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07_砂浜と春の嵐(2)


「実は、もうひとつプレゼントがあるんだ。」


 暫し波打ち際にて、トルテのひとつめのプレゼントに関する感想――自身のビキニとお揃いの色で嬉しいだとか、裾にあしらわれた繊細なレースが可愛いだとか、端の名前の刺繍が本当に嬉しいだとか――を一頻り無言で受け止めた後。ジェラールは徐にそう口にすると手元の紙袋の底からもうひとつのプレゼント、改め最初に彼女を驚かせてしまったことへのお詫びの品を取り出すと、嫋やかな笑みと共に差し出した。こちらは先程の箱と違って、簡単な包装紙で包まれただけの品物だった。とはいえ、トルテはまさか本当にジェラールがお返しの品を持ってくるとも思っていなければまさかお代わりがあるとも思っていなかっただけに、オレンジの混ざった黄色のトパーズと同じ色をした瞳を丸くするとぱちぱちと瞬かせる。

 トルテはその大きな瞳を何度も何度も執拗に思えるほどに瞬かせながら、そのあどけない顔に幾つもお返しを貰うほどのプレゼントじゃないのにと困り果てる気持ちが1割、自分に気を遣ってくれるジェラールへの申し訳なさが2割、それから単純な歓喜が7割混じり合った表情を映し出す。次いで若干の申し訳なさやこんなにも気を遣わせてしまった気まずさを誤魔化すように、わざと恭しい態度と堅苦しい言葉と共にそれを受け取った。


「――ありがとうございます、ジェラール様。」

「うん、どういたしまして。……こっちは、最初に会った時に不用意に驚かせてしまったお詫び。だから、そんなに気にしないでくれ。」

「ふふ。有り難き幸せです。」

「…………もう……。」


 ジェラールはわざと普段は使いもしない言葉選びと態度をするトルテに、心底困ったように眉を下げる。それは彼女の態度がいつも勉強の合間に息抜きを兼ねて遊んでやっている、もとい遊んで貰っている子供たちの親の態度によく似ていたからだった。

 ジェラールはただ貴族の家に生まれたというだけで、両親とは異なりまだ何も成し得ていない自分にまで頭を下げてくる市井たちが、少しだけ苦手だった。無論、彼らに悪意がないことは分かっている。寧ろ「いつも子供たちの相手をしてくださってありがとうございます。」と言っては若干大袈裟なほどに感謝されるのだから、少なくとも嫌われてはいないことは分かっている。が、他の貴族の子女たちと違って生来争うことが好きになれないジェラールは、マレノスタリアの不文律――貴族階級が私兵を率い、街周辺の魔物を討伐して治安維持に努めるという立場ある者に託されてきた役目を全う出来ない自分な、果たして本当に人から頭を下げられる権利などあるのだろうかと甚だ疑問なのだ。

 加えてジェラールはまだ何者でもない、強いて言うならばただの医者の卵である自分は決して偉い人間ではない、とも思っているのだ。寧ろいつまでも親の庇護のもと、のうのうと勉学に明け暮れている自分を恥ずかしい、とも思っているのだ。幾ら貴族と市井では求められるものも違うとはいえ、庶民ならばとっくに職に就き、家を出て、ひとりで生計を立てている年齢になってもなお、自分はなんの責任も負わずにぬるま湯に浸かりながら勉学だけをしている。だというのに、とっくに手に職をつけている人々は自分を尊大なまでに敬う。――凄いのは父と母であり、自分でないのにと思いながらもそれを口にする勇気のないジェラールは、そういう時はいつも曖昧な笑みを浮かべながら手を振って自分を誤魔化す。

 故にジェラールは、初めて出来たマレノスタリアの『外』の友達であり、貴族でもなければ尊敬する父と母のことを欠片も知らない、『ただのジェラール』のことしか知らないトルテにまで敬語と恭しい態度とを取られると、心臓がキュッと音を立てながら軋むのを感じた。頼むから君だけは、ただの僕を見てくれと叫びそうになった。けれどそんなことを声に出す勇気のないジェラールは、やはり曖昧な笑みを浮かべながら困ったように眉を下げるだけだった。


「ねえねえ、こっちも開けていい?」

「うん、いいよ。……というか、寧ろ開けて欲しい。」

「なら、お言葉に甘えて!!」


 トルテは目敏く困り顔のジェラールに気がつくと、もしかして自分の見よう見まねの敬語が変だったんだろうか、と咄嗟に口元に手を当てる。それから柄にもないことを口走った恥ずかしさと、よくよく考えなくとも友達なんだから敬語で話す方が余程変よね、と心の中で呟くと、図らずともジェラールの望み通りに元の口調で無邪気に問い掛けた。ジェラールはほんの一時の揶揄いだったのか、直ぐに普段の通りにタメ口に戻ったトルテにほっと胸を撫で下ろすとふたつめのプレゼントを開けてみるよう促した。

 トルテは送り主たるジェラールの許可を得るとひとつめのプレゼントよりかはずっと簡易的な包装に手をかける。特別良くもなれば悪くもない、至って一般的な質の包装紙ながらも「ジェラールがくれたものだから」という一心で、丁寧に剥いでいく。ジェラールはひとつめのプレゼントといいそんなに丁寧に開けなくても、と苦笑するも、やけに真剣なトルテの顔を見遣るとそれを揶揄うなどという野暮なことはしなかった。代わりに包装紙の下、紙の箱を開けて中に入っているもの――甘い香りを放つ色とりどりのスイーツの詰め合わせに目を輝かせる彼女へと、なんとも彼らしい優しさと誠実さに溢れた言葉を投げかけた。


「何が好きか分からなかったから、適当に買ってきてしまったんだ。だから、もし苦手なものが入っていたら遠慮なく教えて欲しい。改めて買い直してくるから。」

「――――――――。」

「…………トルテ?」


 自身の膝の上からはみ出すくらいに大きな箱の中にぎっしりと詰め込まれたスイーツに、トルテは言葉を失う。それからピンクに緑に白に黄色にと様々な色が所狭しと並ぶマカロンやナッツを抱えたクマのクッキー、ドライフルーツがたっぷりと練り込まれたパウンドケーキや繊細な模様の描かれたチョコレートといった品の数々に、思わず人魚であることを忘れてしまうくらいに眩しい笑顔――マレノスタリアの首都であるデルマリスに暮らす、至って普通の町娘となんら変わらない――を浮かべる。次いでジェラールと贈られたプレゼントの数々とを交互に見つめると、まるで子供のような言葉を口にした。


「…………これ、全部わたしの?」

「うん、そうだよ。このお菓子は、最初に驚かさてしまったお詫び。ブランケットは、このペンダントのお返し。――どうかな?まだ、足りない?」

「――――いいえ。いいえ!もう充分すぎるくらいよ!本当にありがとう、ジェラール!!」


 トルテは俄には信じ難い言葉を肯定されると、真夏の太陽と星空よりもキラキラと輝く眩しい笑顔をジェラールに向ける。それから至近距離で彼を見つめながらあまり剣を握ったことがないために同級生に比べて線が細く、時に女かと揶揄われることも少なくない手――日焼けもしていなければ当然素振りもしないが故に、タコのひとつもない綺麗な手を、ぎゅうと握り締める。次いで公の場では滅多に耳にすることのない、嘘偽りのない心からの本心が散りばめられた素直な言葉を贈る。

 ジェラールは相変わらず予告なしにボディタッチをしてくるトルテに困ったなと思いながらも先程抱き着かれたばかりなせいか、手を握られるくらいならば思ったよりもドキドキはしないな、と少しズレたことを考える。それから、もしかしなくてもトルテと交流するうちに少しずつ度胸がついてきたのかもしれないな、なんて心の中で呟いては彼女に倣って素直に感情を表に出す。目を細め、口元を緩め、穏やかな笑みを浮かべながら、握られている手のひらにそうっと力を込めて握り返す。するとトルテは嫌がるどころかますます嬉しそうにニコリと微笑んでくれたものだから、ジェラールはつい数秒前に抱いた余裕から一転、またしても痛いくらいに騒ぎ立てる心臓に(……やっぱり嘘だ。僕は僕のままだな…。)と呆れると共に、若干の失望を覚えた。

 とはいえ、今更固く握られた手を離すなどという野暮なことは出来ない。ジェラールは今にもはち切れんばかりに拍動する心臓を無視する覚悟を決めると、トルテの手をしっかりと握り返す。それからもう一度だけ「苦手なものとかない?大丈夫?」と問い掛けた。トルテは間髪入れずに首をブンブンと横に振ると、繋いでいた手をパッと離す。その代わりに箱を目線の高さまで持ち上げると到底海の底ではお目にかかれそうにもないほどに美しく、かつとんでもなく美味しそうな甘い香りを放つそれを、嬉々として見つめながら答えた。


「ええ、大丈夫よ。こんな綺麗なもの、食べたことないけど――多分平気!だってすっごく美味しそうだもの!」

「……人魚はお菓子を食べないの?」

「お菓子というより、料理っていう文化がないわね。……ほら、わたしたち、海の中で暮らしているでしょう?火なんて使えないもの。」

「…ああ、なるほど。なら、」

「――――ねえねえ。そんなことよりも!これ、食べてみてもいい?!」


 ジェラールは現役の人魚から聞く海の中での暮らしに興味深そうに相槌を打つ。ならば普段は何を食べているのか知りたいと知的好奇心に任せて口を開きかけたその時、遂に堪えきれなくなったトルテが少しだけ我慢が効かないことを恥ずかしそうに、けれど欲求には勝てなくても当然でしょうと言いたげに頬を染めながら上目遣いで問い掛けてきたものだから、思わず口を噤む。それからふっと鼻で小さく笑った後に、わざとトルテから視線を逸らして地平線を見つめながら「好きにすればいいよ。それはもう、君のものだからね。」と、いつか聞いた言葉をそのままそっくりと返す。トルテはなんとも意地の悪い意趣返しに「意地悪!」とくすくす口にしてから笑った後に、いちばん目を引いて止まないカラフルなマカロンを手に取った。

 トルテは自分と同じ色の、緑色のマカロンを人差し指と親指とで摘む。それから全体をまじまじと見つめて、間に何か白いものが挟まっていることに気がつくと果たしてどんな味なんだろうと想像に胸を膨らませながら「いただきます、小さな声で囁く。次いでまずは軽くひとくち、小さな歯型を付けて齧り付くと途端に歯にねっとりと絡みつくようなマカロンの感触と、中のホワイトチョコレートのソースとの抜群の組み合わせと脳を揺らす危険な甘さに目を瞬かせた。普段生魚や海藻を口にしている人魚のトルテにとって、口の中いっぱいに広がっては占領する暴力的ですらある甘さはそれくらいに危険だった。だというのに、それがどうしようもなく魅力的で蠱惑的で――。トルテは思わずオーバーなくらいに身体を震わせながら声を上げた。


「――――凄い!人間はこんなに美味しいものを食べてるのね?!羨ましいくらいだわ!!」

「……ふふ。喜んで貰えたなら、良かった。」


 トルテはそう告げるや否や、喉を鳴らして口の中のマカロンを飲み込む。次いで齧りかけのマカロンをあっという間にひとつペロリと平らげてしまうと、ジェラールに微笑みかけた。それから「そうだ!」と明朗な声をあたりに響かせると、徐に箱の中からジェラールの髪の色と同じ色のマカロン――茶色と明るいオレンジとが程よく混ざり合った、真夏の太陽の色のような色をしたそれを人差し指と親指で摘みあげると彼に向けて差し出した。そして相変わらずニコニコとした笑顔と共に無言で此方へ向けて突き出してくるものだから、ジェラールはその動作になんだかとてつもなく嫌な予感がすると、敢えて素知らぬ振りをしたまま彼女の名前を呼んだ。


「……トルテ?」

「ほら、ジェラールも!とっても美味しいわよ?」

「いや、僕は――。」


 ジェラールは案の定その仕草通り、自分に向かって食べろと差し出されているマカロンとトルテとの顔を交互に見遣ると、流石にそれはと困惑する。それからマレノスタリアでも有数の港町であるデルマリス――それこそ、恋人たちの街だとかロマンチックな2つ名を持っている――においても、今どきこんなことをしているカップルなんて見掛けないぞと心の中で毒づく。次いで種族の違いなのか、それともトルテ本人の警戒心のなさなのか、あるいは距離の近さなのか。どうにも近すぎる距離にたじろぐと、咄嗟に否定の言葉を吐く。

 が、トルテはジェラールの抱いている気持ち――そんなにも気を許してくれている嬉しさだとか、反対にそれを心配する気持ちだとか。はたまた勘違いされても仕方がない行動にぐらぐらと揺らぐ理性だとか、そんなものなど一切合切知らずに小首を傾げると無邪気な表情と共に再び笑いかけた。

 

 

「どうして?一緒に食べましょうよ!」

「……どうして、って…。」

「美味しいものは分け合わなくっちゃ!……ね?」

「………………ああ、うん、…そう、だね……。」


 ――もう、どうにでもなれ。

 

 ジェラールは1歩も引かないどころかそれが善だと信じて止まないトルテに頭を抱えてから、魔女の大鍋のようにグツグツと煮え滾ってはもうどうにもならない、行き詰まった思考を放棄すると力なく頷いた。それから自身の前で待機しては、今か今かと心躍らせながら待つトルテの指の前でおずおずと口を開けた途端に放り込まれるマカロンの甘さにため息を吐いた。――不味いわけがない。何しろ、母が熱心に通い詰めている焼き菓子屋の物なのだ。それも若い頃はひょんなことから知り合った宮廷医の父と何度も逢瀬を重ねた、思い出と青春の味らしいのだ。

 故に、不味いわけがない。――不味いわけがないのだ。それを知っているからこそジェラールはもう一度深くため息をつくと、歯にこびりつくマカロンをもちゃもちゃ言わせながら咀嚼する。そうやってこの複雑な気持ちごと噛み砕いて飲み込んだ後にトルテに向けてありがとうと呟けば、それだけで彼女は嬉しそうに笑った。それからもうひとつ、今度は自分が贈ったルビーのペンダントと同じ色をしたマカロンを差し出してきたものだから、ジェラールは密かにげんなりしてしまった。

 ――というのは、ただの建前で。呆れているのも本当だけれど、それ以上にどうしようもないくらいに甘酸っぱくて堪らない今この瞬間にジェラールは緩く笑うと、今度は渋ることなく口元を緩ませる。そうやって宛ら海岸の崖に作られた巣の中で、口を開けて餌を待つウミツバメの雛鳥のように素直に口を開いては、放り込まれる甘さと優しさとに目を細めた。

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