確認
慶長十二年 六月二日 越前国
関根織部と吉田好寛が越前に戻った事を知った本多冨正は両名を屋敷に招いた。
江戸や駿府では特に目立った混乱は無いとの報告を受けているが、実際に両名がどのように感じたのかを直接聞いた上で最終的な判断を下そうと考えたからである。
本多正信、本多忠勝の両名が将軍徳川秀忠からの使者として越前に赴いてから既に十日以上過ぎている。使者が越前に到着した日以降に一切接触していないが、徳川家、結城家ともに家中に事を隠すのにも限度が近くなっており、多くの家中の者をこれ以上欺き通す事は困難だと冨正は感じていた
その為、関根織部と吉田好寛からの報告を直接聞き、問題が無いかを判断した上で再度家中の主だった者達を集めて評定の場を設け将軍からの使者の対応について、自身に一任してもらう事を望んでいた。
両名と冨正の三者のみの会談は冨正からの問いで始まった。
『両名ともお疲れかと存ずるが、殿に関する事柄ゆえに急いで状況を知らねばならぬと思い、某の屋敷まで御足労頂いた。さぞかし迷惑かと存ずるがご容赦頂きたい』
両名が国許で出席した評定の席と変わらず冨正の表情は険しいものであり、それだけ冨正が家中で苦しい立場に立たされていると両名は理解し返答した。
『伊豆守様の苦労に比較すれば某の苦労など些末なものに御座います』
『織部殿の申された通り、我等とは比較にならぬ苦労をされておられる伊豆守様から労いのお言葉を頂戴した事、誠に恐縮に存じます』
冨正は早速、自身が知りたいと思っている江戸と駿府の状況を両名に尋ねた。
『織部殿。江戸の町では当家や幕府に関する噂などは無かったと書状に書いてあったが、実際に江戸に赴かれた織部殿がどのように感じられたかを伺いたい』
冨正からの問いに関根織部が返答した。
『上様や殿に関する奇妙な噂などは特にありませぬ。当家に関する噂も同様に御座います。但し、佐渡守様と中務大輔様が越前に上様の御内意で赴かれた事が噂になっておりました。噂については殿のご容体を案じた上様が御見舞いの使者として派遣したとの内容でしたので特段問題は無いかと存じます』
関根織部からの返答を聞いた冨正は、駿府に赴いた吉田好寛に織部に確認した事と同様の質問をした。
『修理殿。駿府の町では如何で御座ったのか。書状では上野介様がご多忙で殿に関する事をお尋ね出来ぬとあった。越前に戻る日まで上野介様の対応は変わらなかったと判断して問題ないので御座ろうか。また、駿府の町の状況も江戸と同じく特段問題となるような事は無いと思って良いかを伺いたい』
冨正からの問いに吉田好寛が返答した。
『殿のご容体を含め上野介様に状況を確認しようと致しましたが、大御所様が風邪をこじらせて伏せておられる事や多忙な事を理由にご対面することが出来ませんでした。また駿府の町で特段目立った噂などは耳にしておりませぬ』
両名からの返答を聞いた冨正はしばし思案した後に評定の場にて再度同じ事を話すように依頼した。
『殿が駿府へ赴かれて以降、何処におわすのか、ご容体はどうなのかを含めて全く情報が無いのが現状に御座る。織部殿と修理殿に江戸と駿府へ赴いて頂いたのも、過日の評定の場で重臣一同の同意を得た為。申し訳御座らぬが、再度評定を開く故に江戸と駿府で見聞きされた事をその場にてご説明頂きたい』
冨正は家中の重臣達に同じことを話すように依頼し、両名はそれを承諾した。そして冨正は評定でどのように発言すべきかを思案した。
(江戸と駿府も特段おかしな噂がたっておらぬか……。間違いなく佐渡守様が意図的に殿の事柄を隠蔽しておると考えてよい。ならば評定の席では、家中の誰かが佐渡守様と中務大輔様に殿の事をお尋ねすべきと意見を申すべきだ。殿が駿府に赴かれてから既に二月近く、これ以上家中の者達に殿の事を隠し通す事は不可能であろう。無論、佐渡守様と中務大輔様、ひいては上様も大御所様の事を隠すのに限度を迎えていると感じておられるはずだ。御二方と話すべき時が来たと見てよい)
冨正は本多正信と本多忠勝が越前に到着し、秀康の嫡男忠直と冨正を含めた重臣の前で正信が駿府へ使者を送り状況を確認させると口にした事を思い出していた。
(佐渡守様は忠直様と某を含めた家中の重臣の前で駿府に使者を送ると明言された。使者を急行させたのであればもう越前に使者が戻っても不思議ではない。無論、あの時のお言葉は虚言であろう。佐渡守様と中務大輔様は間違いなく駿府で何が起きたかをご承知の上で越前に赴かれた。おそらくは上様から事の真相を探るように命じられ、某と話をして真相を確認するのが目的のはず。ならば某から内密で話をしたいと持ちかければ応じるはずだ)
冨正は秀康が残した文箱を目の前に置き、心中で秀康に話しかけた。
(もう間もなく時を迎えまする。殿が某にご用意下されたこの書状を使い、必ずや殿がお望みになられた事を為し遂げご報告致します。佐渡守様と中務大輔様を相手に某は勝ちを得て見せまする。願わくば勝負の際に某に殿の御力を御貸し下され)
冨正は既に書状を送る家臣の人選を終えていた。冨正の家臣の中から古くから冨正に仕え、口の堅い者を選び出した。そして、主君からの書状を宛先の大名に届けるように伝えたが、宛先の大名が誰かは伝えていない。書状の宛先の大名家への添え状を冨正がしたためるという口実で書状を手元に残していた。
全てを知ってから行動を起こす事を冨正は望んでおり、関根織部と吉田好寛の両名からの報告を聞き、後は正信と忠勝と内密に話しをした上で書状を宛先の大名に届けるつもりだった。
徳川家を窮地に追い込み、結城家の安泰を図る。それが亡き主君結城秀康が望んだ事だと冨正は理解していた。
(殿は大御所様を殺める事とこの書状を宛先の大名に届ける事で御自身をないがしろにした徳川家への復讐になると御考えになり、それを為すべく行動を起こされた。既に殿の手で大御所様は討たれた。後はこの書状を届ければ殿の策は成るはずだが、殿の策をより完璧なものにするには、もう少し工夫がいるかも知れぬ。某が為さねばならぬ事があるはずだ……)
漠然とではあるが、冨正は自身が為さねばならない事があると感じていた。だが、まずは家中の結束を維持し、将軍からの使者との対応を終えるべきだと思い直して、正信と忠勝を相手にどのような話しをすべきかを思案した。
(真実を話す事など論外だ。だが虚言を申しても佐渡守様を欺く事は不可能な事。ならば虚と実を交えれば良い。殿が激昂して駿府に赴かれた事、豊臣家恩顧の者に自身の死後に某が亡き殿の名代として交誼を感謝する挨拶に回るように駿府で指示を受けたとでも言えばよかろう。徳川家を追い詰めるという策の概要を話しても、その術を話さねばよい。如何に佐渡守様が智に秀でておられても、亡き殿の策は看破出来ぬはずだ)
冨正は自身が為すべき事を考え、その目論見に瑕疵が無いかを振り返っていた。本多正信、本多忠勝の両名は追い詰められている事を良く理解しており、ほんの僅かな隙を見せれば必ずその隙を狙ってくると思った。
(殿が大御所様を討った事により、佐渡守様も中務大輔様も後が無い状況に追い込まれた。某が迂闊な事を口にすれば必ずや真相を見抜かんと追及してくるはずだ。無論、後が無いのは某も同様だが才も経験も相手が一枚も二枚も上だ。どれほど有利な状況を作り上げても、一手でそれを覆す力の持ち主が相手なのだ。全てが終るまで気を抜く事は出来ぬ)
冨正は家臣に命じ、前回評定に出席した家中の者へ明日評定を開く為、必ず出席するように使者を出した。
明日の評定で正信、忠勝への対応を自身に一任させるつもりの冨正は険しい表情を浮かべて、僅かな失策も無いことを心中で確認していた。




