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残された禍根  作者: 長谷川龍二
第三章 駿府
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離別

慶長十二年 閏四月十一日 駿府城


 結城秀康は本多正純から家康が二ノ丸の茶室で対面すると言ったことを聞き沈黙して思案していた。


(表向きの理由は儂が言った最期の別れという言葉を理由に親子の対面故に余人を交えず親子で対話するといったところであろう。だが本心では儂が何故に毒殺の件を気づいたのかを確認したいといったところであろうな。そのために密談にふさわしい茶室を選んだか。父上らしいやり方よな……)


 秀康自身が家康の猜疑心を煽るような書状を書いた事から、父の心中が容易に察する事が出来ていた。


 そして、毒殺の件が明るみになる事を極度に警戒している家康は自身で秀康が家康の関与に気づいているのかを確認し、いざとなれば自分を討つことを覚悟して対面に望んでくると読んだ。


(茶室で話をすることは毒殺の一件を誰にも知られたくないという事だ。父上以外の者は儂に毒を盛った件を知らんとみてよかろう。ならば冨正は、いや冨正だけでなく正純も同席を許されぬはずだ)


 秀康は正純に茶室に案内するように頼んだ後で、冨正に声をかけた。


『冨正、済まぬが越前に急ぎ戻れ。お主の手で為してもらう事が国許に残されておる。儂は父上とお会いした後は、江戸の将軍家の元に赴き、父上と同様に最期の別れを告げてから、越前に戻るつもりだ。儂の供は父上や将軍家が付けてくれる』



 冨正をも国許に戻す事を口にした秀康の思惑が理解できない冨正は主君の命を拒んだ。

 冨正が秀康の下知に従わないのは異例でもあった。


『殿。恐れながら今になって国許に戻れとは如何なる理由でしょうや。某は殿が国許に戻られるまで供を致します』



 秀康はそれに答えず、厳しい表情で冨正を見て帰国を命じた。


『冨正、儂に同じ事を何度も言わせるな。お主は急ぎ国許に戻れ。もしお主が国許に急ぎ戻らねば大事となる恐れがあるのだ』



 秀康が強い口調で帰国を命じた事で冨正は警戒心を強めた。


 そもそも越前から駿府に赴く事の全てがおかしかった。


 自分以外の者を使者とする事を認めず、吉田重氏程の名の知れた武芸者を護衛として少人数で駿府に来た事。そして、父との対面を前に自分を国許に戻そうとする事。


 冨正は秀康が何かを隠している事に気が付いた。


 今まで秀康は冨正に隠し事をした事がない。冨正が秀康の傍らで仕えてから二十年近い歳月が経っているが、秀康が自分に隠し事をした事は今まで一度も無かった。


 秀康は冨正にだけ聞こえる声で静かに答えた。


『冨正、越前を出立する前にお主に儂が何と申したか覚えておろう。間もなく時を迎える。お主には国許で差配をしてもらわねばならん』



 秀康の言葉を聞いた冨正は愕然とした。


『親子として最後の別れを告げる』


『儂に残された時間は僅かなもの』



 冨正は家康への書状を預かる際に秀康が口にした言葉を思い出した。


 秀康が駿府へ赴く理由は父と最期の別れを告げるため。その最期の時を迎えると秀康自身が口にした事は、秀康に残された僅かな時間が尽きる寸前である事を意味していた。


 冨正は主君秀康からの最後の下知を受け、礼をして静かに返答した。


『殿が対面の場へ向かった後、急ぎ国許に戻りまする』



 秀康は微かに笑みを浮かべて、冨正に詫びた。


『冨正、お主には随分と無茶な事を頼んだと思っておる。済まぬ』



 冨正はその声に答えず、目を固く瞑り己の感情を必至に抑えていた。


 少なくとも秀康にはそのように見えた。


(冨正が儂に仕えてからもう二十年近い……。最後まで面倒をかけるのは心苦しいが、冨正以外に国許に残した事を託す事は出来ぬ。それに最悪の場合には冨正も父上に討たれる事があり得る。冨正を越前に戻し託した事を為してもらわねば、父上に勝つ事は不可能だ)


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