寂しがりな魔王様のお留守番
死神は部屋を出て行った。私を置いて…
「ううん…死神は戻ってくる」
小さく呟いて、死神のベッドに横になった。
今日は仕事をしなければならない。でもまだいい。だって今は晴れだから。
悪魔は光を嫌う。だから光に耐性のある人間という操り人形を作るのだ。…まあそれ以外の理由もあるが。
しかしそれでも悪魔の眷属となるのだから、光は苦手らしい。曇りや雨天でなければ活動出来ないようだ。
今日は雲一つ無い晴天になるよう、シャルルが魔法で仕向けた。だから大丈夫だ。
…本音を言えば、死神のベッドから出たくないのである。だって…
(死神の匂いがする…)
一年振りの再会のくせに、死神はいちゃいちゃしてくれなかった。記憶が無いからとはいえ、寂しいものは寂しい。
左目の能力を発動させ、魔界にいる臣下に言葉を送る。
『鹿野花香について調べ上げろ。家族や友人との交友関係、家や学校、その他関わりのある人や物全てだ』
こう言っておけば、勝手に情報が集まる。
(しかし死神は何でもっと一緒にいてだろう?)
シャルルの今最大の不満はそれだ。
昨日ここに降り立った時間から鑑みて、死神が“高校”とやらをサボったのは明白だ。なのに今日はサボってくれない。
頬を膨らませてベッドに潜る。
(妻がせっかく来たのに…)
シャルルがここに来るまでの妄想では、独りにしたことを詫びられ抱きしめられ愛の言葉と共にキスされる…筈だった。
それが現実ではどうだ。あろうことか“人違いだ”やら“出て行け”だの言ってきた。私を引き留めたのだって、鹿野花香という言葉に反応して…
(鹿野花香という言葉に反応して?)
嫌な予感がシャルルの体を包み込む。もし…もし死神が……
「…有り得ない」
首をぶんぶん振って、頭から考えを振り払う。
あの死神が浮気などするはずが無い。…本当にどうかしている。
《愛してる》
今日だって、死神からキスしてくれた。しかも私を抱き寄せて。所有印だってつけてくれた。
雰囲気や見た目は少し変わった。口調や性格も変わったように見える。…だけど根本は死神だと信じている。
「ふぁあ…」
…眠くなってきた。口笛を吹くと、窓の外に聖駕の気配がする。
「少し眠る…お前は異変が無いか見張っていて…」
昨日は悪魔が活動しないか心配で、一晩全く眠れなかった。
元来魔族は人よりも頑丈な為、数日ぐらいなら眠らないで活動出来る。その頂点にいる魔王ならなおさらだ。
しかし、死神不在の一年間はずっと不眠症だった為、本人に会った途端に疲労がどっと出てしまった。流石に睡眠を取らなければ満足に能力を出せなくなる。それは困るのだ。
「おやすみ…死神…」
愛する夫の姿を思い浮かべ、シャルルは眠りに落ちた。
―☆―☆―☆―
シャルルは夢を見ている。俗に言う、悪夢というものを。
始めは幸せな夢だった。在りし日の死神と睦まじく語り合う夢だったのに、いきなりこちらの夢に引きずり込まれた。
悪夢の原因は分かっている。…鹿野花香だ。
「せっかく良い夢を見ていたのに…」
これも魔王の業だから仕方無い。仕方無いが嫌なものは嫌だ。
『…………のに』
暗い靄が立ち上る。その中にいる人型のものが鹿野花香だろう。正確には鹿野花香の念か。
『わたしはただ楽しく歌いたかったのに…』
靄は一段と広がり、シャルルを包む。
『なのに…なのにあいつらが…わたしの声を奪ったっ!!』
膨大な邪念が押し寄せるが、シャルルは動じず鹿野花香に寄る。
保持者の夢を辿り、その者の恨みの対象を特定する。これも魔王の能力だ。そしてその負の感情の種類により、どのような人物が標的になるか分かる。
鹿野花香から伝わる感情はイジメを実行した者に対する恨み。これは簡単だ。最初の標的は実行した者だろう。
これが自分を守ってくれなかった、或いは気づいてくれなかったという怒りだったのならば親しいものを標的にするだろうし、同じ痛みを他人にも味わわせたいというものであると無差別になる。まあ他にも色々あるが。
「標的は四人か…まあこれだけ知れば良いだろう」
標的の名と顔を覚えたシャルルは、悪夢から抜け出してもう一度幸せな夢に戻った。
「死神…らいしゅきぃ……」
シャルルは最初から嫉妬深かったり疑り深かったわけではないのですが、一年も放って置かれた間に姉たちに色々吹き込まれたため、ちょっとでも澪がおかしな発言をするたびに目くじらをたてます。