第六話 声
「うわぁぁぁ!?」
襲いかかった島はそのまま和人を押し倒し、喉元に喰らいつこうとしたのだが、ギリギリの所で止まった。
和人の反射的に伸ばした両手が島の喉を掴み、ゆっくりと押し返しているからだ。
”島だったモノ”は考える。目の前にタベモノがあるのに届かない、タベモノが抵抗してくる、どうすればいいのか分からない、腹が立つ、涎が垂れる、苛々する、食べたい、タベタイ、たべたい、コ○シタイ!…そうだ、もっと力を入れてみよう。そうすれば届く気がする。届いたらタベラレル
「グッ…」
和人は肩に島の手が食い込む痛みに顔をしかめた。さっきから恐怖やらなんやらで頭の中はパニック状態だったが、二つだけ分かることがある。
今、手の力を緩めれば喰われる。という事と、目の前のコレはヒトじゃない。という事だ。
ヒトはヒトを喰わないし、頬が裂けるまで口を開けたりしない。何より、脈が無いのに動くヒトなんていないからだ。
だが、分かったところでどうなる?圧倒的に不利なポジション、ゆっくりと近付いてくる真っ赤な口、いっそこのまま楽になった方が良いんじゃないか?…そんなことを考えていると、頭に誰かの声が響いた。
「《怖いのか?》」
この声が誰なのか、疑問に思いながらも問いに答える。
「…怖い」
「《諦めるのか?》」
「…分からない」
「《分からないか…じゃあ、質問を変えよう。”死にたい”か?》」
「!!…死にたくないっ」
「《そうかそうか、良い答えだ。もし…”死にたい”なんて抜かしやがったら、俺がオマエをケしてたとこだ》」
満足そうに答えたかと思うと、急に冷酷な声になり『ケす』などと言い放った。
「消す!?」
「《あぁイヤ、気にしなくて良い。それよりも、後数秒ガマンしな。助かるから》」
「は!?ちょっと待て!!」
なぜかは分からないが、和人には『この声』が消えようとするのが分かり、呼び止めようとした。だが、
「《うっせえなぁ…お前は一度オレに気付いたんだ、いやでもまた会う事になる。それに…オレはお前……って…し…良い……な…。》」
そうして一方的な会話が終わると、目の前には島の顔があと数センチにまで迫っていた。
和人は、慌てて腕に力を入れ直そうとするが、ロクに力が入らない。もうだめかと思いかけた時、
不意に島の顔が横にズレた。
そのまま島は気を失ったように崩れてきた。和人が急いで島の体の下から這い出ると、すぐ近くで優が右足を押さえてうずくまっている。
「何をしたんだ?」
「うぅぅ…蹴ったの」
どうやら優はサッカーボルの要領で島の頭を蹴って和人を助けたらしい。そりゃあ痛い。
「ありがとう、助かったよ。…」
礼を言いながら「(『助かる』とはこの事か)」と先程の会話を思い出しそうになるが、とりあえず忘れることにした。
「イタタ…どういたしまして、にしてもあの臭い人何?ヘンタイ?」
優が右足をさすりながら聞いてくる。
「え?いや、一応顔見知りなんだが………」
「えっ!?私、和人の知り合い蹴っちゃった!?」
「いや、そうじゃなくて…あの人、俺を食べようとしてた…。」
「…冗談でしょう?」
優は笑って返す。まぁ誰でもこんな事を言われたって信じない。
「冗談なんかじゃないさ……普通のヒトが頬が裂けるまで口を開けたりするか?俺にはアレがヒトだとは思えない…」
和人の顔は冗談でもなく青ざめている。それを見て優も冗談や嘘では無いと感じた。
「じゃあ…本当に?…」
「あぁ、ここはヤバイ。早く離れ……」
「何あれ……?」
二人が見た先、軽トラの傍に一人の男が立っているのだが…この男、顔の皮膚が全て剥がれ所々骨も見えている。そして、一人が現れてからは早かった。
路地裏、車の陰、ビル、様々な所からヒトが沸いてくる。そしてそれらすべてが体のどこかを欠損している。腕が無い者、腸を引きずっている者、あばら骨が飛び出している者、欠損の箇所は様々だが、皆全く気にしていない。
そして、和人と優をじわじわと包囲しようとしている。
「…逃げるぞ」
和人が小声で言う
「車はどうするの?」
優も和人にならって小声だった
「そんな物は俺達が助かってからだ…交差点の西側、まだゾンビ共が少ない。合図をしたら走れ」
無言で優が頷く。
「3・2・1…」
「GO!!」
優が走り出し、和人もそれに続く。そして、ゾンビ達も一斉に動き出す。東側のゾンビは和人達を追いかけるように、南北のゾンビ達は西側へ回りこむように、そしてわずかな西側のゾンビは和人達を逃がすまいと立ち塞がった。
和人にとっては『ゾンビ=鈍い』であり、数が少なければなんとかなると思っていた。だが、ここのゾンビは違うらしい。足が欠損している奴以外は駆け足程度はするし、捕まえようと伸ばしてくる腕は素早く、力強い。正直、一人抜くだけでも大変だった。
だが、結果的に和人達は包囲を抜けることができた。助かった要因としては、西側はゾンビの数が少ないだけで無く、体の損傷が激しい固体が多かったのだ。おかげで捕まえる手は、和人達の服を掠るにとどまった。
という訳で…今、和人達は交差点から200m程離れた所で息をついている。包囲を抜けてからもしばらくはゾンビ達が追いかけて来ていたのだが、今では諦めたのか交差点を中心にゆっくりと徘徊している。
「ハァ…ハァ…ギリギリだったな…」
「はぁ〜……そうだね…和人!危ない!!」
和人は逃げ切ったという安心感からか、気付けなかった。振り向くと、警察官の制服を着たゾンビが襲いかかろうとしている。
「《伏せろ!!》」
あの『声』が頭痛を伴って頭に響く。その頭痛のあまりの痛さに自然と膝が折れ、地面にしゃがみこんだ。
その時だった。
道を挟んだ路地から『パ、パン』という軽い音が響き、警察官の額に二つの小さな穴が開く。優の髪の毛が数本ちぎれ、風に舞う。
そして、警察官のゾンビは大して血を流すこともなく倒れた。音のした路地を見ると暗がりの中で、誰かが銃らしき物を構え立っている。すると、
「こっちに来い!早く!! あいつらがすぐに集まってくるぞ!」
その『誰か』が叫んだ。拒む理由が無い和人達は付いていく事にした。だが、
「《ちょっと待て》」
また『声』がした。先程この声に助けられた和人としては無視することもできず、聞き返す。
「何かまずいのか?」
「《いや、そうじゃない。そのポリの腰に銃があるだろ、貰っとけ。予備のマガジンもな》」
「…分かった。だがその前に、お前は誰なんだ?」
「《あ?俺か?そうだな……『お前』だよ》」
「俺?ふざけてるのか?」
「《せっかく人が真面目に答えてやってるってのに…まぁいい。今は『助言をくれる便利なヤツ』程度の認識でいいんじゃないか?》」
「そんな答えで俺が納得すると思うか?」
「思わんね。でもこれ以上は教えらんねぇよ。続きは直接会った時のお楽しみっと。じゃあな」
「あ!おい!」
またもやこの変な会話は一方的に終わった。
釈然としない和人だったがとりあえず言われた通り銃を拾うことにした。できればゾンビには近付きたくないのだが、覚悟を決めて手を伸ばしホルスターから銃を取り出した。手に入れた銃は『ベレッタM92F』映画などでよく見るため、和人も『ベレッタ』という名前だけは分かる。
初めて触る本物の銃に驚いていると
「和人〜!早く早く!!」
いつのまにか向こうの路地へ移動していた優が急かしてくる。
「あぁ!すぐ行く!」
置いて行かれた事に少し焦りながら手に入れた拳銃をベルトに挟み、優の後を追いかけた。
うしろ姿しか見えない『命の恩人』についていき、たどり着いたのは先程の道路の脇にあるアパートの三階の一室だった。
「カギを閉めてね」
言われた通り鍵を閉め、恩人の顔をよく見ると、
「え!?岩城さん?」
「そ。また会ったね、和人君」
なんと助けてくれたのは昨日会った岩城だった。
「え?何?どうゆうこと?」
優だけが話について行けず困惑している。
「どうして岩城さんが銃なんか…」
「あぁ、その前に君達に聞きたいことがあるんだ。」
にこやかに喋りながら手に持った銃を和人達に向けて構えた。
「ちょっと!岩城さん!?」
「何何何?何なの!?」
和人と優が慌てるが、岩城は微笑みを携えたまま続ける。
「そんなに慌てないで、『聞きたいことがある』って言っただろう?」
「あ…」
「?」
「(優…聞いてなかったのか)」
和人は呆れ半分恐怖半分で岩城の質問を待つ
「君達、ゾンビの集団に襲われてたよね?……噛まれたりしたかい?」
岩城の銃を握る手に力が入る
「いえ…どこも噛まれてません」
「私も…大丈夫です」
二人の答えを聞いた岩城は、どこか安心した表情で銃を下ろした。
「そうか…良かった。もし、噛まれていたら君達を撃たなければならなかった。」
「!? どういうことですか?」
隣で優が『私も知りたい』といった感じでコクコクと頷いている。
「君達はどうやってゾンビができるか知っているかい?」
「いえ…」
「う〜ん…噛まれる?」
「そう、正解。…勘かい?」
「もちろん!」
優の答えに岩城は苦笑しながらも続ける。
「じゃあ、ここであった事を説明しようか。最初このあたりの住民は、あの実験の放送を聞いて自主的に近くの学校に避難したんだ……」
その後聞いた話は衝撃的なものだった。
避難した先の学校に『病院関係者』の格好をしたゾンビの集団がいきなりやって来て、ほとんどの人間が餌食になったこと。自分は学校の外にいたため逃げられたこと。ゾンビに噛まれた人間は平均10分くらいでゾンビの仲間入りをしたこと。それ以降このあたりにはゾンビが大量にいること。
「後はそうだな…一人に見つかるとすぐに10体以上が集まってくることかな。これは体験済み、その時は銃を持ってなかったからもうちょっとで捕まるとこだったよ」
岩城は笑いながら言うが、和人と優の表情はどんよりしている。それを見た岩城は
「ごめん不謹慎だったね…あぁ後これは良い情報、あいつらは頭に強い衝撃を与えると死ぬ。でもそれ以外の腕とか体はいくらダメージを与えても意味が無いらしい」
「それも、『体験済み』ですか?」
「ああ、逃げた時に頭を蹴って倒した時は半信半疑だったんだけど、和人君を助けた時ので確信を持った。あいつらは頭が弱い、とね」
じゃああれは賭けだったのか…と思った和人だったが口には出さず、礼だけを言った。
「いや、気にしないで良いよ。こっちも間に合うか自信が無かったしね。…そういえば和人君とは自己紹介が済んでるんだけど、君はまだだったね」
と、優の方を向いて自己紹介を始めた。
「僕は岩城裕也、一応軍人もやってます。よろしく」
急に話を振られた優は驚きながらも口を開いた。
「えっと…上坂優です。高校生やってます。こちらこそよろしくお願いします」
「? カミシロって、君たち兄妹? 似てないねぇ」
岩城が二人を見比べながら言うと、和人が答えた
「いえ違います。ちなみに夫婦でもないです。」
「『夫婦?』って言おうとしたのに…」
岩城がくやしそうに答えた。
「それよりも、軍人ってどういうことですか?確か最初会った時は作業服…」
「あぁ、あれはパートだったんだよ。じゃないと自宅に拳銃なんてあるはずないだろう?…あ、そうだ 和人君、背中にある銃出して」
「知ってたんですか?」
「見てたんだよ」
岩城が笑いながら差し出された銃を受け取った。
「『M9』か…警察が持つには大げさだと僕は思うんだけどね。軍隊の拳銃より装弾数が多いってどういう事なんだ?……よっと」
喋りながらもスムーズに点検を済ませていき、『ジャキ』という音と共にスライドを操作して安全装置をかけると和人に手渡した。
「はい。後はそこのロックを外して、引き金を引いたら弾がでるから気をつけてね。」
「…いいんですか?」
てっきり取り上げられると思っていた和人は驚きながら受け取る。
「あぁ、非常時だしね。それに、二つ同時に使ってもロクに当たらないさ。だったら君に使ってもらった方がいい」
その後、銃の構え方や弾倉の交換のしかた等の基本的なレクチャーと注意を受けて、それなりに使えそうだなという自信はついた。その間、優はとてもヒマそうにしていた。
「あと、これもあげるよ」
「?」
渡されたのは腰に付けるタイプのホルスターだ。
「ベルトに挟んでたら危ないし使いにくいだろ?」
慣れない装備品に戸惑いながらもとり付けてみる。
「おぉ〜かっこいいねぇ」
これは優
「うん、いいね。似合ってるよ」
こっちは岩城
「……どうも」
なぜか和人はとても恥ずかしい思いをしたのだった。
「で、君達はどこに行こうとしてたんだい?」
とりあえず今後どうするかを考える事になった三人は、岩城に和人達が何をしようとしていたのかを伝えることになった。
「とりあえず『農業地区』に行こうとしてました」
「農業地区?なぜだい?」
「まず、細菌がどんな物なのかここに来るまで分からなかったんですが、人から人に感染することはテレビを見ていて分かったので、できるだけ人の少ない所に行こうかと…あとは、食料と水の問題です。一応防災用の水と保存食を大量に手に入れたんですが、それだけだと不安です。農業地区なら川も畑もあるので何とかなるだろうと思って。」
「全部トラックに置いて来ちゃったけどね…」
優がしょんぼりと付け加える。
「一つ忘れてないかい?放送で『ラット』に感染させて街に放ったって言ってただろ?だったら…」
「…動物にも?」
「あぁ、感染するものとして考えておいた方がいいな。でもやっぱり水の事を考えると農業地区を目指すのが一番だね。このあたりはドブしかない。 君達の乗ってきた軽トラは壊れたのかい?」
「いえ、どこも壊れて無いはずですけど…他に車は無いんですか?まだゾンビがうろうろしてますよ?」
和人が閉め切ったカーテンを少し開け、軽トラのある交差点を見るが、まだ何体もいる。
「無いことはないが、どのみち危険な事に変わりは無いよ。カギの問題もあるしね。同じ危険だったら、食料・水・カギ付きの方を僕は選ぶな。 どうだい?」
確かに岩城の言うとおりだ。
「それもそうですね…賛成です」
「私も〜」
全員賛成で岩城の案は可決された。
間もなく、命を賭けた車の奪還作戦が始まる…
同時刻…現在地《不明》
真っ暗な液体の中で一人の男が目を覚ました。
「ひどく長い間眠っていた気がする。あ?ここはどこだ?なぜ俺はこんな液体の中にいる?なぜ体に力が入らない!明かりをくれ!俺をここから出してくれ!!」
男は叫んでいるつもりだったが口からは気泡がゴボゴボと出るだけだ。
しばらくすると、目がわずかな光を捉えた。いや、光だけじゃない。唯一自由な目を動かすと自分の腕が見える。だが
「これが俺の腕か?…違う!!俺はこんな化け物じゃない!!」
腕は長く人間のものとは思えないような筋肉のつき方をしていた。しかも指先には鎌のような爪が生えている。
「お願いだ!誰か!!俺を助けてくれ!!」
すると、耳が『プシュ』という今までとは違う音を拾った。
「……何だ?」
加えて目の前には紫色の液体が流れ込んできた。
それを吸った男は、
「…ん?…俺…は?誰?……どう…で…も…いいか。」
思考をするのを止めた。今はただ気持ちがいい。誰かの声が聞こえる…
「<…戦闘命令、残存スル生命体ヲ抹殺セヨ。非生命体及ビ実験体ハ対象外。>」
「…了解」
読んで下さりありがとうございます。
本当に感謝です。
一万文字超えちゃった…どうしよう(汗)
しかも文法むちゃくちゃです。ゴメンナサイ
とりあえず完結はさせるつもりなのでそれまでお付き合いください。
ではまた次回