第五話 再開
少し前まで、街は混乱の極みにあった。電気が消えた事による交通事故の多発、騒ぐ人々、パニックと言う物は簡単に人へ伝染する。
だが今はそれも収まって街はゴーストタウンと化していた。そりゃそうだろう、人がいないのだから。
普通、地震など「災害」が発生した場合は規模にもよるが、警察なりなんなりの誘導で安全な場所へ避難する。だが今回の場合は災害の内容が『細菌』なんていう体験した事の無い物で、なお且つ逃げ場が無く、誘導もない。そうなってしまうと後はもう自宅に篭るしか無いわけで…
和人と優、家の無い二人は途方にくれていた。いや、一人はそうでもないようだ。
「(細菌兵器に生体兵器…生体兵器の方はまだみたいだから置いとくとして、細菌ってのはどのくらいの威力なんだ?……<感染を確認>ってことは即死はないだろうな、そういえば他人にもうつるんだったな…自覚症状はあるのか?今どのくらい拡がってるんだろう…あとヒントの中病院ってどういう事だ?)…あ〜もう!分からん!! 優、とりあえず移動しよう」
さっきから和人はいろいろと考えていたようだが、考えもまとまらないまま歩きだした。
だが優が付いて来る気配は無く、背後から『トサッ』という軽い音が聞こえた。和人が振り向くと…
優が膝をつき肩を抱いてうずくまっていた。
「!? 優っ!どうしたんだ!?」
和人が驚き近付くと、優はかすかに震えながら口を開いた。
「…さっきからね、ガマンしてたんだよ?…ガマンしてたんだけどね?……無理みたい、足に力が入らないの………だから、置いて行ってくれない?」
優がポロポロと涙をこぼしながらそんな事を言ったのを聞いて、和人は驚きつつも優の肩に手を置きできるだけ優しく話かける。
「なぁ…、実を言うとな俺も怖くて怖くて仕方がないんだ。撃たれた時は泣きそうだったし、さっきのテレビを見た時なんて目の前が真っ暗になって倒れそうだった。でもそうならなかったのは優、君のおかげなんだ」
「私?…」
優が顔を上げ和人を見つめた
「あぁ、どんなに怖くてもキミに見られていると思うと我慢できた、強がっていられた。その…なんだ、キミは俺にとって特別というか何と言うか……だから!『置いて行け』なんて言わないでくれ」
言い終わった和人は恥ずかしい事を言っている自覚があったのか、真っ赤な顔で横を向いて頬をポリポリと掻いている。
「まるで告白みたいだね」
そう言って笑った優の顔に涙は無く、次の瞬間には立ち上がった。
「もう大丈夫なのか?」
「うん!和人の恥ずかしい台詞聞いてたらコワイの、どっかいっちゃった♪」
「…………」
和人はもう一度思い返し赤面した。それを見た優が
「あはは、でも私はうれしかったよ?………ありがとう」
最後の『ありがとう』と言った時の優の笑顔があまりにも綺麗だったので、ついつい見とれていた和人だったが、気を取りなおし右手を差し出した。
「いや、これからもよろしく頼む」
「こちらこそっ」
握手を交わした二人は生き残るための行動を開始した。
手始めに二人が向かった先は近くのホームセンターだった。
薄暗い店内の隅で和人がごそごそと何か作業をしている。彼が手に持っているのは『防災用品詰め合わせ』と書かれた袋だ。
彼はおもむろに袋を開けると中からペットボトル入りの水だけを取り出し、脇に置いてあるカートに放り込んだ。もちろん普通はこんな事をすれば捕まるが、今は注意する人間もいない。
カートの中にはペットボトルがすでに十数本入っていて、その他にも『詰め合わせ』二袋、保存食と缶詰がごろごろ、小型コンロ一つ、コンロ用のガスボンベ何個か、etc、etc…。
と色々な物がカート一杯に入っている。
で、結局何をしているのかと言うと”食料調達、ぶっちゃけ火事場泥棒”である。最初、和人は持ち運ぶのにも限度があるし必要最低限な分だけ持って行こうとしていたのだが、優の
「あの軽トラ使えばいいんじゃない?」
という一言であっさり予定変更。『あの軽トラ』とはホームセンターで貸し出されているやつの事である。
で、優には軽トラの『カギ』を探しに行ってもらっているのだが…なかなか帰って来ない。
「(何かあったのか?)」
などと心配しかけた所で、背後から『コーーホーーー』という不思議な呼吸音がするのに気づき、恐る恐る振り返ると
「うわああ!!」
後ろにいたのは、ガスマスクを装備し右手にはナタを持った”女子高校生”だった。
「………優…か?」
「コーホー(コクリ)」
優だったらしい、だが何度見てもおっかない。ガスマスク+ナタだけでも十分だがそこに”女子高校生”を加えるとここまで破壊力が違うのか…
とまぁそれは置いといて
「カギはあったのか?」
「コーホー(コクリ)」
喋る気はないらしい、いや喋れないのか?だが和人は気にせず質問を続ける。
「遅かった理由はその仮装のせいか?」
「コーホー(コクリ)」
優があっさり頷いたのを見て和人は口元が引きつっていくのを感じた。
「そうかそうか…じゃあ遊んでいた罰としてゲンコツ一発でいいかなぁと思うんだが、どうだ?」
和人は笑っているつもりだが目が全く笑っていない。
「コーホーコーホー(全力で首を横に振る)」
もう一度言うが和人は目つきが悪い。あんな笑い方をされれば誰でもビビる。
「だったらとっとと脱げ!バカ」
「プハァ…やっぱり和人って怒ると怖いねぇ」
優はガスマスクを脱ぐなりそんな事を言う。反省する気はないらしい。
「別に本気で怒っていた訳じゃない」
それを聞いて「(じゃあ本気だとどうなるの?)」と思った優だったが、聞くのはやめておいた。
「それよりも、こんな物どこにあったんだ?」
和人がマスクを見ながら聞く
「カギのあった部屋に置いてあったの、他にも『ジェイソンのマスク』とか、すっごいリアルな『馬のかぶりもの』とかもあったよ〜」
「…そうか」
ここの従業員は何やってんだ〜とか思わないでもないが、和人はあっさりスルーしてカートを押して行く。
何せ和人達は今日中に『商業地区』を出て『農業地区』に行く予定なのだ。遊んでいる余裕は無い。
で、二人はカギの合う車を探し出したのだが……
「…なぁ優」
「…なに?」
「カギは一つしか無かったのか?」
「うん」
「そうか…」
その軽トラはとにかくボロい、しかも古い。スピードメーターは90kmまでしかないし、サビだらけ。だがまぁパンクもしていないし、エンジンもきちんとかかるから使えないことはないだろう。
二人はカートの中身を収納ケース二つ(これもここで調達)に詰め込み、軽トラの荷台に固定した。車に乗り込んだ所で優があることに気付く。
「和人って免許持ってる?」
「…いや」
「運転できるの?」
「なんとかなるだろう」
「…………」
優は無言でシートベルトを締めた
だが、言葉の通りなんとかなったようだ。発進時に何度かエンストしていたものの、今ではシフトチェンジにも慣れて運転はスムーズだ。(速度は60キロも出ていないが)
しばらく走っていると優が口を開いた
「暑いねぇ〜」
「言うな、余計に暑くなる」
この軽トラ、エアコンが壊れているのか温風しか出てこない。
朝方には気温も低く気にならなかったのだが、日が昇るにつれて気温もどんどん上がっていき今では30℃近く、窓をあけてもこれまた温風しか入ってこない。
「にしても酷いな…」
「うん…酷い暑さ…」
「そうじゃない、外の事だ」
「あぁ…うん、酷いね……」
言われて優も窓の外に目をやった。
人の数は数える程しかなく、見かける車はどれも事故車ばかりで走っている物はない。普段はにぎやかであろうオフィス街も以前の面影は皆無で、ひっそりとしている。
「(一人だったら耐えられなかったな)」
和人はそんな事を思い、心中で改めて優に感謝する。そして優に道を聞こうとした時だった。
「和人!前!!」
「!!」
目の前で男がゆっくりと歩いている。逃げる素振りも見えない。
和人は力一杯ブレーキを踏み、ハンドルを切った。横転しなかったのはスピードをあまり出していなかったおかげだろう。
ゴムの焦げる嫌な臭いがする。
和人は頭の中で自問自答を繰り返す。
「(ケガは?…無い)」
「(優は?…気を失っているが大丈夫だ)」
「(車は?…どこも壊れていない)」
「(じゃあ『あの人』は?…分からない、見るのが怖い)」
「怖がっている場合じゃ無いだろ!」
意を決してドアを開ける。
まず最初に男の人の無事を確認できてホッとしていたのだが、どうもおかしい…突っ立ったまま微動だにしない。それにこの男、格好がおかしい。着ている物は病院などでよく見る白い寝間着で、両足がギプスで固定されている。最後に、和人はこの男に見覚えがあった。
「…島さん?」
遠めでよく分からなかったので近付くと
「やっぱりだ…島さん!大丈夫ですか!?」
初めて会った時と同様反応が無い、振り向いてくれさえしない。だが和人にとってこの人はこういう人なので、怒るでもなく正面にまわった。
「あの〜本当に大丈夫ですか?……!?」
和人は島の顔を見て驚いた、いや恐怖したと言った方が正確だろう。なぜなら、口周りから胸元にかけて血でべっとりと濡れていたのだから。
そうして和人が驚いていると、島は…いや”島だったモノ”は何の前触れも無く…
和人を掴むと襲い掛かって来た。
お読みいただきありがとうございます。
やっとこさゾンビと主人公が出会いました。
それと初っ端の優が弱音を吐く所…失敗しました。ヒロインなんか出すんじゃなかった…難しすぎる、あぁいうのをうまく書ける人をかなり尊敬します。
あと、今回から前書きは何かお知らせがあった場合のみ書くことにしました。正直邪魔だったでしょう?
ではまた次回読んでやって下さい