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第1話  「或る異端者の手記」(一)

「或る異端者の手記」(一)

                     





――俺は激しい嘔吐と眩暈、さらには常に得体のしれぬ痛みが全身に走り痺れ、獣の如く蹲り唸っている。


 ――ああ、このような状態はいつものことだ……





                    *





 そうだ、先日も、いや、その前だったか? 


 ええい、どっちにしてもたいしたことじゃない。要はその内容だ。俺は奴の傲慢極まりない態度、いや、考え方につい興奮してしまった。




 ――奴は、この俺を見下すような笑みを口元に浮かべながら言った。





「これは君に初めて会った時から感じていて、言うべきかどうか迷っていたんだが、最近の言動を見ているとやはりはっきり言うべきだ、と思ってね。


君が私を不快に思っていることは知っている。それはそれでお互い様でどうでもよいことだ。だが、私の友人達に対して暴力に等しいやり方で君自身の考えを押しつけるのは良くない。無論、君にしてみれば相手をするつもりで話しているつもりだろうが、少し度がすぎている。さらに言えば、君を中心に世界が動いているわけでもない。いわんや、君に神が人類の使命を委託しているとも思えない。こう言えば君はさぞ不快に思うだろうが、誰が見ても君の言動は常軌を逸しているように見える。


 君にどれだけの直感力があり、洞察力があるのか、などが問題ではない。ここを誤解しないように聞いてくれたまえ。確かに君には普通とは違う、或る直感を備えていることは分かる。それは君自身の個性であることは確かで、それ自体はそれでいい。問題は君のその直感で人間の世界観そのものを全て色づけして、個々人の問題にまで広げたってことだ。人類の、それも個々人の生存理由として、あるいは目的として語っていることだ。それも対話という形式をとらず、一方的に相手の足場や土台を切り崩し、追いつめる。これは実にまずい! 双方にとっても良くない。君のやり方でお互いのなかに生まれるのはただ憎しみしかない。いいかね、『憎悪対憎悪』これは本来の君自身が一番望んでいないことではないのか? よくある思いこみの、半端なヒロイズムやストイズム、こんなものは君の求め目指すものではあるまい。


 君のその極度な不快や嫌悪、直感的人間考察は私にも分からぬ訳でもない。確かに今日の現状は、或る視点によっては不快極まりないものだ。だが、それとこれは別物とする視点を常に共存させなければ単に凶暴な精神的テロリストでしかない。これは決して言い過ぎではない。事実、私の友人の何人かは君の手によって抹殺されている。その事実を君が知りつつ、確信犯として敢えて行っているとしたら、これは許しがたい行為ではないのか?   


 今、君の眼には明らかに私に対する憎しみの炎が燃えている。


 お前ごときにこのおれの苦悩が分かっているのか? と。


 だが、所詮は君自身の、君だけの苦悩であり苦痛なのだ。いいか、これだけははっきり言っておく。君自身が勝手に消化不良で苦しむのも、君自身の問題以上でも以下でもない。くどいようだが、どれだけ君がもがき苦しんでも、他人に対して君自身の未消化の汚物を投げるようなことは止めるべきである。」





――俺は、奴のいかにも何もかも見抜いているんだぞ、というしたり顔を思い出すだけで怒りがこみ上げてくる。




 ああ、だが、この俺の常軌を逸したという奴の言い分は半分は当たっているのだ。いかにも、俺を冷徹に見れば消化不良に見えるであろう。じたばたとして見える。だが、奴は事の重大さを、深刻さをまるで分かってはいない。この俺が体験した事を奴が味わえば、あんな達観した意識など粉々になるのだ。




 ああ、言葉、言葉、ええい、戯言を、ハムレットじゃあるまいし。




 ――それにしても、俺は奴に即座に反論しなかった理由があった。時には相手の言い分を無条件に受け入れるという俺にしか分からぬ或る深い仔細によってだ。




 だが、今度はそうはいかぬ。俺は奴の攻撃を満身で浴び、咀嚼した。もう一度、奴と直に鍔迫り合いの論戦をせねばならぬ。




 


 ――俺は、俺自身の、のたうち軋む肉体に鞭打ちつつ奴と会って対決した。




 奴は俺の顔を見た瞬間、少し戸惑った表情をしたが、すでにこの俺の出方を予測していたのだろう。だが、俺は奴の威圧するような眼差しなどへでもなかった。俺は奴に対し、一気に仮借ない言葉を浴びせた。




 


「おい、この前はあんたの言うことをおとなしく聞いていたが、今日はそうはいかん。何故か?などと、いちいち説明せずとも分かっているはずだ。小利口なあんたにはな。そうだ、小賢しいのだ。そのいかにも達観的なあんた自身の世界観の貧弱さだ。もし、それが分かってないとすれば単に愚鈍な、いや、怠惰なだけだ。あんたの言う相対的思考そのものが自分自身を裁くってこと、これも自明なことだ。全ての行為を阻むもの、その阻むものそのものも相対化するあんたの大事な、その身を守るその思考が自分をも滅ぼす。この矛盾を解消する為に、また相対的に自己に対しても単なる事物のごとく相対化する。それで、一切は片づき、万歳ってわけだ!


 まったく、おめでたいとしか言いようがない。それでいて自分は世界内にいて世界外にいる、という奇妙な観点。その、矛盾自体が此の世の生存の根本条件であると自らを欺くのだが、それすらも一思考にすぎぬと考える。頭も尻尾もない世界観を勝手にでっち上げたうえにその状態に甘んじる。それが人間存在の悲劇的生存の基本理由とでも思って、また自明であるが故に生存の価値をそれぞれが個人の能力に従い創造するしかない。それも、上っ面のヒューマニズム的倫理をもって。さらには、これ以外の考察は実証出来ぬものとして排除する。


 ふん、お互い、不幸者同士のやさしい慰めあいってわけだ。そこに俺のような野蛮人のような無礼者が割り込んであんたらの見せかけだけの友愛に満ちた関係を引っかき回すってわけだ。こう考えれば、この俺はあんた達にとってただ迷惑なだけの、生活の平和を脅かすだけの危険な存在でしかない。あんたはそこで舌足らずの連中の弁護者として俺を糾弾する。あんた自身、自分で信じてもいない人間共や、個人や、訳のわからん生存の理由のような抽象的理念を、引き合いに出してだ。


 ようするに、あんたにとって、この俺自身の存在そのものが気に入らない。そりゃそうだ、虚構の予定調和的観念世界に安穏としている幻想家にとっては、この俺は見境なくなにもかもかき乱す存在となるからだ。かといって黙って見過ごすわけにもいかん。周囲の眼が気になるからだ。いや、それ以前にあんたのプライドともいえぬプライドが、この俺に傷つけられると感じる。それが、あんたのひねた自己愛ってことがどこまで分かっているのやら、疑わしいもんだ。この俺を野蛮なクズ呼ばわりしてもけっこうだ。だが、あんたはクズに見られるほどの実体すら無い。」





「本当に、君は相変わらずだね。もっと冷静に話が出来ないのか? 駄々っ子の八つ当たりのようにわめかなくとも、充分聞こえている。何をそんなに焦ってまくしたてる。まあ、私は逃げないから一息いれたまえ。


 さて、何度も言うようだが、君は、君自身に対してもっと冷静にならなければならぬ。この私がいう冷静っていうことは、君にとってはすこぶる不快に聞こえるであろうが、この一点をしかと踏まえねば他者と相対することは常に暴力であると、こんなことは自明すぎるほどで敢えて君に言うことでもない。恐らく、この私のいかにも、君を見透かしたような言い方が君の勘にさわるであろうことはよく分かっている。そんなことは百も承知である、だが実体を穿っていないと言いたいであろう。


 さらに、君は私の相対主義的な言動を赦しがたいと思っている。そして、頭も尻尾も無いということは私には人生そのものも無目的で意味すら無い、と勝手な憶測的断定を下す。これは、あくまで君の視点からの一方的な見解にすぎない。もっと冷静にというのはここだ。いいか、君にとって相手がどれほど愚鈍でのろまで怠惰に見えようが、その相手自身にとって必要な踏むべき手順だとしたら? さらに、言い換えれば、他人からは無駄な遠回りと見えようとも、当人にとって必要不可欠な体験のための道草かもしれない、と。そのゆとりすら君には無いのか?


 われわれは様々な能力と環境、状況に即してそれこそ様々な様態で対応し、それぞれの個人差をもってそれなりに生きざるを得ない。こんな事は誰でも分かり切ったことだ。それを踏まえて君が、君の思うところの理想なり理念なりを、君流でやるのは自由である。それには君が嫌う相対的距離を常に、いいか、例外なくだ。この間を保たねば君は君の言動によって、君自身を滅ぼすことになる、ということだ。君も知ってのとおり歴史上にはその繰り返しが様相こそ違えど、綿々と続いている。そこに君は君自身の方法というものを今日の状況のなかで模索する。それはそれでいい。


 だが、問題はその方法自体が性急すぎ、無理強いとなれば、結果はすでに明らかである、と考えないか?相手の無能を苛立つより、自分自身の対し方の無能を反省するというのは君のプライドに反するとでもいうのか?


 ああ、君にとって今日の状況がすこぶる不快で我慢出来ぬとしても、それならなおさら相対的距離を必要とする。くどいようだが、これは能力や素質の問題では断じてない。いたって単純な行動の倫理である。これなくして一切の関係は下劣なる破壊的暴力にすぎぬ。例外は無い。そうではないのか?」





「ああ、実にそのとおりだ。誰が聞いてもいかにも最もらしい意見で、公正な考えに思えるよ。あんたの立場からはその中立的考察以外にこの俺に対して言うべき反論としての視点は無い。ああ、俺はその一見もっともらしい距離という、誰が聞いても納得するであろうあやふやなその抽象概念が気に入らぬのだ。いいか、あんたは自分がよく訳も分からず使っている相対的距離というもの、その距離というものをいとも簡単に言うが、その距離自体をどのようにして決定しているのか?何の基準で、さてはその視点、目安としている物差し、それを自己の内部において確実に判断しうるという確信とは、あんた自身の心的反応という曖昧な主観的基準しかない。その自己の主観による考察判断を公正とみなすもの、それこそが俺から見れば傲慢不遜な独断と見える。ああ、俺と違って、あんたの態度は他者から見ればさぞかし冷静な存在と映るであろう。


 ああ、実に見事な苦肉の策だ。お互いの痛みに触れぬ事、それぞれがそれぞれの内部に踏み込まぬ事。要するに何もしないこと、それがお互いの礼儀であると。この世のあらゆる混乱や諍いはお互いの無礼なる干渉によって生じている、と。そうだ、この世はあらゆる干渉で何もかもが活動している。それも、可視不可視の摂理を含み善悪美醜問わずにだ。まあ、この間の事情はあんたと俺ではどこまでも平行のまま決着はつくまい。あんたのいう直感は俺のいう直感と同質ではないからだ。当然、その考察自体も違う。異質の視点である以上、衝突は必至である。いわゆる次元の差異をどう説明、区別しえようか。あんたにとっては象徴であるものが、この俺にとっては現実の生々しい感覚的知覚であると言えばどうだ?不可視も可視も俺にとっては等しく同質の知覚対象にすぎぬ、と言ったら?


 あんたにとっては、俺の主観そのものに異常性を見出すのみだ。異常でなければ、誰でもが理解出来るような論理的表現をしたまえ、ってな。で、俺が説明しようとすれば結局、野蛮な破壊となる。あんたらにとっては、俺がどれだけ配慮しても土足で踏み込む行為としてしか映らない。人工的自然界の住人にとっては常に理不尽な災害以外の何者でもない。未知と無知の区別すらいっしょくたの、とこんな言い方をすれば、又あんたに何様のつもりだ、って反論されるだろう。要するに、俺が何をどう云っても厳密には空転するだけだ。それでも、この俺は誰が何と言おうと諦めの悪い質でしつこいのだ。


 所詮、自然な成りゆきでは何も成就しないということを、俺は実体験で味わっている。あんたも、やがてはいやでもそれを思い知るだろう。それまではあんたの言うところの道草を楽しむがいい。」





――ああ、俺は奴と費やした時ほど、むう、埒もない。




 奴の薄っぺらだが変幻自在ともいえる鉄壁の防御は外からの攻撃では崩れない。結果的には俺自身の空回りに終わった。奴の何もかも無化してしまうあの意識は、かつての俺自身が所有していたにも関わらず手強いのだ。――あの無限なる同心円の繰り返しは……。




 いや、それだけではない。時代と共に、あのやっかいな魔的存在が背後に控えて力を与えている。それをいかにして知らしめるか、これが問題だ。この一点以外に何が重要であるか、この問いこそが最も難しく熾烈なる戦いなのだ。だが、それだからこそ困難でもある。かといって、ただ手をこまねいて見ているわけにはいかぬ。あの手この手でと性懲りもなく繰り返し続けるしか術はない。癪ではあるが忍耐と創作は必至である。




 そうだ、いやというほど分かっている。


 ――この俺に必要なのは大いなる無邪気さだ。




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