有鱗目トカゲ亜目スキンク科
企画『輝ける星光』関連作品。
作者:蠱毒成長中(注:『蟲毒』ではない)
―西大陸の辺境の辺境にあるスラム街『ゴリアートタウン』にそびえる粗末な闘技場―
西大陸の辺境の更に果てにある『ゴリアートタウン』。
そこは規律の採れた軍事国家の支配する大陸にありながら、途轍もなく荒れ荒んでいた。
盗み欺き強姦は当たり前、周に1人は人が死ぬ。
家族ですら怨み会うこの町では、力を持つ者こそが正義であり、腕っ節こそが権力の証であった。
そしてこの街の支配者たる者は、その力を示す為の闘技場を持っていた。
その支配者の座を巡っての戦いや、反逆者の処刑に用いるためである。
「ダハハハハハハ!何が『砂漠の魔物』か!
この西大陸で最も強く気高く勇ましき戦士ゴリアート様の前では、お前など赤子のヤーポにも及ばぬわい!」
黄金の派手な鎧に身を包み、手には棍棒を持った大柄な水牛種獣人の男・ゴリアートは、足下で力尽きたように動かないままの、黒い軍服と防毒面に身を包み、鎧から長い白髪を棚引かせた細身の人物を見下しながら、声高らかに叫ぶ。
「それを貴様はよくもこの吾輩に向かって『風俗住まいの馬鹿面脳筋ロリファック野郎』等と大声で罵ってくれおってからにィ~!」
身長5mに及ぶ巨体を振るわせながら怒りを露わにするゴリアートは、自分の身長の半分にも満たない細身の人物の右脚を摘み上げ、もう片方の手で左手を摘むとそれを引っ張りながら叫んだ。
「貴様など吾輩の前では無力である事を、思い知らせてくれるわァァァァ!」
観客席に座る老若男女の荒くれ達の歓声が響く。
「グワハハハハハハハハァ!貴様はもう、お終いなのだァァァーッ!」
細身の人物の身体が引きちぎられようと言う、その瞬間。
ゴリアートの指先に激痛が走る。
「っぐぁあ!何だ!?何が起こった?」
思わず細身の人物を地面に落とし、ゴリアートは指先を見る。
そして、思わず絶句した。
「んなッ……なんだ!?何なんだこれはッ!?」
見れば、右手の指先に、小さな穴が空いている。
ここ五十年この街を支配している間、傷など一切付けられたことがないゴリアートは盛大に動揺した。
ペースを崩され慌てふためく彼の足下で、嘲笑うかのような声がした。
「……見せたな、動揺を」
「!?」
その声は、足下に倒れている黒い人物によるものだった。
人物は素早く起き上がると、細い手足をくねらせ言った。
「惜しかったなァ、ロリファック野郎。
見落としだぜ、完全に。
俺の尻尾を、意識してねぇとはよォ~」
人物の腰辺りからは、軍服と同じ色の細長い尾のようなものが生えている。
太さは大体野球バット程度であろうか。先端部が円錐形に尖っており、先端にはゴリアートの血と皮膚片が付着している。
「このッ……雑魚めがァ!」
「まぁ落ち着けよゴリアーポの旦那ァ。
そうおっかねぇ面しちゃあ、夜のお相手してくれるロリっ娘ちゃん達が怖がって漏らしちまうぜェ?」
「ゴリアートだ!」
「おう、すまねぇな。ゴリマートの旦那」
「ゴリアートだ!」
「悪い悪い。ゴリラーボンだったか?」
「ゴリアート!」
「ゴルラード?」
「ゴリアート!」
「ゴリアーゴ?」
「ゴリアート!」
「ゴリアーヴォ?」
「ゴリアート!」
「ゴリランボー?」
「ゴリアート!」
「ゴミアーモ?」
「ゴリアート!」
「ゴミアーメ?」
「ゴリアート!」
「ゴミアーム?」
「ゴリアート!」
「ゴミアーミ!」
「ゴリアート!」
「ゴミアーマ?」
「ゴリアートだ!マ行を逆行するな!」
「判った判った。ゴリアートだろ?」
「ゴミアーマだ!いい加減に――は!?」
乗せられる余り、自分の名前をを訂正する筈が自分で間違えるという失態を侵してしまったゴリアート。
「ほぉほぉ、アンタゴミアーマっつーのか。へーそーなのかー」
心底嘲笑う気満々な防毒面男の口ぶりに怒り心頭のゴリアート。
「この糞餓鬼がァ……捻り潰してくれるわァ……」
怒りにまかせて棍棒を手に取り、防毒面男に向かってくる。
しかし対する防毒面男は、余裕なようにこんな事を言った。
「次にテメェは『吾輩こそが帝王!吾輩こそが神!』と言う……」
そして棍棒を振り上げたゴリアートは、声高らかに叫んだ。
「吾輩こそが帝王!吾輩こそが神ィィィィィィッ!
――は!?」
防毒面男の予告通りに動いてしまったゴリアートは、思わず硬直してしまう。
その隙を、防毒面男が逃す筈もない。
「言ったな?台詞を――俺の予告そのままにっ」
防毒面男は錆びた金属パイプを取り出し、姿勢を低くすると一気に疾走。
ゴリアートの股下へ潜り込むと、ゴリアートの股を覆う鎧の隙間を金属パイプで力一杯貫いた。
「っごぉあああああああああっ!?」
あまりの激痛に悶え棍棒を落とすゴリアートを尻目に、防毒面男は股下を駆け抜ける。
患部を押さえながら、ゴリアートは叫ぶ。
「貴様卑怯だぞッ!正々堂々戦わんかッ!」
しかし防毒面男は華麗に言い返す。
「卑怯だァ?テメェの街にそんな言葉があんのかよ?
ここはゴリアートタウン!
ここに住む奴は、道徳も倫理もとっくの昔に捨ててんだろうがァ!」
防毒面男はそのままゴリアートの巨体をよじ登る。
「それだってのによォ」
頭上に座り込み、腰から長剣を抜いた防毒面男は、それを振り上げ叫んだ。
「支配者のテメェがルール破ってどうすんだァ!?」
ザグリッ!
「……ォ……ぁぁ……」
長剣はゴリアートの左目を通過し脳へ深く到達。
その一撃を以て、彼の支配者生命は見事に断たれた。
倒れ伏すゴリアートの亡骸。
それを見た観客席の荒くれ達は、誰もが恐怖に戦き動けないで居る。
「……」
それを見た防毒面男は、ひとまず親しげに自己紹介をした。
「あー、俺はスキンク。
四大陸をマタに駆ける運び屋だ。
見ての通り、御前等のボス・ゴリアートは死んだ。
よってこの街のルールに乗っ取り、本来ならばこの俺がこの街の新たなるボスだ。
おい、そこの爺さん。
ゴリアートは何代目だ?」
観客席からこぼれ落ちた老人は、震えながら答えた。
「何代目もありはしませんわい……何せこの街は、ゴリアートが作ったのですからな……」
「そうか。情報を有り難う。
つまり、この俺は正しくゴリアートタウンのニューリーダーって訳か。
と、言うわけでだ。
本来ならここで俺がお前等をパシリにしちまう所だが、俺はそれをしない。
御前等はこの街で、誰の支配も受けずに、仲良く暮らすんだ。
ただ、仲良くしねぇようなら全員まとめてブチ殺すぜ?」
スキンクは唖然とする観衆を尻目に闘技場から立ち去ろうと歩き出す。
しかしそこへ、この状況に納得が行かないのか小柄な汚らしい町民数人がナイフや廃材を片手に襲い掛かって来た。
「何が仲良くだァ~!」
「スカしてんじゃねぇこの紐野郎が!」
「そのウットーしい尻尾をチョン切ってやるぜェ!」
「チョン切られたらよォ~生えて来たりすんのかなぁぁぁ!?」
「トカゲだけによォ~!」
しかし、スキンクはやはり冷静だった。
慌てたり、声を荒げるような馬鹿な真似はしない。
それどころか、彼は懐から何やら白い箱を取り出した。
箱を開けると、中には茶色い球体のようなものが八個入っている。
「ん~…このにおいッ!
我が第二の故郷東大陸カスミガは大食国家ナニワが伝統料理の一つ『蛸玉』ッ!」
スキンクは防毒面の下の方にあるフタを開け、異様に長い樹脂製の箸で蛸玉八個を一気に食べ終えた。
そして彼は、喜びの余り叫ぶ。
「ンンまぁァァァ~イッ!」
更に感極まったのか、その勢いで箸をへし折って分割。
襲い来る町民達に投げつける。
投げられた箸は町民の目や額に突き刺さり、何れも致命傷を与える結果となった。
「気取った台詞は言いたくねぇが、テメェ等如きじゃまともな武器を使う気すら起きねぇのよ。
んじゃ、犬死にしたそいつらの分まで頑張ってね~」
唖然とする町民達を尻目に、スキンクは軽やかな足取りでゴリアートタウンを去っていった。
―
今一度読者諸君に問おう。
皆はトカゲという動物に対しどういったイメージを抱いているのかと。
それも、孤島に住み鹿や猪を喰らうオオトカゲや、広い視界と高い射撃能力を誇るカメレオンではなく、ましてや太古の海を泳ぎ回るモササウルスでもない。
大きくても全長30cm程。野山や砂漠に住み、主に虫などを喰う、あのトカゲ―専門的に言えばスキンク科に属する種類―に対するイメージである。
多くの人は、貧相で貧弱なやられ役だとか、気弱で臆病な小動物というイメージをお持ちではなかろうか。
確かにそうかもしれない。
しかし、この科に属するトカゲは現在発見されているだけでも約1300種であり、トカゲ亜目全体の1/3に相当する。
そもそもトカゲとヘビが属する有鱗目自体が爬虫類全体の95%を占めているので、その多様性は凄まじいものである。
ソルジャースタイルを取るスキンクの戦闘能力はそれほど高くはない。寧ろ平均を下回る程度である。
だが、彼はそれを補って有り余る程の知恵と知識を駆使し、今日も死線を超えて行く。
彼にとっては姑息も卑怯も褒め言葉であり、戦士が掲げる独自の気高き精神も彼の前では無価値である。
勝てる相手に挑み、勝てない相手は勝てるようにする。
それか、最初から戦わずして切り抜けようとする。
それこそが、トカゲの戦い方なのだ。
虎のように何時も猛々しい訳でもなければ、象のように勇猛果敢なわけでもない。
ましてや鰐のような獰猛さや、猛禽のような気高さを持っているわけでもない。
だからと言って、鮫のように冷徹な訳でもない。
それがスキンクなのだ。
―ゴリアートタウンの事件から数日後のカスミガはヤマタイの首都圏に居を構える喫茶『熊猫堂』―
「よう店長。今開いてっかい?」
スキンクが声をかけると、カウンターに座っている中華服を着た小柄なパンダのような人物が顔を上げる。
「おや、誰かと思えばスキンク殿でしたか。
大丈夫ですぞ。ちょうど営業中でしたから」
この小柄なパンダ男こそは、『熊猫堂』が店主である。
本名を名乗ったことは無い為、誰もが「店長」とか「マスター」などと呼んでいる。
「あ、スキンクさんじゃないですか。
久し振り~」
ロボットのような風貌の男、アラン・スミシー。
西大陸出身のバスターアーマーで、見掛けに寄らず知識人である。
ちなみにアラン・スミシーというのは仕事用の偽名であり、此方も本名は明かされていない。
「ようアラン。塗装変えたな?
前は確か、白中心じゃなかったか?それが今は、全身赤だな」
「ご名答。今回のは、前の奴の元ネタと同じ神話に出てくる敵軍の名将を元にしてあるんですよ」
「あぁ、あの覆面の?」
「そ。だからちょっと奮発して、加速装置の性能を今の三倍に高めてみたんですよ」
「そりゃ凄ぇな。是非戦ってるのを見てみてぇぜ。
店長、ワンタンスープ頼むわ」
「お任せを」
ワンタンスープを待つ間、スキンクは新聞を読む事にした。
「今日は何か良いことが起こりそうだなァ~。
で、何だこの馬鹿でかい剣の画像は?しかも俺の目の錯覚か?空に浮いてるように見えるんだが…――「それ、戦艦だよ」――遠堂か」
「やほ、スキンク。久々だね。どうしてたの?」
小柄な猫種獣人の女・遠堂。
駆け出しの物書きで、時間感覚の合わない両親と三人で暮らしている。
「何、ちょいと西大陸でスラム街の独裁者をぶっ殺したりしてた」
「相変わらず凄いね……っていうか、いい加減防毒面取れば?
どうせこのお店、初見の人なんて滅多に来ないし」
「悪かったな不人気で」
遠堂にそう言い返すのは、勿論店主。
店主はワンタンスープとラー油の乗った盆をスキンクに差し出す。
「別に不人気なんて言ってないって。
ただ一見さんの来る確率が低いよねって話」
「それはもう不人気と言うのではないかね?」
「いや、不人気とは別だろ。実際この店にゃ常連は多いんだ」
そう言いながら防毒面を脱いだスキンクの素顔は、衝撃的なものだった。
白い長髪とよどんだ赤い瞳はまだ良いが、その肌は灰白色の鱗で覆われ、頭骨の形状は若干魚類寄り。
目玉は若干横についているし、耳まで裂けた口の中には剃刀のような歯が並び、リボンのような細長い舌は先端が二つに裂けている。
簡単に言い表せば、トカゲになりかけている人間。
こんな容姿だから、普段スキンクは往来で防毒面を外さない。
無論自分の容姿は気に入っているが、異形の顔はどう考えてもトラブルを招く。
だから彼は、防毒面を滅多に外さない。
隠れ潜む事も、トカゲの生き様の一つだからだ。
そうしてスキンクは遠堂から、この戦艦が世界各地を巡回するアストライアなる船であり、現在乗組員を募集中だという話を聞いた。
しかも、ちょうどこの近くに停泊中らしい。
ワンタンスープを食べ終え、勘定も済ませたスキンクは、店長にこんな事を言った。
「店長、久々の再会で悪いんだが」
「何ですかな?」
「もしかしたら俺、暫くの間旅に出るかも知れねぇ。
次は何時会えるか判らん」
「左様ですか。お気を付けて」
「おう。皆もそのつもりで居てくれや。
いや何、絶対じゃねぇ。もしかしたら明日か明後日でもヒョッコリ現れるかも知れねぇぜ?」
「頑張って下さいね!」
「応援してるよ!」
「んじゃ、行ってくるわ!」
店を出たスキンクは、早速別荘に向かった。
彼は各大陸に幾つか別荘を持っており、使わない間は知人にそれを貸しているのだ。
早速別荘から必要な私物を一通り運び出した。
―アストライア甲板上―
第一層は居住区があるスペースの屋根の上に、スキンクは居た。
しかも座り込んで鍋二つを火にかけている。
「入り口が見えねぇから適当に屋根の上でマカロニ茹でてっけど、本当にこれで良いのかね?
まぁ良いや。今はマカロニが大事だ。おっと、カルボナーラソースの方はそろそろ出来上がったらしいな」
茹で上がったマカロニを湯切りし、皿に移してカルボナーラソースと混ぜていくスキンク。
そして皿の上には、出来たてのインスタントマカロニ(カルボナーラ風)が盛られている。
「さァ~て。決して楽じゃ無いが最高の世界への感謝と俺の新たなる生涯を祝福する意味で……」
スキンクは両手を合わせ、少しの間黙想する。
「頂きまぁーっす!」
盛大に挨拶しつつフォークを取り出した、その瞬間。
ドシャ!
突如飛んできた黒い物体によって、マカロニが皿ごと硫酸でも浴びたかのようになってしまった。
「ぬぉあ!わ、儂のカルボナーラが!」
勢い良く飛び退いたスキンクは、思わず二時間前に拾ったの金属パイプ(何故か曲がる気配が全く無い)を構え、黒い物体が飛んできた方向を見た。
視線の先に居たのは、細い手足の生えた球体のような黒い怪物であった。
「……だぼめが……こんな時に魔物かいの。
儂の門出を祝ってくれるのは嬉しいが、飯を吹き飛ばしたのは頂けんのォ……」
未だ動きを見せない魔物に対し、スキンクは覚悟を決めた。
「おし!面接の前にウォーミングアップと行くか!」
その声と同時に、魔物がその大きな口から何かを吐き出した。
それは先程マカロニを台無しにした、あの物体と同じものであった。
スキンクはそれを素早く避けると、更に跳び上がって魔物の頭上へ飛び乗り、魔物を金属パイプで殴りつけた。
それも一度や二度ではない。
二十、いや、六十回は殴っただろうか。
殴られる内に魔物の方はバランスを崩し地面に倒れ込んでいたが、スキンクにとってはそんな事などお構いなしである。
「この糞がァ!俺のマカロニを台無しにしやがってェ!
もう良い!何もかもテメェの所為だァ!
よし決めたぞ!オメーだ!オメーが悪いんだ!
口●疫も!鳥イン●ルも!●界の不祥事も!海老●の一件も!」
そのまま魔物を三分ほど殴り続けたスキンクは、改めてどうやって艦内に入ろうかと考え始めようとした。
が、次の瞬間。
「ゴワェェェェェェェェッ!」
「あ?」
振り向けばミトコンドリア~ではなく、筋肉が剥き出しになった首無し巨人のような姿の魔物が、甲板上に一匹居た。
身長は先程のゴリアート程度であろうか、だが姿はもっと異様である。
まず何より、筋肉繊維が剥き出しになっている事。
そして目が乳首の位置に、口が腹に備わっている事が、更に魔物を気持ち悪く見せていた。
「……何あれ?
進化?ねぇ、進化?
だとしたら脈絡無さ過ぎない?
ねぇ?どうなの?」
質問しても答える者など居る筈がない。
「やべー…魔物に挑発は通じねぇし、かと言ってアレに通用する罠はまず設計から始めねーと……。
ったく、地面路面床面じゃねぇからネタが浮かばんぜ……。
弱点探しにしても対魔物用拘束弾丸と拳銃は必須として…あとは切断攻撃代表のナイフちゃんと打撃攻撃代表の鬼畜ハンマー君のザンダー☆カップルも必須だよな――っとぉああっ!
お、お次は何だぁ!?」
見れば魔物は、掌から漆黒のオーラを出している。
「…アレを弾にしやがったってのか……こいつぁ泣けるぜ」
こうして、スキンクと魔物との激闘が始まった。
―20分後、絶対的天才の研究室―
「ここがこうなると……こうか。
良っし予想通り!やっぱ俺様って天才ィ~……それにしても外がガンガンガンガン五月蠅ぇなぁ。
まさか敵襲じゃねぇだろうな?」
アストライアの機関士兼研究者、ハウエンツァ・パルパトは、約20分前から船の甲板上を鈍器で叩くような騒音に悩まされていた……訳でもなかった。
ハウエンツァは、気分転換がてらに窓の外を伺ってみる事にした。
ガラララッ
「んー……?」
何気なく窓の外から顔を出したハウエンツァは、そこで驚くべき光景を目の当たりにする。
何と驚くべき事に、角度にして70度程のアストライアの外壁上で、魔物同士が争っているのである。
しかも一方は異様な容姿をしていて、もう一方は武器を持っている。
ハウエンツァは魔物に詳しい方ではないが、少なくとも武器を扱う魔物などそう居るものではない事くらい知っている。
それも、刃物や鈍器のみならず、それに併せて拳銃を扱う魔物など聞いたことがない。
「……な、何だあいつは?
まぁ良い。どっちが勝とうが関係無ぇが、俺様の存在に感付いて研究室を荒らされでもしたら大変だ。
ここは一つ、あのガキに退治さすか……ったく、何でこの俺様があのガキ如きの為に出なきゃなんねぇんだ……」
ぶつくさぼやきながらも、ハウエンツァは艦長室へ向かった。
―艦長室―
「おいガキ!居るんだろ?」
失礼な問いかけに答えるのは、艦長ことノイウェル・フォン・アルハルト。
「そのラクダの胃液のような声はハウエンツァか。
どうした?珍しいではないか。
そなたが自ら出歩くなど」
「与太話してる場合じゃねぇんだよ。
魔物だ。俺様の部屋の近く、切り立った壁面に二匹も居やがる。どうにかしろ」
「魔物?」
「そうだ。どういう訳かお互い争ってるがな。しかも片方は魔物の癖に拳銃使いこなしてやがる。
良いからさっさと行け!ヘタしてっとテメェ等も危ねーぞ」
「行く必要など無い。要は叩き落とせば良いのであろう?ならば簡単な事よ」
「どうする気だ?」
「天眼の魔法で魔物の位置を割り出し、そこへ烈風の伊吹を当てて二匹とも地面に叩き落とす。
幸いにもこの二つの魔法は、余が使える魔法にしては大変珍しいことに詠唱が要らぬ。
何より下は大方地面か建物の上であろう。幾ら魔物とて、この高さから落ちて助かる見込みは無い」
「ケ。そうかよ。
んじゃ俺様は研究に戻るぜ。
精々頑張れよ、艦長」
「そなたに言われるまでもない」
ノイウェルは早速魔物の位置を割り出した。
「ふむ。そこか。随分とまぁ器用だの。
しかしそれもここまで。
『烈風の伊吹』!」
ノイウェルが魔法の名前を唱えると、魔物二匹が戦っている壁面に強い風が吹いた。
―同時刻・壁面上のスキンク―
「ぬぉ!何だこの風!?
く!ゲッコーシューズじゃ限界っぽいな!畜生!」
スキンクは魔物そっちのけで壁に貼り付く手段を考え、結果として拾った吸盤を使う事で風をやり過ごす事に成功した。
一方の魔物は風の勢いに耐えられなかったのか、哀れにも地面に落ちていった。
「ふゥ……何とか生き延びたが……こっからどうやって面接まで漕ぎ着けるか。それが問題だな」
貼り付いたまま悩んでいても仕方がないので、スキンクはその名前に反してヤモリの様に壁面を這って進む事にした。
―30分後―
「く……どうにかデカイ窓の側までやって来たぜ……あともう少しだな」
スキンクは尚も壁面を這って進む。ゲッコーの如く。
―同時刻・艦長室―
艦長として今後の計画を練っていたノイウェルは、ふと背後に怪しい気配を感じた。
「…何事だ?今、この部屋には余意外何者も居ない筈だが…」
ふと気になって振り返ったノイウェルは、背後の光景を見て思わず凍り付いた。
「―!?」
広い展望窓の壁面に、黒い何かが貼り付いていた。
よく見ればそれは人の形をしていて、体を覆う黒いものは軍服と防毒面である事が見て判る。
しかし、怪しいのには変わりない。第一、こんな所に吸盤二つで貼り付いているのがおかしい。
首をかしげていると、黒い何者かがコンコンと窓を足で叩いている。
魔物ならすぐにでも窓を突き破って襲ってくるだろう。
ここは窓窓を開けて中へ入れてやるのが適切かも知れない。
もし何かあったならリリナを呼べばいい。
そう思ったノイウェルは、窓を開けて黒い何者かを艦内に招き入れた。
「有り難う御座います。助かりました」
「礼には及ばぬ。余はノイウェル・フォン・アルハルト。この戦艦アストライアが艦長である。
そなた、名は?」
「私はスキンク。南大陸出身の、少し個性の強すぎる27歳です。
普段は運送屋として色々なものを運んだり、時には便利屋の真似事をしたりして生計を立てています」
「左様か。してスキンク、そなたは何故あのような場所に居た?」
スキンクは今までに起こったことを話した。
「入り口が判らず屋根の上で飯を作っていたら魔物に襲われたとな?それは真か?」
「真実でなきゃあこんな場所で話したりはしませんよ。
それで戦いがもつれにもつれ、いつの間にか壁面で戦う羽目になっていたんです。
その後は、先程お話しした通りで」
「そうかそうか。それは悪いことをしたの。
いや何、その黒い軍服と尻から生えているそれの所為で我が艦の研究員がそなたを魔物と勘違いしたのだ」
「それは強ち間違いではありません。
私は方々で数多くの非道を働き素顔も明かさないものですから、周囲からは『砂漠の魔物』と呼ばれ、気心の知れた友人知人以外は私を忌み嫌ってか恐れてか、近付いてくる者はそう居ませんでしたから」
「左様か。それはそれは難儀であったのう」
「気にしておりませんよ。何より私は、訳の判らない奴として周囲から恐れられるくらいが丁度良いと思っているのです」
「ほう?それはどういう意味かのう?」
「凄まじく昔に、数奇な生涯を辿った売れない物書きが遺した言葉があります。
『人の心にある中で最も古く恐ろしいものは恐怖であり、恐怖の内最も恐ろしいのは未知のものへの恐怖である』と」
「そうか。して、スキンクよ。
そなたはこのアストライアに用が有るらしいが?」
「はい。この艦の乗組員として雇って欲しいのです」
「そうか。それは光栄な事よ。
アストライアでは今現在、乗組員を募集しておっての。
話は変わるがそなた、本は好きか?」
「本ですか?えぇ。大好きです。いえ、愛しております。
読書は知的生物の義務であるとさえ、考えております」
「左様か。いや何、この艦の三階は倉庫や娯楽室となっておるのだが、其処には図書館を兼ねた書庫があっての。
書庫とはいえ、娯楽書から古文書、研究資料に設計図から紙の文書でないものまで、実に様々な資料が収められておるのだ」
「ほう。それは魅力的ですな」
「そう思うか?ならばそなたには今日より、このアストライアの書庫及び図書館を管理する司書となるがよいぞ」
「有り難き幸せに存じます。そのようなお仕事を頂ける事が出来るのでしたら、本好き冥利に尽きます」
「うむ。では早速我が従者リリナに部屋へ案内させよ――おい、スキンク?何処へ行く?」
ノイウェルに呼び止められたスキンクは、荷物を抱えてそそくさと部屋から立ち去ろうとしている最中であった。
「何処へと申されましても、書庫ですが?」
「それよりも前に部屋へだな」
「部屋?貴重な乗組員室でしょう?そんな所を使わずとも、適当に書庫で寝ますよ。
あぁ、資料でしたらご安心を。
私の知恵と知識を生かし、万全の状態で御守りしますので」
「そういう事ではなくてだな……おい、スキンク!待たんか!第一道順は判るのか?」
「道順でしたら丁寧な標識があるじゃないですか。床面にまで丁寧に矢印が描いてありますし、迷うことはありませんよ」
「いや確かにそうだがスキンク。それはやはりどうかと…って、だから待てと言うておるに!おい!スキンク!」
こうして、アストライアに新たなる乗組員として司書のスキンクが加わった訳である。
当初予定されていた役職ではないが、艦長直々の任命なので重要な役職である事は確かだろう。
ちなみにスキンクはノイウェルの説得もあって居住区に住む事になったのだが、定期的に書庫も塒として使っている。
というか、書庫に居る時間の方が圧倒的に長い。
―
本が大好き黒トカゲ。
卑怯で姑息で狡賢い。
けれどもこいつの行く先の、未来はきっと明るいさ。