3話行方の分からない乗車券
「ところで、この馬車ってどこに向かってるんですか?」
ラストは今更になっての疑問に首を傾げる。
「ふふーん!よくぞ、聞いてくれたわね。聖夜祭が行われる町よ」
「舞台の名はケラーダマクア!」
聞かれるのを待っていた、と言わんばかりに自信満々に胸を張って、手を広げるステラ。聞き慣れない単語が飛び交い、更に疑問は深まった。
「聖夜祭?ケラーダマクア?」
ラストは頭に浮かんだ謎を発散するように、口に出す。
「って言われても分かんないか。順番に説明するわね」
ステラの肩から徐々に力が抜けていき、分かりやすく小さなため息が溢れる。
「ケラーダマクアというのは街の名前。聖夜祭って言うのは、見るのが一番早いと思うけど、簡単に説明すると3日間に分けて行われる盛大なお祭りね。このお祭りが目的でたくさんの人が街に集まるの。私もその一人ってわけ」
淡々と訊ねられた事に応えて、一呼吸間を置く。
「もしかすると、あなたを探して街を訪れている人物もいるかもしれないわね」
説明を終えて期待の言葉をちらつかせたステラは、膝に肘を付いて、上目遣いに微笑んだ。
「なるほど、情報を集めるにはもってこいの機会かもしれないですね」
人探しにおいて、必要になってくるのは情報だ。人が集まる場所ほど、観測者も当然多くなる。もし、ラストを探している人物がいた場合、その声が伝わり、広がる可能性もある。逆に、人混みに情報が埋もれてしまう可能性もあるが、こればっかりは運だ。
「僕を探してくれている……そんな人物がいてくれればの話ですが」
あくまで、先程の例は探している人物がいればの話だ。
そもそも、探している人物なんて最初からいなければ破綻する。小さな不安が成長を続けてだんだんと大きな不安に変わり弱気になっていく。
「もう、自信ないなぁ。ま、記憶がないなら不安になるのも仕方ないか」
涼しい顔で艶やかな黒髪を自分の指でくるくるといじっていたが、指が髪からすぽっと抜けて、むっ、と拗ねた表情を浮かべるステラ。何事もなかったかのように真剣な顔でラストを見つめて。
「自分が何者なのか分からないってことだもんね」
何者、というのは主語がでかすぎるかもしれないが、人は肩書きで、自分の輪郭を保っているように思う。
冒険者か、商人か、誰かの子供か。誰かの恋人か。
今のラストには、その輪郭がなかった。
「はい、正直自分が胸を張って生きていられる人間だったのか、不安なんです。実は悪人だったんじゃないかって……」
心臓の振動が伝わる部分に、右手で触れて自らの身体に疑いを問うが感じるのは乱れた感情とは裏腹に規則正しく脈打つ心臓の鼓動だけだった。
「もしかすると、神が与えた罰がさっきの出来事だったのかな、なんて」
蘇る寒さ、痛み、飢えた獣の記憶。神罰というのなら納得がいく。それならば、神が救ってくれるはずもない。
「怖い?」
短い問い。それなのに言葉が深く突き刺さる。
「……自分の記憶を思い出してしまうのが」
突き刺さってくる言葉と、見据える赤い瞳が逃げ道を奪う。
「……はい。変ですよね。記憶を取り戻したいとか言っておきながら、実は思い出すのが怖いなんて」
言動が一致していない。それを傍で見せつけられた者からすれば、面倒なこと極まりないだろう。
「私はね、無理に思い出す必要はないと思うの」
しかし、ステラは自らで突き刺した言葉を優しく抜いた。苛立ちの表情も、不満の感情も一切見せず、ステラは微笑む。
「え?」
「私生活に困るって程でもないみたいだし、思い出なら今から作ればいい」
これからの期待を、これからの希望を見た。
「たとえ、あなたが悪人だったとしても、これからのあなたが誰かに優しくなればいい」
罪は罪。消えない過去ならば、せめて徳を。
「第二の人生と捉えて前向きに生きるのもありなんじゃないかな?」
二度目の人生。普段ならば叶わない願いだ。しかし、今のラストはその転生にも似た状況に置かれている。絶望ではなく、希望に。罰ではなく、救済を。与えられたやり直しの機会。考え方一つで、状況と情景が一変する。
「……第二の人生」
目の前に映るステラの姿が光り輝いて見える。嫌いになりそうだった雪さえも美しく思えてくる。まるで、ラストはこの為に、この瞬間の為に、絶望を味わったのではないかと、錯覚するほどに、世界が動き出す音がした。
「もし、ラストに危害を加えようとするものがいたら、私がなんとかする。だから、ラストは何も怯える必要はないよ。私がちゃんと……」
「守ってあげるから」
ラストとステラは出会ったばかりだ。それにしてはあまりにも過剰に感じる優しさ。まるで、これからも人生を共に添い遂げる恋人のような発言に安心よりも疑問を覚えた。仲間の価値観は人によって異なる。ステラにとっての仲間とはそこまでするに値するということなのだろうか。
「……どうして。どうしてそこまでしてくれるんですか?」
野暮かもしれない。しかし、制御不能な好奇心が一度は飲み込もうとしても、喉から這い上がってはっきりとした言葉へと変わる。
「……うーん、ラストが失った仲間に似てるから、かな」
上を見ながら少し考えて、一瞬儚げな表情を浮かべたような気がしたステラ。過去の失った仲間の記憶を辿っているのかもしれない。
「僕がステラさんの以前の仲間に?」
「ん。私はあの時あの子を守ってあげることができなかった。だから、これは私のあの子に対する罪滅ぼしなのかもしれないね」
ステラは届かなかった手を再現するかのように突然何もない空気に向かって手を伸ばす。そして握る。当然手には何も残らない。再び何事もなかったかのように優しい笑みを浮かべる。
「……軽蔑する?」
英雄なんかじゃない。ラストの為なんかじゃない。自分が自分を許す為の免罪符に利用しているのだと打ち明ける。責任から逃れたいだけのか弱い少女なのだとステラはラストと正面から向き合う。
「……いえ。理由はどうあれ僕がステラさんに助けてもらってることには変わりありませんから」
もしかすると、ステラは攻めて欲しかったのかもしれない。怒って欲しかったのかもしれない。しかし、ラストにそれはできなかった。助けた本人は、大抵自分を過小評価してしまいがちだ。理由や過程を気にして自分はそんなに大したことをしていない、と。
だけど、助けられた本人には、救われた事実だけが残る。普通なら理由や過程なんて知らない。些細な行動、些細な言葉が、その人の人生に影響を及ぼし、一生忘れられない恩人になっていることだってある。記憶を失ったラストにとってはステラと過ごしているこの濃密な時間が人生の記憶のほとんどになる。救われた理由なんてものに囚われてその時間を無かったことにはしたくなかった。
「大人だね。ま、そういう理由もあって私があなたを見捨てることはないから安心して」
「ありがとうございます。少し心に余裕を持てました。ゆっくり、自分と向き合っていくことにします」
焦る必要はない。じっくりと向き合って知っていけばいい。自分が誰なのか。自分が何者なのか。
「うんうん。その意気よ。町に着いたら、感傷に浸る余裕のないくらい私がラストを連れ回してあげる」
ラストは連れ回され、疲れ果てた姿が浮かび、げんなりする。
「それは勘弁してもらいたいですね」
浮かんだ光景と同時にステラの提案を振り払う。
「なによ、嫌だって言うの?でも、そっか……あんなことがあったばかりだもんね。疲れてる?」
頬を膨らませて、分かりやすく拗ねるステラ。かと思ったら、心配そうに首を傾げてラストを見つめる。ころころと変わる表情に心の中で拍手を唱えながら、ラストは自分の身体に視線を落とす。
「いえ、不思議と疲れは感じないです。あの得体の知れない液体を飲まされたからでしょうか」
痛みが消えていく感覚はあったが、疲れというのは自分でも分かりにくい。気付けば身体が無理をしていた、なんて例は少なくない。だから、確実に疲れていないという自信はなかったが、身体のだるさや重みと言ったものは今のところ、ラストには感じられなかった。
「人聞き悪い言い方しないでよ。ポーションよ。でもポーションは軽い傷は治せても、疲れまでは取れないはずだけど……」
どうやら得体の知れない液体と言われたことが気に入らなかったらしく、それに対して苦言を告げるステラ。そして、ポーションの効果をよく知るステラは辻褄の合わないことに疑問の表情を浮かべる。
「あれって軽い傷なんですか?」
ポーションの効果の常識よりも、傷の深さの常識についてステラと異なる価値観を持ったラストは顔を歪める。
「まあ、切り傷だけだったし。お腹は結構深くまでいっちゃってったけど……」
お腹を見つめて、ちゃんと傷が治っていることを再度確認して、安堵の息を漏らす。
「思い出すだけでゾッとしますね。そういえば、狼を倒した時のあの炎はいったいなんだったんですか?」
狼にとっては悲劇の炎となってしまったが、ラストにとっては救いの炎となった。まるで奇跡の輝き。事象を超越した力の結晶。その正体について好意の瞳を向ける。
「ああ、魔法?魔法については色々な説があるから説明が難しいのよね」
あっさりと魔法と答えて、腕を組んで考える素振りを見せるステラ。そして再び口を開く。
「魔族や魔物と戦うために人類が環境に適応して進化した形だとか」
生態の進化と適応。動物や植物も環境に適応して地域や大陸。あるいは時代によって姿、形を変えてきたという話は珍しくない。この馬車を引いている馬も、何やら身体に氷を纏っていたし、あれも環境に適応した結果なのだろう。
「人の願いと祈りから生まれたものだとか」
環境への適応に比べて、少しばかり信憑性に欠ける話。
理解できないものに対しては信仰や神に頼ってしまうというのもよくある話だ。
「正直詳しいことは分かっていないの。ただ、今ハッキリと言えるのは……」
開き直って、真剣な眼差しでステラはラストを見据える。
「人に応じて不思議な能力が使えるということだけ」
結局、魔法がどうして、どのように生まれたのかについては何も分からないらしい。
「魔法……か。僕にも使えるんでしょうか?」
淡い期待と思いつつも、一応訊ねてみる。
「使えるはずよ。あなたからは魔力を感じるもの」
使える、という言葉に期待を深めつつ、魔力という言葉に首を傾げる。
「あっ、魔力ってのは魔法を使うために必要なオーラみたいなものよ。この魔力が多いほど、強大な魔法を使うことができるの」
ラストの様子に気付いて、魔力についての簡単な説明を淡々とするステラ。つまり、魔力が多いとラストが見たあのステラの炎よりも強大な現象を引き起こす可能性もあるわけだ。人間がそんなことをできる事実に若干の恐怖を覚えつつも。
「なるほど。もしかすると僕は強大な魔力を秘めていてめちゃくちゃ強いという可能性は?」
年頃の少年ならば、一度は抱いてしまいそうな夢。
ラストも例外ではなかった。しかし、当の本人は自分が意外と子供っぽい思想を持ち合わせていたことに恥ずかしくなって俯く。
「……凄いわ」
そんな俯くラストをじっと見つめて、魅力的な言葉を発するステラ。目の前に釣り糸を垂らされたような感覚に喉を鳴らす。
「え?」
あくまで冷静な表情を装いつつ、次に発される言葉を待つ。
「リス以下ね」
「ですよね……」
落胆。隠す気も起きず深く溜め息を吐く。正直才能があるとは思っていなかったが、魔力がある時点で勝ち組だと感じていた。そもそもリスに魔力があるということ事態驚きだが、自分がそれ以下という事実にしばらく立ち直れそうにない。
「そんなに落ち込まないの。これあげるから」
分かりやすく落ち込むラストに、ポケットから何かを取り出し、それを差し出すステラ。
「なんですか、これ。ブレスレット?」
反射的にそれを受け取り、不思議そうに見つめるラスト。
「女の子からのプレゼント。嬉しいでしょ?」
からかうようにニヤニヤと笑みを浮かべるステラ。
「女の子からのプレゼントっていうか……これ女の子物じゃないですか?」
ブレスレットの装飾には、ピンク色のハートの形をした宝石が埋められていて、どこか可愛げがあった。
「細かいことはいいから。付けてみて」
言われるがままに大人しく、左手首に装着する。
女の子物だとしてもまだ成長途中の華奢な手首には、悔しいことにぴったりだった。
「うんうん。似合う似合う」
子供をなだめる母親のように、笑顔で拍手をするステラ。まんざらでもなさそうに頬を赤らめて、視線を逸らすラスト。
「まあ、貰えるものはありがたく受け取っておきますけど。何か特殊な能力があるとかですか?」
魔力がリス以下のラストに対する救済処置。実はこのブレスレットが戦闘を優位に運ぶ能力を秘めているという可能性もゼロではない。
「確かに世界には宝具と呼ばれる特殊な能力を持った武器やアクセサリーがあるわ」
ラストの想像通り、実際に能力を秘めた道具は存在するようだ。つまり、このブレスレットもその一つ。
「でも、残念、それはただのブレスレットよ。あまりにもあなたが可哀想に見えたものだから」
ということはなかった。中途半端な同情が時に人を傷付けるということをステラは知らないようだ。
「期待して落とされた感じがして、ショックが強まったんですけど……」
むしろ、わざとではないかと感じるほどの最初の期待させるような説明。否定されてからの説明のほうがまだマシだった。
「それならここからは存分に期待していいわよ」
突然立ち上がり、揺れる馬車の重力など気にも留めない体幹の良さを見せつけて窓の方に歩き出すステラ。
「どういう意味ですか?」
突然の行動と残された言葉に不思議そうに首を傾げる。
すると、ステラが窓のカーテンを捲り、窓を勢いよく開ける。外からの冷たい空気と雪が馬車に流れ込んでくる。
あまりの寒さに肩に掛けていた毛布の中で身体を震わせる。
「見えてきたわよ。聖夜祭の舞台!」
言われて、座ったまま雪が目に入らないように薄目で外の景色に目を凝らす。
「ケラーダマクアが!」
遠くからでも町の面影を見せる光景。カラフルに光り輝く明かり。聞こえてくる鈴の音。ステラの背後に見える景色に感動を覚える。そんな眩しさを映す瞳の隅に微かに映った。
八重歯を覗かせてニヤリ、と笑うステラ。魅力的で魅惑的な笑み。その顔が悪魔、サキュバスと言ったほうが近い気がする。
そんなふうに見えて、胸の奥が熱くなった。




