て行ったのですわ。
そうしてそれきり、あの方はあたくしの前から姿を消したのです。
あの方はあの日、何を思いながら、あたくしに触れたのでしょう。
何を思いながら、あたくしに笑いかけたのでしょう。
あたくしは何も知らないまま、今日もあの方の笑顔を思い出しているのですわ。
カラクリカラクリ




