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4話記憶の片隅に

「到着ー!!どう?これが聖夜祭よ!」


 辺りに広がる幻想的な景色。様々な情報が一気にラストに流れ込んでくる。見渡す限りにあるのは赤い屋根が特徴的な建築物。立ち並ぶ屋台、店舗。目がチカチカしてしまう程に多彩な色で光を放つイルミネーション。


「これが聖夜祭……」


 目の前の光景に目を見開いて、ラストは立ち止まる。動きを止めずにすれ違っていく人、人、人。まるで、立ち止まったラストの時だけが止まっているように感じられ、町の活気に圧倒されていると。


「ふふ、よーし! いっぱい食べるわよ! いっぱい楽しむわよ!」


ふいに横から伸びてきた柔らかい手に引っ張られ、ラストの意識は引き戻された。


「うわぁぁ! ラストみてみて! クレープがあるわよ! 私が買ってきてあげる!」


 ラストから手を離して上機嫌にクレープ屋にトコトコと向かっていく。まるで子供のようなステラの後ろ姿を見ながらラストは無意識に頬を緩ませる。先程までの出来事が嘘だったのではないかと思えるほどの平和な光景。店主に笑顔でクレープを注文するステラの姿を遠くから眺めていると、どこか懐かしさのようなものを覚えた。記憶を失う前、自分はいったい誰の傍にいたのだろうか。


「はい、クレープは覚えてる? 食べてみて!すごーく美味しいんだから」


 記憶を探る為に自分の世界に入っていたラストはふいに掛けられた声で現実に引き戻される。店から戻ってきたステラにクレープを手渡されて、まだ少し頭がぼーっとしているラストは反射的にそれを受け取る。ラストが受け取ったのとは違うもう一つ、ステラの反対の手に握られたクレープは既に半分以上がなくなっていた。


「なんだか、食べたことがあるような、ないような……」


 クレープを見て思い出されるのは相変わらず、曖昧にしてあやふやな記憶。しかし、ポーションを飲んだ時のように、未知のものを口に入れるのには勇気がいるが、今回はどうしてだか、安心感がある。緑色の液体だったポーションと違って、どこか味覚を刺激される見た目をしている。


「ふふ、どっちよ。食べ方が分からないなら私が食べさせちゃおっかなー」


  そんなラストの心中などお構いなしというふうに悪戯顔でにじりよってくるステラの姿に慌てて。


「食べれます! 食べれますから!」


  ラストはクレープにかぶりついた。ペラペラとしたどこか癖になる食感の正体を探ろうとしていると、今度は口の中でふわふわの甘いものが溶けていくという二段構えにラストの味覚が翻弄される。


「……美味しい」


 その言葉が、なぜか胸の奥に落ちていく。思い出せないはずの記憶が、味だけを覚えていたような気がした。


「あら、ラストったらクリームが口についてるわよ」


  さりげなく、ラストの口についていたクリームを手ですくって、その手についたクリームを舌で舐めるステラ。その動作を見た途端急に恥ずかしくなってラストは顔に熱を帯びていく。


「え? あ、あの……」


「あら、顔を赤くしちゃって。子供のラストには刺激が強すぎたかな?」


動揺で上手く言葉を出せないラストをからかうようにステラはニヤニヤとした笑みを見せつけてくる。


「次は何がいいかなー。へぇー、お面なんかも売ってるのね」


 いつの間にか、すっかりとなくなったクレープ。次に楽しめそうな場所を歩きながら、キョロキョロと視線を彷徨わせてステラは珍しいものを見つけたのか、足を止めた。


 そこには明らかに作り物だと分かる動物の顔やモンスターの顔をした被り物が並べられていた。


「どう?」


  ゴブリンのお面を被って、ラストに感想を求めてくるステラ。動物はともかく、ゴブリンのお面はあまり趣味が良いとは思える見た目ではなかった。


「どうと言われましても……似合ってます?」


 正解が分からず、とりあえず無難な感想を述べてみるラスト。


「私、こんなにゴブリンみたいな顔してないわよ」


  どうやら不正解だったらしく、お面を取って頬を膨らませてラストを睨んでくるステラ。


「何が正解だったんですか……」


「それにしても、クレープのことは曖昧なのに、ゴブリンの事は覚えているなんて……本当に都合が良いのね」


 なんとも言えない表情でラストを見るステラ。その表情と言葉の意味が分からずにラストは首を傾げる。


「それってどういう意味ですか?」


「あっ、この猫のお面可愛い〜」


  ラストの疑問は無視して、またころりと明るい表情に変わったステラは再び並んだお面に手を伸ばしていた。これだけころころと表情を変えられるのならば、お面は必要ないのではないか、と野暮な考えがラストの頭をよぎったが、心の中にとどめておくことにする。


「はい、リベンジさせてあげる。どう?」


  今度は猫のお面を被って感想を求めてくるステラ。思考をフル回転させて、ラストの中で今、ステラに求められているであろう答えを導き出す。


「……可愛いです」


  視線を逸らして、正直な感想を口にするラスト。


「よくできましたー」


  どうやら、正解だったらしく頭を撫でられるラスト。

 ステラの方がラストよりも身長が高いため、上から撫でられるという行為に若干の劣等感のようなものを覚えてか、ラストは俯く。


「せっかくラストが褒めてくれたんだし、これ買っちゃおうと」


 正直、誰が付けてもゴブリンはゴブリンだし、猫は猫なのではないか、とも思ったが、それを言ってしまえばまた紅い瞳で睨まれそうなので、ラストは唾と共に言葉を飲み込んだ。


「でも、人のことをゴブリン呼ばわりしたから後で罰ゲームね」


「してないです」


 今更、言葉を吐き出そうが、飲み込もうがゴブリンのお面の感想を言った時点で、もう手遅れだったらしく、ラストは罰ゲームというものを背負わされた。


「……あの、これ本当に着てなきゃだめですか?なんだか、子供達の視線が集まってきて恥ずかしいんですけど……」


 ステラに引っ張られ、服屋に連行されたラスト。そこで着せかえ人形のように着せられた服に恥ずかしさを覚えて俯く。モコモコとした素材に赤と白を基調とした服。おまけに白いヒゲと赤い帽子まで被せられた。どうやら、サンタ服というものらしい。


「言ったでしょ?罰ゲームだって。それに暖かそうよ?」


「確かに暖かいですけど、目立つのはあんまり得意じゃなくて……」


 モコモコの素材のおかげで、暖かさについては優秀だろう。恥ずかしさも相まって、内側からの熱によって雪降る冬の季節にも関わらず暑いくらいだ。しかし、こうもほぼ全身真っ赤だと人の視線は集まるわけで。


「わぁー!サンタさんだ!」


「プレゼントくれよ!サタンさん!」


 案の定、光に群がる虫のように赤い服に子供達が集まってくる。聖夜祭というイベントも、サンタと関わりが深いらしく、子供達にとっては夢のような存在らしい。サタンについてはよく知らない。子供だから言い間違えもあるのだろう。


「え?ちょっ!これは違くて……ステラさん助けてください!」


 四方八方を子供に囲まれ、逃げ道を失うラスト。抱きつかれたり、殴られたり、やりたい放題の子供達を前に唯一の希望であるステラに手を伸ばして助けを求めるが。


「あはははは」


 腹を抱えて悪魔のように笑うステラの姿がそこにはあった。

 

「はあ……酷い目にあった」


 ひとしきり笑ったステラが子供達をなだめてなんとか解放されたラストは大きなため息をついていた。


「もう、助けてあげたんだから元気だしてよ」


「笑って見てる時間が長すぎます」


「ほら、子供達があんなにも楽しそうだったからそんな子供達の幻想を打ち砕くのも可哀想かと思って」


 子供達よりも、一番楽しそうに笑っていたのは今、ラストの隣にいる人物な気もするが、余計な事を言うとまた新たな試練を出してきそうだ。


「さりげなくフォローすることもできたと思うんですけど……」


 言葉を選びながら、ラストは小さな抵抗を見せる。


「それじゃ、つまらな……いや、あの状況じゃ難しかったの。分かってるわ。私の力不足が原因よ」


 わざとらしく、悔しそうに握りこぶしをつくるステラ。

 

「今、つまらないって言いかけましたよね?」


「はあ……仕方ないわね。聖夜祭はまだ長く続くんだし今日は早めに宿を取って食事でもしながらゆっくりしましょうか」


 再び、ラストの発言が無視され、話を進められる。しかし、宿に泊まってゆっくりするという提案は悪くないものだった。


「ため息をつきたいのはこっちなんですけど……でも、そっちの方がありがたいかもですね。この服も着替えたいし頭の整理もしたいですし」


「え?着替えちゃうの?」


 目を見開いて驚く素振りを見せるステラ。さすがにずっとこのままでいれるほど、ラストの精神は修行されていなかった。記憶を失って、鍛えた精神もリセットされた感覚に近い。


「当たり前じゃないですか。人の視線が凄いですし、この服をパジャマにして寝たら流石に暑いですよ」


 モコモコの素材は確かに外では暖かくて優秀だが、布団の中ともなるとこもる熱は計り知れない。脱げば良い話だがそれはそれで寒過ぎる気がする。


「ちぇっ、似合ってるのに。まあ、仕方ないか」


 唇を尖らせて分かりやすく拗ねると、ステラは身体の向きを変えて正面を指差す。


「じゃあ、今度は趣向を変えてあっちの服屋に行ってみましょう」


 駆けるステラの背中を目で捉えながらラストは後ろを歩いて付いていき、二人は先程とは別の服屋へと向かった。


「うーん、どれにしようか迷うわね」


 服屋に到着してハンガーラックに掛けられた服とステラは睨めっこをしていた。


「派手な服じゃなければ僕はそれでいいですけど」


 あまりにも真剣に悩んでいるステラの横に立ち、ラストは興味なさげに言った。


「だめよ。こういうのはちゃんと選ばないと服は性格にも色濃く表れるって言うじゃない?」


「そう思うなら最初からちゃんと選んで欲しかったですけどね」


「あれは罰ゲームだから仕方ないでしょ」


「まるで誰かにやらされたみたいに言わないでくださいよ……すみません。それよりも少しトイレに行ってきても良いですか?なんだか、ほっとしたら急に行きたくなって……」


 ステラとの掛け合いにも慣れてきた頃、ラストは思い出したかのように言った。


「大丈夫?一人で行ける?」


 まだ独り立ち出来ていない子供を面倒見る母親のようにステラは心配そうな素振りを見せる。ラストにも当然母親がいたのだろうが、その行方を考えても霧の濃い森の中に迷い込んだように記憶の奥に入ろうとすればするほど霧が濃くなって思い出せそうにない。


「子供扱いしないでください。……行けないって言ったらついてくる気ですか?」


「まあ、そうするしかないわよね」


 冗談で言ったつもりが、ステラが想像以上に真剣な表情だった為に、これ以上の深掘りをラストはやめた。


「……大丈夫です。一人で行けます」


「なら良いけど。そうだ!ラストがトイレに行ってる間に私がラストの好みの服を選んでてあげる。サプライズよ、サプライズ。どんな服が選ばれるか楽しみにしてて」


「サプライズって……言ったらあまり意味無いような気がするんですけど」


 サプライズと聞いたことで、もう不意打ちではなくなった。この場合、プレゼントされてもどのように反応するのが正解なのだろう。分からないのはどんな服が選択されるのかだが、ラストを驚かせるという目的ならばまた無難な服が選ばれない可能性が高い。そうすると、ここにきた趣旨が不明になってしまう。


「細かい事を気にしてるとモテないわよ?いい?女の子はサプライズが大好きなの。ラストも覚えておいて損はないわ」


 大体、女の子の好きなサプライズってされる側の事ではないか、と考えたが、口を挟むとステラの会話に捕まってトイレに行ける時間が長引きそうだったのでやめておいた。


「はあ、記憶の片隅に置いておきます」


「中心に置きなさいよ」


「とりあえず行ってきます」


「はーい」


 やっと解放されたラストは早歩きで、看板に表示されているトイレまでの道しるべを辿り、問題なくトイレに着いてトイレを済ませると、母親のことについて考えていた。

 

 母親だけではない。父親はどんな人だったのか。兄弟はいたのか。家庭環境は人によって様々だ。ラストはその中でどこに当てはまっていたのだろうか。一人になった途端に思考が止まらなくなる。


 どんな環境に生まれ、どんな人生を歩んできたのか。自分が愛し、自分を愛してくれる人はいたのだろうか。その全てが今のラストにとっては無になっていた。ここにいる聖夜祭を楽しむ一人一人にも積み重ねてきた歴史がある。蓄えてきた知識がある。ラストにはそれがない。この世界に一人だけ取り残されているような孤独の感覚。


 浮かんでくるのは自分の前を笑いながら走り去っていく人々の姿。ラストもその影を追いかけようとするが、大きな壁に阻まれてその先に進むことが出来ない情景だった。


 後ろを振り向くと光が見えた。

 その光に向かってラストは駆け出した。光の先に見えたのはステラの姿だった。そのステラに対して手を伸ばそうとして。


 瞬間。ラストは現実に戻ってきていた。ラストの目の前をすれ違っていく人々の数々。足音。声。店に染みついた甘い匂い。ラストは微かに微笑んだ。


「ステラさんは僕を子供扱いし過ぎてる気がするんだよな。過保護というかなんというか……」


 先程までの事をなかったかのように独り言を呟きながら、ステラの元へと戻る帰り道。しかし、どうしてだか、その歩幅は大きく、速かった。


「あの女には気を付けろ」


 そんなラストの耳元に低く纏わりつくような声が届いた。


 「え?」


 言葉の意味を理解出来ずに反射的に振り向くと、そこには深くフードを被った一人の男が立っていた。



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