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残された禍根  作者: 長谷川龍二
第十一章 江戸
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慶長十二年 十二月十二日 江戸城 



 亡き結城秀康の献上した家宝の扱いを忠直が尋ねた事を秀忠達は容易ならざる事態だと受け止めていた。


 秀忠は忠直が家宝の返還を望まなかった事から徳川家に献上された家宝に何らかの意図があるのではないかとの疑念を抱き、正信と忠勝は対面の前日に行った土屋左馬助との会談で左馬助が述べた結城家を守る為に徳川家には関与せぬとの発言が忠直の態度に表れていると思っていた。


 秀忠と忠勝達の思惑は微妙に異なるが、結城忠直の発言は結城家は徳川家の一門でありながら徳川家に関与しない決意を固めており、その意思を変える事が出来なくなるのではないかとの疑念を三名に与えた。


 秀忠は忠直に対してどのような言葉を掛けるべきか考え込んでいた。


(亡き兄上が秘蔵していた家宝は徳川家に抗った者に所縁があるという理由だけで幕府に献上された訳ではないという事か。なれど結城家もまた幕府に敵対する意思があるとは忠直の態度からは読み取れぬ。この若さで私を謀るような真似は出来まい。恐らくは忠直に知恵をつけた者がおる。忠勝が申していた土屋とやらの入れ知恵かもしれんな。厄介な事に忠直は土屋の入れ知恵を当たり前の事として受け入れておる事だな。説得しても家宝の返還は望むまい。家宝の返還を糸口として関係を改善するのは難しいと思ったほうがよかろう。どうすべきか判断が難しい)



 忠勝も忠直の発言から土屋左馬助の意思を強く感じ取っていた。


(土屋殿の意思が忠直様の発言に表れておると見たほうが良いな。彼の御仁は徳川家に関わる事に否定的な態度を示しておる。ここで忠直様を無理に説得する事は忠直様御自身に我等への不信を持たれる恐れもある。対面の席で忠直様を籠絡する事を恐れて、あの品の事を持ち出してきたのかもしれん。あの品を献上した意図を知るのは亡き中納言様と伊豆守だけであろう。それを承知で忠直様の口から述べさせたという事は、我等に何かを伝えようという事なのか……)



 秀忠と忠勝が心中で忠直の行動をどう受け止めるべきかを考えていた時に、正信は対面の席を仕切りなおす事を考えていた。


(このままでは何の実りもなく御対面が終わるのは間違いない。一旦、休息をいれてどう対応すべきかを相談したほうがよかろう。忠直様の発言は確かに問題ではあるが、我等が為すべきは結城家と徳川家の関係が良好である事を世に知らしめる事。このままではその機会を得る事は困難になる。上様に忠直様に茶を振る舞って頂き、その間に忠勝殿と話し合ったほうが良いかもしれぬ。このまま忠直様を江戸城から下がらせる事は認められん)



 秀忠が忠直にどのように声を掛けるべきか悩んでいた時に正信が秀忠に話しかけた。


『上様。忠直様も慣れぬ席でお疲れかと存じます。上様と茶を一服して頂き、休息をとられたほうが宜しいでしょう。その間に某と忠勝殿で先程上様が述べられた事を書状にして忠直様へお渡しできるように準備しておきまする』



 秀忠は正信が何か策を講じようとしている事に気が付いたが、今の状況では忠直にどのように接する事が望ましいか判断出来かねており、休息をとって考える時間が必要だと思い、その意見を受け入れた。


『ならば、私が忠直に茶を振る舞おう。忠直、茶の湯の席だといって緊張する必要など無用だ。茶室に入れば身分など考慮する必要は無い。そして茶の美味さを味わう事だけを考えておけばよい。私も数多くはないが、それなりの茶器を所有しておる。お主も今後の事を考えれば茶の湯に慣れておいたほうが良い。他の諸侯や家臣に茶を振る舞う立場になるのだ』



 秀忠の言葉を聞いた忠直は静かに頷き、茶を馳走になる礼を秀忠に述べた。そして、秀忠は二の丸にある茶室に忠直を先に案内するように近習に命じて忠直は退室した。


 忠直が退室した後、室内に残った三名はどうやって忠直から徳川家一門としての自覚を引き出し、秀忠への信頼を確固たるものにすべきかを話し合っていた。


 秀忠は忠直に茶を振る舞う事で時間を稼ごうと考えた正信に何をするつもりなのかを問うた。


『正信、忠勝。お主が私に忠直に茶を振る舞うように勧めたのは忠直の発言に不穏なものを感じたゆえに、その事に如何に対処すべきか考える時間を欲したからと思ってよいか。忠直は私との会談で徳川家という言葉を一度も口にしなかった。それは忠直自身の意志ではなく、忠直に知恵をつけた越前家中の者の意志だとお主達は疑っておるのであろう』



 秀忠の問いに正信と忠勝は無言で首を縦に振り、このままでは只の挨拶で会談が終ってしまう事を懸念している事を正直に述べた。


『上様も御承知の通り、我等は滅亡の瀬戸際に追い込まれております。上様ご自身が信用できる御方だと忠直様に認めさせ、将来に禍根を残さぬように御考えになられている事は我等も承知しており、その判断に異論は御座いませぬ。なれど、大御所様の葬儀や中納言様の葬儀で明らかになった諸侯の不穏な動きを静めるには結城家は徳川家にとって唯一無二の御家であることを世に知らしめねばなりませぬ。ですが、忠直様に知恵をつけた者はそれを好ましい事とは思っておらぬかと存じます』



 発言した忠勝の表情には徳川家存続の危惧がはっきりと滲み出ていた。正信は言葉を発しなかったが、忠勝同様に表情には焦りの色が浮かんでいた。


 秀忠とて事の危うさは嫌という程に理解している。秀忠の望みは忠直に知恵をつけた者によって阻害されており、このままでは単なる会談として終るのは目に見えていた。


 当然、秀忠や忠勝、正信もその結果を受け入れることなど出来ない。結城忠直の将軍と幕府への信頼を勝ち取らねば、徳川家で最大の一門であり、多くの外様諸侯に影響力を持つ結城家が敵対する可能性は依然として残されてしまう。


 秀忠は正信と忠勝に心中の不安を述べて意見を求めた。


『忠勝、正信。忠直は恐らく越前家中の者に知恵を付けられて私の前であのような言動をとっていると私は疑っている。こうなった以上、忠直には好意的に接する事にするが問題は越前家中の者で忠直に知恵を付けた者を我等に協力させねば、事を解決する事は困難であろう。お主達には忠直に知恵を付けた者に心当たりがあるはずだ。今まではお主達に対応を任せていたが、忠直が帰国する前に早急に会談を持つように手配致せ。その会談には私も出席する。将軍が約束するならば、その者達とて私の言葉を疑う事はせぬと思う』



 正信と忠勝は秀忠が乾坤一擲の勝負を仕掛けようとしていると判断した。


 徳川家は今ならば、秀忠、正信、忠勝の三名の意見が何よりも優先される状況になっている。余程の無理難題でなければ秀忠の判断に異論を述べる者は居ないと三名は考えた。


 大久保忠隣を冤罪で失脚させた事で秀忠自身の意向を妨げる事の危険性を多くの幕臣は理解している。また、徳川家で最上位の重臣である正信と忠勝が秀忠の意見に賛意を示せば、それに反対する者は恐らくは居ないと思われた。


 秀忠の覚悟を感じ取った忠勝は、急ぎ土屋左馬助との会談を明日にでも自邸で行う事を目論み、その段取りをつけるべく江戸城から下がり、手配を整える事を約した。


 忠勝は土屋左馬助が本多冨正亡き後に家中で重きを為していると考えており、忠直の発言にも左馬助の意向が強く働いていると思っていた。そして、正信もまた忠勝と同様の事を考えており、徳川家にとって最後の切り札とも言える将軍徳川秀忠の存在を利用する必要に迫られていると感じていた。


(問題がここまで拗れた以上、上様ご自身に御出馬頂かねば如何にもならんかもしれん。我等の言葉ならともかく上様ご自身のご発言なら土屋殿を説得できる可能性はある。忠直様、いや土屋殿は早急に国許に帰国する事を考えておるはずだ。徳川家に遺恨を持つ者や今尚野心を持っている者からすれば忠直様は是が非でも誼を通じておきたい御方だ。土屋殿はそれを恐れて早急に越前に戻る事を考えておるやもしれぬ。急ぎ会談を持つ事は我等にとっても越前に御家にとっても悪い事ではないはずだ……)



 秀忠は忠勝と正信に明日にでも会談の席を設けるように指示して、二ノ丸の茶室に向かった。


 残された忠勝と正信は土屋左馬助を如何様にして説得するべきかを話し会った。正信自身は説得に応じる望みは限りなく少ないと考えており、秀忠が説得する事で左馬助が徳川家への協力を約束するとは考えていなかったが、忠勝は土屋左馬助と行った会談の席での言葉を思い出していた。


(結城家安泰こそが土屋殿の望み。多くの諸侯に亡き中納言様が大御所様に謀殺され、伊豆守が上様に自害に追い込まれたとの流言によって結城家は反徳川の感情を持つ諸侯から注目されておる。だが、あの御仁は上様、いや徳川家と真正面から戦う事を避けようと思われておるかもしれぬ。厳しい条件を突き付けられるかもしれぬが、説得をする価値はあるはずだ。何を望むかは理解出来ぬが、最早選択の余地は無い。早急に会談を設けるように使者を出さねばなるまい)



 結局、徳川秀忠と結城忠直の対面は表向きのものに終始した。秀忠は忠直に疑念を持たれぬように細心の注意を払って対応し、忠直もまた秀忠に敵意や憎悪といった負の感情を見せる事はなく、対面の席は終りを告げた。


 そして、本多忠勝は秀忠が忠直をもてなしている最中に自邸に戻り、土屋左馬助に明日に会談の席を設けたいと使者を出した。


 徳川、結城両家の関係はこの会談で決定的なものになるのと書状を出した忠勝は今夜に行われる会談で如何様に信頼を勝ち得るべきかを、秀忠、正信とよく協議しておくべきだと思い、再度江戸城へ登城し、会談で如何様に結城家の持つ徳川家への疑念を払拭するかを深夜まで話し合った。


 一方、土屋左馬助は忠直が登城したその日に本多忠勝から翌日に会談を持ちたいとの書状を受け取り、書状の意図と忠勝達の思惑を思案していた。


(恐らく、忠直様にお頼み申し上げた通りに事が進んだ故に彼の御三方は焦っておられるのであろうな。忠直様がご対面を終えれば素早く帰国すると思い、明日に会談の席を設ける事を持ちかけてきたのであろう。結城家を守る為に如何様な事をして頂けるかにもよるが、おそらく明日の会談で御当家と将軍家の関係が決まる。亡き殿や伊豆守殿が何をお望みになられたか、今となっては分からぬが某は結城家を守る事だけを考えればよい。将軍家の申し出次第で今後が決まる……)



 土屋左馬助は最後となる会談を前に、あくまでも自身が結城家の家臣であり結城家の存続のみを考えるべきだとの思いを固めていた。


(上様や佐渡守様、中務大輔様が直接関係しておられぬとは申せ、亡き殿は徳川家の為に若くして身罷られた。そして亡き殿を二十余年に渡って補佐してきた伊豆守どのまでも徳川家の為に世を去ったと申しても過言では無い。結城家さえ守れるなら徳川家などどうなっても構わぬと某は思うが、徳川家の滅亡に結城家が関与する事は出来ぬ。亡き殿や伊豆守様の御考えになられた事が如何なる事かを知らぬ以上、迂闊な真似は慎まねばならぬであろう)



 だが、左馬助は追い詰められた徳川家が何かを仕掛けてくるのでないかとの不安を抱き、関根織部、吉田好寛の両名を江戸に同行させなかった事を後悔していた。


(佐渡守様も中務大輔様もこの会談が最後の機会と承知しておられるはず。武勇・知略に長けた百戦練磨の彼の方々が思わぬ事を為す事もあり得る。せめて関根殿、吉田殿を同行させるべきであったかもしれぬ。どうにも胸騒ぎが収まらぬ。徳川家の存続の為ならば佐渡守殿や中務大輔殿は我等との約定を反故にするどころが、我攻めで結城家を滅ぼす覚悟を決めても不思議ではない。御当家は徳川家にとって呪われた家になったも申しても良い以上、手段は選ばぬかも知れぬ。まずは話を聞かねば始まらないが、当方もそれなりの覚悟を決めておくべきかもしれん)



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