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残された禍根  作者: 長谷川龍二
第十一章 江戸
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江戸

慶長十二年 十二月十日 武蔵国 


 

 結城家の一行を江戸まで案内した忠勝は江戸城に登城し、秀忠へ忠直が江戸に到着した旨を報告した後に本多正信を自邸に招いた。忠直と秀忠の対面は十二日と決められており、それまでに土屋左馬助と協議して徳川家への協力を要請すると供に結城家中の内情を確認して徳川家への敵意を抑える方策を相談する為である。


 忠勝は自邸で正信が来るのを待ちながら明後日に迫っている秀忠と忠直の対面について考え込んでいた。


(明後日の対面で徳川家と結城家との融和が成るか、或いは不倶戴天の関係になるかが決まる。忠直様には済まぬが策を弄して欺く真似をせざるを得ない程に上様も我等も追い込まれておる。亡き中納言様は復讐の鬼と化して徳川家を破滅へと追い込むべく策を巡らせたが、それを座して見ておる訳には行かぬ。徳川家を滅ぼし乱世へ逆戻りするような事は認められぬ)



 徳川家康が次男の結城秀康に刺殺されてから既に半年以上が経過している。忠勝も正信も事を秘密裏に解決するべく奔走し続けており、碌に休息を取っていない。老境に差し掛かっている両名は心身共に疲弊しており、長くは持ち応えられないと忠勝は覚悟を決めていた。


(儂も佐渡も最早心身ともに限界に近い。来年には亡き中納言様の許へ詫びに赴く事になるやもしれぬ。あるいは自害して早急に赴く事になるやも知れぬがそれでも良い。徳川の御家さえ守る事が出来るならば皺腹を切っても構わぬ。我等が選択を誤ったが為に此度の騒動が起きたのだ。それを思えば、儂と佐渡の頸を差し出す事が必要になるやも知れぬ。土屋殿には申し訳な無いが、それで我慢して貰わねばならん。納得は出来ぬであろうが、我等には他に取れる術が無い……)



 閏四月からの事を考えていた忠勝に家人が声を掛けてきた。


『殿。本多佐渡守様がお越しに御座います』



 本多正信が来た事を知った忠勝は自身の部屋へ案内するように返答した。


『此処へ御通しせよ。儂が呼ぶまでは誰もこの部屋には近づく事はならん』



 しばしの後、本多正信が忠勝の部屋へ入ってきた。心身の疲労から正信の顔色は蒼白くなっており、忠勝は自身の予測が当たった事を心中で嘆いていた。


(これ以上は佐渡も耐えられぬな。明後日の会談で全てを解決出来ねば徳川の御家は持ちこたえられず、我等も負担に耐えられず死ぬかもしれん。亡き中納言様や伊豆守はそれを狙って事を起こした事もあり得る。忠直様には時間があるが、儂や佐渡には時間が残されておらぬ。我等を振り回し、僅かに残っておる寿命を削り取る事を企てたのかもしれん。我等さえ始末すれば事を知るのは上様御一人。騒ぎを起こさずに事を解決するのは不可能になる……)



 正信が席に座った後、忠勝は明後日の会談の事を切り出した。


『佐渡。上様と忠直様の御対面については先日の内容で進める事で間違いないか』



 制外の家とされている結城家を更に優遇する措置を取る事で結城家に燻っている徳川家への不信を取り除き、徳川家と結城家の敵対を回避するのが秀忠の望みである。


 その為に正信は結城家の待遇を改めようとする幕府内の重臣を葬りさる策を企て、秀忠と忠勝の同意の許に大久保忠隣を策に嵌めて改易へと追い込んでいる。譜代の中でも家柄が優れている大久保家を改易した事で幕府内には秀忠の意向に反論する事は危ういとの噂が流れている。その噂自体も正信が意図的に流したものであり、皮肉にも越前で両名を欺いた本多冨正の策を応用した形になっている。


 忠勝の問いに正信は間違いないと返答し、問題は土屋左馬助の意図が見えていない事だと述べた。


『上様と忠直様の御対面に関しては先日我等で相談した内容に御座る。なれど土屋殿は我等が忠直様を取り込む事を想定して江戸に赴いたと考えたほうが良い。彼の御仁が何の策もなく江戸へ赴いたとは思えぬ。忠勝殿と越前で会談した際に土屋殿は徳川家と関わる事を避けようとする意見を述べた。恐らく我等が大久保を失脚に追い込んだ意図も理解しておるはず。亡き中納言様に忠を尽くす者達から見れば江戸は敵地も同然。御対面に同席出来ぬ事を想定した上で策を講じたはず。それを確認せねば我等の努力も無になる恐れが高いかと存ずる』



 正信の返答を聞いた忠勝は土屋左馬助との会談について意見を求めた。


『儂は小田原で土屋殿に会談を持ちたいと述べ、土屋殿はそれを拒まなかった。お主の申す通り上様と忠直様の御対面に際して恐らくは何らかの策を講じておるはずだ。忠直様は未だ若年。土屋殿が手の込んだ策を取ろうにも忠直様がその意図を御理解されるとは思えぬ。だが、策も無く江戸へ赴くなど考えられん。何らかの策を講じたのであろう。上様との御対面に同席が許されぬ事も承知した上で策を企てたはず。その内容を土屋殿との会談で読み取らねばならん』



 忠勝の意見に正信は同意しつつも思い通りの成果を会談で挙げられない懸念を述べた。


『忠勝殿。土屋殿は結城家を守る為に徳川家の問題には関わるつもりが無いと返答したはず。我等はいわば忠直様を欺いて結城家を取り込もうとしておる。だが土屋殿は我等の思惑を見抜いていると某は考えておる。恐らく上様と忠直様の御対面で我等の思惑をかわす事を考え、忠直様にその策を説明し協力を求めたであろう。無論、徳川家が御父君である秀康様を謀殺したなどと直接的な事は説明しておらぬはず。恐らく忠直様からすれば当然と思う意見を述べ、且つ我等には最悪の結果をもたらす事をあの御仁は考えたとしか思えぬ』



 土屋左馬助が策を講じている懸念を述べた正信の意見に忠勝は同意した。


『お主の申す通り土屋殿は何らかの策を講じたはずだ。結城家を守る為に徳川家には関与せぬと述べた事を忘れる事が出来ぬ。あの意見は土屋殿の偽りない本心であろう。亡き中納言様が召し抱えねば、真田安房守の旧臣であった彼の御仁は主取り出来なかったであろう。その恩義に報いる為ならば手段を選ばぬはずだ。我等と同様に土屋殿や吉田、関根といった者達は捨て身で徳川家に挑む覚悟を決めておると儂は考えておる。上様と忠直様の御対面は油断出来ぬ。我等が伊豆守に欺かれて今の状況に追い込まれた事を忘れてはならん』



 忠勝の懸念に正信は同意する意思を示し、土屋左馬助との会談で両名から徳川家への助力を要請する事で合意した。本多冨正の策謀により徳川家は諸侯に結城秀康を謀殺した嫌疑を持たれており、秀忠と忠直の対面が首尾よく進んだあかつきには結城家と徳川家は代が変わろうとも緊密な関係を維持している事を示させねばならないと判断したからである。


 前田利長、上杉景勝、立花宗茂の三名が結城秀康から駿府での一件を打ち明けたと思われる書状を受け取った事を秀忠に伝えている以上、多くの諸侯は徳川家に対して結城秀康を謀殺した疑惑を抱いている恐れがある。


 結城秀康が徳川家に謀殺されたとの噂を放置したままでは、徳川家は諸侯から常に疑いを向けられた状態になり、それは反乱という最悪の結果をも招きかねない。


 世に波乱の種を撒く事なく全てを解決するには結城家の協力は欠かせないものであり、忠勝と正信は自身の家を潰し、己の頸をも差し出す事で忠直を欺いて徳川家に取り込んだ責任を取る覚悟を決めていた。両名とも既に己の寿命が尽きようとしていると考えており、事を一気に解決するには他に術が無いと判断していた。


 だが、土屋左馬助は結城秀康の死が徳川家康の策謀によるものであるとの強い疑念を抱いており、主君を謀殺した徳川家と関わりを持つ事に強く抵抗する事が予想される。その為、秀忠と忠直の対面に同席は許さなかったが、左馬助はその事を陪臣では同席出来ないのが当然と述べて承諾した。


 忠勝や正信からすれば左馬助は既に策を講じたから同席を許されない事を容易く同意したと考えている。


 明後日に迫っている対面を前に改めて左馬助と腹蔵なく話し合い、是が非でも協力を求め同意を得ねばならない。主君を謀殺されたと考えている左馬助が容易く同意すると両名は思っていないが、最早取りえる選択は結城家を徳川家に取り込む事以外に残されていない。強い疑念と憤りを押し隠している者を説得して、どうにか協力する旨の言質を得なければならない以上、両名とも左馬助との会談に並々ならぬ覚悟を持って臨むつもりだった。



 やがて日が暮れ始め、辺りが闇に包まれ時に家人が忠勝に待ち人の到着を告げた。


『殿。結城家の土屋左馬助様がお越しに御座います』



 その声を聴いた忠勝が左馬助を部屋に通すように指示し、人払いを命じた。


『土屋殿を此処へご案内せよ。粗相の無いように丁重にご案内致せ。言うまでもないが余人には聞かせぬ話をする事になる故に誰も部屋には近寄るな』



 忠勝が左馬助との会談をどのように進めるべきかを考えていた時、左馬助が声を掛けてきた。


『遅くなり申し訳ありませぬ。土屋左馬助に御座います』



 左馬助の声を聴いた忠勝は部屋へ入るように返答し、正信に視線を向けた。これが最後となる話し合いの機会であるとの思いを視線で伝えたのである。


『土屋殿。御足労頂き申し訳ない。お入り下され』



 忠勝が声をかけると同時に襖が開かれ、左馬助が姿を見せ忠勝の前に用意された席に座った。左馬助が席に座ると同時に忠勝が正信に無言で視線を向けた。忠勝の視線を受けた正信も無言で微かに頷き、最後の機会になるであろう会談を成功させるべく両名は最後の会談に臨んだ。



 土屋左馬助は落ち着いて端坐しており、忠勝の目には為すべき事を既に終えた為に落ち着いて会談の席に着いたように映っていた。


(既に上様との御対面について策を講じた故に斯様に落ち着いておるとしか思えぬ。この御仁は我等に敵意を持っておらぬはずだが、結城家と徳川家の融和には反対する立場を崩しておらぬ。どうにか腹の内を探らねばならぬが、嘗て佐渡が申した通り伊豆守と同じく捨て身で我等を欺く事もあり得る。伊豆守に欺かれた教訓を忘れてはならん。此度の会談で勝ちを得るのは我等でなければならんのだ)



 忠勝が左馬助の事を考えていた時に正信が左馬助に会談の席を設けた理由を述べた。


『土屋殿。明後日には上様と忠直様が御対面される。恐らくご家中の方々はその内容に強い関心をお持ちであろう。故に我等は先に貴殿に伝えねばならぬ事がある』



 正信の発言に対して左馬助は表情を変えずに応えた。


『佐渡守様。某にお伝え頂ける事とは如何なる事でしょうか』



 正信の発言は如何様にも解釈できる曖昧なものだったが、左馬助は落ち着いて正信に返答しており忠勝の目には守りを固めているように見えた。


(佐渡の発言は結城家にとって慶事とも凶事とも思える曖昧な言い方だが、土屋殿は微塵も動揺しておらぬ。やはり儂が考えたように上様との御対面に関して既に手を打ったと見るべきか。我等が腹の内を見抜こうとしておる事を承知の上で儂の頼みに応じたのであろう。土屋殿は既に手を打ったが、我等は徳川家を守る為にこの御仁の口から協力するとの言葉を引き出さねばならん。その差がこの落ち着きに繋がったと取るべきか)



 忠勝が思案している時に正信が左馬助へ告げた。


『土屋殿。明後日の上様と忠直様の御対面で上様から忠直様にお伝えされる事柄を貴殿に前以て伝えておきたい。忠直様の家督相続に際しては亡き中納言様に御認めになられていた権益は全て安堵される。また忠直様が正式に家督を継ぐ際には権大納言の官位に推挙される。なお忠直様には新たに江戸城二の丸まで下馬無用の特権が与えられる。何故かは申さずともご理解頂けるはず』 



 正信の発言を聞いた左馬助は強い視線で正信を見据えて発言の意味するところを確認した。


『佐渡守様。恐れながら某には亡き殿を超える名誉と実利を結城家に与える故、駿府の件の真相究明を諦めよと聞こえましたが、如何なる意味かご教授頂けませぬか。当然ながらいずれは中務大輔様や佐渡守様との会談についても忠直様へご説明せねばならぬ時期を来ると某達は考えておりまする。故に駿府での一件を無かった事にするならば某の立場では返答致しかねます』



 正信と忠勝が心から願っている事を真正面から切り捨てるような返答を述べた左馬助であるが、忠勝には両名に敵意を持っているようには感じる事が出来なかった。


 左馬助の返答は徳川家への協力を拒むと言っているのも同然であり、結城秀康を謀殺した疑いを抱いている事が理由だと考えていたが、左馬助が忠直に説明せねばならないと述べた事で忠勝達が描いた筋書きが大きく狂う懸念を抱いた。


(土屋殿が忠直様のお名前を出したのは恫喝だけではあるまい。この御仁は駿府での一件を全て闇に葬る事は結城家の為にならぬと考えておるのかも知れぬ。確かに忠直様が齢を重ねた後に駿府での一件を疑問視するような事が起きれば家中で騒動の火種になる事もあり得る。江戸の御対面を切り抜けても、まだその事が難題として残っておると考えておるのかもしれん)



 頼りになる唯一の人物と目される土屋左馬助は駿府での一件を闇に葬り、徳川家への協力を依頼する正信の頼みを一蹴した。だが、左馬助が単に徳川家への不信感のみで返答している訳では無いと感じた忠勝は左馬助に、どのような解決を結城家は望むのかを単刀直入に問うた。


『土屋殿。嘗て越前で会談した際に貴殿は徳川家が結城家の御家を守る事に協力するならば思わぬ事が起こるやも知れぬと某に申された。故に我等は結城家の扱いを変えるべきという意見を持っていた大久保忠隣を策に嵌めて始末した。貴殿から見て満足できる内容かは分からぬが、我等は出来る限りの事をしたと考えておる。我等の対応に不満があるなら遠慮なく申して頂いたい。もはや時間が無い。貴殿の懸念しておられる事を我等にご説明頂きたい』



 忠勝の問いに左馬助は将来に騒動が起こる可能性が残されている事、そして忠直が家督を継いだ以上は如何なる事があっても結城家の重臣としてその下知には従わねばならない事を口にした。


『中務大輔様。亡き殿は御自身の亡き後は重臣達で協議し、忠直様を御支えせよとの御遺言を残されております。無論、我等は身命を賭して亡き殿の御遺言を果たす積りに御座いますが、駿府での一件は既に全ての諸侯に伝わっており、その嫌疑を解くのは容易では御座いませぬ。我等としては上様や幕府の重臣の方々が如何様にして御当家にかけられた嫌疑を晴らされるのかを見守ってから協力する事の是非を判断したいと考えております』



 左馬助の意見を聞いた両名は険しい表情を浮かべた。結城家に迷惑をかける事なく事態を収拾するのが幕府の責任であり、結城家はその結果を見て協力するか否かを判断するという意見は想定しておらず最悪に近いものである。


 正信は僅かな望みをかけて、左馬助に忠直が秀忠との対面で徳川一門との自覚を持って精進すると述べたならばその意見に反論する積りなのかを問うた。


『土屋殿。仮に忠直様が上様との御対面で結城家は徳川家一門として尽力するような発言を為された場合、貴殿や吉田殿、関根殿は反対する御積りと受け取っても宜しいか』



 正信の問いに左馬助は忠直の意思に従うと返答した。


『佐渡守様。先程も申し上げた通り、我等は亡き殿の御遺言に従う所存に御座います。忠直様が上様に御一門として協力するともうされたならば我等は忠直様の意見を是として、それを受け入れる事になりまする』



 左馬助の返答を聞いた忠勝は何か違和感を感じていた。


(土屋殿の返答は亡き中納言様の御遺言に従うと言う至極当然のものだが素直に受け入れる事は出来ぬ。この御仁が亡き中納言様の御遺言に逆らう真似をするとは思えぬが、駿府での一件をしっておる以上、容易く徳川家に協力するとは思えぬ。忠直様が上様との御対面の席で万が一にも徳川家には協力せぬと申す自信が有るというのか……)



 会談は左馬助が忠直の返答に従うとの意見を述べて終わった。会談が終わった後も忠勝は左馬助の言葉の意味を考え込んでいた。余りにも想定していた事と違うのが理由である。


(我等が忠直様を籠絡する事を土屋殿は予測なされたはず。だが、忠直様の御意向に従うと返答された。御対面の席で絶対に徳川家には協力しない旨を口にさせる自身があるということなのか。またはそれ以外に何か策を講じておるのか。あまりにも解せぬ)



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