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彼等の恋愛事情  作者: 高山直
真相(本編)
3/5

女性視点

深く考えずにさらっとお読み下さい。


 思えば、今日は朝からついてなかった。


 起床。目覚まし時計が壊れていた。五時間前。着衣。普段着ている服が洗濯中で、滅多に着ない派手な衣服に身を包み、家を飛び出した。四時間半前。定期を忘れた。四時間前。タクシーを捕まえて会社に向かう途中、携帯が着信を告げた。三時間前。社長から今日の予定の変更を告げられた。三時間前。出社する必要がなくなった。三時間前。タクシーを降りてショッピングに予定を変える。三時間前。途中でメールが入った。二時間前。拓くんは忙しいらしい。今夜の予定をキャンセルされた。二時間前。仕方ないよ。また今度ねと返して自棄くそ気味に街をぶらつく。ついさっき。


「黙れ、失せろ」


 そして今、親切心百パーセントで、普段はスルーのイケメンに彼が落とした携帯電話を差し出した私へ浴びせかけられた言葉がこれ。なんだろう、今日は厄日なのかしら。


 虫でも見るような一瞥をくれ、去っていくイケメンに殺意が沸き上がる。


 何度声をかけても無視され続けられた挙げ句、親切心を無下にされ、暴言吐かれるなんて経験、滅多にないだろう。


 呆気にとられて彼の後ろ姿を見るしかない私の周りを、ざわざわと言葉が飛び交った。


「なに今の。あいつ酷くね」

「お前、イケメンだったから僻んでんだろ」

「ちげーよ。だって落とした物拾ってあげただけだろ?なのに礼さえ言わないんだぜ」

「え、何あれ落とし物なの?アド交換迫ってんだと思った」

「やだーあのコカワイソー」

「美人なのになぁ」

「あれじゃない?あーゆー遊んでそうなのはタイプじゃないんじゃない?」

「あ、それ分かるー。『俺の内面を見てくれる人がいいんだ』みたいな?」

「真面目そうなタイプだったしな。あんまお色気お姉さんは得意じゃないとか」

「オレはもろタイプ!」

「ばーか相手にされねーよ」


 ――ああ、ついてない。


 前半はともかく後半は何なのかしら。何で私がフラれたみたいになってんの。何で私が勘違い女みたいになってんの。何で私がカワイソーみたいになってんの。


 ――ああ、苛々する。


「慌てた様子で何か探してる人がいたから声かけただけなのに!恩を仇で返すってこういう事なのね!もう、信じられないあの男!何度も何度も『あのー』って言わせといて最終的に『黙れ、失せろ』!?馬鹿にしてんの!?私が逆ナンで声掛けたとでも思ってんの?不服だわ。あんな『なんだコイツありえねー逆ナンとかないわー』みたいな自意識過剰な勘違い男より拓くんのが何っ倍も格好良いってんのよ。拓くん拓くん会いたいよ拓くん。ねぇ今日どんなに遅くなってもずっと待ってるから、やっぱり一緒にいてくれない?……いきなりごめん。それじゃあ、またね」


 遠巻きにこちらを窺いヒソヒソと話す彼らに、居たたまれなくなって、駆け出しその場を抜け出すまで、あと十秒。昼休みを見計らい、拓くんに電話をするまで、あと五分。電話口で慰めてもらい、今夜の約束が復活するまで、あと十分。仕事帰りの拓くんに、ぎゅっと抱き付くまで、あと十時間。よく行くスーパーの顔馴染みさんが、あの男の大切な人だと知るまで、あと1日。






―――――――――――

―――――――――

―――――――


 ええ、彼は面倒な人でした。実に面倒な人でした。わたしの予定なんて気にも留めず、自分の我が儘を当然の様に押し通す、同じ社会人とは思えない人でした。え?お姉さんとあんなん一緒にしちゃダメだよ?ありがとうございます。でもあなた…えー、っと、あ、美濃部くんですか、美濃部くんは知ってるんですか、彼のこと。あんなん呼ばわりしといてなんですけど、よく知りもしない人を悪く言うのはいただけませんよ。え?多分知ってる?……加賀、芳弘。はい、確かにそうですね。高校生にも迷惑掛けてたんですね、あの人。ああ、高校生。そもそも今日わたしが部下にドタキャンしてまでここに来たのは、婚約者に急に呼び出されたからなんです。急にですよ、急に。しかも単刀直入言われた言葉が『好きな女がいるから婚約解消する』。何なんですか、まったく。あ、いえ。婚約解消が不満じゃないんです。あの人に男としての魅力を感じたことはありません。ただ、ですね。いきなりですよ、いきなり。わたしだって、好きで婚約者やってたわけじゃないんですよ。親が仕事の関係上、都合がいいからって勝手に決めたんです。時代錯誤?ですよねぇ。でも、そうなんですよ。だから……、あ、分かったって顔ですね。ええ、そうです。わたしが嫌なのは、事後処理をぜーんぶ丸投げされたことです。あまりにも一方的でしょう?…本人?ああ、なんか愛しの彼女さんがわたしたちを見ちゃったらしくて、泡食って追い掛けていきやがりましたよ。あ、すみません、つい。――え、いや、そんな。お嬢様だって口調荒くなりますよ。あら、似合う?それはそれで複雑だけど……ついでに敬語もとれるといい、って……、流石に初対面で…、いや、初対面で愚痴ってるじゃないですかって突っ込みはナシでお願いします。美濃部くん、――え、…美濃部くん……、美濃部くーん……、…、…春人、くん。…はい何でしょうってアナタ、イイ性格してるわね。それほどでもーって、褒めてないんだけど。あ、続き?うん、お察しの通りですよ。やっぱ会社とか親とか複雑怪奇なシガラミがあるわけなのよ。それをわたしが全部処理しないといけないのよ!?やってられるかってんのよ!――あー、うん。悲しくて泣いてたんじゃなくて、怒りで涙が…。なんかごめんね、こんな理由で。うふふふふー、サーパパとママの説得頑張るゾ。やば、また視界が滲んできた…。――って、ちょ、美濃部…じゃなーい、春人くん、何してんの?…は?ちょ、え、え、ええ、…ちょ、ええええっ!!??






――――――――――――

―――――――――

―――――――



 容赦ない力で私を抱き締める男に、諦めにも近い感情を抱きながら、彼の名前を呟く。


「…加賀さん」


「馬鹿だな雪乃。俺はお前しかいらないのに。確かに彼女は婚約者だが、それは親が勝手に決めたこと。俺の恋人も、妻も、相応しいのは雪乃だけだ。雪乃以外の女は欲しくない。俺が他の女といたのがそんなにショックだったのか?可愛いな、雪乃。安心しろ、俺は雪乃以外の女を女とは認めない。雪乃、雪乃。こんなに震えて、可哀想に。不安にさせたか?すまない、雪乃。雪乃の不安を取り除く為なら、俺は何でもする。ああ、離れているのがいけないのか。なら一緒に暮らすか。ずっと一緒にいれば、馬鹿な事は考えないだろう?なぁ雪乃。そうするか。お前が不安に思う事なんて、何もない。俺がずっと傍にいて、ずっと抱き締めて、ずっと愛を囁いて、ドロドロに甘やかしてやろう。同棲…いや、結婚するか。そうだな、それがいい。早く俺だけのモノになれ。なぁ雪乃。式場はどうしようか。雪乃には白無垢が似合うだろう。なに、ご両親の了承はとっている。今から入籍だけでもしてしまおうか。婚姻届けを書こう。あぁ雪乃。雪乃、雪乃。雪乃、雪乃、雪乃雪乃雪乃雪乃雪乃雪乃

雪乃雪乃雪乃雪乃雪乃雪乃雪乃雪乃雪乃雪乃」


 いつものことながら、人の話を聞かずに好き勝手妄想を口にする男、加賀芳弘。


 何をどう勘違いしてその結論に至ったのかさっぱりだ。……うそ、ホントは知ってる。こんだけアプローチかけられてスルーするのは、よっぽどの鈍感か馬鹿だけだ。生憎あたしは人並みに他人の感情の機敏に聡かった。それこそこの引く手数多な色男が、何故だかあたしに好意を寄せているらしいと気付く程度には。


 いつ彼が想いを自覚したのか、加賀さんがあたしをそういう目で見始めた時には、もう既に、あたしには春人がいた。――のに、加賀さんは気にせずアプローチをかけてきた。ホント止めてほしい。いくら春人の心が広くても、あれだけ二人の時間を邪魔されたらイラっとくるだろう。事実、いつもは穏やかな春人が、加賀さんに対して舌打ちしたのを見た。ちなみにその行動、いつもと違う春人の姿に、きゅんときて惚れ直す要因になったのだけど。


 春人がいるにもかかわらず、加賀さんがモーションをかけてくる。そんな日がどれくらい続いたのか、なんと加賀さんは、実力行使に打って出た。ホントに嫌だ、無駄に行動力のある人って。


 怖いくらいにあたしの行動を把握している加賀さんに、もうこのままじゃいられないと、春人に別れを切り出したのがその直後。

 あたしから言い出した事だけど、あっさり了承されたのは少し悲しかった。春人とは相思相愛だと思っていたから、尚更。

 その時春人は、「雪乃ちゃんもね、その内気付くよ」と言っていたけど、何に気付くってのよ!っと、キレて八つ当たりで春人に一発入れてしまったのはご愛敬だ。人によっては逆ギレだ何だと言うかもしれないが、あの時の憤り、分かってくれる人も多いだろう。


 春人と別れてから、加賀さんの中で、あたしと加賀さんは付き合ってる事になっていたらしい。思い込みって怖い。あたしが何度否定しても、「照れるなよ」で済ませるんだから。


 今回だってそうだ。


 一体誰が好き好んで勘違いストーカーと遭遇したがる?


 どう取り入ったんだか、両親と仲良くなって、無駄にあたしの家に入り浸る様になった加賀さんのせいで、あたしの安息の地はごっそり奪われてしまったのだ。


 偶然会いたくない男にあったら、見て見ぬふりをするのがベストだろう。それが思い込みの激しい自称恋人性犯罪者なら、即座に踵を返す事必然だ。まかり間違っても加賀さんが言うような、「見知らぬ女に嫉妬してショック受けて逃走」ではない。断言する。それはない。


 だと言うのに、この男は勘違いした挙げ句見当違いなフォローをして、プロポーズまでしてくるのだ。いや、プロポーズとは言わないのかもしれない。彼は確定事項を独白しているだけのようだから。――あぁ、なんて。なんて、あり得ない!


 どうしたらそんなおめでたい勘違いが出来る?冗談じゃない!あたしはあんたに会いたくなかったから逃げたんですと言えば、少しはスッキリするんだろうか。いや、どうせ「照れるなよ」と返されて終わりだ。同じ日本語を喋ってるはずなのに、どうしてこんなに噛み合わないの。ねぇ。


 この残念美形との初対面の感想が、「うわお父さんの会社の人超美人。現役女子高生より肌キレイってどーゆーコト。スキンケアやばー」と、好意的なものだったから、落差で残念感はひとしおだったりする。

 加賀さんに何があって今の残念美形にチェンジしたのかは分からないけど、ホントに、本っ当に迷惑だ。


 迷惑なんだ。


 …迷惑って言ったら、迷惑なんだ。


 ――…迷惑、なんだから。






 ――なら、どうして、あたしの手はこの男を、自然と抱き締め返しているのだろう。



***


 少し、我が家の話をしよう。


 わたしのお父さんは、あるIT企業の重役です。

 仕事はバリバリに出来て(父談)、職場の人間関係も良好(父談)。いい感じに脂の乗った男盛りのナイスミドル(父談)だから、一夜だけでもいいと、浮気をほのめかす女性が後を絶たない(父談)らしいです。


 うっそくせー。


 お父さんに対して思ったのはこれ。正直家で見るお父さんは、そんなにナイスミドルには見えない。悪いけど。


 そしてもう一つ。


 お父さんに一番強く思うのは、「何でそれを誇らしげに言うの」と、いうこと。


 お母さんがいるのに、嬉々として「部下に押し倒されちゃったよ」と報告するお父さんが信じられない。お母さんがそれを聞くたび、ちょっと悲しそうに眉を寄せて、「そう」と呟くのを知ってるくせに。それに更に嬉しそうな顔をして、お母さんと会社の女の人を比べてこき下ろすのがお父さんの最低な趣味だ。勿論こき下ろされるのはお母さんの方。逆だったら許せるものを。どうしてそんな酷い事をするんだろうか。


 だけど、お父さんが酷いのはそれだけなんだ。その、お母さんに対する態度の一点を除けば、多分、すごく理想のお父さんなんだろう。


 だからあたしは、非道なお父さんにも、それを甘んじて受けるお母さんにも、微妙な感情を抱かずにはいられない。



***


「――だから、あたしは、無条件にあたしをベタベタに甘やかしてくれる芳弘さんを、無意識に意識していたんだと思うわ。今思えばだけど、春人が言っていたのは、あたしでさえ気付いていなかった仄かな恋情の事だったのかもしれないし、芳弘さんが実力行使に出たのは、あたしがまだ気付いてなかった芳弘さんへの想いを、感じ取ったからじゃないかって」


 両想いなら、そういう行為に及んでもいいでしょう?


 左手の薬指に光る銀に触れながら、あたしと芳弘さんの事を語れば、買い物に行ったスーパーで仲良くなった和奏さんに、呆れたような口調でたしなめられた。


「それは考え過ぎじゃない?つまり加賀芳弘は最低男だった、これでいいじゃない」


 吐き出される内容は刺々しい。人の旦那でもお構いなしだ。もっとも、佐川さんに聞いた話から和奏さんの芳弘さんへの心証を押し量るに、納得せざるを得ないけれど。


「芳弘さんが最低なのは認めます。でも、でもね。きっとこの予想は間違ってないと思うのよ」

「加賀芳弘の良さ、分かんないわ。拓くんの方は何倍もいい」

「そりゃ和奏さんはそうでしょうけど」


 一呼吸おいて、膝の上で手を握る。不満げな顔の和奏さんへ向けて、笑顔で言った。


「あの人、確かに面倒だけど、なんでもかんでも束縛してくるわけじゃないのよ。それにあたし、確信してるわよ。あたしは一生、芳弘さんと幸せに生きていけるって、ね」


 カラン


 入店ベルの音に視線を向ければ、スーツ姿の芳弘さんと佐川さんの姿が見える。


 仕事の話なのか、一瞬あたしと目を合わせたのは確かなのに、それなりに距離のある席へ腰を下ろして何事か佐川さんと語りだす。


 ――ほら、やっぱり。


 なんだかんだ、あなたがあたしの意志を無視して事を進めてきた事なんて、何一つないのよ。あたしが自覚していなかっただけで、あなたが行動を起こす時は、既に気持ちはあなたに添っていたんだから。


 いつもベタベタ引っ付いて、甘やかしてくれるあなただけど。


 こんな風に、あたしのプライベートもちゃんとキープして、仕事と私事をきっちり分ける所に、惹かれたんだと思うのよ。



「………そう、ね」



 ――あたしの視線の先を辿って、二人の姿を認めたのち、やや間をあけて返ってきた相槌は、確かにそれを肯定するもので。


 ――どちらともなく顔を見合わせ、微笑した。





――――――――――

―――――――

―――――


「…なぁおい加賀。オレちょっと感動。奥さんにべったりじゃねーんだな」

「当たり前だろう。雪乃には雪乃の付き合いがある」

「あー、奥さんにあっつーい視線、和奏(わかな)に厳っしー視線送り付けてなけりゃ見直すんだけどな。つーか何、あのコら知り合いだったわけ。やべー和奏ちゃん超可愛い」

「お前の女はどうでもいい。それより問題はコレだ」

「あー、うん。いやでもこれ、さぁ。加賀が婚約者フったからじゃねぇの」

「あの女はこんな周到な事は出来ない。馬鹿に素直だからな」

「和奏は実直で誠実っつってたけどな」

「それよりクライアントの件、練り直すぞ。――いったい誰が引っ掻き回したんだか」

「あー、ウン。そだね」

「なんだ」

「別に」

「なんだ」

「あ、奥さんこっち見て笑ったよ加賀」





「ねー拓くん。うちの社長がね、すごい人材を見つけたって大興奮なの。なんでも携帯とパソコンでぱぱっとうちの持ち株上げたらしいのよ。なんかその分拓くんとこの減っちゃったらしいけど、あんま影響ない(多分)って。でね、その男の子の名前聞いたら、社長何て言ったと思う?――なんと、美濃部くんだったのよ!」



 …とか、言えないしネー。


「なんだ佐川」

「だから何でもないってば」




おそまつさまでした。

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