勝負
慶長十二年 閏四月十一日 駿府城
家康は受け取った紙を手にし、静かに心の痛みを堪えていた。
最も嫌悪する己以外にはそれがどれほど貴重か理解出来る者がいない。
耐えがたい怒りを堪えて、兄から授かった無二の家宝を自分に託そうとするのは間もなく自身が死を迎える事が確実だと秀康が考えている事を家康は悟った。
(これが秀康にとって最も大切な品である事は疑いない。信康から授かったものを儂に託す事自体、秀康にとって納得し難いことだ。だが秀康は儂に託そうというのか。信康を自害に追いやり、秀康をも暗殺しようとしている儂へのあてつけということか。儂に兄に続いて己をも殺すのかと言いたいのか……)
秀康は己が手渡した紙を手に持ち、静かに考え込んでいる家康を見て勝利を確実なものにすべく、家康に言葉を掛けた。
『父上、無念では御座いますが某にはもう残された時間が有りませぬ。本来ならば嫡男の忠直に、それがどれほど大切なものかを知る某から当家の無二の家宝として大切に保管するよう言い聞かせねばなりませぬ。なれど二年前程前から病になり、時間が経つにつれ具合が悪くなりいまだ回復致しませぬ。養生に努めておれば回復すると思いましたが容体は回復へ向かわず、悪化する一方。おそらくは間もなく死を迎えることになりまする。何故このようになったなのか某には理解出来ませぬが、最早このようにせざるを得ませぬ』
(兄上に自害を命じた父上に、兄上から授った無二の家宝を形見をして託す。儂をも暗殺しようとしておる父上には儂が皮肉を申していると感じるであろう。己の手で倅を二人も死に追いやることに痛みを感じるならば、痛みを存分に味わうがよい……)
秀康は棘がある言葉を口にした。病になり容体は回復せず悪化の一途を辿っている。おそらく自分は病が悪化して間もなく死を迎えざるを得ないが何故このようになったか理解出来ない。家康にとっては、この言葉は聞き流す事の出来ない言葉である。
何故こうなったのかという言葉は誰かの手でこの状況に追い込まれたとも受け止める事ができる。秀康の口から出た言葉の意味を確認しなければ、危険な状況に追い込まれる事を家康は理解した。
秀康の意図する事を確認すべく、家康は話しかけた。
『秀康、お主は何ぞ思う事があるのか』
だが、秀康は静かに笑みを浮かべて返答した。
『申し上げた通りに御座います。突然病になり、回復が見込めず間もなく死を迎えることが確実な状況になっておりまする。故に父上にその品を託したいという意味に御座います。何か父上の御気に障るような事があったでしょうか』
家康はは毒殺の件について婉曲に尋ねたつもりだが、秀康は間もなく死を迎えるので、兄から授かった形見を父に託したいという自分の意思を答えた。
父が何を聞きたいのか、そして何を答えてほしいのかを秀康は理解していた。
しかし父の聞きたい事を正直に口にすれば自分が討たれる事が充分にあり得ると考えている。故に毒殺の件の直接的な発言を意図的に避けた。そうする事で家康の疑念を煽り、己の意図を見抜かれないようにした。
家康は秀康が誘いに乗ってこない為、思ってもない言葉を口にして秀康の反応を見極めようとした。
『秀康、儂はもう齢だ。いつ寿命が尽きても不思議ではない。今の秀忠では徳川家を一人で支えることは出来ぬ。忠吉も既に世を去った。此の上お主にまで世を去られてはかなわん。お主には病を克服してもらい、秀忠を徳川一門として、兄として支えて貰わねばならん。そうすれば徳川家の将来は安泰じゃ』
秀康はその言葉を聞いても微笑みを浮かべており、穏やかな声で返答した。
『某とて急いで世を去ろうとは思うておりませぬ。なれど世には不思議な事が多きもの。故に某が父上より先に世を去ってもおかしくは御座いませぬ。己の死期は己自身が良く知るもの。父上の御期待に応える事が出来ず、先に世を去ることになり申し訳御座いませぬが、人の死はどうにもなりませぬ。某の運命で御座いましょう』
秀康は家康の期待した答えを口にせず、曖昧な返答をした。家康から見れば秀康の答えは毒殺の件に気付いたとも、気付いていないとも取れるものであり容易に判断を下せない。
このままでは埒が明かないと考えた家康はついに具体的な言葉を口にした。
『お主は酒色に耽り、日々の鍛錬をおそろかにするような愚かな者では無かったはずじゃ。なれど二年以上も療養に励みながら、一向に病が癒えぬとは解せぬ。思い当たる事は無いのか』
家康のいう言葉はまさに核心をつくものであった。
毒殺の件に気がついているのならば、この家康の言葉は誘いにもなるものであった。
秀康は家康が動いてきたと思い、決着をつけるべく言葉を選びながら答えた。
『父上、某の病は確かに某も不思議に思うておりまする。何故にそうなったかは某ではなく、某以外の者が理解しておるやもしれませぬ。なれど今となっては意味はありませぬ。もはや手遅れに御座います』
秀康は毒殺に関する一件について何かを知っていると解釈できる言葉を口にした。
その言葉を聞いた家康は近習を呼び秀康を斬らせることを考えたが、家康が毒殺に関与しているとは口にしていないので、更に踏み込んで話しかけた。
『お主は徳川一門において最上位におる。忠吉が世を去った今となっては、秀忠の苦手とする部分を補い、徳川の天下を盤石足らしめる役を担えるのはお主だけじゃ。他の息子たちはまだ幼すぎる。儂より先に世を去る事なぞあってはならん。病について何ぞ心あたりがあるなら申してみよ。儂に可能なことならばできる限りの事をするつもりじゃ』
(間もなく、秀康から儂が毒殺の一件に関与しているとの言葉が口にされるはずだ。その際には近習を呼び寄せ、こ奴を斬らねばならん。己の倅を二人も手にかけるか……。恨むなとはいわん。こうする以外に方法が無いのだ)
だが、秀康の言葉は家康の思いも寄らないものだった。
『父上、某が死を迎える事は運命で御座います。思えば父上から家族として接して頂いた記憶が某には御座いません。唯一肉親として接してくれたのは亡き兄上のみで御座います。なれど齢を重ねるにつれ父上の苦悩も理解してきたつもりに御座います。駿府に赴いたのは、亡き兄上と同様に某を父上が家族して思っておられるのか、某は間違いなく父上の倅であったのかを確認したい、その一念でご迷惑と承知しながら駿府に赴いたので御座います』
秀康の言葉は家康の誘いを承知したうえで答えたものだった。
自分を暗殺しようとしながら、父として心配する言葉を口にする。どちらを本心ととらえたらよいのかを秀康は問いかけた事になる。もはや親子の会話という仮面を脱ぎ捨て危険な領域に踏み込んでいた。
お互いにもう引き返せない状況になっている。家康と秀康の会話は剣術でいえばお互いが相手の間合いに踏み込んでおり、ほんの一瞬の隙が命取りになる。
そして、秀康は間合いに踏み込んだ家康に対して仕掛けた。
この言葉に父が反応すれば勝負は秀康の勝ちとなる。
『亡き兄上を父上が大切に想われている事は承知しております。兄上はかつて徳川家が武田家と遠江で戦い、敗れた際に殿を努めて父上を守り抜き、武田に大井川を超えさせない武功を挙げられたお方。某や秀忠、忠吉とは比較に出来ぬお方である事は承知しております。なれど、あえて申し上げるなら兄上以外は父上から大切にされているようには思えませぬ。我等は兄上ほどの価値が無いとお考えで御座いますか』
秀康の言葉は家康にとっては答え難いものだった。
嫡男である信康は初陣以来多くの武功を立て、徳川家の為に働いてきた。家康だけでなく多くの家臣が認めるものであり、家康が関ヶ原の戦いの際に、信康が生きておればと口にしたことからどれだけ優秀であったか推測できる。
秀康、秀忠、忠吉達も無能ではないが、信康と比較すると何かが足りないと思っていた。
(確かに信康は儂の子の中で最も器量に優れておった。あの件がなければ儂の後を継いでいたであろう。だが、家中を纏めるために信康を亡き者にせねば徳川家は分裂し、武田家と織田家に領土を侵食されたのは疑いない。ああせねば徳川家を守れなかった。儂の不手際であった事は事実だ。そのために儂は信康を自害に追い込んだ。跡継ぎとしてふさわしい嫡男を儂が手に掛けた。秀康や秀忠、忠吉よりも優れていた事は疑いない。今更言っても詮無きことじゃ……。信康を自害への追い込んだ事実は覆らぬ)
家康は秀康の言葉を聞いて沈黙した。
秀康の言う通り信康は家康の息子の中で最も出来が良かった。
だが、その嫡男である家康は己と徳川家を守るために、死に追いやった。
その負い目から目をそらすかのように家康は普段、信康の事を口にしない。
秀康の言葉はその行為を責めているいるように聞こえた。
家康は瞑目して、かつての信康の言葉や姿を思い浮かべ、静かに沈黙していた。
織田家を慮るふりをして徳川家の嫡男としてふさわしい墓をたてなかったのもあの一件を思い出したくなかったからであり、己の保身の為に嫡男を死に追いやった事実を正面から受け止めたくなかった事が家康の心の奥に存在していた。
表情には出さないが、家康が過去を振り返り信康の死の一件を思い出し、形状し難い心の痛みを耐えていると見た秀康は、父の右肩に手を掛け穏やかな声で話しかけた。
『父上、某がつまらぬ事を申した為に、お心をお騒がせして申し訳ありませぬ。もはや時間も御座いませぬ故これ以上は何も申しませぬ』
家康にとって秀康の言葉は自分への労りではなく、古傷を抉るものとなった。
秀康は死を目の前にして、全てを諦観している。だが、唯一自分を家族として扱わなかった父に一矢報いようとしている。そう考えて古傷がもたらす痛みを必死に耐えていた。
そして、痛みが治まるのを待っていた家康は違和感を覚えた。胸に感じる痛みがにわかに強まったからである。かすかに目を開けて秀康の顔を見たが穏やかな表情をしている。やがて痛みを感じている己の胸を見た家康は目を見開いた。
秀康の右手に握られた脇差が左胸に突き刺っているのを目にしたからである。
驚愕して声が出ない家康の耳に秀康の穏やかな声が聞こえた。
『敵に隙を見せるとは父上も御歳を召されましたな。もう間もなく時を迎え話す事が出来なくなりまするが、何故にこうなったか父上は理由をご承知でありましょう。なれど、念のため某から説明致しまする』