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11話消えて失うではなく焼けて失うほうの事件です

「お待たせ、ラストって……なんであなた靴がびしょ濡れなわけ?」


 フードとの会話の後、しばらくしてステラがギルドから出てきて、ラストを見るとその視線を足元に向けた。


「少しはしゃいでしまっただけです」


 本人すらよく理解していない現象にまともな言い訳が思い付かずに、ラストは広場ではしゃぐ子どもたちを見ながらそう告げた。


「ふーん、まあいいけど。どうするのよ、これからギルドの中に入るっていうのに」


 ステラは腕を組んで、怪しむようにラストをじろじろと見つめる。


「ぼくは裸足でも構いません」


 ラストは自らの足元に視線を送ってそう言った。


「ラストが良くても私が嫌よ。そんなことしたら余計目立つじゃない。別にいいわよ、スリッパでも借りるから」


 腕を組んで、分かりやすくため息を吐くステラ。


「ご迷惑をお掛けします」


「別に……迷惑だなんて思ってないわよ」


 ステラはラストから視線を逸らして小さく呟いた。


 「お待ちしておりました。ラストさんですね。ステラさんからお話は伺っております。初めまして、セレナと申します」


 ギルドの中に入ると、喧騒が辺りを包んだ。その入口に一人のどこか大人びた雰囲気が漂う女性が立っていた。鮮やかな紫色の髪だった。琥珀色の瞳だった。不思議と眼前の女性の声は肌に染み込む化粧水のようにラストの耳にじんわりと残った。


 「初めまして、ラストです」


 深々と頭を下げる女性に、ラストは会釈で返した。


 「セレナ早速で悪いんだけど、この子に代わりに履ける靴かスリッパ貸してあげてくれない?」


 二人の間に割って入ってきて、ステラが女性に対して言った。セレナと呼ばれた女性の琥珀色の瞳がラストの足元を捉えて首を傾げる。


 「あら、どうして靴がこんなに濡れているんですか?」


 「はしゃぎすぎたんですって。真面目そうに見えて変わった子なのよ」


 両肩を上下させ、手のひらを上に向けてからステラが首を横に振った。


 「はしゃぎすぎた?」


 セレナが珍しいものでも見るような表情でラストを見る。しかし、そんな表情の中にどこか落ち着いたものを感じる。


 「どうも、変わった子です」


 その視線を真正面から受け止めてラストは動揺する様子もみせずに言った。


 「ひとまず、来客用のスリッパがあるのでそちらをお持ちしますね。少しここでお待ちください」


 「ありがと」


 「ありがとうございます」


 ステラとラストが感謝を述べたのを確認した後に、セレナはその場を去った。しばらくしてからセレナがスリッパを持って戻ってきてそれをラストに手渡す。ラストがスリッパを履いたのを確認してからセレナが口を開く。


 「それでは早速個室に向かいましょうか?」


 「個室?」


 首を傾げて、ラストは目の前に広がるギルドのフロアとカウンターに視線を向ける。セレナの様な制服を着た人達が鎧や武器を身につけた、恐らく冒険者と思われる人達の対応をしている姿が目に留まる。


 「ええ、本来は一階のカウンターで対応をしますが、極秘の依頼や、個人的な事情がある場合は個室を使用します。希望があればいつでもご案内できますよ」


 セレナがラスト同様にフロアに目を通して、淡々と抑揚のない口調で説明しながら歩き始める。それからセレナの説明にステラが補足を加える。


 「今回の場合は、ラストの記憶喪失の問題ともう一つセレナからの依頼ね」


 記憶喪失というのが個人的な事情という部分だろう。

 そして、もう一つセレナからの依頼ということはこれが極秘の依頼に値するということなのだろうか。


 「セレナさんからの依頼?」


 ラストはセレナの顔を見る。すると、深淵を覗く時と同じように、セレナもまたラストを見ており優しく微笑む。


 「ステラさんを信用、信頼してこその依頼です」


 「詳しい話は中で。どうぞ」


 扉を開けて、セレナはラスト達を中に入るように促す。

 その扉の入口がラストにはどうしてだかとても禍々しいものに思えた。止まっていても仕方ない。ラストは一歩、また一歩と扉の中へと向かった。


 「さて、まずは冒険者への登録ありがとうございます。ラストさんの冒険者としての活躍をギルド一同心より期待しております」


 部屋の中に案内され、三人がソファに座り終えてから、セレナは座ったまま再び深々と頭を下げた。


 「あの、ぼくの立ち位置って今どんな感じなんでしょうか?こういう手続きとかって普通本人でないといけないんじゃ……だけどぼくは外で靴を濡らしていただけで何もしていません」


 ラストはセレナのお辞儀を半分無視して、冒険への登録が完了したとの発言に疑問を呈した。すると、セレナはゆっくりと頭を上げて微笑んだ。


 「コーヒーでも飲まれますか?」


 「いただくわ」


 「じゃあ、ぼくもいただきます」


 三人分のコーヒーをコーヒーカップに注いで、そのコーヒーを口に含んだ後にゆっくりとコーヒーカップを置いて、セレナは説明を始めた。その間、ステラは角砂糖を三つコーヒーに入れてかき混ぜてそれを飲む。ラストは一度口に含んでみたが熱かった為にしばらく冷ますことにした。


 「はい、本来ならば冒険者への登録のご案内は本人でなければいけません。代理だと言って嘘をついてしまえば、誰でも冒険者登録が出来てしまうことになりますから。靴を濡らしているだけでは冒険者への登録は出来ません」


 嘘やなりすましが成立してしまえば、ギルドは信用を失うし、それが元になって大きな事件になりかねない。当然、避けるべき事案だ。


 「セレナ、ラストに乗ってあげなくていいから」


 ラストの言葉に合わせたセレナに対して、ステラがため息混じりにツッコミを入れる。


 「すみません、つい」


 セレナは頭を下げるが、それはただの一連の動作にしか見えず、反省しているような様子は伺えなかった。


 「つまり、ラストさんは特例になります。記憶喪失により身分の証明が出来ない状況。今回、個室を使用させて頂いたのはそういう背景もあっての事です」


 特例と言われると、選ばれたもののようで、心が落ち着かない。ラストはその心を沈めるように、コーヒーにリベンジをする。まだ熱さは残るが飲めない程ではなかった。


 「他に質問はありますか?」


 そんなラストの様子を見ながら、セレナは尋ねる。


 「いえ、今のところは」


 「それでは、ステラさん。私からの依頼についてラストさんにも話をさせて頂いてもよろしいですか?」


 「ん」


 何もないことを確認すると、セレナはステラに視線だけ送って、ステラは短く頷いた。


 「ラストさん。昨日とある事件が起きたことはご存知ですか?」


 事件という単語に、先程のフードとの会話が頭をよぎった。しかし、ラストは首を横に振った。


 「……事件?いえ知りませんね」


 まだ同一の事件という確証もない。ましてや、フードはステラを避けている部分がある。ここでフードの存在を知られれば、ややこしい状態になりそうなのでやめておいた。フードとステラ、どちらを信じるべきかラストは未だに決められずにいた。


 「その言葉を聞いて少し安心しました。今は聖夜祭の最中。ギルドとしても事件が広まり、街中がパニックに陥るということは避けたいものですから。あなたが外にいた間、そう言った情報が耳に入っていないのであれば、ギルドは事件の秘匿に成功しているということになります」


 自らの職場であるギルド。セレナは事件よりも、ギルドの仕事ぶりに感心しているようだった。


 「ぼくが聞いていないだけで実は事件の話で溢れかえっているかもしれませんよ」


 ラストが外にいたのはせいぜい三十分程度だ。場所を移動したわけでもない。そこで得られる情報なんてたかが知れている。街中を見渡してみなければギルドの秘匿性とやらの実力は証明できないだろう。


 「ギルド職員が念の為、街を巡回しています。今のところは落ち着いていると言っていいでしょう。しかし、もしラストさんが誰かに事件の話をしてしまえば、それはたちまち風のように街中に吹く可能性がないとは言いきれない。あなたがこれから抱えるのはそういった爆弾です」


 セレナは脅すような言葉でラストを下からの視線で威圧する。これはただの情報交換ではなく悪魔の取引に近いという事なのかもしれない。


 「ラストは私がちゃんと見とくから大丈夫よ。話してあげて」


 子供の面倒を見る母親のような口調でステラはセレナに話の先を促す。その言葉にセレナは無言で頷いて。


 「……連続焼失事件、ギルド職員はそう呼んでいます」


 連続の部分にラストは疑問を抱いた。フードから聞いた話では被害者は一人のように聞こえたが、他にも犠牲者がいたということだろうか。しかし、ラストは敢えて何も知らないフリをすることにした。


 「消失事件?」


 「消えて失うではなく、焼けて失うほうの事件です」


 セレナは目を瞑ってその言葉を述べることを指示された機械のように言った。似ているようで違う。行方不明でも神隠しでもない。焼けた人間が戻ってくることはない。

 ステラによって焼かれた狼は骨も残さずに灰になった。

 もし、あれと似たような事が起こっているのであればそれはこの世界からの抹消に等しい。


 「……誰かが焼かれたんですね。そしてそれは恐らく魔法によって」


 ラストは何も知らないフリをするのが面倒になってきて、つい踏み込んでしまう。そのラストの言葉にステラとセレナが驚いた表情で一瞬固まる。しまった、とラストは思った。どうやら、ラストは似たような話を何度もされることにあまり寛容ではいられないらしい。


 「……驚きました。でも察しが良くて助かります。……記憶喪失だとは思えないぐらいに」


 セレナはすぐに冷静になって、ラストを探るような目付きで見ながら微笑んだ。怪しまれて当然だった。


 「不思議なことにぼくが忘れているのは断片的なんですよ。誰かと過ごしていた記憶、どこで産まれたのか、自分がどんなふうに生きてきたのか、そういう記憶が抜けているんです。どうしてだか、会話の中で必要そうな情報はどこからか取ってきたみたいに頭の中に提示されるんです」


 動揺した人間は口数が多くなるという例をどこかで聞いた事があるような気もするが、ラストも典型的なそれだった。動揺している素振りは見せていないつもりだが、明らかに口数は増えてしまった。


 「別にラストさんを疑っている訳ではありませんよ。それにしても……なるほど、ステラさんの言っていた通りです。本当に都合の良い記憶喪失ですね」


 「……」


 疑っていただろ、今のは、と考えてすぐに追い打ちのような言葉がラストの耳に届く。都合の良い記憶喪失。ステラにも言われたことのある言葉だった。


 「すみません、ラストさんを不快にさせたいわけではないんです」


 突然黙り出したラストに流石に悪いと思ったのかセレナは謝罪をした。


 「別に気にしてません。事実ですから」


 謝罪をしたセレナに対してラストもまた大人の対応で返した。


 「そう言っていただけると助かります。さて、事件の話に戻りますが、連続焼失事件の詳細についてです」


 「一つ聞いてもいいですか?」


 ラストは右手を挙げた。ラストには違和感があった。その違和感の正体が今、分かったのだ。


 「はい、どうぞ」


 セレナからの許可を得て、ラストは口を開く。


 「ぼくはステラさんにディアボロの滝に行きたいと言いました。そして今日の朝、ステラさんはそれを了承してくれた。かと思えば、いきなり事件の話。その事件が今のぼく達に関係のあるようには思えないんです」


 誘導。それが違和感の正体だった。事件の話をラストに聞かせて、その事件に興味を抱かせる。そして、ディアボロの滝の件をなかったことにしようとしているのではないか、そんな考えがラストの頭をよぎったのだ。


 「ラスト、いい子だからセレナの話をちゃんと最後まで聞いて」


 答えたのはセレナではなく、ステラだった。既にコーヒーを飲み終えたステラが腕を組んで目を瞑って答えた。


 「……分かりました」


 ラストは飼い主に待て、と言われた犬のように一旦の気持ちを飲み込んで続きを聞くことにする。その様子を見てセレナが続ける。


 「……順を追って説明します。昨日の夜、とある冒険者が先程ラストさんの言ったように恐らく魔法によって焼かれました。……骨も残らず、灰だけを残して。そして、ここから少し離れた街でも似たような事件が起こっていたことが、ギルド連絡網によって発覚しました」


 改めて聞くと残酷な話だ、とラストは思った。

 しかし、他の街でも似たような事件が起こっていたとは。連続というのはそのためなのだろう。もし、犯人が同一人物ならば、移動してきたということだ。


 「続けてください」


 頭の中で軽く整理して、ラストはセレナに続きを促した。


 「問題はここからです。焼かれたとされる冒険者。二人とも同じ冒険者パーティのメンバーと推測できるのです。一人目は行方不明になった時刻、場所から逆算するとその可能性が高いとされ、二人目は実際に焼かれるところをこの目で見たと被害者の仲間からの証言を得ています」


 「つまり、その冒険者パーティに恨みを持った誰かが一人ずつ燃やしているかもしれないってわけ」


 セレナの言葉を聞いて、ラストの中でフードの姿が想像された。フードは昨日の被害者が仲間だった、と言っていた。もしかすると、実際に焼かれるとこを見ていたという被害者の仲間というのもフードかもしれない。


 セレナの説明に付け足すようにステラが言った。

 恨みを持った誰か。確かに場所を変えてまでの犯行。

 執着だ。誰でも良かった、という通り魔なんかとは違う。ラストはフードとの会話を思い出してみるが、考えれば考える程深海に沈んでいく気分になるだけだった。


 「はい、被害者の仲間が言うには犯人はフードを深く被っていて顔まではよく見えなかったそうですが、壁を焼いて書いたとされる文字が残っていた、と」


 フードを深く被っていた?それじゃあまるで。

 そこまで考えてラストは小さく首を横に振った。

 フードは別にあの男の専売特許ではない。姿を隠すために犯人が使用したとしても何も不思議はない。


 それよりも今気にすべきは、壁に書かれていたとされる文字の方だ。


 「重要なのはその文字よ。私には罠にしか思えないけどね。でも、ラストは多分止まらないんでしょ?」


 ステラはラストを見て微笑んで尋ねる。その瞳には止まってほしい、と書かれているようだった。ラストはそんな赤い瞳から視線を逸らして。


 「聞いてみないことにはなんとも……」


 「セレナ、言ってあげて」


 「いいのですか?」


 ステラの言葉にセレナが首を傾げた。


 「ここまできてもう後戻りなんてできないでしょ」


 ステラは諦めたような態度でソファに寄りかかった。


 「分かりました。壁に焼き付けられていた文字はたった一行です」


 「……」


 セレナが軽く息を吐いてラストは次に続く言葉を待って固唾を飲む。そして、セレナが答えた。


 「次の舞台は――ディアボロの滝だ」


 事件と記憶。パズルのピースが一つはまった。

 しかし、まだ完成はしていない。

 


 

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