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残された禍根  作者: 長谷川龍二
第十二章 因果
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予感

慶長十二年 十二月十三日 武蔵国 



 徳川家の将来、そして天下の安泰を掛けた対面が静かに始まろうとしていた。


 土屋左馬助は徳川秀忠、本多正信、本多忠勝の三名を相手に越前結城家の安泰を図り、且つ亡き主君である結城秀康への謝罪をさせるという重要な役目を一人で担う羽目になった事を複雑な思いで感じていた。


(亡き秀康様にお仕えせねばこのような重責を感じる事など無かったであろう。関根殿や吉田殿の助力無しで上様や佐渡守様、中務大輔様と対峙せねばならぬ。だが、大御所様や上様に二度も苦渋を舐めさせた徳川家の怨敵ともいえる真田安房守様に御仕えしていたと承知の上で、亡き殿は浪々の身であった某に万石の知行をお与え下さった。その御恩に報いる為にも某は伊豆守様と同じく彼の方々を相手に勝ちを得る。越前結城家の安泰を守る事こそが、秀康様が某に報いて下された御恩をお返しする唯一の術なのだ。徳川家など某には何の恩義も有りはせぬ。亡き殿を謀殺した報いを受けるのは上様達のみ。忠直様をはじめ、結城家臣には絶対に手出し出来ぬと思い知らせねば御家の将来が危うくなる。秀康様、某は己の役目を身命を賭して果たして見せまする。この左馬助の覚悟の程、冥府にて御覧下され……)



 土屋左馬助が秀忠達との対面を前に覚悟を固めている頃、秀忠達も徳川家の安泰と天下人の座を掛けた最後の勝負に挑もうとしていた。


 徳川秀忠は本多正信や本多忠勝の助力を借りずに、将軍として只一人で土屋左馬助と対峙する事を望んでいると述べた。


『忠勝、正信。お主達は此度の席で何もせず土屋と私の対面を見届けてくれ。此度の問題は全てが父上と兄上の諍いに端を発している以上、お主達や土屋らを騒ぎに巻き込むのは筋が通らぬと私は思うておる。お主等にとっては云いたい事もあろうが、これは将軍としての下知だ。異論は許さぬ。私は土屋と腹を割って話し合い、此度の騒動を詫びて事態を収める。全ては私の責であり余人にこれ以上迷惑は掛けられぬ』 



 正信も忠勝も閏四月から必死になって事態の収拾に奔走してきた。しかし、亡き結城秀康と本多冨正の計略に嵌り徳川家を破滅の瀬戸際まで追い込まれた事を自身の非であると感じており、秀忠の下知に異論を述べたかった。


 だが、秀忠の言葉通り徳川家康と結城秀康の親子間の諍いが問題の根底にある以上、徳川家という一つの大名家の問題として現当主である秀忠自身が事態の収拾にあたる事を望んでいる事、そして秀忠が並々ならぬ覚悟を持って土屋左馬助との対面に臨もうとしている事を理解した両名は平伏して秀忠の下知に従う事を示した。



 正信と忠勝が自身の下知に従う姿勢を見せた事に秀忠は安堵しながらも、土屋左馬助とどのように向き合うかを心中で模索していた。


(私は父上の悪辣な謀略を見過ごし、兄上を死なせた責任があると、あの男は思っておるはずだ。その事は否定は出来ぬ。確かに私は父上の言うがままに将軍職を継承した。天下人として何を為すべきか、何を重んじなければならぬかを知らぬにも関わらず将軍という地位についた事は失敗であったのかも知れぬ。亡き兄上が将軍職を継いでおれば、私は兄上を必死に補佐したはずだ。そして兄上も私が懸命に徳川家の為、否、天下の平穏を守る為に必死に働けば必ずやお褒め下されたであろう。そのような温かみのある御方だった。己の分を弁えず、父上の言うがままに自身の生涯を決めた事がこの騒ぎの原因なのであろう。ならば私は土屋に、いや結城家臣達に兄上を失わせた父上の愚行を詫びねばならん……)



 やがて対面の時間になった事を知った忠勝は左馬助を部屋に案内するするように家臣に申しつけた。


 秀忠、正信、忠勝の三名は今夜の会談が最後の機会である事を良く理解しており、表情に緊張が表れているのを隠しきれていなかった。


 そして、少しの時間を経た後に室外がら左馬助の声が聞こえた。


『土屋左馬助に御座います。中務大輔様がお呼びと伺い参りました』



 左馬助が来た事を知った忠勝は部屋に入るように声を掛けた。


『土屋殿。会談の用意が整った故に御入り下され』



 忠勝の声を聞いた左馬助は静かに襖を開いて部屋に入った。そして、正信と忠勝以外に若い男がいる事を目にした左馬助は徳川秀忠だと判断し、平伏して将軍へのお目見えが適った礼を述べた。


『越前結城家の家臣。土屋左馬助と申しまする。上様の御尊顔を拝し恐悦至極に存じまする』



 左馬助は口上を述べた後も頭を挙げなかった。将軍の前である以上、左馬助は秀忠から声がかけられるまで頭を挙げる事が出来ない。

 

 そして、秀忠は平伏している左馬助に頭を挙げるように声を掛けた。


『土屋と申したな。面を挙げよ。格式ばった礼を尊ぶ程の余裕が我等に無い事はお主とて存じておるはずだ。私への礼などくだらぬ事に時を費やすなど無用だ。早速で済まぬがお主にはいくつか尋ねたい事がある。忠勝と正信は私とお主の対面を見届ける為に同席を許した。結城家の重臣であるお主と私との会談で正信達が何か意見を申す事は無い。遠慮は無用だ。お主も言いたい事があれば私に申せ』



 将軍である徳川秀忠が本多正信、本多忠勝の重臣と共に対面の席についた事で結城家と徳川家の最後の話し合いの機会がやってきた。


 この場で失言をすれば、結城家に如何なる禍いが降りかかるか見当もつかない不安を押し殺して土屋左馬助は面を上げ、徳川秀忠を見つめた。


 秀忠の表情には緊張の色がありありと映し出されており、秀忠自身だけが左馬助と話をするとと述べた事で秀忠が不退転の決意を胸に秘めてこの場にやってきたと左馬助は判断した。


(佐渡守様や中務大輔様は言わばこの会談の席で話し合いを持った結果の証人という事か。上様は最早全てをかなぐり捨ててでも此度の件を己の手で解決しようと御考えなのであろう。我等が望む結果を得るには上様を説得せねばならぬが、上様とて徳川家の安泰の為に覚悟を決めてこの場に赴いた。簡単にはこの勝負終わらぬな……)



 左馬助が秀忠を相手にどのように話をするべきかを考えていた時、秀忠もまた左馬助を見つめて心中で今回の会談が如何に困難であるかを考えていた。


(土屋とやらは陪臣の身でありながら、口先では私に会えた事を恐縮だと申していたが、平然と私を見透かそうとしておる。本心では此度の騒動の全ての元凶が私だと思っておるのかも知れぬ。この男は正信や忠勝を相手に結城家を守り抜くべく、捨て身で徳川家に挑んできておる。亡き伊豆守と同様、あるいはそれ以上に危険な相手と考えたほうが良い。この勝負に負ければ全ては終わる。正信や忠勝、そして徳川家の為に戦い死んだ多くの徳川家臣達の死が無駄になる。私の命と引き換えにしてでもそれだけは絶対に防がねばならぬ)


  

 互いに相手の目を見つめたまま静かに時が過ぎた。


 左馬助も秀忠も話を切り出そうとしない。相手の思惑を看破してからでなければ、思わぬ失言をする事を恐れての事だったが、同席している本多忠勝は左馬助が沈黙している事を不気味に感じていた。


(土屋殿は上様を相手に萎縮するような人物ではない。上様が言いたい事があるならば遠慮なく申せと促したにも関わらず、沈黙しておる。何事かを心中に秘めておるのか。それとも、上様を警戒して様子を伺っておるのか。どうにも解せぬ。上様は誠意を持ってこの場に望まれておる。それは上様のお言葉と表情から容易に読み取れたはず。なれど何故に一言も口にせぬのであろうか……)



 やがて左馬助は結城家の重臣として、秀忠に結城家に要求するのかを尋ねた。そして同時に結城家は徳川家に容易く協力する事はあり得ないとも述べた。


『上様。亡き殿の御身に起こった事は某が説明せずとも、佐渡守様や中務大輔様からご説明を受けているかと存じまする。故に無礼を承知の上で申し上げますが、我等に、結城家に何をせよと申させるのかを伺いとう存じまする。上様も御承知の通り、我等の主君であり、多くの結城家臣にとって大恩ある秀康様は徳川家の為に身罷った事は御承知かと存じまする。結城家臣の多くは徳川家でなく結城家にそして亡き秀康様に今尚厚い忠義を持って尽くす事を考えておりますれば、結城家の安泰以外の事に関与する意思は微塵も御座いませぬ』

 


 徳川秀忠からの問いかけに対して土屋左馬助は正直に自身の望みを答えた。


 そして、左馬助の答えを聞いた正信は自身の悪い予測が的中した事を心中で悔やんでいた。


(陪臣の身でありながら上様を相手にここまで言い切る以上、土屋殿は相当の覚悟を決めてこの会談に臨んでおると考るべきか。土屋殿の発言は德川家の御家など結城家には関係ない。德川家の厄介事を結城家に持ち込むなという事であろう。だが、上様の御前で無礼とも言える事を述べた以上、この御仁は亡き伊豆守と同じく己を命をも投げ捨てて結城家を守る積りであろう。土屋殿以外にも関根、吉田と言った真実を知る者が越前の御家には残っておる。今の発言には己を捨て駒として結城家を守ろうという意志があるという事か……)



 左馬助の応えを聞いた秀忠は心中で結城家臣の自身への怒りが尋常で無い事を理解した。


(陪臣の身でありながら、私に結城家に手を出すなと申すとは余程の覚悟を決めてこの会談の席についたと思うべきであろう。また、土屋とやらが申したように德川家が兄上を謀殺した事実がある以上、それを無視する事は出来ぬ。そして結城家は亡き兄上の死に関しては全て徳川家で対処せよと言うのか。その意見は尤もだが、結城家との緊密な関係を築けねば、外様の者達や豊家を刺激する事は避けられぬ。この男の言い分を飲む事は容易いが迂闊には約束出来ぬ。どこまでこの男の言い分を飲むべきか、その代償として結城家が我等にどう助力するかで徳川家の将来が決まる……)



 本来なら目通りすら叶わぬ陪臣の身でありながら、将軍である徳川秀忠を相手に主君を謀殺した罪を償えと真正面から切り出した土屋左馬助に、正信と忠勝はかつて越前で鬼謀を持って両名を欺き、徳川家を窮地に追い詰めた本多冨正の姿を重ねていた。


 流麗な弁舌ではなく主君の無念を晴らすという只一つの目的を達するべく、己の命を平然と投げ捨てて全ての者を欺いた本多冨正の事を思い出した正信は対面の席が予想を超える結果になるのではないかとの疑念を抱き始めていた。


(亡き伊豆守と土屋殿の姿が重なって見えるのは某の目の錯覚ではあるまい。恐らく忠勝殿も言葉にはせぬが某と同じ思いを抱いておるはず……)


 徳川秀忠を前に平然と德川家の非を声高に言い立てる土屋左馬助の姿に亡き本多冨正の姿が重なって見えた正信は、この対面がかつて越前の地で本多冨正を相手にした時と同等以上の難しい話し会いになるとの予測を抱いた。


 そして、正信は僅かに目線を忠勝に向け、忠勝が眉間に深い皺を刻みながら土屋左馬助を睨み据えているのを見て、自身の抱いた予測が確信に変わるのを感じていた。


(忠勝殿があそこまで警戒感を露わにしたのは伊豆守との会談の席以来の事。上様に我等の目の前に座しているのは結城家の重臣では無く、亡き中納言様の御無念が人の姿をとった化生ともいうべき者であるとお伝えせねばならん。そうでなければ、この会談の席で我等の納得出来る成果を挙げる事は難しい。だが、迂闊に口を出す事は上様が御許しになられぬはず。針の穴程の隙を逃さず、上様にご理解頂けるように進言せねば……)



 結城秀康に無二の忠を尽くし、主君の仇討の為に徳川家への叛意を諸侯に植え付ける為に自身の命を投げ捨てた本多冨正の姿を思い出した正信は秀忠に注意を促すべく、進言する機会を注意深く伺っていた。


 そして正信の懸念を知ってか知らずか、徳川秀忠は土屋左馬助の意見を聞いて瞑目して無言で思案していた。


 正信の懸念が現実のものとなるのか、あるいは単なる疲労による錯覚なのか、または何かを危険を察知した勘働きによるものなのか、この時点では誰も知る者はおらず結城家と德川家の生き残りをかけた会談は様々な思いを胸に秘めた者達によって始められた。




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